13.雨の日に傘を忘れて

今日の天気予報は曇り時々雨。雨の確率は特別高くも無く、家を出た頃は晴れていたから油断していた。

学校が終わり、帰る頃になって降り出した雨に折り畳み傘すら忘れてきた私は玄関口で空を見上げて立ち尽くす。


「どうしようかなぁ」


家までは徒歩で15分程。濡れるのを覚悟すれば走って帰ることも可能だろうけれど、迷い始めた5分前よりも雨足は強くなっていて、学校を飛び出した瞬間、どしゃ降りになったりしないだろうかという不安も拭えない。ただ、改めて見た天気予報はこの先ずっと雨に変わっており、このまま迷っていても雨が酷くなることはあってもやむことはないだろうと思えた。


「仕方ない、走るか」


そう意を決した時、不意に名前を呼ばれて振り返る。振り返った先には去年同じクラスだった男の子。

こんな風に声をかけられるほど親しい間柄ではなかったけれどどうしたのだろうかと首を傾げる。


「傘ねぇの?」

「え? あ、うん。うっかり忘れちゃって」


間抜けだよねーと苦笑いを浮かべていると彼は「ふぅん」と持っていた傘を広げて1歩雨の下へ踏み出し、そして私を振り返った。


「入ってくか?」

「え?」

「今日特に用事もないから傘ねぇなら送ってくけど」

「え……あ、いや……」


突然の申し出に戸惑って上手く言葉を返せない。これが女友達だったなら遠慮なく傘に入れてもらってただろう。けれど、特別親しくもない去年同じクラスだったというだけの男の子の傘に入れてもらうというのはどうなんだろう。

私なんかと変な噂が立ちでもしたら彼も困るんじゃないだろうか。


「えっと……」

「まぁ、嫌ってならいいけど」

「えっ、嫌とかそういうのはないよ! ただ……」

「ただ?」

「その……、いいの? 私、傘に入れてもらっても」

「ダメだったら最初から声かけてねぇって」

「だ、だよね。……じゃあ、お願いします」


彼の親切を断るのも気が引けて傘に入れてもらう。分かってはいたことだけれど、傘に入れてもらうとなるとその距離感は近くなり少し落ち着かなかった。


「んじゃ行くか。家どっち?」

「あ、えっと……」


道順を説明して歩き出してすぐ、私は彼に相当気遣われているのだと理解した。私とは身長差もあり歩幅も違うはずなのに歩調を合わせてくれ、傘は私の方へ傾けられている。もしかしたら道路側を歩いてくれているのも最初からそうなるように傘へ入れてくれたのかもしれない。


「あの、肩……」

「ん? あぁ悪い、肩まで傘いってねぇ?」

「私じゃなくて……」

「あぁ、俺? 気にしなくていーよ、こんくらい」

「でも風邪引いたら大変だし」

「雨に濡れて風邪引くとしたら俺よりお前の方じゃね?」

「えぇ? そ、そうかなぁ……」

「そうそう。だから気にすんなよ。お前が濡れてなきゃいいからさ」

「……あり、がと」


なんだろう。自然と気遣われ、ストレートに投げかけられる言葉に気恥しさを覚えてうまく言葉が出ない。


「どうした?」

「えっ!? あ、いや……その、あんまり女子と話したりしてる印象なかったから、こんな風に気遣ってくれたりするの意外だなぁっていうか」


言ってからなんて失礼な発言なんだと後悔した。彼は去年見た限りでは必要最低限しか女子と会話していないように思えたし、こんな風に気遣ってくれるような人だとは思っていなかった。ただ、気遣われている状況で口にする言葉ではない気がする。


「あ、あの、そうじゃなくてね。えと……」


慌てすぎてうまい言葉が出てこない。どうしようと慌てていると彼が噴き出した。


「えっと……?」

「あ、わり。まぁ別に、そんな気遣いできるような奴でもねぇし、その認識間違ってねぇと思うけどな」

「え、でも……」


だったらどうして声をかけてこうしてわざわざ送ってくれるのだろうか。そんな疑問が表情に出ていたのか、彼は「あー……」と濁すように頬をかいた。


「まぁ……好きな奴が困ってたら助けてやりてーってなるだろ」

「……ん?」

「言っとくけど、別に親切心で声かけたわけじゃねぇからな。他の奴だったら傘は貸しても送ってったりはしねーし」

「え、っと……」

「今年はクラスも違ぇし、何かしら接点作れねーかなっつー下心あるから」


彼は何を言っているのだろうか。どこか照れくさそうな表情で決してからかっているような様子はない。


「こ、こんな逃げ場のない状況でそんなこと言うのずるい……」

「逃げれる状況だったら逃げんの? さすがにそれは傷付くんだけど」

「あ、いや、逃げ、はしないけど……その、少し距離を取りたいというか……」


傘の下という、肩が触れ合うようなこの距離でそんなことを言われたらどうしていいか分からなくなる。


「まぁ別に、すぐ答えが欲しいとかそういうつもりはねぇし、この状況で意識してくれるってんなら願ったり叶ったりだな」

「っ」

「なぁ、今度の日曜暇?」

「えっ?」

「まぁ、嫌だったら無理にとは言わねーけど、一緒にどっか行かね?」

「い、や……では、ないけど……」


そう答える私に彼は「じゃあ決まりな」と嬉しそうに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る