第31話 旅立つ者達へ

 講義の後にのんびりとしたお茶会……ではなく女子会が始まり、夕方になる前にほとんどの人は帰って行った。イザベラは帰る前にエイルがいる部屋に向かう。緊張のあまり体がガチガチになり、ゆっくりと歩きながらだ。そのお陰でいつもより時間がかかってしまった。どうにか目的の部屋に辿り着き、ドアをノックする。


「イザベラ・フックスです。お話があるのですが、お時間よろしいでしょうか」


 声が震えている。そう気づいたイザベラは頬を軽く叩く。


「ああ。構わない。入ってくれ」


 部屋の主であるエイルが許可をし、イザベラは部屋に入る。真正面にエイルが座っている。整理されている作業用の机に紙が何枚か置かれている。左右に天井ぐらいある高さの本棚があり、本がぎっしりと入っている状態だ。エイルはイザベラを真っすぐ見ている。


「それで話というのはどういうものだ」


 問いに答える前に、イザベラは深呼吸をし、彼を見据える。


「ノーボーダーズから抜けようかと思います」


 辞めると言ったら大体の人は止めるかもしれない。イザベラが優秀なら尚更である。


「辞めるのか。分かった。ラオリー・グラジオラスに書類を貰うように言っておけ」


 だがエイルはあっさりと承諾した。イザベラは体から力が抜けてしまう。


「え。一大事の発言をしたのですが」


 エイルは文字通り慣れたように言う。


「ああ。残念だが、慣れてるからな。様々な理由で辞めることが多い。ここをどう利用するのかはそれぞれだ。押し付けたりとかはしないが……君の場合はやるべきことを見つけて……だろうな」


 エイルの発言にイザベラは目を大きくする。


「何故……分かったのですか?」


「経験からだな。根拠があるというわけではないから間違っている可能性もあったが、その様子だと当たっているみたいだ。やりたいことを精一杯やってこい」


 エイルからの激励を受け、イザベラの顔が明るくなる。


「はい! 頑張っていきます!」


「事務室に行ってこい。まだ彼がいるはずだからな」


「はい。すぐに行って参ります。要望を受け入れてくれてありがとうございました。失礼します」


 イザベラはペコリとお辞儀をし、駆け足で事務室へ向かっていった。エイルは後ろにある窓を見つめ、魔術を使う。見知った姿だった。ため息を吐きながら、呼びかける。


「隠れてないで出てきたらどうだ。ダンデ」


 呼ばれたダンデは舌をペロッと出して姿を現す。


「バレてたか」


「何となくな。流石に話途中でやるわけにはいかなかったが。それで。何故盗み聞ぎしていた。辞めたり、入ったりするのはよくあることだろ」


 普段のダンデならすぐに答えてくれるのだが、今回は少し違っていた。考え込むような仕草を取っていた。わざとやっている可能性が高いが。


「いやーちょっと色々と聞いててね。本当かどうかを確認してたのさ」


「何を確認するつもりだった」


「冒険者のルーカスたち、最近彼女と行動を共にしてることが多いって聞いてたから」


 お人好しの冒険者ルーカス一行はドラグ王国内でかなりの活躍をしているという話だ。エイルも耳にしている。


「あれか。新入りがどうたら聞いてはいたが、彼女のことだったのか」


 巨人の島での活動以降、別の女性がルーカス達と行動を共にしているという話が出始めた。様々な説が飛び交っていたため、エイルはどういった人なのかの特定の推測をやっていない。今の時点でようやく判明したぐらいだ。


「らしいよ。一応直接聞いたから間違いない」


 ダンデはルーカスと元から交流があったので、普通に聞いたらしい。別組織で本格的に活動となると、今後について心配になるのが性という奴だ。だが人柄が良い彼らなら長として、安心して応援出来るとエイルは思った。


「そうか。あそこは良い人ばかりだ。彼女も馴染めるはずだ。俺達は静かに応援しておこう」


 エイルは書類を纏めながら言った。


「そうだね。君のようなちょーっと口の悪い可愛らしい子に声をかけるぐらいだしね」


 ダンデはウインクした。


「おい。一言余計だぞ。似非紳士」


「ふふっ。そうだ。プレゼント探し、手伝おうか。いつものようにさ」


 ダンデの提案にエイルは微笑む。


「そうだな。あとで付き合ってくれ」


 ずっと同じ組織にいるわけではない。精神的に苦痛になった者、病気にかかってしまった者、家のことで辞めるしかなかった者など。事情は様々。治癒魔術師として、長として、辞める者たちに出来ることはただ1つ。祈るだけだ。


「彼女の道は苦難もあるかもしれないが、前に進んで欲しいしな」


 だからこそ長であるエイルは辞めることになった者たちにドラグ王国に伝わるお守りを手渡す。困難があっても、前に進めるように。仲間と共に歩めるように。そう祈って。

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