第六章 女神との謁見
第6章 1
神都ネフィラリアへの到着は思ったよりも早かった。
というのも、山麓の村から神都への共同馬車に乗れたからである。
乗り心地は決して良いものではなかったが、歩くよりも早く着くならそれに越したことはない。
何より私自身、早く女神ネフィーラと謁見したかった。
気持ちばかりが先走ってしまうが、こういうところもラフィに言わせると人間の生き急いでいるところと受け取られるのだろうか。
ネフィラリアは非常に広大な城塞都市で、ウルバーンの四倍ほどの面積を持つ。
都市の中央は丘になっており、その頂上には神殿が建立されている。
その様子は城壁の外からでも見られ、その荘厳さたるやまさしく神都と呼ぶに相応しい。
言われなければ、ここにおわす神が死の女神であるとは思うまい。
私たちは神都の南門前で馬車を下りた。
門周辺では入都を待つ商人の荷馬車や、聖地巡礼の旅に来たのであろう信者など、様々な人々で混みあっている。
門を守る門番の数も多い。
トラブルに備えての配置なのだろう。
それぞれが槍や剣を携えている。
門の前には何列かの行列ができていた。
それぞれの列で、一人ひとり、訪都の目的を聞かれているようだった。
私たちもそのうちの一列に並び、入都審査を待った。
門番も仕事に慣れているのか、てきぱきと業務をこなしている。
「次の者」
それほど待たずに門番に呼ばれた。私の番だ。
「訪都の目的を」
こちらを軽く一瞥し、手元の台帳に視線を戻しながら私の返答を待っている。事務仕事を黙々とこなす男の顔だ。
「エカール百八の神々の拳にして聖女、エリカと申します。
わけあって女神ネフィーラ様へ謁見したく、ウルバーンより訪問しました。後に続く二名は私の連れです」
私の言葉に、門番の顔つきが変わった。一介の門番の顔ではなくなっていた。
「もしや、ウルバーンに降臨されたという噂の聖女様ですか?!」
いや、そんな芸能人かなにかを見るような目で見なくても……。
やはり、こんなところまで私の噂は流れ着いていたらしい。
そりゃそうか、今や全世界のプラチナムハートにその情報は行き渡っているのだ。
もちろんここ神都ネフィラリアにもプラチナムハートは常駐しているはずだ。
そこから話が広まっていてもおかしくはない。
そして何より、この神都の中央におわすは神そのものだ。
主神が公認したという情報であれば、同盟を結ぶ他の神々にも話は行き渡っているだろう。
それから、私たちは列から連れ出され、手の空いている門番たちの間で急遽打ち合わせのようなことが始まり、あれやこれやという間に門を通され、挙句街中をゆっくり散策する暇も与えられず、神都の丘のふもとにある高級そうな宿屋へと案内された。
途中、街中ではやはり人と霊魂とが仲良く共存していた。
冥界ではもはや見慣れた光景だ。
通りには様々な商店が出店しており、人々でにぎわっていた。
平和そのものだ。
冥界中がこういう様子なら良いのに、と思う。
宿屋に到着すると、そこでしばらくの間待っていて欲しいと伝えられた。
じきに神殿から迎えが来るとのことだった。
それまでの間に色々準備などしてくれてかまわない、と伝えられたので、この隙に、私は身だしなみを整え、着替えることにした。
浴場を借りてラフィと共に汗を流し、湯あみを終えると私は『拳の聖女の衣』に着替えた。
手にはもちろん『絶対領域の杖』を携える。
私が着替え終わる頃には、ラフィも身支度を整え終えていた。
やはりエルフは美しいなぁ。
ラフィはエルフの中でも相当美しい部類なのだろうな、と彼女の顔を見て思う。
特に彼女の眼には、人の心を惹きつける何かが備わっている。
私の元々のエルフ観は、よくあるファンタジーものの、多種族を見下す高慢なそれだった。
だがラフィにはそんなところなど微塵もない。
これがラフィだけのものなのか、エルフ全体がこうなのかはわからないが、少なくとも私はラフィと知り合うことでそういう偏見を払拭できた。
ヴォイドはのほほんと女性陣の準備が終わるのを待っていたようだ。
少しばかり鎧が磨かれたようだ。
若干光沢感が違う。
プラチナムハートにとっては、その鎧姿こそが正装だという。
まずほとんどどんな場でも鎧を身に纏っている。
普段着にして正装、恐るべし銀の鎧。
果たして女性陣もそうなのかどうかは、そのうちシストにでも聞いてみようと思う。
女神との謁見。
果たして女神ネフィーラとはどのような存在なのだろう。
共存派を取りまとめる死の女神。
果たして高位のアンデッドなのだろうか?
それとも現人神なのか。
一体どんな理由で生者と死者の共存を推進しているのか。
そして、色々聞いてみたい事もある。
例えば今の私が持つ『死を纏うもの』の意味。
もしかしたら落ちた流星の謎も知っているかもしれない。
冥王ガイストモアの復活についても何か知っているかもしれない。
そしてできるならば、私に何ができるのか、女神に道を示してもらいたい。
何より、私の味方となって欲しい。
既に主神マールとその配下であるプラチナムハートという強力な味方を得てはいるが、この冥界にあって死の女神の助力を乞う事ができれば、私が冥界で戦うための、より強固な後ろ盾となってくれるだろう。
やがて、三名の神官が宿屋にやってきた。
「聖女エリカ様、お付きの方々、お迎えに上がりました。
神殿までご案内いたします」
神官の服装は、濃褐色を基調とした落ち着きのあるものだった。
すらりとした長衣の上から襟のないマントを掛けている。
頭には長めの烏帽子のような帽子をかぶり、手には質素なスタッフを携えていた。
神官について私たちは丘の上への舗装された道を進む。
やはり、ここが死を司る女神の住む都市とは思えないほど、清潔で清廉とした印象だ。
街中もそうだったが、しっかりと舗装がされており、歩くのに苦が無い。
神殿が迫ってきた。
ここに来て、ようやくここが死の女神の居城なのだとわかる。
神殿の意匠からそれが伝わってくる。
だが、それらもさりげなく配置されているため、注意深く観察しなければごく普通の神殿にしか思われないであろう。
やがて神殿の入り口が見えた。
警護に当たる神兵が剣を携えて待機していた。
「ようこそ、女神ネフィーラ様の神殿へ。
聖女様の杖は武器では無いですね、そのまま携行ください。
それと、プラチナムハートの方は神殿内でも武器の携行を許されておりますのでそのままどうぞ。
エルフの貴方の杖も問題ありません、そのままお持ちください」
入り口を通され、案内役の神官と共にゆっくり神殿の奥へ進む。
神殿は、主に黒や濃い灰色の石材で建立されており、非常に落ち着いた雰囲気である。
派手な装飾を好まない神様なのだろう。
壁は表面が粗めに仕上げられた石材と、綺麗に磨かれた石材とが規則性をもって積み上げられており、床石も同じようなパターンで敷き詰められ、その上には、人が歩くであろう幅の灰色の布が敷かれていた。
やがて、謁見の間と思われる入り口が近付いてきた。
「只今先客がおりますので、今しばらくはこちらの控えの間でお待ちください、直にお呼びいたします」
言われ、私たちは控室に通された。
「いよいよですね」
緊張した面持ちでヴォイドが言う。
私もガチガチに緊張していた。
他方、ラフィは緊張とは何ぞやといった雰囲気で、好奇心旺盛な目で周囲を色々と観察していた。
「ラフィは緊張しないの?神様に遭うのに」
「神様なら、パリアス様といつもお会いしてますのでとくに緊張してないですぅ」
そういうことか……って、パリアスといえば冥王ガイストモアを叩きのめした知識の神様じゃないの!?
やっぱりラフィはエリート街道邁進中なのか!?
しかもラフィは私と違い人見知りではない。
……羨ましいぞラフィ。
そのうち、ラフィが何やらゴニョゴニョ唱えだした。
すると、磨き上げられた黒い床石からにょっきりとと小さな人型のかわいらしい何かが浮かび上がってくる。
それはてとてととラフィの方へ歩いてきた。
ラフィが「はい」と手を伸ばすと、その黒い人型はラフィの掌に乗る。
「黒い石の精霊さんです」
かわいい。
子供が作った粘土細工のような人型というのも心をくすぐる。
私がゆっくりと手を差し伸べると、私の人差し指を両手でつかんで、握手のような動きをしてみせる。
触った感触は石そのものだが、それが自由に動くというのがまた不思議だ。
ヴォイドも興味深げにその様子を見ていたが、やがて
「さわっても?」
「ええ、大丈夫ですよぉ」
言われ、さっそく頭を撫でていた。
「随分と人に慣れた精霊ですね」
「ここは人の出入りが多いようですから、石も慣れているのでしょうね」
そういうものなのか。精霊とは不思議なものだ。
だが、そのおかげで、私とヴォイドの緊張は解けていた。ラフィと精霊さんのおかげだ。
やがて、神官が「おまたせしました」とやって来た。
ラフィは精霊を床にす。
と、精霊が手を振って、石の中に戻って行った。
私たちはその様子を眺めつつ、立ち上がった。
いよいよ、私たちは謁見の間に通された。床の敷き布が薄い紫色に飾り模様が付いたものに変わっていた。
柱などは無い。
壁には様々な紋章旗がいくつも下げられている。
女神の玉座まではおよそ五〇メートルはあろうか。
玉座には女神らしき姿があり、その左には一人の女性が立っていた。
私たちは神官の後をおずおずと進む。
やがて、女神の玉座のおよそ一〇メートルほど前で、神官は歩みを止め、左側に引くと我々を紹介する。
「女神ネフィーラ様、聖女エリカ様とそのご一行でございます」
その後を引き継ぎ、私たちは片膝をついて深々と頭を下げ、自己紹介する。
「この度はお目通りの願いを叶えていただき、多大なる感謝を申し上げます。
エカール百八の神々の拳にして聖女、エリカ・カザマ、故あって女神様にお話があり、謁見を求めに参りました。
後に控えるのは、私の従者でありプラチナムハートのクエスター、ヴォイド・アリューション並びに、私の旅の同行者で精霊界はイメルトリア山より来られたハイエルフの精霊使いであるラフィリーナ・フェルデンハードです。
どうぞよろしくお願いいたします」
「おもてを上げよ」
柔和な声が頭上に響いた。
その声につられ、私たちは頭を上げると、その様子を確認して、玉座に座る女神が立ち上がる。
ものすごく穏やかな気に溢れていた。
穏やかで、幻想的な気だ。
その懐の広ささえも伝わってくる。
その姿は完璧な彫刻作品を思わせるほど美しかった。
濃褐色の肌に完璧なプロポーション、そしてやや幼い印象を受けるが強い意志を感じさせる顔。
目は大きく瞳は金色。
小さな鼻に、ぷっくりとした瑞々しい唇。
髪は艶のある黒で、腰まで伸びたストレート。
袖が無く膝上までのミニドレスに、同じく袖とフードのないローブのようなものを身に纏っている。
腰の位置が高い。
私の元いた世界で言うならば、黒人女性のモデルのようなプロポーションだ。
この世界は美女率が異常に高いが、中でも群を抜いて美しかった。
「わらわはこの世界の魂の安寧を守る者、死者と魂の案内人、女神ネフィーラ。
左にいるのは隣国カーミリアの女王、カーミラ・シュトラファーンだ。
わらわたちも貴方と会うのを楽しみにしておった。
此度はわざわざ赴いてくれて、感謝するぞ」
なるほど、死者と魂の案内人、か。確かに捉え方としては死の女神と呼ばれるのはわかるが、むしろこれまでの生者と死者の共存の推進などを考えると、むしろ魂の女神と捉えるべきだろう。
「聖女エリカ、顔をよく見せてもらえるか?」
そう言って、女神はゆっくりと私に近付いてきた。私の前で立ち止まると、顔を間近まで近づけ、そしてじっくりと私の眼を覗き込んだ。
「……エリカ、おぬし『サンクチュアリ』から召喚されたイズニフだな?」
女神のその言葉は私を大きく驚かせた。
なぜ『サンクチュアリ』を、そしてなぜ私の正体を知っているのだ!?
それはまさに、爆弾級の言葉であった。
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