第9話 心身ともに傷付けていくもの 夜の激闘の幕

 太陽が沈み、闇がたちこむ。エルモの火と呼ばれる数時間維持出来る魔法を灯しながら、夕食を取り、寝る準備に取り掛かる。


 一部は作戦の最終確認会議をやっている中、おとり役のエイルはテントでごろごろと寝っ転がっている。会議での情報が頭に入っていると、無意識に行動に出てしまって、悟られるリスクを減らすためだろう。


「あ。彼女さん。いたいた」


 赤茶色の毛を三つ編みにし、頬にそばかすがある素朴なシスターが入って来た。特に作戦に関わるような人物ではないはずだと思いながら問う。


「何か御用ですか」


「うん。皆で手縫いやってるんだけど、一緒にどうかなーって」


「手縫いですか」


 簡単な縫いものなら出来る。ボタンを留めるぐらいは。ただそれ以外は経験がない。たまにやったことのない事をやる。それも良さそうだと思い、返事をする。


「そうですね。やりましょう」


「ありがとうございます!」


 嬉しいのか、シスターの頬が赤い。


「行きましょう。こちらです」


 案内で作業場へ向かった。シスターが寝泊まりしているテントの隣だ。光っている水晶を中心に人がいた。寝る前だと言うのに、10人ぐらい手縫いを楽しんでいる。


 ハーブの香りが漂う静かな空間。リラックスしながら作業したい人が集っているのだろう。彼女たちの表情は穏やかで楽しそうだ。お喋りしながらだったり、集中してたりと人それぞれだ。


「あ。来ましたね。隣どうぞ」


 キャンプ地に滞在している猫耳の女性が招いてくれたので、エイルは彼女たちの輪に入る。


「エニシダさんの彼女なんですよね。いつから付き合ってるんですか!?」


 女性同士(実際は違うが)となると、恋バナになる事もある。予想通りの流れと言えよう。こっそりと打ち合わせした内容通りに答えていく。


「2年ぐらい前でしょうか。同じ職場で会ったんですよ。まあその時に色々とありまして」


「どっどういった事があったのですか!?」


「私が薬草取りに行った時でした。かなり危ない場所にあって、落ちそうになった時に助けてくれたんです。下手したら命を落とす可能性だってあり得たのに。他の方のために出来るって所で惚れたのかもしれません」


 捏造だらけの内容だが、エニシダ自身、他者のために力を尽くすタイプなので、一部は事実だったりする。


「エニシダさん、そういうとこあるんだ。へー」


「この前遠いとこから駆けつけてきて治してくれてましたよ」


 その辺りは他の人にも知られているようだ。


「羨ましーな。カッコいい人が彼氏とか」


「でもこういうのって付き合いが難しいじゃないですか?」


「そこら辺どうなの?」


「難しいですね。そういう意識はなかったし……」


 恋愛に興味のある女性たちと戯れている途中、ランプを持つラークスパーが呼びかけに来る。


「恋バナで盛り上がってるとこ申し訳ないが、そろそろ就寝しなさい。シスターた

ち、明日だってあるんですよ」


「はーい」


 残念そうに言いながら、片付けを手早く行う。何もしないままでは申し訳ないので、エイルも手伝う。


「いやーありがと。おやすみー!」


 彼女たちと別れ、エイルは寝床としているテントに戻る。ここからが本番だ。気を引き締めていく。


 事前に受け取っていたナイフケースを寝床の近くに隠す。周囲を確認した後、灯りを消し、テントが真っ暗になる。

 

 横になり、激闘の幕が開かれる。ベッドに入って、横になって、どれぐらい経っただろうか。誰かがエイルのテントに入って来た。


 癖のある銀髪が風になびく鼻の高い人間の男。昼に話したカノースである。そいつは周囲を警戒する。罠らしきものが無く、魔術の痕跡は灯り以外何もない。


 それを確認し終え、奥にいる彼女のとこへ近づいていく。バレないように、音を立てずに。見られないように、透明の魔術をかけて。


「こんな良い女だってのにエニシダの野郎、何も対策してねえとはな」


 そう思いながら、寝ている姿を観察する。リスのように背中を丸め、すーすーと寝息をたてている。髪の毛は2つ結びのままだ。髪飾りは親の形見なのだろうなと彼は考え、そっとシャツの襟に触れる。


「何も気付いちゃいねえな。どういう抱き心地になるのか。楽しみだ。っと警戒を怠ってはいけねえ」


 相手が油断していようと、慎重に心掛けるスタンスなのか、魔術で周囲の探索をする。感知はない。今まで重ねていた彼女たちの方に警備が行っているのだろう。


「さあて。少しずつ開けていこうじゃねえか」


 次の段階に踏んでいく。ボタンを上から1つずつ外していく。


「ああ……早くやりてえ」


 己の欲の解放を堪えながら、工程を進んでいく。


「その口からどう泣くんだろうな? あーゾクゾクしてくる」


 3つ目を外し終える。胸を触っていこうとした時だった。エイルの髪の毛が生きているかのように動いた。


「いった!?」


 右手のひらに強く当たる。


「ぶ!?」


 顔面にも直撃。加減ゼロでやっているのか、滅茶苦茶痛い。奴は思わず後退りをする。


「どうなってんだこれ」


 初めてのケースに戸惑いを隠せていない様子だ。次の行動に移すどころか、思考すら止まっている。


「こんなの初めてだぞ!?」

「ああ。それはこちらのセリフだ。透明人間」


 エイルは目を開け、起き上がる。普段は可愛らしい顔立ちだが、怒っているのか怖い。


「な!? お前起きて!?」


「無防備な人間を脱がそうとする奴は初めてだ。至って健康優良で必要すらないってのにな」


 見えてはいない。でもバレた。それが奴にとって恐怖だ。少しずつ後退していく。エイルは彼の姿が見えないので、気にせずに立ち上がっていく。


「今までもこうして透明のまま犯してたというわけか。絞り切れていなかった理由はそこだったようだな」


「彼奴の彼女が呼ばれたわけがこれか!」


 実際は違う。国から派遣されただけにしか過ぎない。しかしエイルは立ち寄って合流するという設定だった。この場で真相を告げ、プレッシャーをかけておこう。そう判断し、答える。


「それは偶然だ。所詮は雇われの派遣、やれる事なんざ大差はない。だがラークスパー達はずっと待ってたんだよ。見えない脅威を退けてくれる奴を。それがこの俺達だ」


 奴の顔が青ざめる。困惑の色も見える。何も見えていないエイルはそのまま続けていく。


「ああ。改めて名乗らせてもらうよ。本当の名はエインゲルベルト・リンナエウス。ドラグ王国が誇る治癒魔術師ガレヌスの弟子の1人だ」


「ガレヌスの弟子か!?」


 恐怖、驚愕、どちらとも取れるような声だ。何故か奴は急に笑い出した。


「ははは! 例えバレようとも俺の姿は見えていないだろ! それなら問題はねえ!」


「見えないから何も出来ないわけではないが」


 奴は呪文を唱え始める。


「雷電の力をお借りする。目の前にいる奴を縛り、力を封じろ!」


 痺れるような感覚と脱力。エイルはへたりと地面に座る。


「ひゃははは! どうだ!」


 動けなくなったエイルを見て、奴は有利になったと思い込む。さっきの怯えが嘘のようだ。


「さあて。続きをやろうじゃねえか。彼奴らでもここまで来られねえし、聞こえてすらねえだろうしな。楽しもうぜ? なあ?」


 男は下品な笑みをしながら、エイルの元に行き、ボタンを外そうとする。


「はー」


 エイルは呆れたようにため息を吐く。


「四肢を封じたところで意味がないのを学習しなかったのか。鳥頭とはこういう事だな」


 魔術を発動させる。最初に目を強化して、奴の位置を確認する。そして予め置いてあった仲間のナイフケースを髪の毛で掴み、ナイフを取り出し、それで左頬を掠める。


「は?」


 一瞬の痛み。何が起きたのか確認をするため、左頬を触る。べたりとした何か。触れた左指を見る。赤い。血だ。


「ぎゃ……ぎゃーっ!? 血だ。血だーっ! 何で。何で。こ……殺される。誰か助けっ」


 奴は殺されると勘違いをし、外に出て行く。恐怖のあまり、ずっと自分にかけていた魔術が解いてしまっており、通常でも奴の姿が見えるようになっている。エイルに背中を見せている様子が分かる。


「誰でもいい! 誰か俺を助けてくれ!」


 悲鳴をあげる。何度も性暴力を振るったくせに、助けを求めている。


「レンジャーのお前。助けてくれ! ガレヌスの弟子に殺される!」


 必死過ぎて、墓穴を掘っている事に気付いていないようだ。


「へえ?」


 よりにもよって、エイルの仲間のダンデに。滑稽だ。


「何があったのか俺に教えてくれないか。何かの縁だ。協力ぐらいはさせてもらうよ」


 彼奴の事だ。紳士演技で笑顔のまま、やっている事だろう。エイルは想像しながら、自分の姿が見えない程度に外の様子を見る。金髪の彼と銀髪の奴が見える。顔はダンデしか見えない。


「その前に1つ質問させてくれ」


「あ……ああ」


「何故彼女の事をガレヌスの弟子と?」


「あっ」


 奴はやっと墓穴掘った事に気付いた。


「彼は後に合流する予定のはずだよね。それは周知のはず。そうなると君は嘘を付いたのかな? まあその辺りはどうでもいいんだけど」


 笑顔で言ってしまうとズッコケそうだ。良いのかよとか、質問の意味あったかと思わず突っ込みたい。


「ところでそろそろ痺れてきたんじゃないかな?」


 似非紳士、笑顔でとんでもない事を言いやがった。


「え?」


 何処か感じたのか、痺れたとこを見ている。ダンデが魔術を使った様子はない。遭遇して、対応していただけのはずだ。そういう設定にしたからと言われればそれまでだがと、エイルは頭をフルに回転させる。


 細かい作戦は知らないが、遠くから見て、タイミングを見計らってこっちに来る。たまたま会った犯人を捕らえてお終い。


 勘の鋭いどうこうがあるので、魔術師の設置はしていない可能性が高い。何が何だかさっぱりである。


「魔術の痕跡なんてないだろ!? それにお前に刺されたとかだってない! くっそ! 全身に痺れが!」


 最後は全身に痺れが回り、立つことすら維持出来ず、倒れる。知らないままやられる。相手が相手なので、流石に可哀そうだ。


「お前も弟子のグルだな!?」


 手のひらの上だと悟ったのか、怖がっている。


「そうさ。さあ。交渉と行こうじゃないか。なに。こちらは紳士として振舞うだけ」


 怪しい笑みで紳士と言われても余計に怖がられるだけである。


「あとは彼らの仕事だからね。ラークスパーさん、いますよね?」


 テントの影からラークスパーが出てきた。


「お前!」


 動けないので、声を荒げるだけで精一杯だ。


「事情を聴かせてもらいますよ。お疲れ様です。ダンデさん、エイルさん。ゆっくり休んでください」


 治癒魔術師として、参加したい。エイルは外に出て、意志表明をする。


「いえ。俺も参加させてください」


「だめです」


 ピシャリと言った。


「精神的にかなり疲れてるでしょ。そんな状態で参加なんて認めません」


 こうも言われると、折れるしかない。それでもチャンスがあれば、やっていきたい。そう思いながら、返事をする。


「分かりました。休ませていただきます」


 ラークスパーはにっこりと笑う。


「それでよいのです。ダンデ。彼を頼みました。エニシダ。彼を運んでください」

「ええ。俺と一緒に寝ようか」


 見張りまで付けられると、こっそり外に出る事も出来なさそうだ。テントに戻って、寝袋に入る。ダンデは予備の寝袋を取り出して、ベッドの右隣に寝っ転がる。


「良かった。上手く行ったようで。君はゆっくり休みな」


「俺は参加したかったがな」


 ため息を吐きながら、本音を言った。


「様子を見たかったのかい?」


「まあな。ただ疲れているのも事実だ。流石に関与するのは無理だったか。監視役付きだから余計にな。暗殺者が近くにいるだけでやる気が失せる」


 ダンデが噴き出す。


「ちょっと。俺の事を暗殺者って。酷くないかい?」


 笑いを堪えながら言った。


「事実だろ」


 はっきりと言った。暗殺者という言葉でエイルは脳内にある事を浮かぶ。


「そうだ。あの時、何故彼奴が痺れた。魔術でもないし、傷付けてすらなかったはずだ」


「あれか。確かに俺は何もしてない。遠くから見て、装って話しただけにしかすぎない」


 それが事実なら余計に不思議に思ってしまう。


「君は頬に傷を付けたじゃないか」


「確かにそう……おいまさか」


 エイルが仲間のナイフで頬に傷を付けた。ヴィクトリアから受け取っていたため、普通のナイフだと思っていたのだ。


 あの時がトリガーだと言うのなら、エイルが使っていたあれは刃に痺れる効果のある何かを塗られていた可能性が高い。仕込みとしてやっちゃう人はエイルが知る中では1人だけ。


 右隣で恐らく楽しそうにしてる彼だ。


「あれお前の私物か! 使う事も計算してヴィクトリア経由で俺に渡したのか!」


「そうさ。まあ仮に使わなくとも、遠くから仕掛けられるから問題なかったし」


 この男装女性、とんでもないことを暴露しやがった。手段なんて腐る程あると宣言してるようなものだ。


「今回は紳士的にはやりづらかったからね。相手が罪だと認める保証が全くなかったし。それで……彼はどうするつもりだろうね。ああいうのは何度も繰り返すぞ?」


「難しいところだな。ああいうのはかなり歪んでる事が多い。しかも俺達でも解く事が出来ない。こういうとこで治癒魔術師として限界を感じるよ」


 ダンデの問いに、エイルは眠そうな声で答えた。治癒魔術師は体を癒す事が出来ても、心を癒す事は出来ない。そういうタイプが多い。精神関与の魔術の難易度が高いからだ。


 そして仮に精神関与の魔術が出来た所で、継続出来る程の魔力の維持が出来ない。一時的な処置にしかすぎない。これも大陸を旅してきた治癒魔術師にとっての限界の1つなのだろう。


「そうか。それは進歩していくしかないな。ってもう寝ちゃったのか」


 神経を張り詰めての警戒と魔術の行使でくたくたになったのか、エイルは寝始めた。可愛らしい寝姿にダンデは微笑む。


「ゆっくりおやすみ。可愛らしくも勇ましい治癒の天使」


 これにて激闘の夜は幕を閉じる。犯人の捕縛をしたとは言え、難しい問題である。それでも、少なくともフィー公国のティラカにあるこのキャンプ地では、一歩進めた事を祈るしかないだろう。

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