15.溢れ出る本音は失いかけた時に

幼稚園の頃からの幼馴染み。彼とは小学校も中学校も高校も同じ。更には来年から進学予定の大学さえも同じだといういつまで続くんだっていう程の腐れ縁。

お母さんなんて幼馴染みが大学でも一緒だなんて安心だわーなんて勝手に私のことをよろしくする信用っぷり。


「はぁ」

「なぁに溜息ついてんの?」

「いや、いつになったらアイツと離れれんのかなーと思って」

「アイツ? あぁ、あの幼馴染み君ね」


友人の視線の先には幼馴染みの姿。クラスまでずっと一緒とか、本当に仕組まれてるんじゃないだろうか。そんなことを勘ぐってしまう私に友人が「でもさぁ」と続ける。にんまりと笑う彼女の笑みにどこか嫌な予感を感じながらも視線を向ける。


「何だかんだ言いながらアンタ達って実は付き合ってんじゃないの?」

「はぁ?」

「いや、ねぇわさすがに」

「うわっ」


いつの間にやら側にやって来て会話に加わる幼馴染みに驚きの声を上げる。さっきまで友達と話していたくせにいつの間に来たのだろう。


「ってか、それ私のセリフ。こいつとは家が近所で幼稚園の頃から一緒ってだけの腐れ縁。間違っても付き合うとかないでしょ」

「こいつ素直じゃねぇし可愛げねぇんだよなぁ。付き合うなら断然委員長みたいな優しくて守ってあげたくなるような子だろ」

「え、アンタ委員長狙いだったの? うわー、委員長に忠告しないと」

「何をだよ」

「あたしは2人、結構お似合いだと思うけどなー」

「いや、ないないない」

「マジでやめて」


友人の言葉に顔を顰めて全力で拒否する。そして幼馴染みへ恨めしげな視線を向けた。


「大学ではいろいろ邪魔しないでよね」

「なにが」

「アンタがいつも側にいると彼氏だと思われていろいろ誤解されんの! おかげで高校じゃ彼氏なんて出来る気配もなかったんだから」


あまりに一緒にいすぎて否定しても照れているだけだと思われてなかなか信じて貰えない。

別に好きな人がいたわけじゃなかったからまだいいけど、大学でこそ彼氏を作るんだと意気込む私には幼馴染みがいつも側にいるのは本当に困る。


「あーあ、ホントいつになったら離れられるんだろ」

「そりゃ俺のセリフだ」


溜息をつく私に幼馴染みが不満そうに言った。



* * * * *



そんなやり取りをした数日後、私が聞いたのは幼馴染みが事故に遭い、意識不明の重体で入院しているという話だった。

教室に当たり前にいた幼馴染みの姿がなくなり、どこか静かに感じる教室。それでも私はその事実をなかなか理解できなかった。

それから1日、2日と過ぎても幼馴染みが目を覚ましたという知らせはない。

私は何かが欠けたような感覚を覚える毎日を過ごし、けれどその間に私は1度も幼馴染みのお見舞いには行かなかった。「お見舞い、行かないの?」と心配そうな友人の問いかけに「行かない」と頑なに返す。

私は怖かったのだ。いつも当たり前に横にいて、馬鹿をやって憎まれ口を叩きあっていた幼馴染みの病院のベッドで眠り続ける姿を見るのが。そして何日も目を覚まさない程の重体であることを認めたくなかった。いつか平然とした様子で「事故っちまった」と苦笑いを浮かべながら登校してくる幼馴染みを待ちたかった。

それなのに事故から1週間経っても幼馴染みは意識を取り戻さなかった。


「行かなくていいの? その……もしもの時、後悔するよ」


もしもの時とはどういう時なのだろう。

それはこのまま幼馴染みが目を覚まさず死んでしまったらということなのだろうか。そう考えた瞬間、ゾクリとした。

何年も何年もずっと側にいた幼馴染み。いい加減離れたいと愚痴を零すことはあったけれど、幼馴染みと永遠に離れる時が来るなど想像もしていない。

もう2度と会えなくなる?

そう思ったらいてもたってもいられず、私はこれからの授業の事など忘れて教室から出て学校を飛び出していた。

真面目に通っていた学生生活。サボることなんて初めてで、けれどそんなことは気にもならなかった。

制服姿の女子生徒が髪を振り乱しながら走る姿に周りの視線が向けられるけれど、私の足は緩むことなく動かされる。

やがて辿り着いた病院を前に、聞いていた幼馴染みの病室のスマホメモを確認して向かう。幼馴染みの名前の札のある病室の前で、私は静まらない心臓を必死に落ち着け、ゆっくりとドアに手を伸ばした。

病室内は静かで誰もおらず、入口からはベッドの足元側だけが見え、ベッドの上に布団の膨らみを見つける。このまま幼馴染みの前に姿を見せれば「今更見舞い来たのかよ。薄情な奴だなー」なんて悪態をつく幼馴染みがいる。そんな希望を抱いて踏み込んだ病室の奥では静かに眠り続ける幼馴染みの姿があった。


「……」


その姿に言葉も出ず、ただ無意識に溢れてきたのは涙だった。ふらふらとベッドに近づき、手を取れば温かさを感じられらる。けれど、幼馴染みはいくら呼びかけようと目を覚ましはしないのだ。


「ねぇ……いつまで寝てんの……もう1週間だよ。いつも遅くまでゲームとかして寝不足だからって寝すぎでしょ」


おかげで家が近所だからと頻繁に朝は幼馴染みを起こしに行かなくてはならない。幼馴染みのお母さんから私ならすぐに起きるのよって言われたけど意味分かんない。


「アンタがいつまでもここで寝てるから、せっかく早起きしてるのにやることなくて無駄に時間潰してるんだからね」


いつも幼馴染みを起こしに行く時間が不要になって、1人で歩く通学路は寂しさを感じる。そう、幼馴染みがいないことが寂しいのだ。


「せっかくお見舞いに来てあげたんだからさっさと起きなさいよ。起き……起きて、よ……」


このまま目を覚まさなかったらと思うと怖い。ずっと、ずっと気付かないふりをしていただけで、本当は分かっていた。私にとって幼馴染みが大切な人であることを。幼馴染みという近くにいられる理由を失いたくなくて、ずっと気付かないふりを続けた。


「大学、一緒に行くんでしょ。私、本当は一緒に通えるの楽しみにしてたんだから」


それなのにそんな未来はもうやって来ないのだろうか。


「お願いだから……起きてよ……起きて……っ」


私の言葉に何の反応も示さない幼馴染みの姿に涙が止まらなくなって、幼馴染みの胸の上に顔を埋める。


「すき……本当はずっと……ずっとっ、好きだったんだから……っ、だから、ちゃんと言わせてよ……っ」


なんでこんなことになる前に伝えることが出来なかったのか。そんな後悔と幼馴染みを失う恐怖に泣き続ける私の頭に何かが触れた。


「え……」


いったい何が、と視線を上げれば視線が合う。状況が上手く飲み込めなくて、けれどこの状況で目が合う人なんて1人しかいない。


「起きんの、お、っそい……っ」

「はは……わり」


弱々しい掠れた声が耳に届く。それは間違いなく幼馴染みのもので、涙が止まらない。そんな私を幼馴染みが弱々しく引き寄せた。


「聞こえてた……」

「え……」

「俺も……好きだから……」

「っ」


その言葉に、私は必死に声を押し殺して泣いた。

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