第5話 ダンデ
ドラグ王国の王都ドラグディアの役所、赤色などのレンガで作られた建物でエイルは医療・救助団体の設立のための書類を書いていた。
「冒険者チームじゃダメだったのかい?」
「あれだと国を超えて活動出来ないからな」
大体の職員からそう突っ込まれながら、必要な項目を埋めていく。本来は団体を作るだけなら、わざわざ役所に行って書く必要はない。しかし何でも屋という名の冒険者があり、トラブルを減らすため、ほんの少しでも関わる可能性がある場合、国に許可を貰う必要がある法律があるのだ。
「何で面倒なものを作りやがったんだ上は」
とエイルが心の中で愚痴るぐらい、面倒な法律である。過去にどれだけ冒険者を優遇していたのかが分かる。正直現在はそこまで冒険者が多いわけではなく、国の関与が少なくなっている。
また少しずつ冒険者ギルドが減少している。いずれは冒険者自体、なくなるだろう。それらを踏まえると、法律自体を無くしても問題ないはずだが、改正などの噂を耳に入っていない。まだ当分先のことなのだろう。
「はい。必要なとこは書けてますね。まああなたのことですから、これで問題はない
はずです」
先程説明した法律以外に役所で書類を出す理由がある。
「王国との協力体制の書類もお願いします。情報交換。資金援助。人材派遣。国外活動の有無などの項目をチェックしてください」
国境を跨いでの活動団体であり、ドラグ王国との連携を取る必要があるため、もう1つの書類も書く。難しい事を書くわけではないので数分で終わらせる。
「これでどうだ」
協力体制関連の書類を職員に渡す。
「はい。確認しました。お疲れ様です。治癒魔術師として活動した後でしょうに」
「それを言うならあなた達もそうじゃないか? かなりギリギリに来て、暗い時間帯になったわけだからな」
因みにエイルが役所に入ってきた時、空はオレンジ色だった。書類を書き終えた現在は夜となり、月が出始め、空の色が暗い。
「まあこういうのは俺達の仕事ですし。エイルさん、気を付けてください。周りに比べて、王都は犯罪が多いですから」
「ああ。肝に銘じておく」
扉を開けて、外に出る。雲がなく、月がよく見える。冷えた風が体に当たる。時計塔を見ると、小さい針が7を指していた。前に行こうとした矢先、エイルの目の前が真っ暗になった。
「……ん」
「やあ。お目覚めかい」
暫くして意識が戻った。暗い森の中だ。移動途中である事が分かる。後ろの肩と膝裏が支えられている。誰かに御姫様抱っこされている状態である。声と顔から察するに若いキザな男のようだ。
「話に聞いてた通り。可愛らしい。まるで女神のようだ」
少ない情報から考えていこうと思った矢先、攫った本人が話し始めた。
「誰かから聞いてたのか」
「俺の友人のルーカス・カモマイルからさ。知ってるはずだ」
確かにエイルはルーカスという名前を持つ人物と接している。しかし苗字を持っているかどうかは知らない。また、知っている彼は人攫いの真似事をしない。
ひょっとしたら、噂を聞いた彼の知り合いのルーカスから聞いた可能性が高そうだ。
「いや。知らない」
「おや。違うのかい?」
「違う。素朴でお人好しの天然馬鹿は悪い事をしないからな。接点があるように思えない」
考えを言った後、エイルはある疑問を口にしようとする。
「まあそれはどうでも良いが」
「どうでも良いのかい」
「何故俺を攫った」
「あはは……」
苦笑している。
「本当は攫うつもりなんてなかったんだけどそれを考える間が無くってね」
木の枝と枝を渡っていく。跳びながらなのか、上下に揺れている感覚がある。
「急病なのか」
「ああ。森に住まう高潔な種族、エルフの集落に住む爺さんさ」
エルフは亜人の1つであり、普段は森に住んで暮らしている。理由は不明だが、肉や魚の類は消化できない体質のため、もっぱら植物を食べる。膨大な魔力を持つ人が多いが、免疫力があまりなく、政治の世界に降り立つ事がない。王都に出向く事すら出来ないエルフが多いため、攫った人物は人間なのかもしれない。
「お前……俺と同じ人間か」
「ああ。こういう森の中を案内したり、調査したりしてる者さ。一応これでもギルドに入っていてね。ダンデというネームで通っている」
エイルと同じ人間であり、意外にもギルド所属の人だった。
「たまたまエルフの集落にお邪魔しててね。ある爺さんが熱出して倒れちゃったんだよ。薬効かないから、慌てて近くの王都にね。丁度役所の前に君がいたもんだから。つい」
「ついじゃないだろふざけんな!」
思わず大声を出してしまった。
「それに関しちゃ悪いと思ってるよ。そろそろ着くよ」
灯りのない森の夜道から明るい空間に入る。エルフの集落はまさに別世界だ。日中と同じぐらい明るく、黄緑色の葉っぱで出来たらしい家がいくつもある。緑色の服を良く着るようだ。
「ダンデさん、連れてきたのか!」
「ああ」
先の尖った耳を持つ金髪の青年が出迎えていた。
「ここがエルフの集落なんだな」
「そうだよ」
上着の襟ぐらいまでしかない金髪で、深緑色のツリ目をした細身の人間が傍にいる。男性のように見えるがそうじゃない所は後でだ。エイルは隣の人を男と仮定しておく。
人間である事は森の中で分かっている事から、彼こそダンデなのだろう。シンプルな白いシャツに茶色のズボンとブーツ。腰にポーチとナイフ。身軽だがある程度戦える形にしている事が伺える。確かに彼に不意打ちくらって意識を失うとエイルは納得する。多少の情報が得られたので、本題に切り替えていく。
「そうか。患者のとこに案内してくれ」
「ああ。こっちだ」
ピンク色の花びらが屋根に落ちている家に入る。木の台所。机。藁で出来たベッド。質素な生活をしているようだ。急病人はベッドで寝ている。
「近づいても問題ないか」
「そりゃもちろん」
許可を取り、病人の様子を見る。爺さんとダンデが言っていた通り、髪の毛が白く、皺が出ている。寝苦しそうだ。触診を始めていく。額に触っただけで熱い。手首近くの脈は普通だ。魔力が溢れているように感じる。
「お嬢さんが来てくれたのか。嬉しいねぇ」
爺さんが覚めた。触れられたという刺激が原因だろう。
「お嬢さんではないがな。聞きたい事があるが構わないか」
なるべく優しい声で言った。
「うん」
エイルはいつものように問診を行う。
「最近咳とか鼻水とかはあったか」
「特にないねぇ」
「だるさはあるか」
「うん。動く気力ないし。ぶっ倒れちゃってね」
エイルは何かを確信し、魔術を使う決心をする。
「神秘を解き明かし、見通す目を」
身体の中を見ていく。主に魔力に関する神経を。
「……省略しなかったかい今」
「気のせいだ」
ダンデの指摘を華麗にスルー。魔力源らしきところから漏れ出している。神経に行き渡らせることなく、外に出しまくっていると言った所だ。魔力の垂れ流しとも言えるだろう。
「あの……お嬢さん」
爺さんは弱弱しい声でエイルに話しかける。
「だから俺は男なんだが。何だ」
「俺は死ぬのか」
初めての事なのか不安なのだろう。
「それはないだろう」
エイルは即座に回答する。
「これは一時的なものだ。暫く安静にしておけば生活に戻れる」
続けて今後の予測を言った。
「そうか。良かったぁ」
爺さんが安堵している一方、ダンデと案内した人は困惑中である。
「え。でも熱出て。だるくて動けない。でも安静して。え。どういうことか説明してもらえるかい」
こんがらがっているダンデからの質問に答える。
「ああ。歳を取ると魔力源の機能がガタ落ちするんだ。人間はそこまで影響はない
が、膨大な魔力を持つエルフとなると、体に出て来るわけだ」
「そんな話聞いたことがないぞ! でたらめに決まってる!」
案内人が声を荒げる。初めて聞いた話だからだろう。エイルは苛立ちを抑えながら言う。
「うるっさいぞ。そこ。まあ気持ちは分からなくもないがな。こういうのは滅多に見られるもんじゃないし、最近分かった事だからな」
エルフの寿命は人間の数倍。しかしそれよりももっと前に亡くなる事の方が多い。しかも大体は若い見た目の年齢でだ。更に魔力に関する研究は最近出始めたばかりだ。
「知ってる治癒魔術師だって限られている。師匠とスケベ野郎、ジャクソンと俺とか。治癒魔術師育成機関でも上の人ぐらいだし。そんなもんだ」
最近始めたばかりの研究テーマ故、知っている治癒魔術師は極僅かだ。だからこそ、エイルは疑いたくなる気持ちを分からなくもなかった。ある程度の事情を教えたが、何かが引っ掛かったのか案内人があることを呟く。
「師匠?」
ダンデがすぐ答える。
「ガレヌス先生だよ。彼。その弟子なんだ。丁度運良く王都にいたもんだからこっちまで連れてきたわけさ」
案内人の目がパチパチ。そーっとエイルに近づく。
「え……ガレヌス先生の」
「そうだが……おい待て。何故頭を下げる」
正座になり、額を地面につけていた。土下座である。予想外の行動を見たエイルは眉間に皺を寄せる。
「し……失礼しました。これ程地位の高い人物だと思ってもみなくて」
「謝らなくていい。誰だって疑いたくなるもんだ。そろそろ行くとするよ。宿に泊れなくなる」
診療は終了したので、エイルは家から出ようとする。
「待て。報酬は」
「いらない。大した手間でもないからな。ああ。そうだ。万が一のためだ」
常備している文字が刻まれている手のひらサイズの木の板を机に置く。王都を拠点として、常にそこにいる保証がある師匠の連絡先が木の板に刻まれていた。
「師匠の連絡先だ。今度何かあったらそっちに連絡しとけ。俺と違って、すぐ来てくれる」
そう言い、エイルは家から出た。
「あ……ありがとうございます」
案内人はダンデに小声で話しかける。
「ダンデ。よくもまあ大物の弟子なんて釣って来たな。いつもの人じゃなくて良かったけどさ。偶然見かけたとかそんなか」
「そうだね。役所のとこ通ったら見かけたもんだから速攻で」
笑顔でサラリと言うダンデ。即座に行動をする恐ろしい人である。
「お前さん、暗殺者でもなったらどうかね」
「冒険者であると同時に俺は紳士として演じてるからね。ご遠慮するさ。ちょっと彼を王都まで送り届けるから」
「おう」
ダンデも外に出て行く。エイルが立ち往生していた。顔に出ていないが、困っている事が分かる。
「やあ。送ってあげるよ」
「……頼む」
「承ったよ。エイル」
ダンデは手早くエイルをお姫様抱っこし、森に入っていく。
「何でこうなるんだ! 演技はもういいだろ!」
「なに。唯の癖さ」
ウインクも様になる。マジでイケメンである。
「演じるのに癖もへったくれもあるか。お前女性だろ」
声が低めで、身体付きは男性らしい所があるが、所々女性らしい所があった。もしも完璧に男性らしい身体付きになっていたら、流石のエイルもお手上げである。
「はは。流石にバレるか。そうさ。俺は女だよ。舐められないように考えた結果がこの紳士演技というわけだ。身体はまあ鍛えた結果かな」
「そうか」
羨ましいと言わんばかりに舌打ちをする。あまりにも容姿が真反対なのだ。エイルとダンデは。
「拗ねないでくれ。俺の場合、たまたまこうなっただけなんだからな」
「そうかよ。俺は鍛えてもこんなんだからな。神に文句言っても無駄だからよくやらんが」
「不公平だからね。その辺りは」
ダンデが急に静かになる。意外に静かなタイプなのかもしれない。エイルもそこまで話すタイプではないので無言になる。こうした状態で静かな森を通り抜けていく。
「……そろそろ。おっと。これは」
どれぐらい時間が経っているかは不明だが、ダンデが焦った声で言った。
「どうした。ダンデ」
「あとちょっとで王都に入るわけだけど……誰かいる。警備の割に不自然なんだ。動きが」
ダンデはかなり視力が良いようだ。彼女の言葉から察するに、正々堂々と攫われた光景を見た誰かが警備に伝えたのだろう。不自然な動きは捜索しているものだ。間違いなく。
本来なら真っすぐ突き進むのだが、回避するためにダンデは曲がって、別の所から入るつもりのようだ。
「そりゃ役所前で犯罪行為みたくやったからだろうが! お前何処が紳士だ! やってる事盗賊とか暗殺者とかそっち系だろ!」
「あっはっは! どうやって誤魔化そうか!」
爽やかに笑っているが、下手したら牢屋に放り込まれる。洒落にならない展開である。問答無用で逮捕されるだろう。エイルは大きい声で叫ぶ。
「笑ってる場合か! 弁明出来る保証はないからな!」
森から王都へ。レンガで作られた住居がたくさんある地区のようだ。見覚えのある人物がいた。短い金髪、緑色の瞳のお人好し青年。冒険者のルーカスだ。笑顔だ。だが目は笑っていない。怒っている。そのはずだが、不自然なところがある。そのような印象だ。
「やあ。ルーカス」
「犯罪行為に近い事やって何したんだい。ダンデ」
彼女というか彼の名前を知っている辺り、旧知の仲である事が分かる。
「彼奴の滞在先で急病が出たから俺を誘拐したようなもんだ」
被害者(?)として、一応、エイルは言った。
「それは分かっている。聞きたいのは君じゃない。ダンデだ。承諾なしで何してるんだと聞いてるんだよ。職員の話を聞いてる限り、あれは間違いなく犯罪に近いぞ」
声にドスが入っている。そのはずだが何故だろう。全然怖くない。
「ギルドの信頼・信用を失わせてはいけない。君は分かっているはずだ。警備の者に同行してもっ!?」
宙から冷たい水が降ってきて、ルーカスはモロにくらう。
「つっめた!? ってソフィア!?」
あれの原因はソフィアの魔術だった。建物の裏から出て来る。
「はいはーい。演技はそこまでよ」
彼女の言葉でいつもの爽やかな好青年に戻った。
「……演技の才能ないよね」
ダンデはクスリと笑った。無理して演じている事を分かっていたのだろう。
「君と違って無くて悪かったな!」
「ふふっ。最初からエイルだけじゃなくて俺の事も心配して、動いてくれたのだろ? ありがとう。誤解せずに済みそうだ。そうだ。ルーカス。君フルネームで言わなかっただろ」
「そりゃ冒険者だと必要ないからな。君だってそれ登録名じゃないか」
「男として演じてるからね。おっと。やっとウッドが来たか」
大柄な褐色肌の男性が駆けつけた。
「良かった。見つかったんだな。ダンデ久しぶり」
「ああ。相変わらず良い身体してるね。さてと。お客様が揃ったわけだし、やろうかな」
察したルーカスはエイルが逃げないように肩をがっしりと掴む。
「おい。ルーカス?」
エイルはにこにこと笑っているルーカス達3人を見る。誰も言う気配なし。予想が付かないため、不安しかない。
「雪のように白く。サラサラとした髪。ルビーのような綺麗な赤い瞳。可愛らしい顔立ち。傷を癒し、救おうとする。まさに天使のようだ」
少しずつ、エイルの元に近づいていく。やられた側はたまったもんじゃない。エイルは両手で顔を隠そうとする。
「ああ。隠さないでくれ」
「誰だって隠すに決まってるだろ。ふざけんな」
恥ずかしくなっているのか、エイルは珍しく小声を出している。
「天使の君はガレヌス先生の元で勉強をして、経験を積んで、次の一歩へ踏み出そうとしている。そうだね」
「お前がそう言うならそうなんだろうな」
「その一歩は実に難しい。間違いなくあれは前代未聞そのもの。どんなにあなたが強くとも、一人ではやっていけない。だから仲間を集めているとお聞きした」
ヴィクトリアの件は冒険者のギルド内に伝わっている。それに友人ならルーカスから軽く聞いているはずだ。
「俺。いえ。私はその動きに心を惹かれた。力は違えど、境遇は同じだ。だから私は貴方に志願を。誓いを」
ダンデは騎士のように屈む。
「今までの経験を活かして、仲間を案内し、お護りしよう」
まさかの救助団体の加入志願だった。
「経緯は違うけど、災害とかで悲惨な光景を見ているのは確かだよ。同じ現場にいた時もあったから。それに自然の中の案内人が彼の仕事、俺関係なくいつか君の元に辿り着いていたはずさ」
ルーカスが静かに語った。共通点がある。それは本当のようだ。熱意があるようなので、受け入れる決意をする。
「そうか。……分かった。ダンデ。あなたを仲間として受け入れよう。だからその演技は終了にしてくれないか」
エイルのセリフに従い、ダンデは立ち上がる。
「ありがとう。エイル」
お礼を言い、エイルの右の手のひらにキスをした。
「っだからそれを止めろと言ってんだろうが!」
エイルの怒りの声がほんの少しだけ王都の一部に響いた。自然に詳しい紳士キャラを演じる女性ダンデ。設立前に入った最後の人となった。たまたま女性ばかりになった設立初期のメンバーの出会いはこれにておしまい。組織の形になるのはまだ先の事である。
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