第24話 人魚との出会い その2

 会議が終わり、エイル達はテントから外に出る。美味しそうな匂いが鼻に届く。


「こっちの器でいいんでしょうか」


「ああ」


 海からやって来たサルビアは既にここの地元の人と交流をしていた。事情を知らずに被災地に来たとは言え、サルビアを厄介者扱いにする可能性は大いにあった。助けるわけでもなく、支えるわけでもなく、飯を食うだけだとそうなってしまう。


ただ彼女は彼女なりに、出来ることを救助団体に伝え、彼らの指示に従って動いている。また、旅をする予定だったためか、自分用の非常食は持参していた。そのため、案外受け入れられている。見た目とか声とかというのも否定はしないが。


「エイルさん達、お疲れ様です」


 サルビアの声掛けに何人かの男性陣の頬が緩んでいる。少しでも癒しが欲しいのが本音なのだろう。


「気を緩み過ぎないようにな」


 とは言え、任務中なので、エイルは男性陣に釘を刺しておく。


「分かってますよ」


「この人チキンだから下手に女性に手を出すなんてことしませんよ」


「てめえ俺の株を下げるようなことするなよ!? リーダーの前でばらすな!」


「はいはい。さっさと飯食おうぜ」


 しれっと曝露された黄土色の髪の30代男性と告げた焦げ茶色の髪の20代が仲良く鍋があるところに行った。


「エイル殿」


 上半身裸の強力な助っ人の巨人が静かに話しかけてきた。糸目で少しずつ茶色の髪の中に白色が増えつつある、あと少しでおじいちゃんの年齢だが、とても力がある。救出作戦時は本来の姿である4m程の身長だったが、現在は魔術でエイル達人間と同じような身長になっている。地元民の配慮が主だろう。


「ボリジ。何か用か」


「聞きたいことがあってな。彼女をどうするつもりで」


 被災者でもない彼女をこのまま居座らせるのも問題なのではないかという考えで聞いたのだろう。誰でも持つ疑問なので、想定はしていた。


「明日には帰らせる」


 だからエイルはすぐ答えた。


「そうか。まあそれが妥当だな」


 ボリジは何か他にも言いたげな面持ちだ。察したエイルは問う。


「他に何かあるのか」


「いや。個人的なものだからな。北方に人魚なんて来ないもので。ちょっと色々と」


 エイルは納得する。


「ああ。そう言えば寒いところには行かないんだったな」


 ボリジが住むストリア大陸の北方にある巨人の島は基本寒い。そのため、周りに海が囲まれてはいるが、暖かいところを好む人魚は基本行かない。互いに交流を持つ機会がない種族同士なので、気になることが色々とあるのだろう。


「噂には聞いてはいた。人魚の歌は素晴らしいと」


「俺もそう聞いてはいるが、やめておいた方がいい。本当かどうか怪しい情報もあるし、リスク面を考えると……」


 彼女達人魚の歌に精神作用があり、男を海に引きずらせたり、発狂したりするなどの話がある。嘘の部分はあると思うが、立場上仲間の安全を守る義務があるため、人魚を歌わせるわけにはいかない。


「地上に上がれるだけで十分大丈夫だと思うわよ」


 にこにことルーシーが近づいてきた。ルーシーの言葉に理解が出来ず、エイルの眉がピクリと動く。


「どういう意味だ」


「私が前いたとこね。色んな研究室があるの」


 ルーシーの言う前いたとこは魔術学院だ。研究機関としての役割があるので、様々な研究室があるのは分かる。


「魔術だけじゃないの。色んな分野の人をかき集めたグループもあるわ」


 エイルの耳にも普通の魔術師と治癒魔術師が手を組んだ例を入っている。


「人間以外の種族を研究するところとかが代表例かしら。その中に人魚もあるわ。海があるところに拠点を作って、定期的に発表してるの。その中で興味深いのもあったわ。魔力を歌に込めることが出来るんですって。しかも自力で調整できるのよ。陸地上がりの資格の条件に含まれてるって話だから、悪影響はないはずよ」


 エイルはサルビアが苦労したと分かるような発言をしていたことを思い出す。


「サルビアって子も資格の証として、泡の文字が刻まれてる虹色の真珠があるはずよ」


「ああ。それは確認してる。本人が見せてくれた」


「なら大丈夫ね」


 ダンデが苦笑いして、スープが入ってる木の器3つを持って来てくれていた。


「君たち、話すのは良いんだけど、食べ物冷えるよ?」


「そうだな。いただこう」

 エイルはダンデから木の器を受け取って、静かに食事を始める。持ってきた干した貝が入っているため、美味しく出来上がっているように思える。食事の幅が広くなれば、その分生活の質が高くなるので、乾燥物の開発もどこかに依頼をするべきかとエイルは考えながら食べる。


「いいのかい!? 頼むよ!」


 向こう側に町長や貴族などがサルビアの前でお願いをしていた。怪しい噂がある人魚でも、実際に遭うと頼みたくなるのが性なのだろう。


「ええ。よろこんで」


 そして彼らの頼みをあっさりと承諾するサルビアである。早速行動開始。サルビアはステージ扱いのように噴水の前に移動し、息を大きく吸って、歌いだす。人魚が使う言語なのか、聞き取れても意味は分からない歌だ。


 それでも十分良いものだと分かる。脳がそう理解している。アルトの高さで、透明感があり、遠くまで響く。夜の野外が華やかな劇場の舞台になったと思わせるほど質が高い。不思議と心が落ち着いてくる。


「これが噂に聞く人魚の歌か。いいね」


 ダンデが素で言うということは相当良いものなのだと分かる。


「ああ。俺も初めて聞いたがこれほどとは」


 エイルは同意を示した。周りを見てみると、やっと表情が柔らかくなった人が出ている。それだけではない。


「うちの子、やっと寝てくれた」


「安心したのかねぇ。うちの子も珍しく寝そうよ」


「こっちのおじいちゃんが寝たんだけど」


過多のストレスで眠れていなかった人が眠れている。彼女の歌が良い影響を与えている可能性が高そうだ。


「人魚の歌って癒しの効果があるのね」


「そうだな。聞いた話の通りだった。こっちに来たな」


 ルーシーとエイルが簡単な感想を言った時、歌い終わったサルビアが可愛らしく走って来た。


「エイルさん。時間はありますか」


 サルビアはエイルに何か用事があるようだ。スケジュール的に厳しいため、どれだけ対応出来る時間があるのか計算してから、答える。


「そこまで割けないな。夜の見回りがある。手短に出来るのなら構わないが」


「あーそれだとだいぶ厳しいですね。そうなると……本部の連絡先を教えてくれませんか。あとで先生たちと相談してから向かいます」


 何故サルビアからノーボーダーズ本部の連絡先を教えてくれと言われたのだろうかと、エイルは頭を抱えたくなってしまう。


「災害と向き合うことが多いとみなさんが言っていたので……その知識を私達人魚にも教えて欲しいなと」


 人魚の住処は海の中だ。津波や嵐などで巻き込まれると考えて良さそうだ。人魚に関する知識はあまり持っていないが、今まで様々な災害に遭ってきたのだろう。こうして教えて欲しいとエイルに頼む辺り、深刻な問題なのかもしれない。


すぐに良いよと許可したいところだが、環境が違いすぎて、どこまで教えられるのか、通用するのか、その辺りが不安である。


「それなら共同研究って形にしていけばいいじゃないの」


 どう返事をしていこうかとエイルが悩んでいた時、ルーシーが提案をしてきた。


「まだ分からないことも多いし、互いに協力していけば、良いと思うのよ。魔術学院とのコネあるし、準備ぐらいはどうとでもなるわ」


 その手があったかとエイルは感心した。柔軟に考え、提案したルーシーに心の中で拍手を送る。サルビアもエイルと似たような考えだったのか、目を輝かせている……ように見えた。


「共同研究という奴ですね。その手がありましたか。えーっと」


「ルーシー・カトレーよ」


「ルーシーさんですね。はい。あとで色々と聞いてきます。ちょっと変人ですけどまあ良い人なんで」


 握手を交わした翌日にサルビアは海に帰った。エイル達はその後も期限まで支援活動を続けた。ドラグ王国に戻った後、エイルは報告書の一部にこう記した。


『人魚の歌、音楽の力がこれほどだとは思ってもみなかった。精神的ケアについて学問として、模索をしていきたい』


『海の中でも助けられる方法の研究を』


『違う組織でも共同作業をすれば、幅が広くなりそうだ』


 本当にサルビアが本部にやって来て、魔術学院や治癒魔術師などの合同研究室にお邪魔したり、提携の書類を書きこんだり、古い書類をあさったりした件も報告書に付け加えていたため、グダグダにはなったが、意外にも国王陛下は気に入っていたらしい。


 今回、エイルとしては、まだ勉強不足だなと感じたり、幅広く考えていきたいなと思ったりと学ぶところが多い活動だったと考えていた。それでも課題と解決を繰り返して、形として成していくのだろうと前向きである。

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