18.涙のワケ

大きな欠伸で浮かんだ涙。それを拭おうとした時、声をかけられ振り返ると同僚が驚いた顔で私を見た。


「何か……あったのか?」

「え?」

「お前が泣くなんてよっぽどだろ」


泣く?私が?と首を傾げかけて、欠伸で浮かんだ涙を思い出して慌てて拭う。


「あ、あはは……な、何でもないの。ちょっと──」


欠伸が出ただけで、と続けようとした言葉は同僚に手を掴まれて途切れた。


「何があったかしんねぇけど、泣いてんなよ。お前がそんなんだと調子狂うだろ」


あまりに真剣な表情だったものだから欠伸のせいなのだと言い出しにくくなった。

それに調子が狂うのは私だって同じだ。仕事のことでぶつかることも多い同僚とはいつも何かしら言い合っている。だから、いつもは仕事に向けられるその真剣な表情が私に向けられたのが落ち着かない。


「本当に何でもないから!」

「何もなくて泣いたりしねぇだろ」

「だから違うんだって!」

「何が違うんだよ」

「だ、だからその……」


何で欠伸1つでこんなことになっているんだろう。同僚はどうやら本気で心配してくれているようで、ますます言い出しにくい。


「俺には言えないようなことかよ」


そりゃ同僚とは特別相談し合うような仲でもなく、普通に考えれば言えないようなことなんて山ほどある。なのに、どこか悲しそうな表情に何も言えなかった。

っていうか、シリアスっぽくなってるけど原因はただの欠伸なのに。


「おい」

「~~っ、だから! ただの欠伸なんだってば!」


きっと欠伸だと知れば同僚は「紛らわしいことすんなよ」と悪態をつくに決まっている。そう思っていたのに。


「え……何で、そんな顔、赤……」


驚く私に同僚が掴んでいた私の手をやや乱暴に離し、顔を背けた。


「紛らわしいことすんなよ」


言ってることは予想通りなのに、背後から見える同僚の耳が赤い。そんな同僚を見て私の心の中にほんの少しの悪戯心が芽生えた。


「へー、ふーん? そんなに心配だったんだ?」

「調子乗ってんなよ」

「そーんな赤い顔して言われても怖くないけど?」

「うるせぇな」


少し苛立った声にやりすぎただろうかと思っていると同僚は私を振り返った。


「好きな女が泣いてたら心配して当然だろうが」

「……へ?」

「つか欠伸ってなんだよ! マジで紛らわしいことしてんなよな!」

「えっ、あ……ご、ごめん……?」


何で謝っているんだろう。それよりも何か別に気にしなくてはいけないことがあるような。


「それから!」

「はっ、はいっ」

「好きだっつーのは嘘じゃないから忘れんなよ。言った以上もう遠慮しねぇからな!」

「えっ、あ……ちょ……っ」


私に何かを言わす暇さえ与えずさっさと行ってしまった同僚をただ呆然と見送ることしかできなかった。

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