第7話 情報共有会議
フィー公国にあるキャンプ地は難民キャンプと意味が同じである。難民という言葉を付け足さない理由として、まだこの世界にそのような言葉が無いからとしか言えない。
今回はその辺りはスルーである。フィー公国は特殊だからだ。世界を旅する魔術師の記述を見ていこう。
『フィー公国はドラグ王国より緑が多く、そのお陰で森を住居とする亜人達が多く住む。それが原因なのか、縄張り争いが起こりやすい。そして弱い人達は人間でも住まない地域に滞在する。終われば元の所に戻る。国として彼らを支える。いつでも安心して暮らせるように。何せ女王は彼らの祖先と言われている妖精だからだ。気に掛けるのも道理という奴だ』
小さい住処がいくつもあり、ちょっとした喧嘩が起きる。女王たちはのんびりと彼らを見守る。ザ・不思議国家、それがこの国だ。このような亜人を見守る国家は稀らしい。このように記載されている。
『亜人は妖精を祖先とし、我々人間に似た姿をとり、魔力を有する。突出した能力を各自持つが、古くから森を住居としている。彼らは多いようで少数である。古来から少数派は嫌われる。恐怖となるものは排除しようとする。それが理由で亜人は相容れない存在と認識される国家が多い。大体は国民として扱っていない』
『だからこそ、今まで歩んできた道のりで彼らと人間との戦争が何度も起きていた。いくつもの亜人の一族が全滅した。時代が進むにつれてドラグ王国やフィー公国のように、亜人と契約を交わし、互いに手を取り合うところも増えてきた。しかしそのような国は少数派である。未だ亜人の存在を認めていない国の方が多い』
大事な部分を抽出してみた。これ以上書くとキリがないため、これで終わりとしよう。視点を切り替えていこう。
ただいまヴィクトリアの解説を聞きながら、空間転移地点からティラカにあるキャンプ地近くまで馬車で移動途中である。
「……って自称人権活動家のアスターが言ってたわね」
「私達が住むドラグ王国のような扱いが少数だとはな」
外の国に出向いたことがないらしいマチルダが苦虫を潰したような顔をしていた。
「そのドラグ王国ですら性根が腐った貴族の連中は亜人を嫌っているからな。彼奴らに自称とやらの爪の垢を煎じて飲ませてくれと王に頼みたいぐらい、研究しているのだな。そのアスターとやら」
いつものようにエイルは毒を吐く。
「人間より魔力がある亜人達のとこで魔術の研究すれば良いのが出来るって発想で世界各地回ってるの。だから自称って名乗ってるんだと思うんだけど」
「あの子ちょっと残念だけど……良い子なのよ? 正直自称省いても良いと思うのだけど」
顔見知りらしいルーシーが苦笑いしていた。活動家として、様々な事をやっていると推察出来る程なのだろう。
「そろそろティラカのキャンプ地付近に着きます」
御者の声。到着した後、馬車から降りて御者に礼を言う。彼が見えなくなるまで見送り、出発する。目の間に丘が見える。階段状の道の狭いとこを通って、キャンプ地に向かう。
先頭はダンデ。その後にエイルなどが彼に付いて行く形だ。
因みにダンデの紹介は数日前に済ませており、例の件があったのか、暫くはヴィクトリアとルーシーとマチルダは警戒していた。
「どうやらここがティラカのキャンプ地みたいだね」
階段状を登り切ったら、白いテントが見えてきた。人間のような耳ではなく、猫の三角の耳。尻尾を生やしている。服装はドラグ王国と大差はないように思える。
「すみません。お嬢さん」
先頭にいるダンデは丁度見かけた茶色の髪をしたシスター姿の若い女性に、フィー公国で使われる言葉で声をかけていた。シスターは彼の顔を見ただけで、頬を赤くしている。美男子だと見とれているのだろう。
「エイル。ここからは君に任せたよ」
「分かった」
ここでエイルに交代である。まず確認をとる。
「あなたはフィー公国の正教会から来たシスターでよろしいでしょうか」
「はい。そうです。えーっと?」
戸惑いを隠せていない様子だ。
「申し遅れました。私達はドラグ王国から派遣された者です」
そう言いながら、エイルは質の良い紙を彼女に見せる。
「なるほど。確かに確認しました。フィー公国ティラカのキャンプ地へようこそ」
握手を交わそうとした時。
「おーい。シスターアルメリア。誰か来たのか」
白いテントから誰かが出てきた。赤色の短髪で猫の耳と尻尾を持つ若い男性。身長は175cmほどで、細身だが鍛えている事が分かる。黒に近い緑色のジャケットとズボンを着たお金持ちと言った所か。
「って。ありゃ。エイル、こっちに来てたのか」
「いたのか。ってフィー公国を拠点としていたなそう言えば」
彼はエイルと顔見知りで、普通に会話をし始める。
「おうよ。あまり変わりないようで何よりだ」
「お前もな」
近付いて拳と拳がコツンと軽くぶつかる。エイルは緊張が解れているようで、少しだけ微笑んでいる。男はひと通り、エイル達を見る。
「見たところお嬢さんが多いな。男はお前と劇場でいそうな奴ぐらいか」
エイル以外全員女性である。そして1人は既婚者である。エイルは訂正を入れる。
「彼奴は女だ。まあ男扱いで大丈夫だと思うが。そう演じて冒険者として活動してたらしいからな」
「え。お前男なのか」
男は驚きの表情を見せる。本当に見抜けていなかったのだろう。信じられないと顔に書いている。じっと見られていたダンデは笑顔で手を振る。
「それとあそこにいる女性は既婚者だ。カトレー家と言ったら分かるだろ」
どう思ったのかは不明だが、男の顔が一気に青ざめていく。カトレー家で反応したのだろうとエイルは考える。
「俺……まずい事言っちゃったかもしれねえ。お嬢さんって言っちゃったよ。やっべえ。殺される。処されるって」
恐怖で身体が震えている。魔法薬に精通している家系だと知っているからだろうか。
「あの先生は気にしないぞ。神話に出て来る女神が見習って欲しいぐらいに」
「そうか。それを聞いてホッとした」
ヴィクトリアがエイル達の元に行く。
「ねえ。エイル、彼はあなたの知り合いかしら」
エイルは彼の紹介をする。
「ああ。彼奴はエニシダ。俺と同じ治癒魔術を使う者だ。普段はフィー公国を中心に活動して……確か前会ったのは1年前だったな」
「よろしく。おじょ……じゃなかった。あなた達のお名前は」
かなり慎重に聞いてきたエニシダである。失態を冒したくないようだ。
「ヴィクトリア・ハートカズラよ。魔術師としてあなた達治癒魔術師のサポートをするわ」
「ルーシー・カトレーよ。魔法薬の作製以外もお手伝いできるから何かあったら言ってちょうだい」
「冒険者ダンデ。彼女たちみたいに君たちのような癒し手の支援は出来ないけど、野外活動なら一通りは出来るよ」
ヴィクトリア達も名乗りを終えた。マチルダを除いてだが。
「かっこいい! ひょっとして騎士様ですか!?」
「いやこれはただの鎧であって私は」
知らない間にマチルダは紛争から逃れてきた猫耳と尻尾がある女性たちに囲まれていた。
「あらまー。マチルダ、大人気」
「あらまあじゃないですって」
呑気な元先生とそうじゃない卒業生。真反対である。
「同性にモテモテって滅多に見かけない光景だな。おー眼福眼福」
さっさと他のスタッフと会議をしたいエイルは女性を見ているエニシダの尻尾をぎゅっと掴む。一応手加減はしている。一応。
「いった! 尻尾掴むなよ!」
本気で痛いようだ。涙がうっすらと出ている。
「さっさとマチルダに話しかけるぞ」
彼の反応を気にせず、エイルはさくさくと女性陣に突っ込む。エイルを見た途端、大フィーバーである。
「まあお人形みたい!」
「人間が作った陶器人形みたい。かっわいー」
「凄いわ! 髪がさらさらしてる!」
恐らく彼女たちは何も意識せずに発した言葉だろう。ただ対象がエイルであって、女として見られる事を好まない。しかし今回は珍しく不機嫌なオーラを出していない。
察している所があるのだろう。或いは優先すべきとこはそこではないからだろうか。どうにか、マチルダを発見出来た。
「いた。行くぞ」
ホッとしているのか、申し訳ないのか、様々な心情がマチルダの顔に出ている。
「す……すまない。囲まれるとは思ってもみなかったもので」
どうにか引っ張って、脱出成功し、緑色の翼に王冠があるフィー公国の紋章らしきものがある白くて大きいテントに入っていく。ベッドがない。椅子と机と大きい黒板らしきものがある。治癒魔術の本や野外活動に関する本などが積まれている。既に活動している者が10人ほど座っている。
「ようこそ。お待ちしておりました」
わざとらしいお辞儀をする焦げ茶色の短髪の男性が出迎えてくれた。足も胴体も短い。エイルの肩ぐらいまでしかない。白いコートを羽織っている。
「わたくし、代表の治癒魔術師のラークスパーと申します。此度はこちらに手伝いに来てくださってありがとうございます」
顔を上げる。丸い眼鏡をかけ、顔に皺が出ている。若かったら女性にモテていただろう。そう思わせる顔立ちである。
「軽く自己紹介をして、早速会議に入りましょう」
「なら紹介後、私と彼女は外で警備を行いましょう。魔術師として支援出来るわけではありませんし、元からそういうのを仕事としておりますから」
この場にいても出来るわけではないと判断したらしいダンデがそう言った。マチルダは特に異論はないようで、静かに頷いているだけだ。
「いえ。あなた達も参加させてもらいます。協力して欲しい事がありますので」
何の事だろうとエイル達は首を傾げながらも、名前を言い、会議に入っていく。
「とりあえず状況を教えて頂けるとこちらも助かります」
「こちらをどうぞ」
金髪のエルフの男性から緑と茶色が混ざっている紙数枚をエイルが受け取る。最初はティラカ周辺の環境についてだ。キャンプ地は丘のような所にあり、見晴らしがよい。
下は森となっており、魔法薬で使える材料が生えている。少しずつ暑くなっていく現在は透明な妖精の羽を模した実、ドラグ王国の言葉だと「フェアリーフェザー」の収穫時期だ。これがあれば何でも作れると言えるほど、魔法薬で使う事が多い。
ある程度の緊急対応は可能だと考えて良さそうだ。
「何故こんな遠くから水を運ぶ必要がある」
問題は水なのかもしれない。ひょっこりと覗き見しているマチルダが疑問を口にしていた。
「この近くは確かに飲めるんだけど、水の量が少ないんだよ。組むのに時間がかかるぐらいに。どれぐらいここにいるのかは分からないけど、暫く暮らすとなると別のとこから持ってった方がいいってわけさ」
ダンデが解説してくれた。
「私達人間みたいに井戸を作れませんからね。私達亜人は森にある全ての物が財産です。そこら辺はまあ捨てればよいのですが問題がありまして。生きる目的があって掘って、水を得ようとしたら呪われたとか。自然と共に生きられる代償でしょうかね。その辺りはどうお考えですか」
続きを言ってくれたラークスパー、エニシダに笑顔で振る。
「え。それ俺に振っちゃいます?」
あまりにも急だったためか、エニシダが慌てている。
「だってエイルと知り合いっぽいし」
まさかの適当な理由だった。
「そこですか理由は! 何故とかはさっぱりですけど、多分そうなんでしょうね」
「こういう事があって、井戸って言う手段は使えないんです。水を運ぶ作業は負荷が大きいので改善したいとこなのですが」
ラークスパーは盛大にため息を吐く。解決出来ていないのだろう。他のスタッフも似たような感じだ。やや落ち込み気味である。雰囲気がどんよりとしていく。
「それなら空間転移陣を作ればいいじゃないですか」
エイルははっきりとした声で言った。
「そりゃ出来ればそうしたい! でも難しいんだよ! あれは並みの魔術師じゃ無理だ!」
誰かが苛立ちながら反論する。
「難易度として相当であるのは承知しています。ヴィクトリア、ひとつ聞くが良いか」
念のため、彼女に確認をする。
「あれでしょ。空間転移の魔術を扱えるかって事でしょ? ええ。出来るわよ」
この肯定がきっかけだった。突如現れた改善の兆しにテント内の雰囲気が明るくなる。
「本当か!」
額に角が生えている強面の男性がゆっさゆっさとヴィクトリアの両肩を掴み揺らす。めちゃくちゃ嬉しいのだ。
「うえ!? ちょ!? あの流石にお父さんみたいに素早くは設置出来ませんからね!?」
揺さぶられながらもどうにか言葉を発する。
「出来るだけで十分だよ! やったよ! ラークスパー! 彼奴らも泣いて喜ぶ! 今日は盛大にあでっ」
男は最後まで言えなかった。辞典並みの分厚さがある本で頭を叩かれていたからだ。代表は呆れた顔をしている。
「まだ会議は終わってませんからね」
「はーい」
まだまだ会議は終わっていない。祝福したい気持ちをどうにか抑えながら続けていく。
2枚目と3枚目の紙を見る。地図と文章。食料と魔法薬とその他諸々の確保地点。通っていくルート。生き物を模した読めない文字の羅列。エイルは思わずしかめ面になる。
「このように物資の輸送に問題はありません」
「やっぱり相変わらずですね。この国というかの独自の魔法の仕組みが意味分かりません」
フィー公国の魔法魔術は特殊だ。妖精文字と呼ばれる文字を空中で書き、発動させるのが主流である。
呪文はいらない。楽なように思われるが、文字を覚え、組み合わせまで覚えないといけないため、習得できるまで早くても5年である。習得出来たら、瞬時に文字を書き、火を出したり、水を凍らせたりなど、様々な事が出来る。
ただしそこまで万能ではなく、空間転移など一部は未だに成功していない。なので先程のように誰かしら苛立っていたりする。
「でしょうね」
因みに習得に関してだが、フィー公国住人であり、魔術師でもある彼らでさえ、くっそ面倒で難解だと思われている。何故そんな面倒なものが未だにあるのだろうかと疑問である。
「まあとにかくその辺りは問題なしと捉えればよろしいのですね?」
「はい。それでよろしいです。次の紙を見てください」
4枚目に移る。キャンプ地にいる女性とその子供たちの健康に関する情報が書かれている。数値は多少の基準値から超えているが、健康の範囲以内に収まっている。
問題は別の所にあった。亜人への差別と同じぐらい、昔からあるものだ。違う点として、それは研究対象として扱われていない事だ。
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