第3話 サル、現る【完】
翌日、ついにサルがオレたちの街にやってきたというニュースが入った。
朝から家と学校ではそのニュースで持ちきりで、先生たちはサルが周辺にいるかもしれないので触らず、エサも与えないようにと注意が出された。
クラスの皆はサルに襲われたくないと怯えている様子だったが、リーダー格の男子はサルを追っ払ってやる!と息まいていた。
(追っ払うんじゃない。捕まえるんだ)
昨日、仕掛けた罠にサルが引っ掛かったという連絡もないし、一緒に罠を仕掛けたのに女子は目も合わせてくれない。というか避けられているのか?別にいいけど。
「行くよね?罠を見に行くよね?」
帰り道、突然女子がオレたちの前に立ちはだかった。得意げな顔をして腰に両手を上げて話しかけて来た。突然話しかけてくるから返事に躊躇してしまう。
「お、おう。追っ払うと言っているやつがいるけど、オレが一番に捕まえて警察に連れていく」
「警察かあ~。サルより人間の方が怖そ」
女子はそう言うとフフフと不敵な笑みを浮かべてさっさと歩き出した。オレは今から仕掛けた罠を確認しにいくので、女子の相手をしている暇はない。
「私も行くから。じゃあまた後で」と言って女子はさっさと帰って行った。
調子が狂う。でも罠を仕掛けさせてもらった貴重な協力者だ。無下にはできない。
今から荷物を持って自転車で行けば夜までには帰って来れるはず。家にはメモを残して最初に罠をしかけた公園に向かった。早く罠を見たい。どうなっているんだろう。サルはいるのか?自転車をこぐスピードは早くなり、息も上がってくる。
オレたちは公園に着き、一目散にあの木へ向かおうとすると背後から声がした。
「来てないみたいだね」
振り返ると女子も着いたようで、オレには目もくれず真っ先に罠をしかけた木に向かった。オレはちょっとむっとして女子より早く木にしかけた罠とエサのリンゴがまだあることを確認した。
リンゴは少ししわになっているぐらいでまだ綺麗なリンゴのままだった。
「罠もそのままでリンゴもかじられていない。ここにはサルは来ていないようだ。予備で新しいバナナを持ってきたけど使わないな」
「ここは公園で人気もあるしサルにしたら目立つんじゃない?罠をしかけるならもうちょっといい場所なかったワケ?」
「くっ…!」
オレたちが一生懸命作った罠を馬鹿にされた気分だ。女子の上から目線で言い返したかったが倍返しになるのはわかっているのでオレはぐっとこらえた。
仕掛けた罠とエサのリンゴを回収し、次の罠の場所へ向かうことにした。ちょっぴり残念な気持ちを残して自転車をこぎだすと女子も一緒に付いてきた。
「ねえ、なんでそんなにサルを捕まえたいの?」
「この前もこの辺ウロウロしながらサルを探していたよね?サルを追い払うって言ってる男子もいるのに、なんで捕まえたいの?」
「捕まえてどうしたいの?」
次から次へと質問が繰り出す。よく出てくるなと呆れた顔をしていたのだろう女子から速攻で突っ込まれた。
「聞いてる?もしかしてウルサイと思った?うちのおじいちゃん家に罠をしかけさせてあげたこと忘れないでよね」
「忘れてねーし!今からサルが来たか、罠にかかったか確認しにいくし」
オレたちの完璧な計画を壊そうとしているのか女子と話すと調子が狂う。
「じゃあ感謝してよね?」
「か、感謝してます」
そうこうしているうちに女子の祖父宅に着いた。罠を庭の木にしかけさせてもらって、エサのバナナはそのままなんだろうか・・・。さっきの公園ではリンゴは食べられてなかったし、バナナもそのままかもしれない。もしかしたら虫たちが食べているかもと胸を高鳴らせて庭の木を確認しに行った。
オレたちの目の前に広がった光景に目を疑った。
「ない!!」
「ここに仕掛けたバナナがない!!」
オレは鼻息荒く、目をまんまるに見開き、バナナがあったはずの場所を指をさし大きな声で言った。たしかにこの木のこの場所にロープで罠を作り、エサのバナナを仕掛けたのに何もない。ロープの罠には何かが引っかかった跡が残っていた。バナナの皮も少し下に落ちていたのを見つけ、これは絶対にサルしかいない。人間や鳥がとったような感じじゃない。
「へえ~来たんだ」
女子はこちらを振り返りクールに言い放った。オレは女子のクールさとは反対に興奮が収まらず、一人罠やエサの後をあれこれ調べていた。
「罠の跡を見るからに昨夜か今朝来たんじゃね?しかし上手くバナナだけ採って罠から逃げ出せたな」
オレはちょっとサルに対して感心さえしている。人間がこれだけ探しても捕まらないなんて。人間が弄ばれているのかもしれない。
「うーん、サルはどこに行ったんだろう」
女子が手をあごに充てて考えている。考えている女子をよく見ると俺よりちょっと背が高く、木の罠にもひょいっと手が届いていた。すらっとした手足があれば罠をしかけるのも楽だろうよとぼやいてしまった。
「なにか言った?」
「いや…別に」
「もうここにはいないようだし、そろそろ帰ろうか?」
「えっ!もう?」
「なんで?もう暗くなるよ。ここにいなければどこに行ったか分からないし」
サルは確実にここまで来た。折角苦労して証拠を掴んだのに、この後の行先がわからない。女子が言うとおりだ。そろそろ帰る時間だってこともわかっている。くそう、このまま粘っても仕方ないのか…。
眉間にしわを寄せたオレの顔をみた女子が気を利かせたのかこう言った。
「それなら帰りながらもうちょっと探してみる?」
「そ、そだな。そうしよう」
オレたちは荷物を持って自転車をこぎ始めた。夕日が沈みかけた帰り道では、木々が多そうな場所を探して通ってみるも全然見つからず。住宅地では木を植えていても小さな木でサルが登れるような大きな木はなかった。
オレたちは半ば諦めモードになって沈黙のまま自転車をこぎ続けた。そろそろ日が暮れようとした時、学校近くで木々と木々の間に何かかが動いているのが見えた。
「あれ!なんだ!!ほらあそこ!」
オレは自転車から降り、指を指した方向に俊敏に動く物体が見えた。よおく目を凝らして見ると、葉っぱの中からギラリと光る眼玉が見えた。サルだ!その時だった。
「あっ!サル!!」
女子が咄嗟に大きな声を出してしまった。するとサルが木から飛び降り、こちらに向かってキーッと威嚇してきた。オレたちは本物のサルに突然出くわし体が凍り付いたように動くことができなかった。
サルはこちらを睨んでいるが、女子はサルがキーキー威嚇する声に驚き足が動かないようだ。女子は不安な顔でサルの様子を伺っている。
(そうだ、サルと出会ったときの注意事項を思い出せ)
注意 サルを見つけたらやってはいけないこと
・えさを与えない
・目をみつめない
・大きな声を出さない
・驚かさない
・すぐ逃げる
逃げたくても女子の足がすくんでいるからすぐに逃げ出すことができない。しかも女子がさっき大きな声を出してサルを驚かせてしまい、オレはサルの目を見つめてしまったばかりにサルは怒ってキーキーと威嚇している。
どうしよう、一人なら逃げきれるのに。でも、ここまで協力して助けてもらったのに一人で逃げ出すわけにはいかない。
オレは意を決して、リュックの中から予備で持ってきたバナナを素早く取り出し、サルの方を目掛けて投げた。木の近くにバナナは落ち、サルは素早くバナナを拾いに行った。
オレたちはその隙に自転車に乗り、その場から一目散に逃げだすことに成功した。
自宅に着くころには外は真っ暗で、母親からは帰りが遅いと叱られてしまった。女子も怒られていないだろうか、とちょっとだけ心配だった。
その日は、サルの見開いた目と威嚇した声が頭から離れなかった。あと女子のこともどうなったのかと。
翌日、学校に行くとサルが捕まったというニュースがクラスで持ち切りだった。どうやら民家の庭にいたところを通報で警察が捕獲したらしい。
オレたちの当初の計画は成功しなかったが、サルを見つけることはできた。
勇気を出してバナナでサルから助けたのに、女子からはお礼の一つもない。しかも今日もまた避けられているようだし。まあ別にいいけど。もうサルを捕まえに行くこともないし。女子の祖父宅にお世話になることもないだろうし。
放課後、またつまらない日常が戻ってくるのだと思うと一気に退屈な気持ちが押し寄せてきた。
「はあ…、オレの夏は終わった」
ぼんやりと空を眺めてぼやいていると後ろから女子の声が聞こえた。
「なになに? 何が終わったの?」
「何でもないよ」
「……」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「あのさ、昨日はありがとう。思っていたよりサルが大きくて、声もあんなに響くとは思わなくて…。本物を目の前にしたら怖くなっちゃってさ」
「いいよ、大丈夫」
「本当は昨日すぐにお礼を言いたかったんだけど、怖くて言い出せなくてごめんね」
「怪我はなかった?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
女子の言葉にオレは安堵した。すると続けて女子が言った。
「バナナでわたしを助けてくれてありがとう!ま、また一緒に遊んでくれる?」
女子が見せた照れ笑いに調子が狂う。オレの退屈な日常はまだ先のことだと予感した。
~完~
サル、夏の終わり Haige @haigeee3
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