第28話 噴火と魔物 その4
誰も動くことが出来ない。処刑人の1人を倒したダンデでさえ、一歩も動けずにいる。主導権はツー部隊長にあると分かっているからだ。それを1番分かっているのはエイルである。下手な発言をしたら終了だ。人を助けるどころか、それすら出来なくなるのは非常にマズイ。
「要求は複数ある。1つ。番号25を返すこと。2つ。魔力回復薬を提供すること。3つ。召喚獣と契約してる魔術師をこちらに寄越すこと。4つ。治癒魔術師のお前、一緒に来い。5つ。公式書類に俺達の名を書くな。6つ。治癒魔術師を指定場所に派遣しろ」
処刑人側の要求は合計6つ。あまりにも勝手すぎるが、文句を言ったら首がはねる。全てを飲み込むしかない。
「これほど優遇された条件はないだろ。さあどうする」
エイルはこの発言で少し不審に思った。処刑人の仕事は国の長が邪魔になる連中の排除、その可能性となる芽を潰すことだ。何か裏があるだろうなと感じる。質問したところで、彼らが答えそうにないため、素直に求めることをやっていくだけだ。
「分かった。ダンデ。彼を部隊長に渡せ」
ダンデはエイルの指示に従い、番号25と呼ばれる少年を部隊長に渡す。何かの薬が入ってる小瓶もついでに渡している。戦闘中、ダンデは痺れなどの類を使っていたのだろう。部隊長は体を動かせるようになった少年の耳元にこっそりと言う。
「あとで鍛え直しだ。これからのことを考えてな」
「あ……はい。ごめんなさい」
シュンと落ち込む。何も聞こえていないダンデは少年の様子を気にせず、拘束されているエイルに話しかける。
「どうするつもりだい。君は部隊長と共に行く予定だ。臨時のリーダーが必要だろ」
リーダーとして出向いているエイルが不在になるため、臨時が必要になってきた。ただし今回が初めてではない。こちらに記載しているわけではないが、実は何度もエイルがいない支援活動があった。
「そうだな。ルーシー・カトレー、頼めるか」
「ええ」
問題は召喚獣を扱う魔術師の選出だ。今回は臨時雇いの者もいる。流石にディジミバの者から選んだら、嫌がるのは目に見える。
「魔術師は俺でいいだろ。雑用も出来るし、召喚獣も扱えるしな」
木の人形師が率先して、前に出てきた。ヴィクトリアが何かを言おうとしている。
「ああ。赤いお嬢ちゃんはみんなと一緒に救助活動とやらをやりな。その歳じゃ、重すぎる」
魔術師としての力量ならヴィクトリアの方が上だろう。しかし彼女は精神的に幼い。処刑人がどう動くのか分からない現在は彼女が同行することは控えた方がいい。残虐な面を持つ彼らの行動を見て、復帰すらも見込めない程のダメージを与えるわけにはいかない。優秀で将来がありそうだという年上の彼の配慮だ。
「分かりました」
ヴィクトリアは不服そうながらも、木の人形師の言うことを受け入れた。
「次に魔力回復薬だな。限度はあるが……どれぐらい持ってくつもりだ」
仲間達がリュックサックのような鞄から緑色の液体が入っている瓶を取り出す。1口分の量が入る瓶が30本ある。
「番号25。10本だ」
「はい」
意外にも全部持っていくことはしなかった。全部持ってかれるのではと覚悟していた人達は処刑人に問いかけたいところなのだろうが、状況が状況のため、無言のままだ。
「持ってきました」
簡単に確認したツー部隊長は次の指示を出す。腰にあるポケットからごそごそと手で探り、くしゃくしゃになっている紙を取り出す。ナイフを放し、ペンを握り、器用にサラサラと書いて、番号25に渡した。
「これをルーシーとやらに渡せ」
命じられた番号25はルーシーにご丁寧に両手で紙を渡した。これでこの場所でやれること全てが終わった。ツー部隊長はピュイッと口笛をする。灰色の巨大な鷲が来た。大人3人乗れるぐらいの大きさがある。
「行くぞ」
エイルは強制的に乗らされる。大人しく従えと言わんばかりの押しである。部下は木の人形師と共に、色の異なる大きい鷲に乗って、頭上よりも高い位置にいる。エイルは仲間達に何か言いたいところだが、そんな余裕はなさそうだと彼を見て分かった。
鷲が羽ばたく。あっという間にルーシー達が豆粒ぐらいの大きさにしか見えない高さとなった。あとは仲間を信じるしかないと思い、エイルはクレフスト火山を見つめる。
「おー。これが処刑人御用達の召喚獣って奴か」
木の人形師は呑気に言った。召喚獣は知的生命体がいない世界の住人らしい。ある条件を達成すると、行き来出来る通路が出来上がり、主が呼びかけをすると別世界からやって来るのだそうだ。実際はどうなのかは不明だが。
「そうですね。これが……すみません」
番号25が律儀に答えようとしたが、ツー部隊長の睨みで恐縮してしまった。
「おーこえーこえー。そんなんやったら、女にモテねえぜ?」
下手な行動をしたら、殺される可能性があるはずなのに、木の人形師は処刑人をおちょくる。度胸がありすぎて、違う意味でエイルは彼に拍手を送りたくなった。ただし、ツー部隊長は何も反応せず、静かに火山を見つめているだけだ。真剣な面持ちだ。いくら揶揄っていた木の人形師でも、そこまで馬鹿ではない。
「どうやらそういう気楽な感じじゃねえか。ここまで来たんだ。お前達の事情を教えてくれよ」
エイルは木の人形師の言葉に頷きながら言う。
「木の人形師の言う通りだ。そろそろ教えて欲しい。でないと動けない」
ツー部隊長は目を瞑る。実際は数秒しか黙っていないのだが、体感だと長く感じてしまうのか、木の人形師が催促する。
「ずっと黙ってねえで、さっさと教えろよ。立場上、お前が指示を出さねえと動けねえんだぞ」
堪え性がないなと思いながら、エイルは木の人形師に突っ込みを入れる。
「数秒しか経ってないと思うんだが。部隊長。ところどころぼかしても構わない。現状が把握できるだけの情報を伝えてくれないか。魔術によったら、時間がかかることもある」
「……ドワーフの町に居残っている奴がいる。彼らの救助を頼みたい」
木の人形師が盛大にため息を吐く。
「はー……相変わらずめんどくせーとこだな。この国は」
そしてディジミバの長を支える部隊の人の前で言ってはいけないような発言をした。口の悪いエイルですら、やらないことだ。
「部隊長の前でその発言は許しませんよ」
案の定番号25が腰にある鞘から短剣を取り出し、殺気を放っていた。
「番号25。やめておけ」
「す……すみませんでした」
注意を受けた番号25は短剣を鞘に納めた。
「そう言うのも無理はない。閉鎖的な部分があるからな。事実、他国に頼ることなくやってきた」
この部隊長の発言で、エイルは部下に注意した理由が何となく分かった。
「知ってる。じじいから腐る程聞いてきたしな」
「だがもう今までのやり方では通用しない。魔術の発達で繋がりが出来上がっている。ドワーフの住処は遠い国家とやり取りしているようだしな」
「なるほど。通りでお前がこっちに来ると思ったら」
木の人形師は納得したように言い、エイルを見た。ずっと疑問には思っていたのだろう。部隊長は続きを言う。
「いずれ自力で頼ることもなくなるだろう。それでも俺達の役目は変わらない。長が望むことをこの手でやる。それだけだ」
「へいへい。そんで。亜人を事前に避難させるのも、その長のお望みという奴か?」
木の人形師の突くような質問にエイルは冷や汗をかく。ディジミバの長を信用しきれていない部分があるからだ。
「実際には違うのかもしれない。だがこの件の判断は俺達に委ねられているからな。今回の作戦は戦闘特化の部隊、ゼロ部隊が出動した。その意味、お前たちには分かっているだろうな」
エイルも木の人形師も顔をしかめる。処刑人の部隊は4つあり、それぞれ役目が異なっている。誰もが高い戦闘能力を有しているが、その中でも1番高いのがゼロ部隊だ。ゼロゼロ部隊、ダブルオー部隊とも言われる。彼らはクレーターを作ることが出来る力を持ち、過去に何度も屈強な戦士を真正面から殺している。
これだけの情報なら、もう此奴らだけでいいのではと言う輩が出て来るだろう。だがゼロ部隊にも欠点がある。戦闘がド派手で色々と破壊し、被害金額がシャレにならない。だからか、ディジミバの住民はゼロ部隊がどういったものなのかを知っている。そしてその派手な活動は、国の長でも頭を抱え込む事態に陥ってしまう可能性がある。それが理由なのか、普段は騎士団に混じって活動をしている。
「勧告を出し、よその使い魔を遮断し、情報操作させたのも納得がいく」
ディジミバに訪れたことがあり、長期間滞在もしていたエイルは彼らの行動と現在の情勢を理解した。
「町に残っている人を救って欲しいと言ったな。それは理解した。だがあまりにも人数が少な過ぎる。何故俺と召喚獣を扱える魔術師1人絞った」
救助団体の長として、エイルは処刑人に問いかけた。危険性を出来るだけ軽減しながら、召喚獣で突っ込む形になるため、そいつらに付与できる魔術師は最低3人必須になる。更に感知できる魔術師も要る。エイルの視点だと、人を救うには人員が少ないのだ。
「情報漏洩を避けるためだ。俺達の任務を知っている奴を出来るだけ少なくしておきたい」
これがツー部隊長の答えだった。木の人形師が再びため息を吐く。エイルは特に気にしないまま、質問をする。
「そちらにも事情があるのは分かった。それでだ。処刑人側がどれだけ活動している。人数がいないと流石にキツイんだが?」
「心配はいらん。俺と番号25を含むツー部隊5人とスリー部隊5人も救助活動に専念する。スリー部隊は魔術師だけの部隊だ。人を探すのも、付与するのも、朝飯前の連中だ。来たか」
左右から巨大な鷲羽8羽がやって来る。黒ずくめの連中だ。火山灰などを吸わないように対策をしているので、顔すら見えない。
「スリー部隊、全員いるぞ。そんで色々とやってた此奴らも拾ったよ。で。お前……いつ彼女出来た?」
「了解。確認した。ドスケベ魔術師、任務中におふざけするな。また音を鳴らすクッションを置くぞ」
「それは勘弁」
部隊長同士とは思えない会話だった。命がけの仕事をやり慣れているから、軽いやり取りになっているのだろう。
「まあおふざけはここまでにしときますわ。やっほー。エイルちゃん。よろしこ」
スリー部隊長らしき人と思われるドスケベ魔術師、思ったよりもチャラかった。エイルはやや引いた反応をした。
「ああ。よろしく頼む。ツー部隊長、何処まで近づけられる」
ツー部隊長に聞いた時、鷲は前進するのを止めた。
「ここまでなら平気だ。火山の噴火は少しずつ収まっているからな。だがこれ以上前に行くと、魔物がいるし、ゼロ部隊がいるからな。危ないと分かっているとこまで連れて行ったりはしない。エインゲルベルト・リンナエウス。ここから率いるのはお前だ」
ツー部隊長は静かに言い、エイルは縦に頷く。
「分かった」
ディジミバで有名な処刑人を率いることになり、条件は色々とあるものの、大きい差はない。治癒魔術師として、救助団体の長として、やり通すだけだとエイルは思った。
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