第8話 心身ともに傷付けていくもの 作戦会議

 ある事をする事で、心身を傷付け、人格や尊厳を侵害するもの。ある事とは性行為である。エイルの眉がピクリと動く。


「性的暴行の訴えか」


「ああ。よそのとこから逃げてきた亜人が数人いるんだよ。何か人間の男から性暴力を受けてきたって。国境近くに住んでたから逃げれたとか」


 確かに魔力は亜人の方が持つ。ただし、その差を実感出来るのは魔術師同士ぐらいであって、庶民同士で比べるとそうでもなかったりする。下手したら弱い亜人だっている。立場が弱い事も利用し、ごく一部の人間の男は、弱い亜人達に性暴力を行っている。


「ああいうのは俺達が治していくもんなんだけど」


 心も体も傷付いてしまった人を癒す役割を担っているのが治癒魔術師である。カウンセラーはシスターの役割である。このキャンプ地で会ったシスターは心を癒すために、派遣されたのだ。きちんとやっているはずの彼らの顔が暗い。何故だろうか。


「残念ながら……わたくし達の中から誰かが性暴力を振るっています」


 治すはずの魔術師が暴行を行っているようだ。それが理由で顔が暗いのだろう。許されるはずがない。エイルは1つずつ聞いていく。


「犯人は」

「ある程度は絞れております」

「この場にはいますか」

「大部分は水を汲みに行ってるはずです。可能性は低くしてます」


 この場に犯人がいる可能性は低い。わざわざ怪しいと思った人は遠くに行かせている間に、解決策を決めていく寸法のようだ。これ以上被害者を出さないためだと、エイルは協力の決意をする。


「許さぬ。仮にも治癒魔術師だぞ?」


 怒りの噴火数秒前が近くにいた。マチルダである。


「落ち着け。様々な奴がいるだけだ。人としてまともじゃないのだっている。しかし流石に俺でも怒るがな」


 案外エイルも激怒だった。


「あらあらまあまあ。怒りをぶつけただけでは意味がないわよ? お仕置きをたっぷりしないと」

「ええ。呪いをたくさんかけるのがおすすめね。例えば二度とやる気を起こさないとか」


 笑顔のままだが、発言が物騒なルーシーとヴィクトリアである。


「流石にあなた方を襲ったら処罰下されるからないでしょうが……怖いのでその」


 誰かが怯えたまま発言した。隣国の貴族の女性相手だからか。


「大丈夫よ。その本当は別のが良いかなって思ってたんだけど」


 ヴィクトリアの視線が泳いでいる。躊躇しているように思える。それを見たエイルは尋ねる。


「言えば良いだろ」

「いや流石にここで言っちゃうのはマズイし止めておくわ」


 こういう答えだと気になるものだ。ただ彼女の様子を見ている限り、答えそうにない。諦めておこう。男性陣誰もがそう決意した。エイルはラークスパーに質問する。


「解決の前に、あなた達は彼をどう対処するつもりですか」


「普段の職場から追放されるのは確実です。妖精の風の報せは早い。あっという間に情報が全体に行き渡るでしょう。それで信用が落ちます。なのであちらもその辺りは同意してます。あとは少しずつ改めていく必要があるかもしれません」


「ただ追い出して収容所に入れるだけではだめなのですか?」


 マチルダの意見もごもっともである。ただこういうものは収容所から出てもまた性暴力を行ってしまう可能性がある。


「かなり厳しいね。またしかねない……というかする。俺が前捕らえた人、何度も収容所送りにされてるわけだから」


 ダンデは仕事上、何人も再犯を重ねてる人を見たことがある。表情から察するに思う節があるのだろう。


「騎士であるあなたの前で言いたくなかったですがこれが現実なんですよ」

「そ……そうですか」


 今までのやり取りで、マチルダは辛そうな顔になった。


「あなただけの責任ではない。そう気落ちするな。これでも食え。少しは気分が上がる」


 金髪の優男エルフが赤い粒の菓子を彼女に渡す。


「すみません。ありがたくいただきます」


 素直に受け取った。


「地道にやってく他ないね。そこら辺は少しずつやっていけばいいさ。そういうのは俺達の仕事でもあるわけだしね。問題はどうやって犯人を特定するかか。絞れてはいるけど、断定じゃないんだ。騎士様、あなたはどうお考えになる」


 騎士と呼ばれたマチルダは戸惑いながらも答える。


「あの……そうですね。被害に遭っている方の近くに潜伏して捕らえるとかはどうでしょうか」


 否定は諦めて、自分の考えを述べた。


「まーそうなるよね。俺達もやったけど失敗しちゃってね。見張った夜は来なかったんだよ」


 優男が悔しそうな顔で言った。


「そうでしたか」

「絞れてはいるけどまだ確定じゃない。ここにいるのは夜に回らない組なんだ。ついでに言うと知れてる仲ってだけで……この話が聞かれない保証はない。すまないな」


 夜中に性暴力を行っているようだ。そして鋭いのか、誰かがいると行わないみたいだ。更に信用してもいいとも限らない。マチルダは複雑な気持ちを持ちながら、確認

をしていく。


「被害者の女性に聞きましたか」

「聞きはしたけど、答えてくれません。いや思い出すのでさえ苦痛なんでしょうね」


 ラークスパーが答える。表情に出ていないが、声に感情がこもっているように思える。悔しい。言葉でそう言っていないが、伝わってくる。この場にいるキャンプ地を支えている人たちも同じ感じのようだ。


「全体集合の時に聞いてみたが、ダメでした。隠れるのが得意なようで苦労してますね」

「賢い奴なんだよ。身内を疑うのは嫌なんだけどな。こういう状態で仕事なんてしたくねえよ」


 エニシダが嫌そうな顔で言ったと思ったら、妙案を思いついたのか、ニヤニヤした顔になっている。


「そうだ。良い事思い付いた」


 視線の先にエイル。


「おい。何するつもりだ」


 嫌な予感を感じ取ったエイルは友人に聞いた。


「おとりを作ればいいんだよ」

「は?」


 場が一気に白けた。何言ってるんだ此奴と変なものを見てる人が大多数だ。


「エニシダ。君……おかしくなった?」

「おかしくなってないから!」


 同僚の発言を即座に否定。本気のようだ。


「ひょっとしてエイルちゃんを女の子の格好にさせちゃおうって感じかしら」


 察したルーシーが楽しそうに言う。先の展開を読んだヴィクトリアはエイルに対して哀れんでる。マチルダは理解出来ていないのか、ちょこんと傾げている。


「そうか。その手がありましたか。わたくし達は視野を狭めていた。くそ! 簡単な考えだってのに何故」


 何故かラークスパーは拳に力を入れていた。周囲の人は興奮気味の顔でドン引いている。


「俺の事知ってるから難しいだろ。報告書読んで知ってるはずだ。多分俺がやるわけではないぞ。ルーシー」


 エイルは冷や汗をかきながら、仲間の意見を否定した。


「へえ珍しいね。君が見落とすなんて」


 ダンデの不敵な笑みはエイルにとって絶望そのものなのかもしれない。ダンデは紳士と名乗ってはいるものの、今までの行動は完全に策士か暗殺者そのものなのだ。


「それはどういう」

「俺達の到着は今日だと知らないだろ。来るということだけのはずだ。それを利用すれば良い。そして君はエニシダ君の知り合いの治癒魔術師で、近くに来たから寄ったって言う設定にしておけばいい」


 確かに到着日は記されてはいない。メンバーぐらいは知っているのではないかとかそういう突っ込みがあるのだが、今のエイルにそれを指摘する余裕がなかった。それだけではない。


「おー」


 彼の考えに反対意見は出ず、感嘆する者が大多数だ。余計に言いづらくなった。


「いや待て。エイルはどうするんだ」


 一方でマチルダはそうではないようで、エイルの心配をしている。


「自衛出来なかったら使えないだろ。この作戦は!」


 まさに正論。賛成していた者はぐうの音が出ない。


「旅してたんだ。これぐらいは出来るはず。そうだろ」


 エイルは思わずダンデの視線から逸らすように首を動かす。


「おー。平気だぜ。身を守るぐらいなら彼奴出来るし。治癒魔術以外で得意なのはー……睨むなって!」


 友人がにこにことしながら余計な事を口にする。エイルは彼を睨みつける。


「解決するためには必要な事だからな!?」


 分かっていてもやりたくない。エイルの今の心情である。


「それでエニシダ君、彼は次に得意なのはどういったものだい」


 偽紳士、彼の心情を分かっていながらも、話をどんどん進めていく。


「髪の毛を操るっていう結構マイナーなの得意なんだよな。とある部族がやってたっていう戦闘用に特化した奴。名前は忘れた」


「特に名前なかったはずですよ。と言うかそういうの使えたのね。使えるものならとことん使う辺り流石というか」


 エニシダとヴィクトリアのやり取りを聞き、エイルはやっと腹をくくった。抵抗しても無意味だと悟ったのだ。ダンデはそれを察して、最後の段階に進行していく。


「あとはフェイク用の魔術師の罠の作製、使い魔など召喚獣、見張りなどの準備をして、夜まで待てばいい。他に意見がある者はいませんか」


 手を挙げず、声をあげず、静かだ。彼は周囲を見渡し、反応を見ていく。ラークスパーにアイコンタクトをとる。


「夜の方針はこれでよいでしょう。会議は終了とします。いつも通りの場に戻ってください」


 代表が終わりの言葉を告げ、各々の持ち場に戻ろうとする。丁度その時だ。白い手のひらの大きさぐらいの小鳥が中に入って来た。彼はすぐに気づいて、手を伸ばす。


「お。来たか」


 手の平に触れた途端に消えた。そして空中にドラグ王国に似た光の文字が浮く。


「信頼できる友から連絡が来ました。彼らが戻ってくるようですね。今の内に準備を。納得はいかないかもしれませんが、我慢をしてください」


「分かってます」


 方針に逆らうつもりはないので、素直に従う。文句もない。


「覚えてろよ。ダンデ」


 ただし決定打となった彼には恨みを言っておくエイルだった。女性陣が張り切って化粧をしたり、服装変えてお人形ごっこ状態になったりしたのだが、話が大幅に逸れるため、この件は割愛させていただく。


 軽くお遊び状態になったとは言え、手早く終える辺りは流石である。十分そこらで終わった。


「すげー。やらなくても女の子だったけど、もっと女の子になったな」


 会議場所のテントから出てきたエイルを見たエニシダの感想がこれであった。背中まである白髪を2つの三つ編みにし、頬にほんのりと赤いチークがあり、睫毛を伸ばし、口紅でプルプルとした唇になっている。


 緑色のリボン付きのドレスを着ているため、良いとこ育ちのお嬢様にしか見えない。なおやられた本人は不機嫌だが。


「喋れなくなるように、舌を引き抜こうか」


 そして口の悪いとこはそのままだったりする。


「こっわ。女の子が言うセリフじゃないって。暫くはそういうのは控えとこうぜ。」

「そうだね。君は演じておかないと」


 元凶の1人であるダンデが面白そうに言っている。


「関係ねえからって。ん」


 文句を言おうとした矢先、彼の指先がエイルの唇に当たる。


「しーっ。お嬢様らしく」


 ウインク付きで言いやがった。相手が女性なら間違いなく惚れていただろう。


「分かってる」

「おっと。来たみたいだね」


 階段から水汲みに行っていた彼らが来た。


「ただいまー疲れたー」

「お疲れ」


 木のバケツいっぱいに水が入っている。便利な魔法魔術を使っているとは言え、限界があるのか、疲弊している事が分かる。


「ってラークスパーさん、めっちゃ機嫌がいいですね?」


 額に1つの角が生えている男がご機嫌な代表を不思議そうに見ている。


「朗報だぜ。空間転移陣の設置が出来る魔術師が来たんだからな」


 エニシダが事情を説明。


「おー!」


 一同大盛り上がりである。


「やっと楽になる。やったよ」

「泣くなよ」


 しまいに泣いてしまう人が出て来る。


「一体誰がやってくれると言うんだ」

「隣国の4大貴族の1つ、カートカズラ家のご令嬢様だよ」


 戸惑いや驚きが顔に現れる。


「報告読んでたけどマジか」

「あ。お前読んでたのか。俺読んでなくってさ」

「いやそこは読めよ」


 エニシダを中心とした群がりが完成する。水汲みに行った者たちは中心にいる彼に次々と質問してることだろう。


「はーこの密はきっつい。喉乾いた。水くれ」


 よれよれで歩く男の人間がダンデに近づく。抜け出すのに相当苦労している事が伺える。


「どうぞ」


 硝子のコップに水を入れ、渡す。


「ありがとさん。はー」


 よれよれの男は身長が180cmぐらいで、日に焼けた肌色、黒髪混じりの短い金髪の容姿だ。そこそこ鍛えており、戦場に入ったことがあるのか、所々傷跡が残っている。胸元が開いており、ズボンに破けやほつれがある。


 支援者の中で一際異質である。見た目だけで判断してはいけないが、念のため警戒しておくに越したことはない。ダンデは彼を観察する。


「これで水汲み所業とおさらばか。嬉しいもんだよ」


 異質な彼でも水汲みは辛かったようで、ホッとした表情を見せている。


「ところで」


 不意に脳内に男の声。何か企んでいるような顔になっている。ダンデは目を細める。


「心配するな。あーそこのお嬢さんも話を聞きな」


 わざわざエイルにも声をかけている。何か目的があるなと思いながら、女装の彼はさりげなく歩いてくる。


「今夜とっ捕まえるって話を聞いた」


 会議の事を知っている。ただ疑問が1つだけ。何故今夜と限定的なのだろうか。どちらにせよ。更に警戒しておくに越したことはない。


「心配しなさんな。あの爺さんに合図を送ったのは俺だ。それと誰がおとりになるかは知ってるよ。あのガレヌスの弟子がなるとは思ってもみなかったが……良いのか」


 ラークスパーが言う信頼できる友は彼の事のようだ。返事をしたい所だが、エイルは魔術で他人の脳内に直接メッセージを送る事が出来ない。かと言って口に出すのはマズイ。行動で示すほかないので、小さく縦に頷いた。


「そうか」


 話が終わりそうな時、癖のある銀髪を1つに結んでいる鼻の高い男の人間が来た。ネクタイに近いものを身に付けており、金をかけてそうな革のブーツを履いている。


「よお。チャービルさん。それと君たちは確かエニシダの彼女さんとえーっと確か」


 何かを見定めている気持ち悪い目だ。エイルは不快感を出すが、ダンデは顔を変えずに接していく。


「ダンデだ。ドラグ王国から来た。暫くはよろしく」

「ご丁寧にどうも。俺はサピエンのカノースだ」


 カノースが右手を出す。ダンデはそれに応じて、握手を交わす。


「いやー彼奴から聞いたよ。君たちのお陰で水汲みしなくて済むっぽいね。大助かりだよ。見ろよ。まだ彼奴泣いてる」


 反吐が出るレベルで女装姿(しなくても変わりないが)のエイルを見ている。手を出しているわけではないので、特に反応はしない。不自然がないように会話を続ける。


「そのようですね。とても苦労をなさったらしいですし、暫くはあのままがよろしいかと」

「優しいね。もうちょっと容赦なく言っていいんだよ?」

「ご遠慮します」


 彼らは他の誰かが来てくれる事を望んでいた。その望みの一手はエイル達だ。問題解決となるかどうかは今夜で決まる。少しずつ。少しずつ。夜に近づいていく。

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