第17話 共同野外活動
共同野外活動はドラグ王国西部のとある個人運営キャンプ場で行われる。約150人が集まるため、貸し切りという形だ。
「全員揃ってるな?」
リーダーのエイルが点呼を取る。暖かい日差しが新葉に当たり、反射している。良い天気だなと思いながら、数える人から報告を待つ。
「こっちは揃ってます」
「私のとこも問題はない」
治癒魔術師など医療系と事務系は揃っているようだ。
「魔術師の方も問題ないわよ」
支える魔術師も全員いるようだ。救助系の部隊も問題はなさそうだ。事情を耳にしているからだ。
「5人は狩りに行ってるから不在だよ」
「そうだったな」
一部の冒険者はここのオーナーからの急な依頼を受けて不在だ。3メートルぐらいの魔獣、猪みたいなのが畑を荒らしてるっぽいため、それの退治で行っている。報酬代わりにお肉を調達するとの報告を既に聞いている事だ。
「お肉が大量に出るから、期待しておいてくれ」
ダンデ、さらっと全体に報告をしやがった。当たり前だが、男連中はテンションガン上げだ。よほどの理由がない限り、嫌いな人はいないだろう。
「お肉だ! ひゃっほーい!」
「神様ありがとーっ!」
そんなわけで、このように大声をあげている。偶然の産物なので、神に感謝をしても不思議ではない。エイルは落ち着かせようと声をかけた時、彼の顔が曇っている事に気付く。
「大げさすぎる。神も狼狽えて……どうした。ダンデ」
「少し考え事をしててね。聞いてみたけど、依頼内容、魔獣討伐が増えてきているという話がある。君はどう考える」
冒険者の彼は自然に関する情報が直接入ってきやすい。魔獣避けの依頼はあっても、討伐自体は滅多にない。だが増えてきていると彼は言った。一瞬だけ、亜人のゴブリンの異変を連想してしまったが、関係のない事だと否定する。
「特に何も。判断材料が無い」
「それもそうか。挨拶を頼むよ?」
「分かってる」
エイルは顔を上げる。挨拶が始まると察したのか、全体が静かになる。騒いでいた男性陣もだ。視線が1つに集中する。落ち着かない。大勢の前でただ話すだけなのに、心臓の振動が直に伝わってくる。自分も周りと同じように緊張しているのだと実感する。1度深呼吸を行って、言おうとした矢先、
「ダンデ様! 終わりましたーっ!」
狩りに行っていた数人が戻って来た。元気よく報告していたため、緊張感のあった空気が緩んでしまっている。
「ダンデさん! 解体した後、どうしましょうか? 焼けるようにやっておきます?」
赤茶色の男性が叫ぶ。自由に動いている彼らが羨ましいとエイルは思う。
「そうしておいてくれ」
「はーい!」
ダンデの許可を貰い、狩人達は解体が出来るとこに移動し始めた。ここでリーダーは腹を括る事を決意する。
「初めまして。ノーボーダーズの長として務めるエインゲルベルト・リンナエウスと言う」
治癒魔術師など医療系の人は彼の顔を知っているが、それ以外の職種の人はそれを知らない。予想外だったのか、戸惑っている人が多そうだ。既に慣れてはいるので、続きを言う。
「国境を超え、活動する救助団体は恐らくドラグ王国だけでなく、大陸でも初めてだろう。これは1人だけで出来る活動ではない。それを覚えておけ。俺も例外ではない。助け合い、支え合ってこそだと思う。より多くの人を救うため、力を貸してくれ。以上だ」
リーダーとしての固い挨拶はここまでだ。野外活動と言っても、実質野外パーティーだ。食べながら、会話をしたり、遊んだりするのが楽しみな人が多い。皆からどう見られているのか分からないなと思いながら、皆の表情をざっくばらんに見る。真剣な表情で聞いているのかなと感じる。
「ん」
終始にこにこと笑っているルーシーが目を指している。魔術で強化してと言っているように思える。エイルは素直にそれに従う。透明化されて見えていなかった部分が明らかになる。ヴィクトリアの上に文字が浮いている。
『笑いなさいよ。結構固いわよ』
付き合いが長い彼女にとって、そう感じたようだ。緊張し過ぎたのかもしれないと分析をしたリーダーは出来る限り、笑ってみる。ちょっと柔らかくなったのか、ヴィクトリアは親指を立てている。良くなったみたいだ。
「これからは共同野外活動を始める。と言っても、緊張する必要はない。野外パーティーと同じだと捉えておけばいい。準備や片付けをする必要があるがな。早速作業を開始するぞ!」
「おおお!」
主に男性陣のむさくるしい返事にびっくりしながらも、エイルが指揮を執る。
「食事用意班は調理台があるとこに移動しろ。運搬は魔術師がやっておけ。力のある奴はその補助を頼む」
テキパキと働き、1時間で準備が完了。術式が込められている折り畳み式のバーベキューコンロのようなものが10台置かれ、既に着火されている状態に。事前に用意していた野菜や肉類が網の上に置かれ、焼き始めている。
「狩ってきた奴の、下味したよー!」
「っしゃあ! 待ってましたー!」
自由に動き始める。白い平皿を持って、知り合いらしき人と話したり、焼いたりし始める。
「旦那。ほれ」
日に焼けた肌で、短く切りそろえている茶髪の男性が肉を盛った皿を渡してきた。
「あ。ありがとう。っと君は」
団体の長として、口は多少変えている。口が悪いままだと、関係を築きにくいのではないかという考えがあるからだ。1人で旅をしている場合は女性と間違えられやすい容姿のため、威圧を与えないとやっていけなかったが、立場が変わったが故だ。
「俺か。フィンリーでいいぜ。ゴールデンタイム家の次男だ」
エイルにとって聞き覚えのある家系だった。数百年も前から勇敢な戦士が輩出してきたと言われている。その1つであるゴールデンタイム家の生まれのようだ。
「誇り高き戦士の一族の」
「誇り高きっつーけど、マチルダ嬢にボロ負けしてからは鍛錬の積み重ねだよ」
フィンリーは困ったような笑みで頭をガシガシとかいている。戦いのプロではないので、基準はさっぱりだが、彼女は強いと改めて分かる。
「俺は試合を見たことがあるわけではないが……」
「ありゃやべえよ。みんなは魔力量を評価してるとこがあるが俺は違うと思ってる」
「そう……なのか? 神話に出てもおかしくもないレベルだと思うが」
初めて会った時はドラゴンとの戦闘だった。真正面からのぶつかり合いが強く印象に残っているからこその発言である。
「その辺りは確かにそうだ。けどそっちじゃねえんだ。目が良いんだよ」
どの辺りと言った細かい点を言っているわけではなかったが、エイルは納得した。暗い木々の中でダンデと模擬戦闘をしていたとヴィクトリアから聞いている。音を消すぐらいの補助しかしていなかったようなので、夜目が良い事だけは把握していた。
「あ。違う気がする。うーん」
言葉を上手に表現できないのか、悩み途中のようだ。
「なんつーか。動きを見るってのが上手いんだよ。動きだって無駄がねえんだ……よ!?」
何故か驚いて振り向いている。肩の上に誰かの手がある。金髪が見えている。
「久しいな。フィンリー・ゴールデンタイム」
話題に取り上げられているマチルダ本人だった。
「どうだ。一戦交えないか?」
不敵な笑みをしながらのお誘い。どう動くかどうか、エイルは彼の顔を観察する。口元が緩んでいる。
「ああ」
断る事をしなかった。リベンジを果たすつもりなのだろう。予定になかったものだ。オーナーに戦闘の許可をしにいかないといけない。エイルは走ろうとする。
「まあ待てよ。旦那。ここは俺達がやっておくよ」
フィンリーは雑にエイルの頭をくしゃくしゃにして撫で、マチルダと共にここの会場の主がいる建物に行ってしまった。
「勝手にやられても困るんだがな」
エイルは呆れた顔をしながら、ようやく焼けた肉を口に入れる。ほぼ魔獣の肉なので、恐らくこれもそうだろう。獣独特の臭みが消え、食べやすくなっている。ハーブや別大陸で輸入されたと噂されるスパイスとやらがあるお陰だろうか。
「エーデルワイス家とゴールデンタイム家のぶつかり合いだってよ」
「どうしてそうなったの!?」
話は瞬く間に広まる。近くにいる女性2人の会話でそう感じた。
「お。えーっと」
「エインゲルベルト・リンナエウス様ですわよ! 覚えなさいな!」
エイルに気付き、話しかけてきた。焦げ茶色のベリーショートヘアのガサツそうな女性は名前を覚えきれていようで、真っすぐな茶色の髪を背中まで伸ばしている女性に教えられていた。
「エインゲ……ああー! 言いづらい!」
「エイルでいい」
とても言いづらそうにしていたので、エイルは助け舟を出す。
「へ?」
彼女達にとって予想外だったのか、目が点になっている。
「普段はそっちで呼ばれてる」
「そうか。よろしく頼むな。エイルさん」
ホッとしたガサツそうな女性が右手を差し出す。エイルも彼女に倣う。
「ああ。こちらこそ」
握手を交わそうとした時、剣と剣がぶつかる金属音が聞こえてきた。
「もう始まってますわね」
「観戦客が集まっているか。見やすい場所があれば良いのだが」
2人と共に模擬戦をやっているとこまで歩いていく。途中で話しかけられる。
「エイル様」
茶髪の女性は丁寧に呼ぶタイプのようだ。やややり過ぎなように思えるが。
「様は付けなくていい。偉い身分ではないからな。それで、どうした」
「万が一の備えをする必要があるのではと」
心配になる気持ちは分からなくもない。武器を使うとなると、怪我を負うリスクが格段に上がるものだ。実際、近くから見ていると、激しいぶつかり合いが発生している。
しかし心配はいらないだろうとエイルは考える。ドラグ王国の模擬戦闘は相手の体を狙わず、武器を狙って攻撃するルールがあるからだ。
「それに関しては心配はいらない」
「へ?」
「少なくともドラグ王国の模擬戦闘は武器を狙って攻撃するルールが絶対だ。ある程度戦い慣れてそうだから、まあ余程の事がない限り、大怪我にはならないだろう」
ただ自分の考えを答えとして言っただけだが、ガサツそうな女性は褒めるように口笛を吹いていた。
「なんだ」
「流石の慧眼だなと思ってな」
「だろ?」
ダンデが楽しそうに入って来た。ベリーショートヘアの女性がニヤリと笑う。
「よお。ダンデ。相変わらずの策士っぷりだな。紳士を演じるの、辞めたらどうだ」
「辞めるつもりはないさ。戦いは生きた方が勝ちだ。そのための手段なんだし?」
女性同士のただの会話で恐ろしく感じたのか、片方の女性がエイルの袖を握っている。顔を見たら、怖がっている事が分かる。
「移動するか?」
「す……すみません」
女性の精神状態を踏まえ、エイルは模擬戦のとこから離れる事を決意。提案しただけで安堵している。2人はこっそりと抜け出し、のんびりと焼けた物を食べる。
「あら。こっちに来てたのね」
ヴィクトリアと偶然会った。赤毛赤目の少女姿を見た女性は体がガチガチに固まってしまう。
「ハートカズラ家の」
「リラックスして良いわよ。初めまして。ヴィクトリアよ。貴方の名前は」
「マーガレットです」
4大貴族のお嬢様だが、親しみやすい性格をしている。打ち解けるのはそう遠くない。エイルはこれなら問題はないだろうと思い、全体を見通していた時だった。黄土色のぼさぼさとした髪をした青年が近づいてくることに気付く。依存しているというか、欲求しているというか、何とも言い難い不気味な表情をしていた。エイルでもこれは露骨に嫌そうな顔をする。
「エイル。どうした……げ」
彼の異変に気付いた天才少女も近づいてくる男を見て、無表情になる。
「ヴィクトリア様! もっと蔑んだ目で俺を見てください! 踏んでも構いませんよ!」
犬のようにヤバイ事を頼む青年である。ぱっと見、爽やかな青年のはずだが、発言が色々と問題ありだ。
「すまない。この人は」
「えーっと魔術学院の先輩で卒業生よ。ジョシュア・クロッカス。先生から認められてる凄腕で、見た目も良いはず……なんだけど」
さっきのセリフを聞いていたエイルは察した。1つの欠点でモテない人なのだろうと。
「お前の言いたいことはまあ分かる。……ちょっと待て。こっちに入った理由って」
ある事が脳裏によぎる。予想が付いていたのか、ヴィクトリアは視線を逸らしている。
「ええ。お察しの通りよ」
出会いは知らないが、何かがあった事で、ヴィクトリアに罵られたりすることが快感になったのだろう。元からそういう気質持ちだろうが、相性が良かったので、追いかけて入って来たという寸法のようだ。
「断るとかしなかったのか」
「したいわよ! でも能力的に優秀過ぎるのよ!」
背に腹は代えられなかったみたいだ。
「それは良いんだが……大丈夫か」
「ええ。仕事はきっちりやるからそこら辺は大丈夫よ。プライベートがヤバイだけで」
仕事と私事、別々にやっていけるタイプのようだ。だからこそ、採用したのだろう。
「マーガレットと一緒に色んな人のとこに行きなさいよ。経験上、ずっとここにいたら、絶対面倒になるわよ」
彼女の言う通りだ。ドM疑惑満載の爽やか青年と接していたら、ろくでもない事に出くわしそうだ。
「良いのか」
「良いわよ。最悪、お父さんに任せるわ」
最終手段はあるようなので、特に心配する必要はなさそうだ。
「分かった。マーガレット。行こう」
「はい」
この後、様々な人と交流をした。知らない間に模擬戦闘が終わり、マチルダが勝利を掴んだという情報を耳にした。
「いやー負けた。ほれ。こっちも食え」
彼女の相手をしていたフィンリーからまた焼けた肉を貰い、少し話をした後、別の人と軽く雑談をする。話して、食べての繰り返しだった。途中で何故か料理対決になって審査員になったりもした。
夕方になる前に、協力して片付け、終わりの宣言をする。
「こういった機会を設けるのは初めてで慣れないものだが、少しは楽しめただろうか」
みんな楽しそうに、初対面の人と接していたり、食事をしていたりしていたので、共同野外活動は成功したのだとエイルは思う。
「楽しめたならそれで良かった。いずれ救助要請を応じて、活動する事になる。いつ頃になるかは分からないが、それまでに研鑽を積んで欲しい」
この活動から数か月後、ドラグ王国がある大陸の北にある島に行く事になる。ノーボーダーズの正式な活動の始まりだ。
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