第十話 スライム発生


 天使湖の後始末が終わって、各国への報告を行い。

 関係各所への説明が終わって、やっと人心地が付いたギルドに、緊急を伝える無線が入った。


「円香!」


「聞こえている。手が離せない。蒼。頼む」


「・・・」


 上村蒼は、重い腰を上げて、無線をコネクトする。


「ギルド。上村。そちらは?」


「失礼。静岡県警。巡査の森下です」


「あの森下巡査ですか?それで、何かありましたか?」


 上村蒼の表情が変わる。

 森下の名前を聞いて、奥で作業をしていた。榑谷円香も無線の近くに移動してきた。


 消防や警察からの連絡は、日常茶飯事だ。それこそ、便利屋と勘違いした無線まで入ってくる。今回も、その類かと考えていたのだが、無線の相手を確認して、意識は変わった。


「どの、”あの”かわかりませんが、森下です。狂犬上村さんは、長沼公園は、ご存じですか?」


 上村蒼は少しだけ考えてから正直に答えた。


「古い話は辞めてください。勉強不足で、知りません」


 無線を聞いていた、里見茜が動いて、蒼にタブレットを向けた。

 そこには、長沼公園を表示している。


「あっ技高の近く・・。長沼駅の近くですか?」


「そうです。あまり大きくない、公園です」


「その、長沼公園がどうしました?」


 実際に、公園名を言われても、よくわからない。

 魔物に関係するような場所だとも思えない。


「スライムが大量に発生しています」


 森下は、普段話をするようなテンションで、爆弾を放り投げてきた。

 ギルドの面々は、魔物の大量発生と聞いて、先日の天使湖の事件を思い出した。


「は?スライム?」


 上村蒼は、一言だけになってしまったが、上村蒼の言葉を聞いて、その場に居ない柚木千明以外は、”スライム”という言葉が付いているのを思い出した。スライムの大量発生など聞いたことがなかった。それだけではなく、街中にスライムが湧くのも一般的ではない。

 大きい自然公園なら考えられるが、それでも・・・。


「スライムです」


「それは聞こえていました。大量とは?」


 大量では、対処が解らない。

 概算でも数が解れば対処の方法が考えられる。


「数えたわけでは無いのですが、100や200ではありません。最低でも500。周辺は、封鎖しています。マスコミも入ってきません」


 森下からの答えは、無情な物だった。

 100なら、上村蒼だけでも可能だ。200でも、頑張ればなんとかなる。それ以上になると、体力よりも、武器が破損してしまう。それだけではなく、500体ものスライムが、公園から溢れだしたら、スライムだからと言っていられない被害になってしまう。海外では、スライムを放置して、インフラに必要なケーブルが大量に解かされた事案が報告されている。


 森下の迅速な対応に、ギルドは安心した。

 先日の天使湖も、犠牲者の半分以上は自称マスコミ関係者だ。残りも、興味本位の者もいたが、それ以上に多かったが、一部の過激な動画配信で生活をしている者たちだ。自分の命を賭けて、天使湖の魔物に突撃していった。結果は、動画が途中で途切れて・・・。


 スライムに隠れて、強力な魔物が産まれている可能性がある。


「え?それは、長沼公園がスライムで満たされている状況ですか?」


「そうなります。一体。一体は弱いので、対応は可能だと思っているのですが、数が多すぎるので、専門家のご意見を伺ったほうがよいと思いまして・・・」


「森下巡査。それは、貴殿の判断ですか?上の判断ですか?」


 上村蒼は、気になっていた事をストレートにぶつけた。


「私の判断です。上には、”スライムが多少多く居るので、公園を封鎖した”と連絡をしてあります。あと、2時間程度は抑えられると思います。どうしますか?」


 無線から苦笑のような音が聞こえてきてから、森下は、状況を説明してきた。


「さすがは、昼行燈の森下ですね。解りました。30分で対応を考えます」


 榑谷円香は、上村蒼に向かって、30という数字が書かれたメモ帳を見せる。

 30分で準備を整えて、出発するという意味だ。躊躇する理由はない。それだけではなく、天使湖では得られなかった情報が得られる可能性がある。榑谷円香が迷う必要はない。


 静岡県警の中にもスキルを得る為に、樹海に行くべきだと主張する者は多い。警視庁なども、実際にスキルを得るために、自衛隊に打診を行っている。警察や自衛隊という組織だけではなく、スキルを得ようとする者は多い。


 街中に発生したスライムなら、狩場としては最高だろう。

 それが解っているだけに、森下が自己判断で封鎖を行って、上司や自衛隊ではなくギルドに連絡してきた。

 その意味を考える必要もなく、出動を選択する。


「お願いします。あっそうだ。湧いているスライムを倒しても、スキルが得られない理由はわかりますか?」


 榑谷円香たちが出動に向けて、活動を開始したと同時に、森下が次の爆弾を放り投げてきた。


「え?初めての討伐でも?」


 上村蒼は、聞いたことがない。

 既にスキルを得ている人間がスライムを倒しても、スキルを得られないのはよく知られている現象だ。しかし、初めての魔物の討伐ならほぼ確実にスキルが得られる。


「はい。近くの高校生が興味本位で倒したのですが、10体のスライムを倒しても、スキルが得られなかったと言っています。一人だけなら、偶然だと思いますが、10名以上なので・・・」


 高校が近くなら当然の事だ。スポーツ系の部活を行っている者は、スキルを得ると大会への権利を失う。高校によっては、退学になってしまう可能性もある。対象の高校も、スキルを得た場合には退学になることになっている。中二病を引き摺っている高校生には、スキルは・・・。


 準備をしながら、話を聞いていた榑谷円香は首を横に振って、知らない現象だと伝える。

 端末を操作して、ギルドのデータベースにアクセスした里見茜も首を横に振る。


「わかりました。私たちも初めて聞く現象なので、何も言えないのですが、森下巡査には、スキルを得られないから、”無暗に近づくな”と警告してください」


 二人の動作を見て、上村蒼は森下に知らない現象だと伝える。

 榑谷円香から出された走り書きのメモを読み上げて、森下に頼みごとを行う。


「すでに実行しています。あと、もう一点」


「まだあるのですか?」


「えぇ不思議なことに、このスライムたち、長沼公園から出てこないのですよ。まるで、ここを守る様に・・・」


 ギルドの面々は、天使湖の魔物たちを思い浮かべていた。

 特定のエリアから出ない魔物たち。何かを守る為に居るのかもしれないとは思っていたが、天使湖では何も見つけられなかった。魔物たちを倒した、ファントムが持ち去ったと考えることもできるのだが、ギルドの面々は、ファントムの存在を認めつつも、ファントムが自分から何か隠そうとしているとは思えなかった。


「・・・。わかりました。ひとまず、装備を整えて、現地に向かいます」


「お願いします」


 無線が切られる。


 無線から、ノイズが流れてきた。

 上村蒼は、無線のコネクトを切ると、ノイズが消えて、ギルドは沈黙が訪れた。


「蒼さん?」


「なんだ?」


「さっき、森下巡査を、”昼行燈の森下”と呼んでいましたが?昼行燈は、あまりいい意味ではないですよね?」


「そうだな。嬢ちゃん。嬢ちゃんの年齢なら知らない可能性もあるけど、同窓会大量殺人事件は知っているか?」


「え?あっはい」


「まぁ内容はいいよな。あの事件を解決したのが、森下だ」


「え?でも、そんな人が、昼行燈?」


「そうだ。本来なら、出世コースだろうけど、森下という人物は、いろいろ問題があって、閑職に回されて、まぁその辺りは、気になったら調べればいい。有名な話だから、出てくると思うぞ」


「そうなのですか?でも、閑職って・・・?」


「そうだな。森下巡査という人は、”切れすぎた”」


「え?」


「武器も切れすぎると、仲間を傷つけるだろう。それと同じだ」


「うーん。解ったような、わからないような・・・。でも、気にしないことにします」


「そうだな」


「蒼!茜。千明と連絡が付いた!出るぞ、浅間通りで待ち合わせだ。そのまま、向かうぞ」


 ギルドの玄関から、榑谷円香が二人を呼びつける。

 外に出ていた、柚木千明と連絡がついて、柚木千明が使っていたギルドの車で、現地に向かう。武器は、こん棒系を数本用意した。一級武器として刀や剣も一応用意したが相手がスライムなら出番はないだろうと考えていた。


「え?クロトたちも一緒に?」


「そうだ。ゲージに入っているから、問題はない」


「わかりました」


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