第29話 噴火と魔物 その5

 最初にやることは居残った人の位置を把握することだ。エイルはスリー部隊(誰がそこに所属しているのか不明だが)に指示を出す。


「スリー部隊。魔術で人を探してくれ」


「はいよー。うん。強い感じのはゼロ部隊で、生きてる奴は7人ってとこだねぇ。ひとつにまとまってる感じがある」


 数秒で探し出している。探索の円を徐々に広がる形のため、時間がかかるはずだが、簡単にこなしている。仕事でよく使っているからこそだろう。


「ツー部隊長、確か居残ったのって大体20だったよな?」


「そうだな」


「半分もいないのってやばくね? ちょーヤバくね? 4ヶ所に安全な結界とか施したはずなんだけど?」


 スリー部隊長の声に焦りが含んでいる。彼らも避難せずに居残った人の安全を保障する何かをしていたようだ。だが自然災害はそれを遥かに上回る力を持つ。どれほど優れている魔術師でも限界がある。


「お前の腕に信用はしてる。失敗ではない。俺達が自然を舐めた結果だ。だからこそ対応が遅れた。……この音の鳴らし方はゼロ部隊からか」


 ツー部隊長は耳に付けている水晶を触れる。


「お前は救助の方に専念しておけ。はい。こちらツー部隊ですが」


 エイルはコクッと頭を上下に動かす。


「分かった。木の人形師、召喚獣を呼べ」


「了解。契りを交わした獣達よ。……さっさと来やがれ!」


 もう少し長めの召喚術なのだが、木の人形師はめんどくさがってショートカットした。時間が迫っているからなのだろう。


「で。こんぐらいいときゃ良いか?」


木の人形師の召喚獣たちはとても奇妙な生き物だった。頭と翼が鷲で胴体が獅子、バサバサと翼を動かし、その位置に留まっている状態だ。彼の背中にいる獣は尻尾が鎖のようなものになっている黒色の猿である。その隣にいるのは透明の羽根を持つ巨大なトンボのようなもの、獣ではなく虫の見た目を持つ。


 出てきた召喚獣は合計3体。呼ぶ時にも魔力を使うが、こちらに呼んだ後も召喚者の魔力を使って、召喚獣は居続ける。魔法回復薬を持って来てはいるものの、3体も召喚しているため、魔力の維持はかなりの問題である。だからエイルは木の人形師に質問する。


「大丈夫だが……魔力の維持はどこまでいける」


「ざっと2時間はいけるぜ」


 木の人形師はニカっと笑い、ピースする。不安はあるが、信じるしかないとエイルは思い、次の段階に進ませる。


「召喚獣に熱耐性の付与、火山灰などを体内に入らせないための付与、生命維持の付与をしてくれ」


 召喚獣は生きている。人間よりも頑丈だが、怪我を負うこともある。治せる可能性があるなら、問題はないのだが、死んでしまったら戻らない性質を持つ。無事に獣たちが住む世界に戻っても重傷なら、次回以降の召喚が見込めない。そのリスクを出来るだけ軽減させるのも、召喚者の仕事である。今回はスリー部隊の魔術師がサポートを行う形だ。


「なんつーか。俺より質、高くねーか?」


 木の人形師がボソッと言った。


「そりゃ普段から自分自身に付与したりしてますからね。経験の差ですよ。自分だって簡単な付与なら出来ますし」


 処刑人ツー部隊の番号25が当たり前のように言った。単独任務がある。魔術のエキスパートでなくとも、簡単なもの(一般とは違うかもしれないが)なら使える可能性はある。


「これで準備は終わった感じ?」


 チャラい印象が強いスリーブ隊長が手を振って言った。


「そうだな。救助を求めてる人のところに行く形になるが」


 エイルはどのように言おうか悩み、途中で止まった。召喚獣は主以外の命令を従わないからだ。それを知っている木の人形師が代わりに獣たちに伝える。


「俺がやる。ご主人様だからな。お前たち、ドワーフのとこに行ってこい。そんで拾って来い。とりあえず最初はあっち方面に向かってけ」


 立派な翼を持つ獅子のような何かが羽ばたく。大きい身体にわりに素早い。あっという間に見えなくなった。


「召喚獣の様子に異変が起きたら伝えろ」


 召喚獣の状態を把握できるのは呼んだ本人だけのため、エイルは木の人形師にそう言った。


「分かってる。今のところは問題ねえよ。そのままでいい。家があったとこまで真っすぐだ」


 木の人形師が呼んだ獣たちが到着するまで待つしかないなと思いながら、エイルはツー部隊長の様子をうかがう。現場にいるゼロ部隊と連絡を取り続けているようだ。


「ああ。さきほど、こちらから木の人形師が呼んだ獣たちが向かいました。すぐに分かるかと。はい。戦闘が終わったらあの人のとこに行ってください」


 この発言から、ツー部隊長はエイル達の言動を聞きながら、ゼロ部隊と会話をしていたと分かる。


「ふぅー……声だけのやり取りでも辛い」


 ツー部隊長は疲れたように言った。ゼロ部隊は癖の強い者しかいないという話があるのだが、それは本当のようだ。


「おっつかれちゃーん。そんで? どうなの? あっちは」


 スリー部隊長は労うように明るめに言い、近づいて背中を優しく叩く。


「いつもよりも時間がかかっていると言っていた。7人の生存者を守りながら戦っているのが理由だろうな」


 ツー部隊長は淡々と聞いたことを伝える。ゼロ部隊は色々と破壊してしまう程の力を持つため、人の前ではだいぶ加減しているようだ。だからいつもよりも時間がかかっている。


「あー……あの人達、本気だと派手にやるもんな。3年前も大穴開けて、ついでに長の胃が開きかけたし」


「あの時の長の顔は凄かった」


 部隊長同士の会話を聞いた木の人形師は何か言いたげだったが、あいにく獣たちを率いる仕事があるため、変に口が動いているだけである。


「ん? ああ。心配いらねえよ。そっち右にな」


 流石に獣たちにバレていたようで、特有の何かで発信したようだ。受け取った木の人形師は苦笑いしながら、案内をしていく。


「先ほど守りながら戦っているのが理由だと言ったが、それだけではない」


「ありゃそうなの?」


「魔物にしては強すぎる。そう言っていた」


「へー。珍しー。やべえの、起きなければいいけどね。最近というか去年あたりから変じゃね?」


 エイルはスリー部隊長と同じように感じていた。冒険者としての初任務時、巨人の島での不審な魔術師、魔獣の出現の増加。線と線が繋がるようなものではない。だが何かこれから大変なことが起きるのではないかという不安をエイルは持っていた。


「着いたぜ」


 ただ今は考える時ではない。木の人形師からの報告を受け、気持ちを切り替えていく。


「そうか。ドワーフの人たちは」


「いるぜ。7人いることを確認。そのまま救出作業しちゃえば良いんだよな?」


「ああ。頼む」


 木の人形師は慣れたように獣たちに指示を送る。


「尻尾を使って上げろ。そんで背中に乗せておけ。おめえはそのままで問題ねえよ」


体感としてはそこまで時間はかかっていないだろう。木の人形師はフゥーっと息を深く吐いた。


「これでひと段落だ。居残っていてなおかつ生き残ってるドワーフ全員、背中に乗せたぜ。そのままこっちに直行でいいのか?」


「ああ。それで問題ない。あとはゼロ部隊についてだが」


 木の人形師が信じられないといった顔になる。


「おいおい。そっちもかよ」


 エイルは力強く言う。


「当たり前だ! 俺は救助団体の長だが、治癒魔術師でもある。あれだけ長時間あそこにいたら無事ではないだろ。どれだけ強く鍛えられ、付与魔法をかけたところで限界が来る」


 噴火がだいぶ収まってきているとは言え、未だに油断は出来ない。噴火によって出てくるものが体内に入るだけで悪影響を及ぼす可能性はあり得る。治癒魔術師でもあるからこそ、エイルはゼロ部隊の身体を心配しているのだ。


「救助した7人と共に安全なとこまで移動し、診察と治療をやっていこう。ゼロ部隊も戦闘終了後、簡単なものぐらいはやっておかないと流石にキツイはずだ。世話になっている人がいるみたいだが、どこにいるのかも分からない状態だとな」


 考えながら発言をしているが、エイルの伝えたいことはこの場にいる全員理解した。


「……近くまで呼んだ方が良いか」


 ツー部隊長はゴソゴソと懐から緑色の水晶のようなものを取り出しながら言った。


「その方がいい。ゼロ部隊も普段世話になってる人の方が良いだろう。精神的に」


「それもそうだな。ああ。ドクター。今どちらに」


 ツー部隊長が連絡を取り合っている間に、立派な翼を持つ獅子のような召喚獣たちが戻って来た。ドワーフ自体、小さいため7人でもかなり余裕があるようだ。主人である木の人形師は召喚獣たちの頭を撫でながら労う。ついでに処刑人が使う召喚獣から乗り移っている。


「おー戻って来たな。お疲れさん。あとは安全なとこに直行だ。ぱっと見、どうだ」


 最後の部分はどう聞いても投げやりなのだが、専門家であるエイルに託した方がいいという考えがあってのことなのだろう。


「見た感じは大丈夫そうだ。体内に入らないように魔術をかけたり、防具を装着したりしてるみたいだからな。細かい所は安全なとこでやった方がいいだろ。問題はどこで見るべきかなのだが……流石に処刑人がいるとマズイ……か。言っておいてあれだが」


 ツー部隊長が指定したところに治癒魔術師が数人集まっている。最初はそこで治療などを行おうと考えていた。だが色々と怖がられている印象の処刑人もいるとなると、話が変わってくる。処刑人の部隊がいるだけでストレスになりかねないためだ。実行前に気付いて良かったとエイルは思った。


「いや平気だと勝手に思っていたからな。ただでさえ入りづらい部隊の人数を減らすわけにはいかない。俺達の不手際は俺達で対処する。それもルールだ。エインゲルベルト・リンナエウス。こちらに行け。1番近いところだ」


 エイルは察した。ツー部隊たちは別のとこに行くと。


「ちょっと待て。お前たちはどうするつもりだ」


「ゼロ部隊の支援を行う。終わり次第、世話になっている治癒魔術師のところに向かう。別の場所だが、時間はさほどかからない」


 木の人形師は物凄く嫌そうな顔になりながら言う。


「お前、最初からコイツに頼るつもりなかったな?」


「言ったろ。俺達の不手際は俺達で対処すると」


 立場として変わらない頑固なツー部隊長を見て、木の人形師は徐々に呆れてた表情になっていく。ツー部隊長は変化を気にすることなく、部下に指示を出す。


「ある地点まで送っていく。お前たちはその場で待機。スリー部隊長、ゼロ部隊から連絡が来たら、応答しておけ」


「ほーい。任して」


 ツー部隊長と出会った位置まで戻り、エイルは地上に降ろされた。そーっと大事にするように両手でやっていた。


「交わしたものを忘れるな」


 ツー部隊長が提示した要求の1つ、公式書類に処刑人の名を出さないことを実施しろと言っているに等しい。これを破ったら殺される。冷や汗をかきながらも返事をする。


「分かっている」


 この後ツー部隊長の召喚獣である鷲が羽ばたき、ぐるりと旋回し、仲間達の所へ行った。見送る時間はない。すぐに仲間の治癒魔術師がいるところに移動し始めなくてはいけない。


「指定した所に行こう」


「おう」


 指定地に着いた後、エイルは救助した彼らを診て、必要な治療をした。仲間達に何が会ったのかを聞かれたが、答えることはしなかった。そして公式書類にはディジミバの処刑人の名前や分かるような言動を書く事はしなかった。勿論公式書類の中には依頼主の国家であるランニィ宛にもない。


『噴火してから数日以上経過しているため、生存者は7名まで減っていた。生存者を救うために召喚獣を用いた。簡単な診察を行い、道具などが揃っている場所に移動させ、治療などを実施した』


 助けたという結果は変わらないためか、不自然に思われることもなく、第三者はこの書類に目を通したらしい。変に勘付かれる心配がなくなったのか、エイルはホッとしたみたいだ。


 実はもう1つエイルがホッとした要因がある。ドラグ王国にある本部に処刑人らしきものから手紙が送られてきたのだ。送り主が不明のため、ダンデが念のため確認をしてくれたが、危険性がないと判断をし、受け取ったものだ。エイルは自分自身の仕事部屋で封筒を開ける。片手ぐらいの大きさの薄っぺらい紙だ。


「えー……封筒の割にしょぼいな」


 ダンデは容赦ないコメントを言った。貴族が使いそうな封筒だったため、中身も相当質の良いものなのだろうと想像してしまう。実際はボロボロで薄っぺらい小さい紙なのだが。エイルは気にせずに見る。


『全員無事だ。安心しろ』


 でっかく短く書かれていた。流石に短いと思ったのか、誰かが丸っこい文字で追記していた。


『追記しとくっぜ。あの人達、ドクターに説教くらってた』


 ご丁寧に棒人間で説教している様子を描いていた。どうにか魔物を倒し、治癒魔術師に直行し、叱られたのだろう。


「結局火山の魔物、倒したの誰なんだろうね?」


 ダンデが楽しそうに聞いてきた。ゼロ部隊の功績や流れから察したのだろう。しかしエイルは曖昧な答えを出す。


「さあな」


「うわー凄いテキトーだね。まあそれはどうでも良いか。ちょっと気になることがあって、暫くは調べてくるけど……良い?」


 彼の用事なのだろうと思い、エイルは承諾する。


「構わない。行ってこい」


「ああ。行ってくる」


 軽い足取りでダンデは出て行く。休みでもどこかに行くのも彼らしい。エイルは背伸びをし、ドラグ王国の王都の風景を窓から見る。そしてボソッと呟く。


「連携が取れるように色々とやっていこう」


 今回は噴火と魔物など色々と大変な要素があったが、他組織との連携の勉強になったようだ。

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