第33話 熱いブートキャンプ 

 巨人の島は白い花が咲き誇り、新緑に包まれる季節となった。暖かくのんびりとした雰囲気のはずなのだが、


「脇が甘い!」


 動いても問題がないぐらいの広い高台では別物になっていた。武器と武器がぶつかる木の音。足の動きで発生する土煙。動かす事によって出て来る汗。そして金髪の女性騎士とよく勘違いされてしまうマチルダの力強い声。


「この空間だけ暑苦しいわね」


 空間転移陣のメンテナンスをしに来ていたヴィクトリアがそう言うのも無理はなかった。熱気に溢れているからだ。マチルダ主催の不定期ブートキャンプは大体こんな感じである。慣れたようにヴィクトリアは訓練してる場の近くまで行く。


「マチルダ。差し入れ置いとくわよ」


 大声で言い、冷たい飲み物の瓶とクッキーなど焼き菓子が入っている籠をそっと置く。


「ああ。分かった」


 マチルダが余所見をした。相手のバンダナを巻いている男が隙を付いて攻める。


「甘いのはあなたですよ!」


 男は練習用の木の剣でマチルダの右肩を狙う。だがマチルダが左手で普通に受け止めてしまった。


「誰が甘いと」


「くっ」


 実戦に近い形式で練習をしている。他にも何組かが木の剣で撃ち合ったりしている様子が見られる。


「それじゃ……頑張りなさい」


「ああ」


 ヴィクトリアはくるりと回り、森の方へ向かう。マチルダは彼女が見えなくなるまで見送った。相手の木の剣をがっしりと掴んだままだ。相手は押し切ろうとしているが、ビクともしない。


「貫き通すのも悪くはないが……時には引くことも大事だ。このままだと」


 マチルダは木の剣をナイフのように握る。そして剣先を相手の左の太ももに指す。


「ぐさりとやっていたかもしれないだろう。柔軟に動くのも大事だ。治安維持も私達の仕事の内だ。様々な立場の人がいて、様々な行動をする。だから型に囚われすぎないようにしておけ」


「はい!」


 マチルダはぐるりと周囲を見る。疲弊をしている人が出始めている。ヴィクトリアが置いていったものも見て、ある判断をする。息を吸って、出来る限りの大きい声で言う。


「休憩だ! 差し入れをいただきながら休もう!」


 ぴたりと動きが止まる。目をぱちぱちと動かしている者もいる。


「差し入れって言いました?」


「ああ」


ぞろぞろと訓練していた者たちが籠に向かう。


「やっぱお前の奥さんのお手製だな」


「ひゅーひゅー」


 誰かの奥さんお手製だったようだ。夫らしき人は耳まで赤くなっている。


「いい奥さんだな」


「ありがとうございます」


 全員座って休息をとる。素朴な味わいのクッキーと爽やかな酸味の飲み物。静かに休んでいる者ばかりだ。サクサクという音だけが聞こえてくる。


「マチルダ殿。おっと。休憩中でしたか」


 2m近くの小さくなった朗らかな巨人が姿を現した。両耳にピアスをし、大きい杖を持つ。何人かはその巨人を見て、マチルダに視線を送った。


「あのマチルダさん。何故彼を」


 ツルピカの頭の男が弱弱しい声で言った。何人かは驚くような表情を見せている。


「ああ。彼は助っ人として呼んだ。魔術師と接する機会が少ないだろ。経験をさせておこうかと思ってな。知らない人もいるから紹介しよう。数少ない巨人の魔術師、かの神話のスルトの異名を持つルピナスだ」


 巨人の島には大きい神がいたと言われている。その中のスルトは炎を司っていたという記述がある。ルピナスという魔術師は炎の魔術が得意なので、異名として炎の巨神スルトという名が付けられた。ただスルトは人名としても使われるため、ルピナス本人は異名を別の方にして欲しいらしいが。


「ルピナスと申す。此度、マチルダ殿の助っ人として参った」


 何人かが震えあがる。他所から来た人は何事かと彼らを見る。


「あんたは鬼ですか!? 炎の巨神相手に戦えと!?」


 ルピナスを知っている1人が喚く。


「心配はいらん。経験を積むのが目的だ。訓練で死人を出さぬよう頼んではいる」


 マチルダの答えを聞いても、彼らの不安が解消される様子はない。ルピナスの知名度は相当のものらしい。マチルダはふぅと息を吐き、立ち上がる。そして主催者として告げる。


「休憩は終わりだ。次は先ほども言ったが、魔術師との模擬戦闘を行う」


 参加者全員、立ち上がる。軍隊というわけではないため、バラバラではあるが、マチルダはそれに気にすることなく、続きを言う。


「その前に簡単に言っておこう。強い魔術師は数少ない。強力な魔術を会得し、尚且つ身体能力があり、接近戦にも強い輩は更に少なくなる。基本は力量のない魔術師が相手になることだろう。だが油断は出来ないと頭に入れておけ」


 ブートキャンプ参加者はこくこくと頷く。


「魔術師相手にどう戦っていくのかを説明する。1つ目。大人数で1人の魔術師を相手にすることだ」


「普通は1対1じゃないんですか!?」


 参加者の1人が叫んだ。反射して言ったのだろう。言った瞬間に後悔してる顔になっている。


「ああ。私なら出来るが、経験の浅いお前たちだと死ぬのがオチだろう。適切な魔術を判断するのは時間がかかる。相手にする人の数が多ければ、更に多くなっていく。弱い魔術師ならそれだけでお手上げになるというものだ」


「なるほど」


「2つ目。魔術無効化の結界を予め貼っておくことだ。環境を整えるのも1つの手ということだ。3つ目。魔術を使わせないことだ。詠唱が出来ない状態にさせることで有利になる。ただしこれに関しては無詠唱の使い手がいる。いつも使えるわけではない。大体はこんな感じだ。ここからは実戦形式で行う。全員でルピナスの周りを囲め」


 参加者全員、マチルダの指示に従い、ルピナスを囲い込む。


「マチルダ殿。使ってもよろしいのかな」


「ああ」


 ルピナスは杖を地面に叩く。


「炎よ。地より出でよ。障がいとなるものを焼き尽くせ」


 彼を囲んでいた参加者全員が炎に包まれる。当たり前だが熱い。取り払おうとする者、困惑する者、熱いと叫ぶ者、動かない者、反応は様々だ。


「何もしてこない場合はこういう強力な魔術が使える。大勢相手を倒せるぐらいは。……炎よ。静まり給え」


 ルピナスが魔術を解く。体に何も異常がないと知り、ホッとしている者が大多数だろう。


「どれだけ魔術を使わせないかが肝となる。さあ。出来る限り、攻めて来るがいい。マチルダ殿の指示なしで挑め」


「はい!」


 数人が真正面から攻めにかかる。ルピナスの後ろに3人が忍び寄る。


「地に炎の種を植え、芽吹き、花のように咲き誇れ」


 気配を探りながらやっているのが原因か、ルピナスの魔術の精度が粗くなっている。炎の花が咲きているが、前にいる数人に当たってすらない。


「おりゃあ!」


 腕に布を巻いている男が木の剣を振り下ろす。ルピナスは杖で受け止める。


「地の剣が生まれっ」


 杖で男を振り払い、魔術の詠唱を行う。


「其れを突き刺せ」


 地面から剣を模したものが出て来る。後ろにいた3人は異変を感じ取っていたのか、瞬時に対応している。後退している。


「風の精霊よ」


「させねえ!」


 左右から参加者が木の剣を持って近づいてくる。叩きこもうとしていたため、ルピナスは杖と手で受け止める。この攻めで詠唱はキャンセルされ、魔術が不発となる。


「あっつ!?」


 だが別の魔術が発動していた。ルピナスの周りが熱くなったのか、左右にいる2人は距離を取った。間違いなく、詠唱無しでの魔術だ。


「炎の巨神が本気出し始めたぞ!?」


「隙を見せるな!」


 一斉に襲い掛かる。ルピナスは杖で対抗する。木の剣と杖がぶつかる音が聞こえる中、ルピナスは詠唱を行う。


「火の精霊。目覚めよ」


 簡単なものだからこそ、召喚が成功した。10cmほどの火の塊だが、油断は出来ない。此奴は普通に火を吹く。


「げえ!? どうやって対処すんだああ!?」


「とりあえずルピナスさんを抑えねえと!?」


「何人かは精霊を相手にしとけ! こういうのって魔術師さえ倒せば問題ないはずだ!」


 焦りながらもどうにかやっていこうと模索をする。火の精霊を相手にする班とルピナスを相手にする班に別れ、戦闘を行っていく。


「彼を呼んで正解だった」


 戦う様子を見ていたマチルダは満足げに言った。魔術による炎の攻撃。果敢に攻める参加者。日が沈むまでやり合った。


「そろそろ終わりでよろしいかな」


 ルピナスが立っている一方で、参加者全員は地に伏していた。


「ああ。貴殿をこちらに呼んで良かった。いい経験を積ませることが出来た」


「それはこちらの台詞だ」


 2人が握手を交わし、この日の訓練が終わった。次の日も魔術師相手にどう戦っていくのかを学びながら、実戦形式で訓練を行った。参加者の1人が言うには、


「今回は色んな意味で熱いブートキャンプだった。濃すぎる」


 とのこと。表情は確かに疲れきっていたが、やりきったと分かるものだった。

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