第16話 選考会

 志願者の書類の確認が終わり、次の段階に進んで行く。本当に実地で活動が出来る程の力があるかどうかを見る。国家資格に似た制度はこの世界には無いためだ。治癒魔術師の育成校は存在しているものの、国家運営では無い所の方が多い。数が少なく、大金が要る。その事もあってか、エイルのように、直接現役の人の元で働きながら、学んでいく方が主流である。


「証明書みたいなのがあれば、それで解決なんだがな。ヴィクトリアが持つ『国家魔術師』みたいなのが」


 ただいま、ドラグディアにある本部の一室で、エイルとルーシーは資料と睨めっこ中である。疲れたのか、主は椅子にだらしない姿勢で座る。羨ましいと言わんばかりである事が分かる。


 一定のボーダーがなく、名乗れる職種のため、いい加減な人の方が多いのが現状だ。本当に知識と技術がある治癒魔術師の元で学べるわけではない。


「最近話し合いしてるみたいだけど、だいぶ時間がかかってるって話よ。証明出来る制度が出来るまで数年はかかると思うわ。うーん。やっぱ参考に出来そうなの、ないわね」


 ルーシーは当主として務めていた頃に築いた人脈を駆使し、他者を雇っている所の採用方法が書かれている紙を見ている。情報がないのか、このままだと、彼女はため息を吐きそうだ。


 治癒魔術師は個人営業が多い。人手が欲しい時は知り合いのツテを使ったり、身内を使ったりして、確保する事が多く、方法すら公表する機会がない。採用するための試験を作ろうと話し合ってはみたものの、参考に出来そうな物がなく、悩ませている最中である。


「……予定通り、作成を取り掛かろう」


 採用試験の日程が決まっているため、何もしないわけにはいかない。エイルは立ち上がって、近くの本棚から分厚い本を取り、作業台に置く。


「トントン」


 ドアをノックする音が聞こえてきた。


「2人連れてきたぞ」


マチルダの言葉で、彼の口元が緩み、彼女の雰囲気が明るくなる。丁度、呼んだ助っ人2人が来たのだ。


「久しぶりだな。エイルよ」


 身長160cmで白髪の中にほんの少しだけ茶色の毛があるお爺さん。旅の途中だったのか、ローブを着た状態だ。歳が70歳ぐらいか。彼こそ、エイルの師匠、ガレヌス先生だ。


「お久しぶりです。師匠。お忙しいのに、すみません」


 エイルは会釈をしながら、挨拶をする。


「なーに。弟子のやりたい事を手伝うのも仕事の内さ」


 ガレヌスは笑いながら、エイルの肩を叩いた。


「それなら国王陛下と組んで勝手に行動しないで下さいよ。乱用にも程があります」


 弟子は未だに師匠がやったことに軽く恨んでいた。今回は団体名の決定だけで済んでいるため、活動自体に支障はなかったため、被害請求をするつもりは更々ないが、念のためである。


「お前さん、名付けが下手だしな」

「会議でやっときゃ問題ないでしょうが! それでもう1人いるはずですが」


 ずっとガレヌスと話すわけにはいかないため、切り替える。師匠の後ろに誰かがいる事は分かる。ふわふわの金髪が少し見えている。


「ルーシー様。お久しぶりでございます」


 前に出てきた。140cmと小柄で、丸顔でまん丸の青い瞳、ふわふわの金髪を肩まで伸ばし、リボンやフリルがふんだんに使われているドレスを着ている。ぱっと見、最近流行りのビスクドールにしか見えない。彼女は両手でドレスの裾を掴み、お辞儀をする。ルーシーが呼んだ助っ人だ。


「グレイス。お久しぶりね。元気そうで良かったわ」

「あなたもお元気そうで。貴方がここの主のエインゲルベルト・リンナエウス様でよろしいですね。初めまして。わたくし、グレイス・プラタナスと申します。ドラグディアにある療養所の支援員の長をしております」

「こちらこそ、協力に応じてくれて非常に助かる」


治癒魔術師と彼らを支える人の仕事は重なっている部分もあるが、そうではない部分もある。だからこその人選である。


「有名なガレヌス先生とその弟子のエリアル様とルーシー様とご一緒に出来るとは……まるで夢のようですわ。わたくしの出来る事、何でもします」


 めちゃくちゃ張り切っている。憧れや尊敬などが混じっているのだろうか。全員が揃ったため、話し合いを始める。


「それでは始めていきましょうか。まずは試験の形式についてです。ガレヌス先生の元で勉強していた時に出していた課題は全て記述問題でした。しかし今回は1人の回答を見るわけではありません。100人程が挑みます。採点で時間がかかるのはよろしくないでしょう」


 エイルが司会進行を務める。ノーボーダーズのリーダーなので当たり前ではあるが。


「そうなると選択式ですわね。治癒魔術師を支える者を外部から取り入れる時の試験は3択でしたが……流石に増やした方が良いですわよね?」


 グレイスが最初に意見を出してきた。採用試験官として務めた経験があるのか、具体的である。


「勘だけで解いちゃう子もいるものね。懐かしいわ。全部選択式にしてみたら、他の科目は赤点ギリギリなのに、私のだけ高得点とかいたもの」


 記述問題以外に選択問題を入れるだけで採点が楽になる。2人とも、ある程度は正答しづらいようにすべきと言う考えのようだ。


「2つどちらも当たらないと得点に入らない問題を入れておくべきだろうな。フィー公国の妖精文字学の先生はそうだった。こちらの治癒魔術師育成校も定期試験にそういうの採用している」


ガレヌスの提案は1つ選択ではなく、2つを選び、答えるものだ。あれは意外に鬼畜だ。片方だけ合っていても、両方合っていないので、得点にならないので。自己採点して、片方だけ正解して、悲鳴をあげるなんて非常に良くある事だ。


「あの話は本当だったんですね……」


 治癒魔術師育成校の話を少しだけ聞いた事が事実だと分かり、エイルはボソッと言った。


「ああ。実際に問題を見させてもらったが、そういうのが多かったよ。それと当てはまるものだけを選ぶのもありだと思うが、どうだね」

「それもありですね。2人はどうでしょうか」


 静かに微笑むルーシーに、縦に頷くグレイス。特に異論は無さそうだ。


「分かりました。選択式も採用しましょう。記述問題も入れておくべきだと考えておりますが、皆さんの意見をお聞きしたい」


 採用試験の会議は5日かかった。資格制度がある国家は数えるほどしかなく、前例が少な過ぎたからだ。2週間で知恵と経験を集め、どうにか纏め、印刷業者に依頼をし、期日に間に合う事が出来た。


「私には無理だ。絶対に」


 問題用紙などを受け取ってくれたマチルダは死にそうな顔で、エイルに渡す。軽く見て、予想以上に難しいと感じたのだろう。専門外だと分からなくなる。あるあるだ。


「この難易度で大丈夫なのか?」


 不安から来た発言である。手伝いに来ていたダンデが苦笑いしながら、何故かエイルの代わりに答える。


「その辺りは心配いらないはずだよ。必要な部分を持ってきただけのはずさ。そうだろ?」

「否定はしないが……読心術使えるのか。お前」


 エイルはやや引いた顔になっている。ダンデの推測が当たり過ぎたためだろう。


「いやまさか。そんな高等なの使えないよ」


 笑いながら答えているが、正直彼なら出来そうで信用できない返答である。


「まあいい。別件はどうなってる」


 ダンデにも別仕事がある。野営地を営む人員の選出だ。野外活動に慣れている人は冒険者が多い。元々彼はそちらに入っているため、選抜しているような形となっている。


「この間終わったよ。それで救助の方はどうしようか。前例がない分、少々手間取っていてね」


 救助隊に近い部隊を設置する予定だが、ドラグ王国だけでなく、大陸全土にも大規模なものは存在しない。資料を探そうにも、見つからない。だから手間取っている。エイルも調べているが、大きい収穫を得られていない。


「王国内にある小さいとこを当たってみようと思う」


 それでもエイルは僅かな手掛かりとして、掴み取る事が出来た。それだけでもまだマシなのかもしれない。


「それなら俺に任せてくれ。君はここのリーダーなんだし」

「そうか。頼んだ」

「ああ」


 このような会話を交わした3日後。治癒魔術師などの医療系職の採用試験が始まった。本部では収容できそうにないため、予め借りた大部屋で行う。魔術によるカンニングをしてくる可能性も踏まえ、ヴィクトリアに結界で無効化にさせてもらった。天才魔術師は伊達ではない。


「それでは試験を開始します」


 ルーシーの合図で、約100人の志願者が羽根ペンを持って、一斉に解き始める。共通問題と希望職に応じた専門問題をそれぞれ1時間解く形だ。解答時間の間、不正をしないか、見回っていく。どちらも終わり次第、エイル達は採点を行う。事前に採点の基準や答えを纏めた紙を見ながらだ。


「答えを書き込んでおいて、正解だったな」

「そうねー」


と言った会話があるほど、とてもスムーズに出来た。予想以上に高得点が多く、平均点は72点だった。エイルにとって良い誤算だ。採用試験が終わった事で次のステージに進むことが出来る。


「あとは直接会って話すだけだ。45人に面接の通知をしなければな」


 点数が高い人を集め、面接を行っていく。ただ技術が高いだけではだめだ。人として真っ当かどうか。倫理があるかどうか。その辺りを聞いて、最終的に誰を採用するかを決定していく。ルーシーとエイルが面接官として務め、様々な質問をする形式だ。


エイルにとって一番印象が強かったのは、茶髪を1つに纏めたおっとりとした緑目を持つ10代後半の女性だ。イザベラ・フックスと言う。


「私は予言が出来ます。夢として現れる事がありまして」


神を信仰するだけでなく、祈りを届ける役目を持つとされる職種は彼女だけだ。それだけなら珍しいだけで印象が強く残りはしない。


「幼い時に何度も見ました。何かがこちらに襲ってくる夢を。黒い何かがこの大地を蹂躙していった。不吉な何かが起こる可能性が高いと思いました。見えていたのなら、何もしないわけにはいきません。浄化の魔術や祈りを聞くだけでは救えない事もあります。だからずっと学んできました。今回志願したのも、いずれ来る災厄の時に備えるため、勉強させていただきたいのです」


 力強い目で語っていた。緊張はしていたと思われるが、ここまで今後の事を考えている人は滅多にいない。来る保証すらないものを備える事は並大抵の者はここまでやろうとしないだろう。素直に採用したい。そう思わせるほどのものだった。


「やっぱりあの子が浮かぶわよね」


 ルーシーも似たような考えだったようだ。イザベラと面接中、目をぱちぱちとしていたのだ。


「ああ。いつかは別のとこに行くかもしれないが、それで構わないさ」


 いつか彼女は旅立つかもしれない。それでも良い。ふとしたきっかけで進路が変わる事なんてよくある事だから。


「彼女は共に歩む仲間として、迎え入れよう。他には……」


 最終採用を決める。合計30人。バランス良く、採る事が出来たとエイルは思う。事務員や普通の魔術師の採用も終わりつつあると聞いている。ようやく、組織として本格的に始動できそうだ。


「これで全員分のは出来た。あとは送るだけだ」


 仲間となる人の分の手紙を書き終えたエイルは背筋をぐーっと伸ばす。ルーシーは優しく彼を見守る。


「これでノーボーダーズの歩みが始まるのね」

「ああ。だが始まったばかりだ。実際にやっていく事で問題点も浮かぶからな。その辺りを修正しながらやっていかないと」


 少人数での活動とはわけが違う。他国だから違う事もあるかもしれない。その都度修正をしていきたいのがエイルの考えだ。


「そうね。でもその前に」


 ルーシーが楽しそうに笑う。予想が付かないのか、エイルは首を傾げる。


「パーティーをして、仲良くしましょ?」

「……は?」


 すぐに理解出来なかったため、彼の思考が停止する。数分後にヴィクトリアなどが本部にやって来て、何故かパーティーからディスカッションや共同作業をしようと言った活動に変更され、1週間後に顔合わせと言う名の野外活動になった。最初は頭を抱えてはいたエイルだが、初回が本番である救助活動などよりマシだと納得していった。


 共同野外活動でヴィクトリアやラオリーが採用した人と初対面となる。どのような人達が来るかを想像していなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る