第3話

 この教室は、あの先生以外にもひとじゃない生き物がいっぱいだ。わたしの周りはみーんなそう。そのことを強く感じるのは、給食の時間。なにせ、そのひとじゃないモノがわたしの正面にきて、あーだこーだって話しかけてくるんだから。

 なんで、こんなことをする必要があるんだろ。給食の時間だからって、机を班のかたちにしなくちゃいけないなんて。しかも、特に五月蠅いあいつはわたしの隣の席だから、班のかたちにするとわたしの真正面にくる。隣にいるだけなら無視もできるけど、これじゃ逃げ場もない。最悪。

「ねえ三筆ちゃん、なに読んでるの?」

 ……ほら、やっぱり来た。

「なにって、本だけど」

「だからー、なんて本? 三筆ちゃん、いつも本読んでるけど、そんなに面白いの?」

「……別に」

 確かに、本は好きだけど。けど、別にこいつと話すよりも面白いから読んでるんじゃない。こいつと話す方がつまらないから読んでるだけ。

「どういう本なの? ちょっと見せてよ」

 目だけ上げると、にこにこ満面の笑みで、わたしに手を差し出してる。

 まるで、その手にわたしが本を乗せるのが当たり前みたいに。断るなんて、端から有り得ないみたいに。

「……はい」

 仕方なく、本当に仕方なくお望み通りに本を渡すと、本は一瞬で向かいの机に持っていかれる。いつの間にかその隣の席のあいつも覗き込んでいて、わたし以外の班のみんなが、わたしの本を読み始めた。

「あ! あたしこれ知ってる! 今アニメやってるやつだ!」

 そんなことを言ってる二つ結びのこいつも。

「え、これがそうなの? でもなんかこの本、普通より大きくない? ヘンなのー」

 もう化粧なんてし始めてるあいつも。

「なんだよー、難しそうな本読んでるなって思ったら、ラノベなのかよー」

 つまらないことでわたしを指さしてげらげら笑うこいつだって。

 ついこのあいだまで、よってたかって「橘菌が移る!」なんて言って、わたしが触ったものをわざとらしく避けて、掃除の時間にはわたしの机だけ運ばずに取り残してたのに。

 それなのに、今は普通にわたしの机と班のかたちになって、わたしの本をみんなで回し読んでる。

 ついこのあいだまで、わたしの後ろで、わざと聞こえるように陰口を言って、背丈が同じくらいだからって理由で体育のペアを組むことになったときはずっと文句を呟いてたのに。

 だというのに、今は何事もなかったみたいにわたしに話しかけて、笑って、「わたしたち友達じゃん」なんてわけの分からないことを言う。

 キモい。もしかしたら、あの先生より気持ち悪いかもしれない。こっちの方が、ずっとずっと許せない。図々しいにもほどがある。

 なに、なんなの? こいつらはなんで、まるでずっと前から友達でした、なんて顔してられるの? そんなことができるなんて、本気で思ってるの?

 忘れたとは言わせない。こいつらがわたしで遊んでたのは、つい数か月前の話。夏休みが始まる前、こいつらの嫌がらせは最高潮に達してた。わたしは、今でもはっきり覚えてる。

「ねえねえ三筆ちゃん、これ、ちょっと借りてもいい?」

「あっ! それならさ、この次の巻って持ってる? あったらそれも貸してよ!」

「お願いっ! 代わりにあたしの漫画貸すからさ!」

 ……でも、目の前ではしゃぐ姿を見てると、さすがに分かってしまう。こいつらは、ほんとに忘れてるんだって。信じられないけど、有り得ない話だけど、そう思うしかない。

「……いいよ」

「ホント? やったっ!」

 本当に、信じられない。人間のすることとは思えない。

 だからきっと、こいつらだって人間じゃない。

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