第4話 マチルダ・エーデルワイス
彼女との出会いはルーシーが加入してから数日後の事。ドラグ王国東部のとある山小屋まで薬を届けに行っている最中だった。冒険者としてではなく、エイルの治癒魔術師としての仕事で来た。ヴィクトリアとルーシーはその付き添いである。人が一生懸命作った歩道に沿って移動する。階段みたいにした道を登り始めたところだ。
「いつも通りの内容だけど、量が多くない?」
魔法薬に詳しいルーシーは仕事内容を見て、疑問に思っていた。その疑問はエイルも持っている。魔獣などの襲撃で使う量がいつもより多いのだ。
「魔獣の襲撃があったのかもしれないな。っ!?」
急に地面が揺れる。バランスが崩れる程の震動の強さだ。籠に割れ物である薬の瓶が入っているので、それを守るためにわざと尻餅を着く。ヴィクトリアとルーシーは魔術で倒れないようにしたようだ。
「この辺り火山なんてないわよねー?」
ルーシーは地図を見ながら言った。
「ああ。そのはずなんだが」
火山なら噴火前の場合、地震が起こる。しかしこの地域に火山は1つもないはずだ。まさか巨大な魔獣がいるのではないかとエイルの頭によぎる。
「魔力感知をして欲しい。嫌な予感がする!」
「ええ。そう言うと思って、やり始めてるわ!」
ヴィクトリアの足元に魔法陣。徐々に円が大きくなっていく。捜索範囲を拡大しているのだろう。
「地図見て!」
何か見つけたようだ。エイルとルーシーはドラグ王国の地図を見る。西南部と東部に別の国があり、北部と南部に海がある。大きい山の名前や村、王都の位置が記されており、丸で囲まれた正方形は転移魔法があるとこだ。現在地は東部の小さい名もない山で、ここから東5km程に村があり、西2km程に平坦な道があり、馬が通る道として使われている。
「ここから西に巨大な魔力反応があるわ! あと誰かいる!」
巨大な魔力反応となると、間違いなく巨大で強力な魔獣がいる。本来なら仕事を後回しにして、村に行って、ギルドに通達するのだが、情報がない今、どれが正しいかなんてやってみないと分からない。最悪ケースを想定しながらやるべきだとエイルは考える。
「木の精霊よ。この身に宿り、我らを助けたまえ」
ルーシーの詠唱で手のひらにある小さい2つの種から芽が出てきてピカリと光る。種は人を模した姿に変わっていった。
「この子に手紙を託して、ギルドに通達しておくわ。それとこっちに薬の瓶を入れた籠、渡して。目的の山小屋までよろしくね」
手早く手紙を書き、人を模した何かは主人の命令に従って、出発した。
「出来る限りの事をやっていこう。まずは遠くから見れる場所まで移動して、どんなものか確認だ。その後は状況次第で変わっていく。人数までは把握できてないからな。自分の身を守りながら、対処していく。これでいこう」
エイルは階段を下って行こうとする。
「ちょっと待ちなさい。そんな効率の悪い方法じゃ間に合わないわよ」
ヴィクトリアに止められた。彼女は一体何をするつもりだろうと、エイルは体を固くする。どんな行動をしようと、実行する気の彼女はエイルの右手を掴んで、詠唱を行う。
「我々3人は地上に生きる者なり。故に飛ぶことは出来ず。しかし天空を舞う欲望を持つ者なり。故に叶えるための翼を与えたまえ」
地に足がつく感覚から浮く感覚へ。徐々に高くなっていく。木々をも超え、ある程度遠くまで見通せるほどの高さになった。
「これが魔術による飛翔よ」
ルーシーも上がって来た。2人とも平然と使える辺り、魔術学院の者なら誰でも扱えるようになるのかもしれない。
「行きましょ。こっちよ!」
エイルはヴィクトリアに引っ張られながら、ルーシーと共に西方面に移動。平坦で広い薄茶色の道。ゴツゴツとした爬虫類に近い黒い皮膚、巨大な翼を持つ4つ足のとかげに似た魔力の塊。間違いない。最強とも最恐とも言われるドラゴンだ。
火を吹くだけで多大な悪影響を及ぼす。まだ人が住む村にいるわけではないため、人民の被害はそこまで多くはないだろう。しかし進行次第では増えていく可能性を否定出来ない。
「思ったより人はいないな。と言うより逃げてる最中か。……あれはっ!?」
人は予想より遥かに少なく、避難している最中。パニック状態になっているだろうが、負傷者はいなさそうだ。そうなっている理由は果敢に戦う者がいるからだ。
銀色の鎧を纏い、盾を持つ騎士。ドラゴンの息吹を騎士自身と盾で受け止めてボロボロになりつつある。髪が焦げているだけではない。火傷になっている可能性は十分にあり得る。
「あの騎士、相当無茶な戦い方をしてる! 下手したら二度と戦えなくなるぞ!」
「膨大な魔力でどうにかなってるって感じね。あっ。反撃したわね」
騎士が反撃した。ドラゴンはそれを喰らって、後退している。ダメージをチクチク与えればいいが、そういう戦闘方法は長時間前提だ。回復なしでの長時間戦闘は危険だ。確実に事故る。それにいつギルドから助っ人が来るか不明であり、戦いによる影響は馬鹿に出来ない。騎士を回復させながら、ドラゴンを倒す。これが1番良さそうだ。
「2人とも魔術の攻撃でドラゴンを倒せる可能性は」
「まあ多分いけるわね。でも詠唱いるし、騎士がいないとキツわ。先生は」
「私も同じよー」
魔術師2人がいる事が幸いだった。犠牲を少なく済みそうだ。
「エイル、あなたはやっぱ体を治すつもり?」
最初はその方が良いと考えていた。ただ観察をしていく内に、変わっていった。どちらかと言うと、魔力を回復させる方を優先した方がいいと思うようになった。魔力で防御している面があると目で見て分かるからだ。もし魔力が枯渇したら、重傷になって、動けない体になりかねない。火傷等は魔力の回復後でも問題ないはずだ。このように、エイルは考えている。
「先に魔力を回復させてからだ。魔力譲渡が手っ取り早いからそれを使う。体はその後だ」
「分かったわ。エイル、これ魔力回復薬よ。ヴィクトリアの特訓があっても、尽きちゃうかもだから、もしもの時は飲んでね」
空いている左手で緑色の液体が入っている瓶を受け取る。
「ありがとう。ルーシー」
「それじゃ。地上に降りるわよ」
少しずつ下がっていく。数分ぶりの地面の上。足の裏が固い。
「それじゃ始めるぞ!」
「ええ!」
作戦開始だ。本来なら触れて行うものだが、ドラゴンの攻撃に巻き込まれるリスクがあるため、遠くから行っていく。エイルは魔力を送るために、集中する。最初に魔力を源に送る。その後は辿って。辿って。細い線を。魔力回路を全て行き渡らせるように。本当はもう少し送りたいところだが、治癒魔術も使うので、温存しておく。
「よし。これで大丈夫だろ。次だ!」
火傷しているであろう部位を予測しながら魔術で治していく。動きづらいところがあったようだが、治癒した事で動きのキレが良くなっている。
「攻撃班はどうな……」
エイルはちらりとドラゴンを見る。丁度上空から落としたっぽい氷の槍がドラゴンの胴体部をぐっさりと刺していた。それだけではない。何かの花がポンポンと体に咲き始めている。傷から血がチョロチョロと出ている。思った以上にグロイ。
とは言えここまで順調に終わらせる事が出来たのだから、これで良しと捉えた方が良さそうだ。エイルはそう思った。騎士がエイルに近づいてくる。
「貴殿らのお陰で助かった。付近の村で礼をしたい」
空中で文字を書く魔術だ。救援依頼のキャンセルを村で手続きする必要があるが、簡単な手続きで終わる。騎士の好意を受け取っても良いだろう。エイルはそのような思考をして、アイコンタクトを取る。2人とも縦に頷いている。
「ああ。分かった。あなたの好意を受け取ろう」
「すまない。少し彼らと話をしてくる」
文字が空中に浮く。騎士は静かに逃げていた人達の元に行く。何かを交わした後、数人がお辞儀し、馬車が動き始めた。それを確認した騎士はエイルに向けて、文字を見せる。
「これで良いだろう。お礼をする前に少し立ち寄る所がある」
「こちらも似たようなものだ。何処かで待ち合わせた方がいいだろうな」
騎士、何か考えている様子だ。再び文字が浮く。
「ギルドで構わないか。付近の村は特徴的な建物がないからな」
「ああ」
付近の村に移動。ギルドで手続きをし終えた後、後ろからエイルの肩を叩く者が。
「誰だ」
振り向く。金髪を高い位置で結んでいる青目の女性だ。身長はルーシーと同じぐらいだが、骨格がしっかりしている。顔の彫りが深く、化粧がいらないぐらい綺麗だという印象が強い。
「色々と世話になったな」
凛とした女性の声。エイル達3人はこんな知り合いいたかなと首を傾げる。ここで気付いた。よく見たら、所々髪の毛先が黒く、焼けた特有の匂いがする。鎧の一部が溶けかかっている。
「あの時の……女性の騎士だったんだな」
「騎士ではないのだがな。私に付いて来い」
女性騎士の後を付いて行く。一際大きいレンガの建物に入り、彼女の部屋をお邪魔することになった。客間は2つの大きいソファーと低いテーブルのみで、とてもシンプルなものだが、高級品である事が見て分かる。
「こちらに座ってくれ」
「あ……ああ」
ソファーの座り心地と触り心地が良い。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
メイドらしき女性が入ってきて、人数分のティーカップとガラスのやかんをテーブルに置き、出て行った。
「こちら側から名乗らせていただこう。私はマチルダ・エーデルワイス」
相手が名乗ったのなら、こちらも名乗る必要がある。エイル達は名前を言う。
「エインゲルベルト・リンナエウス、皆からエイルと呼ばれてるからそれでいい」
「ルーシー・カトレーよ」
「ヴィクトリア・ハートカズラよ。エーデルワイス……聞いたことがあるわ。確かクローバー家から土地を譲り受けたとか」
ヴィクトリアにとって聞き覚えのある苗字だったようだ。それはエイルもそうだった。騎士を多く輩出する家系の1つと聞いたことがあるのだ。
「ああ。ここはかつてクローバー家が統治してたところだ。戦で恩を売った事でエー
デルワイス所有となり、独自のコミュニティを築き、今の状態に至っている。まあ説明しなくとも分かっているだろうがな」
「そうね。父様から話を聞いてたもの」
「貴殿の事は噂で聞いている。魔術学院を最年少で入学し、飛び級して卒業したと。同時期に入ったブラック家の長男はどうなのだ」
「そこまで詳しくは知らないけど……」
貴族というか位の高い人同士の話だ。庶民に近いエイルにとって縁のない話だが、いずれは交渉する必要がある。多少の勉強は必要だなと思い、話を聞きながらお茶を飲む。
「……いずれ私も学ばねばなるまいな。独学では限界があるし」
マチルダが小さい声でボソリと言った。これ以上強くして何になるつもりだと、エイルは心の中で突っ込む。その気持ちはヴィクトリアも一緒だったようで、
「いやいや魔術学院って研究するために行くようなものよ!? 戦うだけなら無理に通う必要ないし!」
と卒業生ならではの発言をした。
「しかしそれでは守れる保証が……」
マチルダはドラゴンとの戦闘で何かを実感したようだ。自分1人で強力な魔獣から守れるのかどうかという不安があるのではないかとエイルは推測を建てる。そしてため息を吐きたくなる。それを堪えながら言う。
「お前は全能の女神か? 違うだろ。人間だろうが。人間が同時に出来る事なんぞたかが知れてる。今回はそれを学んだんじゃないのか?」
鋭い指摘が入る。マチルダは俯こうとはしない。強い目でエイル達を見つめる。
「分かってはいる。だからこそ日々模索しているのだ」
少し間が空き、視線が泳いでいる。口が開く。
「……少し言う時が遅くなったな。貴殿たちがいなければ、私は燃やされてただろう。村にまで進んでいたのかもしれない。救ってくれてありがとう」
「それはお互い様だ。あなたがいなければ、被害は甚大になっていた。ドラゴンの攻撃を軽傷で受けられる人なんて滅多にいない。遠くから見てると、巨人とドラゴンが激突してるようにしか見えなかった」
エイルも礼を言った。……最後は褒めてるのかはさっぱりだが。
「失礼な事を言うな貴殿は! もう少し遠慮したらどうだ。淑女の嗜みが足りんぞ」
やはりと言うか案の定と言うか、初対面の人に間違えられていた。
「あららーエイルちゃん、間違えられてるわよ」
ルーシー、クスクスと笑いながら、エイルの頭を撫でる。可愛い弟分のように扱ってる。
「分かるわー。だって可愛いものー」
「おい! 撫でるな!」
やり取りをしている間、マチルダは固まっている。信じられないと顔に出ている。
「嘘だ。こんなに愛らしいのにか!?」
マチルダはそう言いながら、前のめりになり、エイルのほっぺをぷにぷにと押す。
「何をする!」
「本当に柔らかいな」
「でしょー?」
女性陣オンリーの話になりそうだ。そして脱線しそうだ。
「ゴホン。脱線するわけにはいかんな。まあその貴殿たちに助けられたのだ。この御恩、いずれ返させていただきたい。何か私に出来る事はないだろうか」
エイルは考える。多い魔力とスタミナと体の頑丈さ、どれも人を助けるに必要な要素だ。細かい技術は教えれば問題はない。人材としては宝石以上の価値があると言っても良いだろう。
「それは良いんだけど……あなたぐらいなら忙しいでしょ。エーデルワイス家の者だし。暇なんてないんじゃ?」
「そうねー。あれだけ強いもの」
ヴィクトリアとルーシー、勝手に話を進めていく。マチルダは顔を曇らせる。
「マチルダ?」
「残念だが私は家系の仕事をやっているわけではない。こういうものは男が引き継ぐ
という決まりになっていてな。いずれは何処かの家に嫁として行くだけなのだよ」
「あー同じってことね。そっちも大変そうね」
ドラグ王国では、位が高いか、王都内に住んでいる場合、家同士で話し合い、許嫁が決まっているとこが多い。どれだけ能力が高かろうと、何処かに嫁入りするのが当たり前だ。また、働く場所が限られているため、冒険者になる女性が多い事実がある。
貴族であるヴィクトリアはマチルダの気持ちは分かっていた。己の力で金を稼いでいきたいと、王国に貢献したいと。だから提案してみる。
「女性だろうと何だろうと、活躍できる見込みのある場所があるんだけど」
「本当か!」
テーブルの叩く音で、エイルの思考は止まった。びっくりしたのか、肩が上がっている。話は聞いていたので、流れは分かっている。
「ああ。恩を返したいと言うのなら、俺達が作る予定の救助団体の仲間になって欲しい。ただまだ遠い未来の話だがそれで構わないか」
エイルは右手を出し、握手をしようとする。それを聞いたマチルダは晴れたように、明るい顔になる。
「ああ。貴殿たちの力になるよう、全力を尽くそう!」
握手を交わす。少しずつ同志が増えていく。資金稼ぎも順調だし、書類の手続きの準備も始めるべきかとエイルは考え始めていたのだった。
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