第27話 噴火と魔物 その3

 ディジミバ国内に魔術師の臨時募集の紙が広がり、あっという間に30人ほどが近くの丘に集まった。報酬として、贅沢させしなければ、1ヶ月ぐらい何もしなくても過ごせる程度の金額を提示していたのが大きい。


「短時間でこれだけ集まるのも凄いな」


 マチルダはやって来た魔術師の人数を確認しながらぼやいた。


「しばらくは生活出来るんだ。亜人嫌いでもやる奴はやるさ。ああ。仕事で身分とかを贔屓するのはやらねえから安心しときな」


 ローブを被った顔の見えないガサツそうな男の魔術師の台詞にマチルダの眉がぴくっと動く。


「おっとそう怒るなよ。こういうのは長年のものだ。そう簡単に解決出来るわけじゃねえよ。ここはそういうとこなんだ」


 男の魔術師は続きを言う。おどけた言い方だが、真剣なものが中に入っている不思議なものだ。


「少なくともここにいるメンツは大丈夫だろ。問題は終わった後だな。なあ。白髪のお嬢ちゃん」


 男は楽しそうにエイルに言った。エイルのこめかみにヒビが入っており、睨んでいる。


「誰がお嬢ちゃんだ。木の人形師」


 既知の間柄なのか、エイルは普通に話しかけた。木の人形師と呼ばれた男の魔術師はエイルの睨みに怯むことなく言い返す。


「おめえのことに決まってんじゃねえか。見た目がそうだしな。俺の言いたいことは分かるよな?」


 否定できない部分があるのか、ぐうの音が出ないエイルは静かに言う。


「どちらもそれぐらいは承知してる」


 国の事情を知っているエイルと違い、あまり知らないマチルダは首を傾げるしかない。


「長から文句を言われたり、何かしらの制限がかかったりするものなのではないのか?」


 それでもドラグ王国から出て、他国の事情を耳にし、活動してきたマチルダはある程度想像していた。マチルダの発言を聞き、人形師は困ったように自分の頭をガシガシとかく。


「まあそうなんだけどよ。なーんか引っ掛かるんだよな。今回。今の代になってからは他のとこを考慮して、最低限のことはやってくれるが」


「不審なところがあると」


 いつの間にか木の人形師とエイルの間にダンデがいた。右手に紙がある。ひらひらと紙で遊んでいるが、表情は真剣そのものである。


「頼んだ分、集めてきたよ。はい」


 エイルはセージと一緒に近くの村に行く前に、こっそりと情報収集をダンデに頼んでいた。念のためのものだが、やらないよりかはマシだろうと思っての指示。だが、ダンデの表情から察するに、明らかに厄介なものを掴んだものだとエイルは感じ取る。


「ああ。ありがとう」


 ダンデが集めてきた情報を見ていく。木の人形師も気になるのか、エイルの横からお邪魔している状態。見づらいが、我慢をして、目を通す。


「これが本当のことならちとマズイんじゃねえか?」


 木の人形師が冷や汗をかいている。


「ああ。同感だ」


 エイルも彼と同じ気持ちだった。それでもなるべく抑えようにしているのか、顔に出ていない。


「マチルダ。君はもうちょっと気を押さえておこうか。まだ確定したわけじゃないんだからさ」


「すまん」


 マチルダは殺気を軽く放っており、その辺りでダンデから注意を受けていた。彼らがああいった反応になってしまうのは無理もない。ディジミバを治めている長が噴火を利用して、魔物を召喚したのではという可能性が浮上しているからだ。根拠として、クレフスト火山の近くに駐在している人が退去していること、使い魔を火山の近くまで飛ばせないように結界を貼っていることなどが取り上げられている。


「そうだな。あくまでも可能性として結論を出してるだけにすぎない。元々火山の噴火で生まれる魔物は厄介なものばかりだ。対処に困っているのはあちら側もおなじはずだ」


 例の魔物は時間が経てば、固まっていき、動かなくなる。しかし放置しておくと、被害者が続出するため、討つ必要がある。しかし討つための方法が限られている。相当厄介なものだ。だからこそ、エイルは相当手を焼いて、下手に行動していないのだろうと推測をたてている。


「俺達は出来ることをやっておくだけだ。マチルダ。来る予定の魔術師の確認、終わってるな」


「ああ。こっちの方に入れてある」


 マチルダはチェックリストの紙をエイルに渡す。ちょうどその時、ルーシーとヴィクトリアが近づいてきた。


「エイル。準備が終わったわよ」


「分かった」


 エイルは静かに言い、少しだけ歩き、人が集まっているところに出る。彼の動きを見た仲間はお喋りを止める。遠くにいる臨時雇われの魔術師まで届くように大きい声で言う。


「これから出発をするぞ。着いてからまた指示を出す」


 魔物討伐に参加する人達が移動し始める前、ダンデはエイルに他の誰にも聞こえない程度の声量で告げる。


「少し外させてもらうよ。警戒をしとくようにマチルダに伝えてくれ」


 エイルは無言で縦に頷くのみ。ダンデはそれに気にすることなく、そーっと抜け出した。


 目的地まで時間はかからない。歩きでも、30分ほどで着く。普段は馬車などが通る道で、左右に木々がポツポツある。距離が近いため、今までで赤茶色のクレフスト火山が大きく見える。火山から約8kmの地点、魔術師視点からだと良いコンディションでやれる一番近いところだ。本来なら誰もいないはずだが……いる。


「げ!?」


 その誰かを見て、木の人形師に焦りが出始める。それは若い男だ。彼は右側の火山灰が積もってる大きい岩に座り込んでいる。全身傷だらけで、上半身裸で、毛皮で作られたズボンのみ穿いている。前髪を伸ばしており、左目が見えない状態。頭のてっぺんが黒色でその他は銀色と髪の色が特殊。口と鼻は黒色のマフラーのようなもので隠している。


 これだけの情報なら避難をしてきた男性なのだが、場所などを考慮すると、明らかにただものではない。なにより、彼は死神を思わせるような黒い印の旗を持っている。


「やべえ。まさか処刑人が動いてるのかよ」


「俺ら死ぬの?」


 他のディジミバの魔術師に不安が出始めている。エイルも正直、絶望しかない。岩に座っている彼の正体を知っているからだ。


「……所属部隊と番号は」


 エイルは静かに質問をした。


「ツー部隊。番号は20。部隊長。処刑人」


 淡々と岩に座っている男が答えた。処刑人ツー部隊、番号20。ディジミバで悪名高い国の長直属の部隊の1つ、ツー部隊の部隊長。暗殺者として、密偵として、裏側で支えてきた者たちだ。戦闘能力は全員極めて高く、たった1人でも小さい部隊なら全滅してしまうほどのものを持つこともある。


 その一方で、ノーボーダーズは人を救うために設立された団体だ。マチルダやダンデなど数人は戦闘能力を持ってはいるものの、大多数は戦闘すら未経験が多い。あまりにも分が悪い。勝負以前の問題だ。


 別のルートを使って、魔物を討伐しに行くのもありだが、時間がかかるだけだ。そもそも彼ら処刑人の部隊が出ているため、どこでもいる可能性は十分にあり得る。


「撤退するしかねえぜ? 俺達が前に進まなければ、彼奴が動く事もねえってだけで良しとするしかねえ」


 木の人形師の言う通り、撤退以外やれることがない。途中で彼らが不意打ちをしてこなかっただけ、ありがたいと思うしかない。それほどヤバイ相手なのだ。


「俺も同感だ。魔物狩りをすると明言したが……仲間が犠牲になったら元も子もない。だがその前に部隊長と言ったな」


 エイルはツー部隊長に声をかける。部隊長はコクッと小さく頷く。エイルは続きを言う。


「知っている限り、尚且つ言える範囲で構わない。教えてくれ。それが終わったら、俺達は撤退する」


 この発言で仲間の数人が戸惑う。人を救うための魔物狩りから撤退という急な変更をするとエイルが決めたからだろう。


「エイル。良いのか。撤退の宣言をして」


 マチルダも戸惑っている1人だ。エイルは後ろにいるマチルダに顔を向いて言う。


「ああ。処刑人と敵対してもメリットはない。裏にディジミバの長がいる。……正式な支援活動は許可を貰ってからになりそうだな」


「そうだね。君の判断は正しい。彼らと戦ったところで俺達に基本勝ち目はないし、方法はそれしかない」


 ダンデがズリズリと引きずりながら、何かを持って登場した。戦闘があったのか、服がボロボロだ。


「番号25。運、悪かったな」


 引きずられていたもの……いや人は10代前半の幼い少年だった。普段なら黒ずくめの衣装で目以外は見えなくしていたと思われる。ただ現在はフードを外し、ぼさぼさの黒髪と顔が晒されている。


「ごめんなさい。負けました。ドジっちゃいました」


 番号25と呼ばれた少年は処刑人とは思えない情けない声を出した。


「俺達の部隊は戦闘が仕事というわけではない。気にするな。それで。頼んだ分は終わったか」


「ええ。まあ。終わりましたけど」


「それでいい」


 任務遂行の報告があれば安堵などの様子を見せるが、何故かしかめ面のような感じだ。異変を感じた少年は話しかける。


「部隊長?」


 ツー部隊長は何も答えず、パッと飛び降りる。目に映らないほどの速さで近づき、背後からエイルを捕らえる。エイルの首元の近くにナイフの刃。誰かが悲鳴をあげる。静かに見ていたり、睨んでいたりするなど様々な反応をしているが、この場にいる者達の心情は似たようなものだろう。


「取り引きと行こう。ノーボーダーズの長」


 部隊長の声は小さいはずなのに、周りに冷たさが伝わってきた。


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