5.いつも乗るバスで見かける彼が

いつも乗るバスで見かける人。私より早く乗っていて、私と同じバス停で降りる。降りるバス停が近づく程に乗客は減り、私と彼の2人きりなんてことも珍しくはない。

名前を知らなくても私は彼を認識しているし、恐らく彼も私を認識しているだろう。そう思う程度にはかなりの頻度で同じバスに乗り合わせている。

けれど私はあまり彼の方を見ることはしなかった。万が一目が合って見ていたと思われても気まずいし、反応に困るから。


そんなことを考えているうちにもうすぐ私達が降りるバス停に到着する。

だというのに、彼は目を閉じ頭はゆっくりと前後に揺れている。疲れているのか単純に寝不足なのか。降りるバス停の名前がアナウンスされても彼は目を開け停車ボタンを押す気配はない。

ピンポーンと停車ボタンを私が押して高い音が響く。

それでもやっぱり彼は目を開けない。もうすぐバス停に着く。


これを眠ったまま乗り過ごしたら彼はどこまで行ってしまうのだろう。もしかしたら終点まで行って帰るのに苦労するかもしれない。

バスが減速して、ゆっくりと止まった。

降車ドアが開いて私は席を立ったけれど、やっぱり彼は起きない。


どうしよう、起こすべきかななんて考えて、けれど知らない人にもう降りるバス停ですよなんて話しかけられても気味悪がられるかもしれない。そう思ったら躊躇してしまう。

それでもまだどうしようと何度も心の中で繰り返し、結局そのまま彼の横を通り過ぎた。バスの先頭まで行き、料金を払おうとして、けれど私は踵を返していた。


彼の前まで行って躊躇いがちに伸ばした手で彼の肩を叩く。


「あ、あの……っ」


緊張に声が震えたのは自分でも分かった。私の声に反応して彼が顔を上げる。


それまで交わることのなかった視線が初めて交わり、何かを告げるように心臓がドクンと音を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る