12.地味な読書好きの女子生徒と
地味で大人しくて読書が好きなパッとしない女子生徒。将来は『そんな奴いたっけ?』とか『そう言えばそんな奴いたような、いなかったような……』と話題に上がればいい方で、きっと話題に上がるほど記憶にも残らないような私。
そんな私に生徒会長を務め、成績優秀、容姿も整っていて女子生徒からの人気も厚い彼が好きだと言った。
正直にごめん被りたい。何てことを言ってくれてんだこのやろうという気持ちに頬が引きつったのを隠せていたかどうか。
地味な女と人気者の生徒会長との恋。どこの少女漫画だ。
「好きなんだ。俺と付き合って欲しい」
そう言った生徒会長の言葉を聞かなかったことにして全力で逃げた私の気持ちなど誰が分かるだろうか。
こんな目立たない地味な女が人気者の生徒会長と何かあったなどと知られれば間違いなく彼に好意を寄せる女子生徒達からの嫌がらせの対象になるだろう。以前生徒会長と親しくしたと言うだけで呼び出されていた生徒がいたのだから間違いない。
だと言うのに彼は逃げる私を追いかけてあろうことか腕を掴んで引き止めた。帰宅する生徒が大勢通る正門の前で。
「何で逃げるんだ。俺が好きだと言ったのがそんなに迷惑だったのか?」
いやもう、本当に勘弁して欲しい。こんな大勢が聞いてる前で何てことを言ってくれてるんだ本当に。ここで私が告白を無視して帰ろうものなら明日から『あの生徒会長の告白を無視するなんて!』とか『ブスのくせに生意気なのよ!』とかいじめられっ子街道まっしぐらじゃないか。
どちらにせよこんな大勢に聞かれてしまっては私の平穏な学校生活は失われてしまうのだろう。何の為にこんな地味な格好で大人しくしていたと思っているのだ。煩わしい人間関係などそっちのけで趣味である読書に時間を費やしたいからだと言うのに。家に帰ればそんな時間もなかなか取れない私の唯一の趣味の時間が失われる。
「はぁ……」
小さな溜息をついて生徒会長の手を振り払う。
「ごめんなさい。生徒会長のことは何とも思ってないので付き合えません」
「な……っ」
明日からの平穏な学校生活は諦めた。とっとと帰ろうと生徒会長に告白の返事をして背を向ける。
「ま、待て……!」
「!」
急に肩を掴み後ろに引っ張った生徒会長が悪いのだと言っておこう。
思わずその腕を掴み、背負い投げてしまった私は悪くない。けれど、あまりのことに唖然と私達を見る生徒達に冷や汗が零れる。生徒会長は思いもよらなかった出来事に倒れ込んだまま放心中だ。
さてどうしたものかと考えていると笑い声が響いた。
「げ……」
「お前、派手にやったなぁ」
ゲラゲラと笑うクラスメイトの男子は笑いすぎて目に涙すら浮かべている。
……笑いすぎじゃないだろうか。
「何か用?」
「いやー、残念だったな。これまでせっかく大人しく過ごしてきたってのに」
そう笑ったクラスメイトは私の隣に立って未だ放心中の生徒会長を見下ろした。
「残念だったな。こいつは女は全員自分を好きになるに決まってるなんて思ってるナルシスト野郎が手に負える女じゃねーよ」
「ちょっと、余計なこと言わないでくれる?」
ツリ目で口は悪く、制服も着崩す模範的な生徒とは到底言えないこのクラスメイトは私のことをよく知っている。私の家が道場をしていて男兄弟に囲まれ日々鍛錬の相手をさせられていることも、そんな兄弟達に邪魔され趣味を満喫できない為に学校では人と距離を取って趣味に没頭していることも。
小学生の頃、中学生に囲まれているクラスメイトを見てうっかり手助けして始まった縁。
とはいえ、それ以降会うことも無く、高校に入学して私に気づいて話しかけてくるまでは何の接点もなかった。人違いだと言っても聞き入れようとせず、私のこの生活態度に疑問を持ってしつこく追いかけてくるもんだから仕方なく折れて話した。『何だそれ、変な奴』と爆笑したこいつには腹が立ったけれど。
それ以降、私がこの学校で唯一交流を持っているのが彼だった。
「明日から大変だな」
「言わないで、今から気が重いんだから」
「守ってやろーか?」
「はぁ?」
「ま、お前なら呼び出されても自分で何とかできるだろうけどな」
彼の言う通りだ。机に落書きされようが物を隠されようがその程度で参るメンタルなら変わった奴だと囁かれながらも人を遠ざけ趣味に没頭していたりはしない。呼び出されて手を上げられそうになったところで持ち前の動体視力でかわせるし、なんなら返り討ちにだってできるだろう。告げ口されても普段大人しい私がそんなことをしただなんてきっと先生は信じないだろう。
我ながらいい性格をしていると思うが、そんな私を彼はいったい何から守ろうと言うのだろうか。
「お前がのんびり本読む時間を確保できるように側にいて呼び出しやらから守ってやるよ」
あぁ、なるほど。と少し考えて理解した。自分でどうとでも対処できるけれど、それらによって無駄に時間を浪費するのは面倒だ。
けれど不良な彼が側にいれば確かにその障害を突破して私にちょっかいをかける人も減るかもしれない。
「じゃあお願いしようかな」
「けど条件がある」
「はぁ? 後出しはズルくない?」
「いや、何で無償で助けてもらえると思ってんだ」
「……条件って?」
「俺と付き合えよ」
「はぁ?」
「付き合ってもねぇのにずっと側にいんのは不自然だろ」
「いや、まぁ……そうかもしれないけれど」
話が変な方向に進んでいる気がすると彼を見ればやけに楽しそうだった。あぁ、からかっているのかとすぐに理解して溜息をつく。
ただ、平穏な読書ライフの為だと思えばそんなお遊びに付き合うくらいいいかと了承の意で頷いてみせた。だけどそれに反応したのは彼ではなかった。
「は……? 俺を振ってそんな男と付き合うってのか……?」
まだいたのか。
信じられないというように私を見る生徒会長は小刻みに肩を震わせている。
このまま無視して帰ってもいいだろうかと思案した時、腰に伸びてきた腕に引っ張られる。咄嗟に振り解けない。
小学生の頃、中学生に囲まれてボコボコにされていた彼がいつの間にこんなに力をつけたのだろう。
「ちょっと、何す──」
言葉は私に触れた彼の唇によって遮られた。思わぬ展開に頭が追いつかないけれど、とんでもないことをされている。
「残念だったな、会長。こいつはもう俺のもんだ」
「っ」
悔しげに表情を歪ませる生徒会長と勝ち誇ったような笑みを浮かべるクラスメイト。その様子に先程のキスが見せつけるものなのだと理解して腹が立った。
「──ぐ……っ」
私を抱きすくめたままの彼の腹に肘を食らわせ、その腕から抜け出ると正門へ向かって歩き出す。
「あ、おい!」
「さっきの話はなしで」
「はぁ? さっき了承したばっかだろ」
「知らない」
「知らないっておい! ったく、ようやく手に入れたんだ。今更逃がすかよ」
何かを言いながら追いかけてくる彼を無視して早歩きで通学路を進む。
やがて彼は追いついて私の隣に並んだ。
本当におかしなことになってしまった。条件的なものであるとはいえ、地味で読書が好きな女子生徒が不良とのお付き合い。これはこれでどこの少女漫画だと言いたい。
そして、地味で読書ばかりの記憶の片隅にさえ残らないような存在だった私の名前は生徒会長を振った生意気な女として大勢に知られることだろう。本当に面倒なことこの上ない。私の平穏な学校生活は本当に守られるのだろうか。
どこか嬉しそうな表情を浮かべて隣を歩く彼にとりあえず期待しておくかと、小さな溜息を漏らしたのだった。
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