第5章  2

 だが、やっぱりその予測は甘すぎた。


 先程の追手を殲滅してからそれほど進まない内に、先方から何やら声が聞こえてきたのだ。


 よく聞くとギャーギャー威嚇しているグール数体と、それに抵抗しているかのような女性の声。

 咄嗟に気で探ると、女性は十体ばかりのグールに囲まれている。


 女性の気はそれなりに高く感じるが、多勢に無勢と言った状況なのだろう。


 私はヴォイドに目くばせすると、その声の方向に向かって駆けた。


 再度気門開放し、神の視点も発動する。


 そこには、不思議な光景が待ち受けていた。


 位置的に女性は囲まれているかのように見えたが、敵のうちの約半数は周囲の木の枝や蔦などの植物に絡みとられ、動けなくなっていた。

 動けないグールを除くと、実質六対一。

 それでも女性の不利に変わりはないのだが。


 女性は一目でそれとわかるエルフだった。

 やや小柄だが、長く美しいブロンドの髪は後で丁寧に編み込まれ、まるで芸術作品のようだった。

 肌の色は白く透き通っており、顔立ちは鼻筋がすっと通って彫りが深い。

 アーモンド形の眼に、翠色の瞳。

 服装はひらひらと飾り付けられた淡い緑色のローブで、その手にはスタッフが握られていた。


 エルフの女性が何やら詠唱すると、囲んでいる内の一体が、後から伸びてきた木の枝や蔦に絡みとられた。


 だが、残る五体のグールはじりじりと距離を詰めている。


 あわや襲われる!というタイミングで、私は女性とグールの間に割り込めた。


「助けるわ!」


 私はそう一言声をかけ、目前に迫るグールに光龍杖を叩きつける。

 続けて左右のグールに大振りで一撃ずつ叩きつけると、その勢いで残りの二体に弾き飛ばすと、味方に巻き込まれ左右の端の二体も転倒した。


 敵が体勢を整える前に、私はすかさず追撃した。

 打ち込みから蹴りへの連続攻撃で右側の二体をさらに吹き飛ばし、返す身体で中央の一体を背中から叩き伏せ、それが倒れるところを見計らって乗り越えると、左側の一体の顔面に跳び膝蹴りを当て、着地と同時に左端の一体の胸に突きを入れた。

 どれも割と本気に近い一撃だったので、どの攻撃も致命傷となったようだ。

 そして倒した五体を一か所に集め『浄炎』で燃やすと、周囲で木々に絡めとられてる残り五体にも、一体ずつ『浄炎』を灯す。


「大丈夫?怪我はない?」


「あ、ありがとうございますぅ、人間さん」


 戸惑った様子でそのエルフは礼を述べた。

 ……人間さん?

 いや、そうだけど、そういう呼ばれ方は初めてだぞ。


「私はエカール百八の神々の拳にして聖女、エリカ。で、こちらは私の従者で……」


「プラチナムハートのクエスター・ヴォイド・アリューションです。よろしく」


 私たちの挨拶が済むと、そのエルフも口を開く。


「私は、イメルトリア山の精霊使いで、ラフィリーナ・フェルデンハードと申します。助けていただき、大変感謝申し上げます」


 そう自己紹介すると、ラフィリーナは深々と頭を下げた。

 さすがエルフ、名前がややこしい。


「イメルトリア山とは、ハイエルフの精霊使いの殿堂ではないですか!

 そのような場所に住む高位の精霊使いの方がなぜこんな冥界の辺境へ?」


 さすがはヴォイド、世界情勢には詳しい。


「いえ、偶然なんですよぉ。

 グールが出没するというのでとある森の調査を命ぜられたのですが、その森の奥深くにグールの集落とそれに囲まれたゲートがありまして、不意打ちでそのゲートに追い詰められてしまったんです。

 無理矢理ゲートをくぐらされるとこの山の中でさらに大量のグールに囲まれてしまってて、なんとか逃げ出したのですが周囲の様子もわからず、逃げ回っていたところを再び囲まれてしまいまして……」


 なるほど、下手をすれば彼女が今宵のグールの晩餐会の餌食となっていたということか。

 それでこのあたりにグールが多かったというわけだ。

 ということは、バハルカーン王朝はゲートをまたいで周辺を支配しているということか?


 さて、どうしたものか。

 このまま付近を捜索してグール王朝を壊滅させ、ラフィリーナをゲートの向こうまで送り届けるべきか、ひとまず安全なところまで避難させるべきか。


「帰還、急ぎますか?」


 単刀直入にそう聞いた。私としては助けて送り届けてあげたい気持ちが非常に強いのだが、目的の女神ネフィーラの居城まではあと二日ばかりで到着する予定とあって、そちらを優先させたい気持ちもある。

 それに、もしバハルカーン王朝を壊滅させるなら、単身(もちろんヴォイドは含むが)の方がやりやすい。

 グールの総数が漠然としているのもある。


 ヴォイドの言葉を聞くにラフィリーナはエリートの精霊使いのようだが、たとえ実力者と言えど、慣れない連携は不安も生じる。

 ……私のパーティプレイが苦手な性分が邪魔をしているせいでもあるのだが。


 そうすると、ネフィーラのところまで二日、ネフィーラとの会見に一日、そして二日かけてこの近辺に戻り、バハルカーン壊滅に二、三日、として約一週間は欲しい。

 ゲートの向こう側の殲滅もしたいところだ。


「一週間、お時間をいただければ、安全にゲートの向こうまで送り届けるとお約束します。

 貴重なお時間とは思いますが、その一週間を私に預けていただけますか?」


 私の言葉にラフィリーナは呆気にとられたような顔で、


「ええ、全然大丈夫ですよぉ。

 一週間とはいわず、一か月でも一年でも構いませんよ」


 そうか、彼女はエルフだ!

 長命で人間のおよそ十倍は生きると言われている種族、しかもハイエルフなら千年は生きてもおかしくないのだ。

 そんな短いスパンの時間ごときに縛られる存在ではない。

 完全にその視点が頭から抜け落ちていた。


「ありがとうございます、絶対に無事届けるとお約束いたします」


 私がそういうと、彼女は私の手を取り、


「では、私も同行させていただいて良いですか?ええと、エリカさん?」


「もちろんです。道中の安全も私が保証します。私の事はエリカでいいですよ」


 私がそう言うと、ラフィリーナは微笑んで返してきた。


「わかりましたわ、エリカ。私の事もラフィと呼んでくださいね、お二方」


 そう言って、ヴォイドの方を向き再び微笑んだ。



 この世界の精霊使いは、万物に宿る精霊の助力を得て様々な奇跡を起こすのだという。

 ラフィは山に属する精霊使いで、主にその山や木々、大地に宿る精霊の力を借りてるのだそうだ。

 先程のグールを木々で縛り上げたのも、木に宿る精霊の助力を得たのだという。

 なんだか私の前世の八百万の神を思い起こす。

 あらゆるものに神が宿るという神道由来の言葉だ。


 力ある精霊なら姿を具現化することも可能だという。

 山ならば巨大な狼、森ならば巨大な牡鹿などの姿を取り、精霊使いを助けるのだそうだ。


 他にも河や湖に属する精霊使いや、大空に属する精霊使いなど、地形に深くかかわる精霊使いがいるのだという。


 いわゆる私の知る精霊魔法、エレメンタルを呼び出し四元素に基づく魔法で戦う、というのとは明らかに異なる。


 ハイエルフはみな何らかの事象の精霊と強く結びついており、精霊使いの道を歩む者は、その地で精霊との結びつきを強くすることで自己を鍛えるのだという。

 ラフィは現在二四七歳で、精霊使いとしての修練はおおよそ二百年前から続けているのだそうだ。

 それでもまだまだ未熟なのだ、と彼女は笑う。


 人とエルフの時の流れの違いなのだろう。

 エルフからすれば、人間は生き急いでいるように見えるのだという。

 それももっともな話だ。

 人間の寿命は短い。

 この世界でもやはりデミヒューマンは長命がほとんどで、エルフで八百から千年、ドワーフで四百年、龍人も千年は普通に生きるという。

 その中で、人間は百年にも満たない。


 そういえば、天使と悪魔の子であるイズニフの寿命ってどうだったっけ?と『サンクチュアリ』の記憶を掘り返す。

 確かゆうに千年は生きる、と言われていなかっただろうか。

 私が他でもないそのイズニフであり、とすれば、私もエルフ並みの寿命を持っていることになるのだろうか?

 世界観が二つ混ざりあうのは実にややこしい。


 その後、さすがに我々に手を出すと痛い目を見ることがわかったのか、それ以上グールが襲ってくることはなく、翌日の夕刻には無事下山できた。

 下山途中、雲の切れ目から平野が見下ろせたのだが、その景色の中に目指す都市、神都ネフィラリアの姿が見えた。


 私たちは山の麓にある小さな村で宿を取った。宿には温泉が引かれており、私は実に二年ぶりの天然の温泉を楽しんだ。

 前世で温泉といえば、行きたくもない社員旅行でのそれが最後だったなぁ、と記憶をたどる。

 あまり周囲とまじりあって騒ぎたくなかったから、ホテルでの時間の大半を温泉で過ごしたのを思い出した。


 だが、今宵の湯は違う。


 温泉につかりながら、ラフィとゆっくり話ができた。


 精霊界の話、様々なエルフ社会の話、そしてラフィの精霊の山の話。

 どれも雄大で、いつか訪れてみたいと思わせる楽しい話題だった。


 温泉から上がると、食欲をそそる料理の数々が待ち受けていた。

 私はこちらの世界に転生してから初めてお酒を飲んだ。

 多分三か月ぶりくらいのお酒だった。


 五臓六腑に染み渡るとはまさにこういう一杯をいうのだろう。

 食事との相性も抜群だった。

 食事も肉と野菜、そして川魚と様々な食材が取り揃えられており、思う存分楽しめた。


 久しく、こういう楽しみから離れていたんだなぁ、と思う。


 そんなこんなで、私たちはゆっくり疲れを癒したのだった。


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