発進へ
第14話 立ち上がる
ドラグ王国の王都ドラグディアでエイルはある建物を見上げていた。レンガで作られている。訪れた建物はガレヌスが所持していた。長年管理をしていると聞いているが、使用していないらしいので、中がどうなっているのか不安がある。
「初めまして。あなたがエインゲルベルト・リンナエウスですね。案内に任されましたローズと申します」
前にいる髭がよく似合う金髪美男子がガレヌスの言う管理者代理なのだろう。
「エイルでいい。ローズ。よろしく頼む」
「最初に質問等はありますか」
「管理について聞きたい。詳しくは知らないからな」
「そう来ると思いました」
ローズが説明をする。十数年前、ガレヌスは知り合いから建物を譲られた。この時は外の国にいる事の方が多く、活用どころではなかったとのことだ。頭を悩ませたらしいが、友人が知り合いであるローズが紹介され、彼が定期的にこの建物の補強などを行っていたようだ。
「救助団体の立ち上げを聞き、あなたに譲るとおっしゃっていました。僕もそれに賛成でして、使ってないの勿体ないですしね。国王陛下からも張り切ってまして。ほら」
ローズは興奮しながら、何かを指す。
「あの国王、勝手に名前を付けるなよ」
普通の看板だと思った。木で作られ、刻まれたものを見て、思い切りため息を吐く。既に組織名が刻まれていたのだ。
『ノーボーダーズ』
国境を拘らずに活動するため、そう名付けられたのは分かる。しかし事前に報告も無しでやらないで欲しかった。エイルはそう思う。
「ガレヌス先生と色々とやったとお聞きしています」
「師匠と手を組んでやるとも聞いてない。あの野郎」
まさかの師匠と一緒に何かをやっていた。自分も関係のあることなので、苛立つのも無理はない。何故かエイルの脳裏に楽しそうにやっている光景が浮かぶ。思わず右拳に力が入る。
「ぐだぐだ言っても仕方ない事ですよ。ほら入りますよ」
「ああ」
案内人がドアを開ける。落ち着いた雰囲気だ。師匠であるガレヌスが管理していたと聞き、想像は全く付かなかったが、本部として使う事が出来そうだ。ローズの仕事が完璧で、必要な机などを配置すれば、今すぐに仕事場になるだろう。
「3階建てでして、いくつもの部屋があります。ご案内しますので付いてきてください」
階段を昇って、部屋巡りを行う。エイルはどう使おうか考えながら、彼に付いて行く。講義に使えそうな部屋。会議室。資料室。事務専用。あーだこーだとグルグルと頭を回転させた。
「これで案内は終了です。これからどうするつもりなんですか。すぐに他国に?」
あらかた見終わった後、ローズからの質問に悩んだ。被害の大きさによったら派遣すらも出来ない。そもそも物資などのルートすら確保していない。事務手続きだって時間と手間がある。設立がゴールではない。やっとスタート地点に到達したことを改めて実感する。
「いや。色々とやらないといけないことがあるからな」
「人員募集ですね。大丈夫ですよ。たくさんの人が来ますって」
この管理者代理、やけに自信満々である。鼻息がやけに荒い。
「その自信はどっから来るんだ。まあそうである事を祈ろう」
書類上でもガレヌスからエイルへ建物が引き継いでから、数日後、本部となった建物にティラカで活動した仲間達が集まった。
「これから問題が山積みってわけね」
会議室として使う2階のある部屋で、これからやるべきことを説明した後、ヴィクトリアは頭を抱えながら言った。
「組織運営なんてやったことないのよー……」
天才でも出来ない事はある。魔術に関してはピカイチだが、それ以外はからっきしだ。年齢を考慮すると、無理もない事だが。
「その歳だ。運営に携わるどころか、学ぶ人が多いはずだ。経験がないのは仕方ない。ま、そうじゃなくとも、大人になっても、組織の上に立てる機会はあまりない。というわけでだ。知り合いから色々と聞いてきた」
マチルダから上等な紙をエイルに渡す。嫌そうな顔をしながらも読んでいく。落ち着かせるために、紅茶をぐいっと飲む。
「こんなにやらないといけないのか」
「相談すればよいのではないか?」
マチルダの言う通りだ。確かに経験してきた者の知恵は役に立つ。しかし助言出来る程の知り合いはいるのだろうか。悶々とする。
「珍しいな。普段なら気付くと思うのだが」
普段とは違う様子なのか、マチルダは心配そうに彼を見る。
「多分あの紙の情報量でパンクしちゃって、それどころじゃないのよね。えい」
ルーシーがエイルにデコピンする。
「いきなり叩く奴がいるか!?」
予想外だったのか、冷静さを失っていたのか、驚いている。
「ごめんなさい。だってずーっと考えてたら、ぎゅーっと狭くなっちゃうわよ?」
ルーシーは微笑みながら、子供のように、エイルの頭を撫でる。
「そういう歳じゃないんだが!」
「年下の子っていつだって可愛いものよ。少し休みましょ?」
視野が狭いままでは何も出来ない。そう思ったルーシーは提案した。一旦考える事を止めて、頭の中をすっきりしようという目的で、休憩を挟む。
「このクッキー、ダンデが買ってきたのよね。結構高かったはず……なんだけど」
「そうなのか。通りで美味しいと思ったら」
お菓子が話題になる。ダンデが買ってきたクッキーは程よく甘く、しっとりしている。甘い物が苦手なエイルでも食べられる。ルーシーのセリフから察するに、王都でも高い金額のようだ。
「値引きしてくれたからね」
ダンデがウインクをして答えた。女性店員に何かやったのだと分かる。
「あなたのことだから想像がつくわね。ってエイル、どうしたのよ」
エイルの異変に気付き、ヴィクトリアは彼に話しかける。喪失感を思わせる表情だ。
「そうだった。灯台下暗しとはこういうことか。ルーシーがいたんだった」
短期間だったとは言え、彼女はカトレー家の当主として、仕事をやってきた経験がある。相談先として最もふさわしい。知っていたはずなのに、忘れていた。視野を狭めてしまったとエイルは反省する。
「うふふ。先輩として相談受けるわよ。それでなんだけど」
ルーシーはやたらと大きい背負い鞄をごそごそと探る。
「ドラグ王国内で募集するでしょ? ポスターを作って来たの!」
既に彼女は動き始めていた。マチルダもだが、裏で色々と動いていた事が分かる。とても助かるとエイルは心の中で彼女達に感謝する。
「俺をパシリに使っていいよ。ツテは色々とあるからね」
ダンデは冒険者として、転々と各地を巡っていた。組織の橋渡しとして、最適だろう。
「そうだな。俺1人ではやっていけない。だからお前たちの力、貸してくれ」
エイルは頷き、ぶっきらぼうに言った。本当は1人で色々とやりたい。だがまとめ役として、頻繁に動く事が出来ない。他人に頼るという行為自体、実は慣れていないが、より多くを救うためにはそれを選択する。最善を尽くす。ただそれだけだ。
「まず人員を確保したい」
救助団体として、まだ本格的に活動出来るレベルではない。あまりにも人数が少ない。募集すると同時に、組織として体制を考えようと判断する。
「それじゃ。明日、募集ポスターを貼ってみるよ。マチルダ、手伝ってくれるかい」
「ああ」
『ノーボーダーズ』が発進される。小さい歩みだが、少しずつ大きくなっていく。強力な人材だが、癖の強い人が集まってくる事になるのだが、その辺りの過程などを語るとしよう。
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