第2話 お通夜にて
これは、僕がN県にある父方の実家に行った時の話なんですけどね。
当時高校生だった頃、祖父が亡くなったんですよ。
そうです。父方の。
うちは父が母の実家に来たので。
そうそう、婿入りってやつですね。今では珍しくもないかもしれませんが。
祖父は肺炎で亡くなったんですけど、
90を超えていたので危篤の連絡が来た時にはもう覚悟はしていました。
危篤の連絡があった時、両親はN県の実家へ行き、僕は学校があったので家に残りました。
その後母から、祖父が亡くなったという連絡を受けました。
ちょうど、お盆の時期でした。
お坊さんが多忙でお通夜などが行われるのはお盆明けになるからと、両親は一度帰ってきました。
さすがに時期が時期なのでお盆明けまでそのままというのはよくない。なので、お通夜より先に祖父を火葬する。と帰ってきた両親に言われました。
最後に一目会いたいと思っていましたが、叶いませんでした。
それでお盆が明けてから……17日くらいですかね、今度は僕を含めた家族全員で父方の実家に向かいました。
その日の夜にはもうお通夜があるので、結構忙しかったですね。
家から実家までは、車で4時間くらいかかったので。
着いてからのあいさつも程々に、受付をやってもらうように言われたので、制服に着替えてお通夜に向かう準備をしました。
時間でいうと17時半くらいでしたね。
お通夜の受付なんてやったことなかったんですけど、受付カウンターっていうんですかね。
それの下に、受付時の言葉遣いや立ち振る舞いを説明してくれている紙の入ったクリアファイルが置いてあったので、あまり困らずに出来ました。
それで19時くらいですかね。開始のアナウンスがされて、お通夜が始まったんですよ。
遺影が中央にあって、いい笑顔でした。
もう火葬してしまっているので、本来棺が置いてあるところには骨壺が置かれていました。
こう言ってしまうのは不謹慎かもしれませんが、少し見た目が寂しかったですね。
お坊さんが来て、般若心経っていうんですか?
あぁ、読経っていうんですね。
読経が始まって、しばらくするとお焼香の時間になったんですよ。
その頃の自分でも数回かお通夜に出たことがあったので、お焼香はもちろんやったことはありました。
普通お焼香って、やり方は宗派によって違うんでしょうけど、大体台の上に抹香と香炉が置かれているだけじゃないですか。
でもその時は違ったんですよ。
台の上に香炉とかの他に、水差しと湯呑と水翻が置かれていたんです。
僕は動揺しました。
その動揺が父に伝わったのか、小声で話しかけてきました。
いいか、前の人の動きを真似するだけでいい。
そんなに難しいことはしないから。
そう言った父は、少し緊張したような表情をしていたのを覚えています。
そして父の言った通り、お焼香のやり方は前の人の動きを見ていれば簡単に真似できそうなものでした。
まず焼香台の前まで行き、前の人が湯呑に入れた水を湯呑の横にある水こぼしに入れます。
その後水差しで湯呑に水を注ぎます。
後は普通のお焼香のやり方と同じでした。
そろそろ父の番が近くなった時、再び父は僕に話しかけてきました。
水翻の中は見るな。
僕の番がやってきました。
前の人に倣い、湯呑の中の水を水翻に入れました。
こぽ、と中から音がしました。
あふれる ねぇ あふれるよ みて なかみて
声が聞こえました。
嫌に鮮明な。男の子の声。
声は水翻の中から出ていた気がします。
ほかの親族も当たり前かのようにお焼香をしていたので、多分聞こえていたのは僕だけだったんじゃないかと思います。
父に言われた通り、中は見ずに残りのお焼香の作業を終えて席に戻りました。
あれは何だったのか。
お通夜が終わった後、父に聞こうとしましたがやめておきました。
このことを聞いてはいけない。
みんなもやっているんだから合わせろ。
父の緊張した顔が物語っていたように思えます。
僕は家に帰ってきた後、どうしても気になりスマホで調べてみました。
このお焼香の風習はここだけなのか。
水翻の中には何があったのか。
結局、なんの情報もありませんでした。
大人になった今となっては、もう調べようとは思いません。
でも、今でもあの時にのことを思い出すんです。
こぽこぽ、という水の音。
あの男の子の声。
一体何が溢れそうだったのでしょうか。
そして、溢れていたらどうなっていたのでしょうか。
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