第七話 【帝国】ギルド


「面会?開戦が近づいている、この時期にか?」


 白い壁が取り払われるのは、あと数時間だ。早ければ、1時間もしないで白い壁が取り除かれる。

 あの異様な広さを誇る魔王城がお目見えするのだ。すでに、白い箱の手前に、15番隊から連れてこられた奴隷兵が並べられている。保管されている、魔王との戦いで、白い壁がなくなったと同時に、魔物が氾濫したことがあり、魔物への備えのためだ。


 前回の魔王が愚かだったのは、間違いではない。

 魔王がなんで産まれるのか、どういった仕組みなのか、解明はされていない。ただ、魔王城を放置するのは”間違い”だとするのが、各国の考えだ。思惑がある国もあるが、魔物の氾濫など、周辺に及ぼす影響を考えると、討伐が最善の方法なのだ。


「はい。部隊長に、ご挨拶をしたいと、ギルドの担当者が来られています」


 ギルド?

 ボイドか?


「わかった。会おう」


 輜重兵を率いているので、”部隊長”なのは間違いではないが、私は7番隊の所属だ。


 テントにやってきたのは、やはりギルドの暗部の一人、ボイドだ。


「ボイド殿か?」


「貴殿に、お礼と撤退の進言を行いに来ました」


「礼?」


「はい。輜重兵と一緒に、ギルドから派遣されている職員たちを、後方に下げることが出来ました。後方から、森を出た場所で野営地の設営に成功したと報告が来ました」


「そうか・・・」


 野営地の設営許可を求める伝令が来たのが、数分前だ。移動前の輜重兵を後方に下げた。

 ギルドの職員を紛れ込ませることは出来なかったはずだ。それが出来ているということは、ギルドは、陣地に到着した時点から撤退を考えていたのだろう。それでなければ、これほど素早い対応は不可能だ。


「貴殿が懸念していることは理解している。ギルドは、殿下に撤退を進言した」


「・・・。撤退?」


「はい。ギルドは、この魔王とは戦わないことを決定しました。魔王側がギルドを敵視した場合は別ですが・・・」


「それは・・・」


「貴殿の考えている通りです。ギルドは、この魔王城の当主とは敵対しないと宣言を行います。帝国のギルド長は近々更迭されます」


「え?」


「もしかしたら、帝国からギルドは撤退する可能性があります」


「は?」


 ギルドが撤退?帝国から?

 帝国は、最大の版図を誇る。強国だぞ?


 それに、俺にその話をして、何の意味がある?


 言葉の意味は理解出来るのだが、内容がまったく理解できない。


「貴殿は、魔王城がいくつ存在しているのかご存知か?」


「ん?話の意図が読めないが、現存している魔王城は79だ」


「はい。世間では、79の魔王城が現存していると、信じられています」


 ”信じられています”違う事実があるのか?


「信じられている?」


「魔王城は、83あります。皇帝陛下はさすがに、ご存知のようでした。御前会議に出席された方々が、聞き逃したのは僥倖でした。帝国のギルド長が、皇帝陛下の発言を肯定してしまっています。議事録を取り寄せましたら、79に訂正されているので、皇帝陛下も”まずい”と思われたようですね」


「すまん。言っている意味がわからない」


「魔王城は、83です。公表されているのは、79です。では、公表されない。4つの魔王城は・・・」


「4つ?」


「話を戻します。進言ですが、第七番隊は、誰に従う組織ですか?」


「は?陛下に決まっている。貴殿は、七番隊をバカにするのか?」


「いえ、そうではありません。本当に、七番隊は、陛下に忠誠を誓う組織ですか?臣や民を蔑ろにするのは、”正しい”行いですか?」


 何も言えない。

 陛下と隊長が対立しているのは、公然の秘密だ。それだけではない。殿下も、七番隊をないがしろにして、15番隊や5番隊との関係を深くしている。七番隊を第一に考えてほしいとは言わないが・・・。15番隊と5番隊はダメだ。神聖国の影響が見え隠れする。


「それは・・・」


「よく考えてください。あっ。この資料は、ギルド職員を結果的に助けていただいたことへのお礼です」


「・・・」


 ボイドから、暗号で書かれていない書類を手渡された。


「お収めください」


「これは?」


「七番隊の隊長が欲している情報です」


「は?」


「私は、失礼致します。七番隊。隊長によろしくお伝えください。その前に、この戦場から生きて帰ることが重要だとは思います。あっ貴殿には、世話になったので、この戦場の情報を一つお渡しいたします」


「ん?」


 資料に落とそうとしていた目線を、ボイドに向ける。


「魔王城がまた拡大しました」


「は?」


「計測はしていないので、正しい数値は不明ですが、貴殿が見た魔王城を2倍から2.5倍に広がっています」


「・・・。それは・・・。いや、ボイド殿が、自分に嘘を言う必然性はないな。白い壁が形成されてから、複数回の拡張した事例はあるのか?」


「ありません。ギルドの保管している資料を、全て検証しなければなりませんが、白い箱は一度の拡張が確認されるだけです」


「・・・。奴隷兵は?確か、殿下の命令で、奴隷兵を白い壁の近くに展開していたよな?」


「無事です」


「そうか・・・。よかった」


「ギルドは、撤退させていただきます」


 ボイドが頭を下げてテントから出ていく、何かしらのスキルを使っているのだろう、出ていくときに髪色が変わっていた。

 あの髪色が本当の色なのだろう。考えなくては、ならないことが多すぎる。


「誰かいるか!」


「はっ」


 確か、従者見習いとして、七番隊に配属された者だったな。丁度いい。


「この資料を、帝都に居る。隊長に届けてくれ、それから、このメモを持っていけ、門で止められたら門番に見せろ。それから、資料は隊長に直接手渡せ」


「わかりました」


「どうした?」


「いえ、資料を手渡したあとは、どうしたらよろしいのでしょうか?」


「あぁそうか、隊長宛に手紙を書く、一緒に渡して、隊長の指示に従え」


「はっ」


 簡単に、ボイドとの会話をまとめた手紙を書いた。撤退の判断は、隊長からもらっている。

 白い壁が無くなる前の撤退はありえない。しかし、ギルドの暗部(だと思われる)者の話は無視できる物ではない。


 従者見習いが、テントから出ていく、先程のような違和感がない。

 ボイドが、髪色を変える以外のスキルを使用していた可能性がある。


 考えてもわからないことは、考えないことにしよう。


 輜重兵をできるだけ逃がそう。奴隷でも、家族は居る。

 奴隷は、スキルで逆らえないように縛り付けている。家族は、奴隷でない場合も多い。


 ボイドが言った通りに、生きて帰らなければ次はない。


 発想が後ろ向きになっている。

 ボイドが語った、ギルドの思惑も気になる。


 外が騒がしい。

 白い壁が消えたのか?


 テントを出ると、ボイドが言っていた内容が、頭の中を駆け巡る。

 異様だ。


 この魔王は、異常だ。戦ってはダメだ。本能に恐怖が押し寄せてくる。


 帝都の壁が霞んでしまう城壁で守られている。

 壁の周りからは、白い煙が出ている。わけがわからない。地面から、煙が湧き出るのか?

 城壁の形がわからない。あれでは、どこを攻めればいい?

 どこを攻めても、塔から攻撃されてしまう。

 殲滅スキルを使われたら、甚大な被害が出るだろう。城壁を乗り越えても、また塔が見える。もしかしたら、城壁の中に城壁があるのかもしれない。


 中央が、魔王城だろう。

 今まで確認されている魔王城とは違う。白い壁に窓だろうか?何かが、四角い物が規則正しく並んでいる。それだけでも、異様なのに、下から上まで同じ大きさのようだ。情報がある魔王城は、山のようになっていたり、城のようになっていたり、宿屋のような場所だったり、理解が出来るものだった。


「部隊長!」


「撤退だ。隊長に、情報を持って変える」


「はっ」


「部隊長は?」


 二人目が心配した表情で問いかける。


「殿下に会談を申し込んで、戦いを限界までサポートする。心配するな、死ぬ気はない。帝都で、隊長にお目にかかるまでは死なない」


「「はっ。ご武運を!」」


「いけ、お前たちが見た内容を、隊長に伝えよ」


「「かしこまりました」」


 跪いていた部下たちは立ち上がって、森に消えていく。敵前逃亡だが、”討伐”部隊でよかった。敵前逃亡には当たらないはずだ。15番隊や5番隊、当たりは、追及してくるだろうが、部下が死ぬことに比べたら、些細なことだ。隊長には、私の命一つで手打ちをお願いすればいいだろう。


「責任を取るためにも、死ぬわけがいかないな。隊長に届く批判を、我が身で受けよう。そのためにも、情報を持ち帰る。死罪を受けるために、生き残ろう」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る