第25話 噴火と魔物 その1

 大洪水にあった被災地への支援活動が終わり、ドラグ王国に戻る途中のことだった。ストリア大陸中部にある山に囲まれている草原の国ランニィの王からの依頼で“とある地点”に立ち寄ることとなった。


 そこは前々から周辺国家や地学研究者の報告でクレフスト火山の噴火の可能性があるとのことで、避けておくべきルートだと言われていたところだ。書類によると、7日前に火山が噴火し、それ以降、古くから交流があるドワーフという亜人が住む地域との連絡が取れなくなったようだ。また、その地域がある国から情報が来ていない。


 ちらりと前を見ると、使いの者らしき男性が待機している。情報があまりない状態のため、どこまで本当かはさっぱりだが、確かめてみるしかないのが事実だろうと考える。


「分かりました。俺達で一度立ち寄って、様子を確認しましょう」


 使いの者らしき男性は嬉しそうにする。


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 どれほど危険かが不明な今、安全に行える可能性は低い。国家からの依頼を完璧にやりますと言って、失敗して、組織に傷を付かせるわけにはいかない。国を跨いでの活動は様々な国家から信頼を得ているから出来るものだと考えているからだ。だからこそ、事前に伝える。


「ですが、情報がないに等しく、物資が残りわずかな現在、あまり期待しないで欲しい。何かを掴んだ場合、または確認が出来ない程危険な場合、文を送ります」


「分かりました。王にそう伝えておきます。ツーイ地区の人達を救ってくださるだけでなく、友に等しい異国の地域のことまでやっていただける可能性があるだけでも……こちらとして助かります」


 こうしてストリア大陸中部にあるランニィからの依頼で帰るルートを変更。地理に詳しい人達の意見や外交官からの情報を聞き、慎重に調査を進めていくのであった。


 出発してから3日後。空間転移を利用しながら、目的地まで100kmほどまで近づくことが出来た。5回目の空間転移の到着地点とも言える小さな村で、異変に気付いた。豊かな緑の草や木が灰色の粉にかかっていた。火山灰だろう。


「久しぶりの団体さんだねぇ」


 村の住民らしきお婆さんが声をかけてきた。帽子を被り、口と鼻を覆うように布で隠している。目に何もしていないように見えるが、魔術などで守っているに違いない。手には箒とちりとりがある。若い住人達が率先して、掃除をしている様子が見える。


「救助団体のノーボーダーズだ。ランニィからの依頼で調査をしに移動途中だ」


「そうなのねぇ。そうだ。調査と言えば、あのお客さんがいたわ。おーい。マルタゴンを呼んでおくれ。ひょっとしたら、ひょっとしたら同じのかもしれんぞー」


 そのお婆さんが近くにいる小さい女の子に頼んでから1分後、マルタゴンと呼ばれている人が走って来た。


「おっお待たせしました」


 丸い眼鏡をかけ、つなぎ服に似た青色のものを着ている黒髪の小柄な男性こそ、マルタゴンのようだ。


「マルタゴンと申します。えと。えと」


 人と喋り慣れていないのか、たどたどしい。エイルは彼の様子を気にせず名乗り、ここに来た経緯を軽く話す。


「エインゲルベルト・リンナエウスだ。ランニィからの依頼で通りかかった」


 何か引っかかったのか、マルタゴンは少しだけ考えていた。


「ランニィ。ストリア大陸中部の放牧民の。差し支えなければ、どのようなご依頼で?」


 思い出すように言葉にし、質問してきた。火山の噴火の範囲を考慮すると、答えても問題ないだろうとエイルは答える。


「友好関係がある地区を見てきて欲しいと頼まれた」


「クレフスト火山が近くにあるドワーフの住む地区ですか」


「ああ。そうだが……ひょっとして何か知ってるのか」


「多少はですが。すみません。彼女とお話したいので、部屋を借りてもいいですか。色々と情報交換しましょう。構いませんか」


 情報が手に入るのなら、救助団体としてとてもありがたい。エイルはすぐに返事をし、仲間に指示を出す。


「ああ。そうしておくべきだろう。みんなは自由に行動しておけ。この村から出るなよ」


「分かりました」


 木で出来た小屋の1つの部屋を借りて、そこで2人が互いに持つ情報を出していく。テーブルと椅子だけで、それ以外は何もなく、周辺の音が遮断されている。


「さてと。情報を出す前に、僕のことをもう少し詳しく自己紹介を。ジェイダン・マルタゴン。地学研究を行っている者です。専ら火山を調べてますね」


 緊張しながら、マルタゴンは改めて名乗り、やっていることを言った。


「救助団体ノーボーダーズの長を務めるエインゲルベルト・リンナエウスだ。引き受けた支援活動が終わり、ランニィの国王から友好関係にある他国の地域を見てきて欲しいと言われて、ここにいる形だ。先に言っておく。こちらが持つ情報はあまり持っていない。情勢を聞いている程度だ」


 ランニィと友好関係のあるドワーフの住処がある国、ディジミバに関してあまり良い印象を持っていない。放浪する治癒魔術師として、立ち寄ったことがあるエイルだが、種族に対する差別が相当だった。どの国にも差別問題は抱えてはいるが、酷いと思うレベルはディジミバだけだ。


「なるほど。火山の専門家でもないのに引き受けるって……お人好しにも程があるのではないですか?」


「オドオドしてる割に、容赦ないことを言うな。あなたは。まあ確かに知らない人から見るとそうかもしれないが、人を救うために設立した団体なんだ。出来る限りのことはやっておく。それだけだ。危険性を考えながらの活動になるから、最悪出来ない場合もあるがな」


「思ったことを口に出す。僕の悪い癖ですよ。思ったよりも冷静な女性で安心しました。可愛いのにカッコいいとか……ずるくないですか? いいなーそういうの」


 後半から本音ダダ洩れのマルタゴンである。羨ましそうにしてる彼の発言に、エイルの眉がピクリと動く。


「あれ……失礼なこと、言いましたか」


 雰囲気を察したのか、マルタゴンはエイルの顔色をうかがいながら聞く。


「訂正しておくが、俺は男だ」


「それは……失礼しました」


 マルタゴンは頭を下げて謝り、誤魔化すように咳払いをする。


「ゴホン。本題に入りましょうか。クレフスト火山は7日前に噴火しました。ディジミバは元から亜人を好まない国家です。それでも民であることに違いはないのか、避難勧告を出したという話を聞いてはいます」


 普通ならマルタゴンの顔が暗くなるなんてことはない。ディジミバという国家を信じていないのだろう。


「安全地帯にいるのなら……問題はないが、その様子だと信じていないみたいだな」


「ええ。さきほど言った通り、亜人を差別するとこです。他のどの国家よりも。希少性のある亜人を滅ぼした国家でもあります。だから避難勧告を出したという話を信じ切れていません」


「そうか。どの辺りまで近づくことが出来た」


「駆けつけてからやっとここまでなので……残念ながらまだ状況は。東にある火山の研究をしてる最中に聞いて出発したので……言い訳だってのは分かってはいますが」


 悔しさとイラつきが混ざっているような声でマルタゴンは小さく言った。


「いつもすぐ近くにいるというわけではないからな。それで。他に研究者の仲間はいるのか」


「はい。やっと連絡出来て、待ち合わせ地点を決めました。他の研究者も集まって、火山灰が降る範囲や火砕流などを調べていくつもりです。ご同行どうでしょうか。ランニィの報告出来ますし、派遣の判断の材料にもなりますよ」


 マルタゴンの提案にすぐ乗る。こちら側からしたら、デメリットが一切ないからだ。


「そうだな。一緒に行こう」


「本当ですか!? ありがとうございます! 仲間に連絡しますね!」


 マルタゴンは嬉しそうな顔になり、急に立ち上がって、勢いよくドアを開け、出て行った。仲間に連絡しに行ったのだろう。エイルは彼の行動にびっくりしたのか、ぽかんとしている。


「エイル。マルタゴンと思わしき男がルンルンになって出てきたのだが……?」


 金髪をポニーテールにしてる女性、マチルダが不思議そうな顔をして、様子を見に来ていた。発言から察するに、ご機嫌なマルタゴンを見かけたらしい。マチルダが理解出来ていない辺り、だいぶ浮いていたのだろう。


「そうか。マチルダ。他の皆も呼んでくれ。今後の方針を伝える」


 ずっと口を開けたままではいけない。エイルはすぐにやるべきことを考え、マチルダに命令する。


「分かった。皆を呼ぼう。村長の家の前に来るように伝えておこう。あそこが1番広いからな」


 マチルダは仲間を呼びにどこかへ行った。


「ああ。頼んだ」


 不安材料はあるが、地学研究者がいるだけまだマシだなと思いながら、エイルは立ち上がった。

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