6.通勤途中の満員電車で

通勤途中の満員電車で不意に体に伸びてくる手。

痴漢なんて遭遇しようものなら相手の手を捻りあげて大声を上げてやればいい。そんな風に思っていたのに、現実はそう簡単にはいかない。

体を這い回る手が気持ち悪くて、怖くて声が出なかった。

早く、早く駅に着いて。

そう必死で祈りながら耐えて、けれど相手は私が抵抗しないのをいいことにその動きが大胆になった。


「ゃ……っ」


電車の走る音や周囲の音で誰にも聞き取れないほどの小さな声が漏れた。

その時。


「何やってんだ、アンタ」

「っ」


体に触れる手の感触が消えて背後から苛立った低い声。その聞き覚えのある声に振り返れば会社の同僚の1人がいた。

特別親しくもなく、仕事の話しかしたことのないような相手。同じ電車に乗ってることも初めて知った。

そんな彼は恐らく私に触れていた男の手を捻り上げて鋭い目で睨みつけている。その騒ぎに周囲の視線も集まり、男の顔はどんどんと青ざめていった。

その時駅に着いた電車のドアが開き、男は掴まれた腕を強引に振り払い電車を降りる他の乗客に紛れて電車を飛び出していった。


「待ちやがれ!」

「まっ、待って!」


男を追いかけようと飛び出そうとした同僚の腕を掴んで止める。

その間にドアは閉まって再び電車は動き出した。


「おい、逃げられただろ」

「ご、ごめん。でも、大丈夫だから。構っていたら遅刻しちゃう」


今日は同僚にとって重要な会議があったはずだ。

事情を説明すれば納得はしてもらえるかもしれないけれど、大事なチャンスを逃すかもしれない。


「大丈夫。別に大したことないから」

「……泣きそうだったくせに」

「そ、それは……」


言葉を返せない私に同僚は小さな溜息をついたかと思うと私の手を取った。

何故、どうして急に、そんな言葉が浮かんでは動揺しすぎて尋ねられない。

けれど、握られた手から伝わる力強いその手の感触に震えていた体が徐々に落ち着いていくのが分かった。

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