第五章  バハルカーン王朝遭遇戦

第5章  1

 それから約二週間後、シャビル大陸の中央を東西に走る中央山脈の西部、インジアムと呼ばれる中立国の山のふもとに、私たちはいた。


 私は女神ネフィーラとの謁見を望み、特に周囲からの反対も受けず、ヴォイドと二人で出発した。

 大陸西部を北上する旅となる。


 旅そのものについては、ヴォイドもこれまでに何度も単独任務にあたっていることもあって、お互い慣れた物だった。


 道中、ウルバーンの北部に隣接するネストバーム国を縦断したのだが、ウルバーンと変わらず人々と霊が共存する平和な国だった。


 ネストバームの東側はオキュラス湖という大きな湖と隣接しており、首都ネストバームはその湖沿いにあった。

 国全体が自然が豊富で、気持ち良く旅のできる土地だった。


 旅の途中聞いた噂では、オキュラス湖の東側には小さな島があり、そこには古城が立っているのだという。

 そして夜な夜な、叫び声のような鳴き声が聞こえてくるのだ、と。


 それは聞くまでもない、バンシーの仕業だろう。

 弱いものがその声を聞けば命にも危険があるという厄介な代物だ。

 さすがは冥界、アンデッドの種類はより取り見取りである。


 ネストバームからインジアムに入ると、街道沿いの様子は一変した。

 霊の姿はなくなり、人々は何かを恐れるかのように陰気に過ごしている様子だった。

 それは北上し山脈に近づくにつれ、より強く感じられるようになっていた。


 その理由はジュダウトが知っていた。


「山脈にはグールのバハルカーン王朝の一族が住んでいるからな。

 正確な居場所はわからぬが」


 グールに王朝?

 グールといえば、ひたすら肉を求めて骨の棍棒を持って襲い掛かってくる素早いリビングデッドみたいなものという認識だったが、どうやらこの世界では違うらしい。


「奴らはヴァンパイアのなれの果て、狂気の世界の住人だ。ルーツをたどれば大体はそれなりのヴァンパイアの名家に辿り着くのだ」


 もしかして、ヴァンパイアの事から学ばないといけない感じですか?


 私もヴォイドも興味津々ではあるが、ジュダウトの話しぶりは少々勿体つけが多いのが難点だ。


「ヴァンパイアは上からヴァンパイアロード、その血を分けてもらったヴァンパイアナイト、ヴァンパイアロードやナイトに血を吸われた結果生まれるヴァンパイアの三種に大きく分かれる。

 細かい話をすればもっと色々あるのだが、今の話の上では些末に過ぎん。

 ヴァンパイアロードとなると多少の年月血を吸わなくとも自我も保てれば健康にも影響はないが、格が落ちるにつれ、血への渇望が強くなる。

 中でもとりわけ普通のヴァンパイアは、一定期間血が吸えぬと化け物になる」


 つまりは純血種こそ至上ということか。

 ヴァンパイアロードに嫁入りするとその妃もヴァンパイアロードの血脈になるなんて話もあるが、それはまた別の方法があるのだろう。


「そして、時折化け物とは化せず、ヴァンパイアの姿かたちを保ったまま発狂するものがいる。

 それがグールの王朝の祖となる」


 そこでルーツをたどるとヴァンパイアの家系につながる、ということか。


「それらが王を名乗り、見た目は薄汚いが、妄想世界で自分らは貴族王侯だと思い込み、眷属を増やすのだよ」


 ややこしいなこっちの世界のグールは。


「そして、グールだけで貴族社会を形成し、臣民は人間を捉え、上に献上し、夜な夜な人肉を食らう晩餐を開いておる。

 国民、とりわけ山脈近くの人間はいつグールに攫われるかわからぬ不安を抱えながら暮らしておる」


「そのような危険があると知って、なぜその地域から人々は逃げないのです?」


 ヴォイドの問いに、ジュダウトはさらに続ける。


「これは余り知られていない話だが、バハルカーン王朝の住む近くに、未確認のゲートがあるのだよ。

 行き先は精霊界、とまではわかっているが、調査をしようにもグール共が邪魔をしてまっとうに調査できないというのが実情だ。

 インジアムの人々は、元はそのゲートを管理するために暮らしていたそうだが、いつからかグールが住み着き、二進にっち三進さっちもいかなくなったというところだろう。

 私の記憶では、住みついて既に百年はゆうに経っておるから、いつ人々がいなくなってもおかしくはないのだがな」


「ゲートですか……初耳です。

 一度調査プラチナムハートでも調査をしてみるべきですね。

 ありがとうございます、ぺイニング王」


 いつの間にかヴォイドもジュダウトと普通に会話する関係になっているのは、それはそれで興味深い。


「ヴァンパイアの亜種ということは、噛まれたらやっぱりなっちゃうの?グールに」


「いや、それは無い。

 グールキングや、その位置に近い高位者が己の血を分けて飲ませることで逆にグールへと変貌させる。

 あとは普通に生殖だな」


 グールの生殖……考えたくもないぞ、気持ち悪い。


 さて、周辺国がネフィーラ派である中、インジアムが中立国として立場を変えない理由には、バハルカーン王朝の影響が大きいのだろう。

 何とも難しい情勢の地域である。

 ちなみに周辺事情からバハルカーンには無理な話ではあるが、他の地域では人肉の提供を許可する(つまりは倒した得物を持ち帰る権利を与える)ことで彼らを傭兵のように扱う者もいるのだそうだ。

 ものは考えようかもしれないが、私個人としては反対だ。


 そんなグール共がうろつく山の中に、これから私たち二人は踏み込もうとしている。


 目指すネフィラリアは、山を越えれば一日ほどで辿り着くはずだ。




 山中に入ってから五、六時間ばかり過ぎたころのことだった。私たちのまわりに幾つかの気配が近付いては離れ、かと思えばまた近づいて、を繰り返していた。


 周囲を気で探ると、追跡しているのは八体、ただしどれも弱い。

 それでもこうもちょろちょろされると鬱陶しいことこの上ない。


「ヴォイド、ちょっと待ってね」


 そう断ると、私は保管箱から『絶対領域の杖』を取り出し、それらの気を取り囲むように念じて聖属性の絶対領域を発生させるため、杖で地面を突く。


「『絶対聖域・聖』!」


 瞬間、これまでの聖域とは比べ物にならないほどの聖なるオーラが周囲を包み、銀色の粒子がきらきらと舞う。

 と同時に、周囲の木々の上や物陰から、苦痛に耐えられない様子のグールと思しき連中が現れ、その場でもがき苦しんでいる。グールの武装は骨の棍棒を握る者、折った骨をナイフのように握っている者、と様々だ。

 ほとんどが腰みののみの半裸で、肌の色は緑がかった灰色。

 背中と股間が剛毛に覆われているが、大半の頭は禿げていた。


 聖域の銀の粒子がグールには毒らしく、それらが肌を焼き、肺を痛めたようである。


 私は八体のグールを引きずって絶対聖域の中央にひとまとめにし、指先に聖なる火を灯すと、グールに引火させた。瞬間的にゴウッと銀色の炎が立つ。


 やがて炎はグールたちを焼き尽くし、白い灰へと変えた。ジュダウトの身体を焼き払った時にも使った祈祷術、『浄炎』である。

 『浄炎』は周囲の物を燃やす心配のない、安全な炎だ。

 山火事の心配はない。


 これでまたしばらくは落ち着いて進むことができるだろう。


 と思ったが、その予測は甘すぎた。

 逆にグールたちの怒りを煽った形になったのか、後からどんどん付いて来るのだ。

 最初はまだ先ほどと大して変わらなかった数が、少し距離を進むごとに倍々に増えてゆく。


「どうしよう?もう六〇体くらいいるんだけど」


「エリカ様の判断にお任せしますよ」


 ヴォイドがそう言うのはもっともだ。

 最初に手を出したのは他の誰でもない、私だ。

 遠回しに私に始末してくださいと言っているようなものだ。


 本日の装備は『聖域の使者』と光龍杖。お決まりのスタイルだ。

 が、仕方ない。


「ごめんねヴォイド。また少しで待ってて」


 そう言い残し、私は背後に向かって走る。

 気で大体の配置は把握していたので、作戦はもう立てた。

 少しグロいがやむなし。


 『気門開放』、『神の視点』を発動し、先頭で向かってくる敵に備えて光龍杖の先端に気を溜める。


「イキノイイニクッ!」と、言葉に聞こえなくもない奇声を上げて出てきた相手の眉間を突き、唱える。


「『爆印・雷』!」


 発動と同時に、青白く聖典文字がその額に浮かぶ。

 それを確認し、その背後に迫る後続の数にも注意して、光龍杖で思い切り打撃を叩き込む。


 途端、グールの背中が大きく爆ぜると同時に、電撃がスパークし、後続に連鎖する。

 山林で火炎は山火事の心配があったことと、連鎖の数を優先して雷撃の印を刻んだ。

 いや、電撃も危ないっちゃ危ないんだけど。


 チェインライトニングのごとく、次々電撃が連鎖し、爆印が敵に刻まれる。

 ざっと見積もって一五体は連鎖しただろうか。

 そこですかさず二体目に攻撃を叩き込んだ。

 と同時に爆裂が発生し、連鎖していた十五体が再び爆ぜる。

 そして再び電撃がその背後の敵を包み込む。


 次で決める!


「ハァッ!」


 迫りくるグールに激しく一撃を叩き込む。

 と同時にまたも雷撃を伴う爆裂。グールが次々と血肉と電撃をまき散らし、凄惨な光景が残る。


 だが、それで終わりではなかった。

 凄いスピードで三つの気が迫って来ていた。

 ガサガサっと頭上から音がしたと思ったら、これまでのグールより大柄で、ヴァンパイアの名残であろう蝙蝠状の翼を持ったグールが三体襲ってきたのである。


 そうか、こいつらが上空から監視していたのか、と理解した。


「貴様、我らが臣民を……!」


 甲高い声でリーダーらしい一体が声を上げた。


 なに?

 こいつらやっぱりしゃべれるの?

 気がふれてるんじゃ無かったの?


 と驚いていても仕方がない、私も即座に構え迎撃の体制を取る。

 そこへ、ヴォイドも駆けつけてきた。


 さすがに周りを木で囲まれている為か、空中から飛び掛かってくることはなく、そのまま三体は着地すると、間合いを取る形で私達を囲む。

 ヴォイドは私の背中に周り、剣を構えている。


 リーダーらしき一体ともう一体が私に、別の一体がヴォイドに飛び掛かってきた。

 だが、動きは直線的で読みやすい。

 私は光龍杖で真っ向から二体を受け止め、力で押し返しリーダーに一撃を入れる。


 体格差があるが、力負けはしない。

 何しろ気門開放している私を力で押し倒そうなど、巨人クラスでもない限りどだい無理な話だ。


 リーダーが一歩引きながら様子を見ているのに対し、もう一方は無謀にも再度飛び掛かってくる。

 が、今度は受けずにカウンター気味に鳩尾へ突きを入れ、そのまま上へ光龍杖を叩きつけ、敵の顎を割る。

 ドサッと弾き飛ばされつつも再度立ち上がるところを見るに中々骨があるようだ。


 一方のヴォイドは敵の猛攻に苦戦していた。

 とはいえ、敵の攻撃は盾できっちりとブロックしている。

 敵の腕が大きな翼となっているため、なかなか身体に剣が届かないといった様子だ。

 これはうまく隙を伺って一撃一撃を積み重ねていくしかあるまい。


 再度、二体が同時に飛び掛かってきた。

 先程の反省か、リーダーはやや上方から変則的に飛び掛かってくる。


 リーダーの爪を光龍杖の左側でパリイし、返す動きで右側からの一撃を横っ面に入れる。

 そのまま光龍杖を相手の顔面ごと振り抜き、正面から飛び掛かってきたもう一体にリーダーの身体ごと叩きつける。


 重なり合って俯せに潰れている二体に対し、私は攻撃の手を休めることなく連撃を浴びせる。

 リーダーの右翼を叩き折り、起き上がろうとするところへ膝を顎に叩き込み、その勢いで後方に蹴り飛ばす。

 下敷きになっていたもう一体が剥き出しになったのを見て、その腰をめがけてもう一方の膝に全体重を乗せ空中から突き立てた。

 ベキッと鈍い音がし、相手は激痛に叫ぶ。

 ひとまずこいつはこれ以上は立ち上がれまい、と判断し、弾き飛ばしたリーダーへ向き直った。


 やはりしぶとく立ち上がってくる。

 片腕は先程の攻撃でへし折ったが、もう片腕を大きく振りかぶって一撃を狙ってくる。

 だが、私は冷静に相手の喉へ光龍杖でカウンターを叩き込んだ。

 ゴキッと鈍い音と共に首があらぬ方向を向き、リーダーが倒れる。


 私はヴォイドが相手をしている一体に向き直る。


 何撃かは攻撃が入っているようだが、致命傷には至っていない様子だ。

 私が先の二体を倒したことに焦りを覚えたのか、敵の顔には恐怖が浮かび、動きが固まる。

 だが私は容赦なくこちらから襲い掛かる。

 光龍杖を胴に叩きつけ、身体を捻り回転して肩に蹴りを一撃、その一撃の捻りを利用してもう一回転し側頭部に光龍杖でもう一撃。

 回転三連撃だ。


 敵は大きく横に吹き飛ばされた。


「ヴォイド、とどめを!」


 敵を弾き飛ばした先にヴォイドの姿が見えたので私はすかさず声を上げる。

 瞬間、ヴォイドはその剣を敵の首に深く突き立てた。敵はひくひくと痙攣して、やがて動きを止めた。


「ありがとうございます、助かりました」


 剣を引き抜きながら、ヴォイドが頭を下げた。


 私は倒した三体を一か所に集め、また『浄炎』で焼き清めた。


 今度こそ、しばらく追手は来ないだろう。


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