第4章 4
その夜、一か月遅れで私の聖女就任のお披露目が行われた。
式典の前に、私は数名の侍女らしき女性たちの手で、丹念に風呂で洗われ、髪をとかされ、爪を整えられ、これまでにしたことも無い丁寧な化粧をされた。
元々この肉体の美女度とスタイルの良さは知っているつもりだったが、あらためてこうして磨かれた姿を見せられると、呆れるほど美しかった。
普通ならバケモノ相手に格闘していていい存在じゃない。
もっと他にやれることあるでしょ、と言われても仕方ないほどだと思う。
どうせなら前世でこの美貌が欲しかった。
仕立て上げられた聖女の服も目にした。
デザインは『聖域の使者』を踏襲したホワイトパールに金の装飾が成されており、ドレスというよりはやはりローブに近い。
それでも、タイトなデザインであるため、体の線は出るだろう。
そして、聖女の杖。
もちろん普段使う棒術用のものではなく、聖職者用のスタッフだ。
私からの希望で、杖先にはエカール百八の神々の拳を意味した握り拳を意匠してもらった。
派手さはないが、色合いは聖女の服に併せてもらい、上部のクリスタルはゴールドに輝いている。
着替えさせられる前に、私はそれらに最後の仕上げを施した。
「『気門開放』」
全身にゆっくりと気を巡らせ、聖属性の印を刻んだ聖域を展開させた。
まわりの侍女たちが辺りを漂う銀の粒子に驚いている。
私はまず聖女の服に歩み寄り、その胸元に手を置いた。
「エカール百八の神々の拳が命じる、今触れしこの衣に、神聖なる神々の祝福と共に身に付けるものを数多の邪悪より退け給え……『奇跡の光・聖』!」
瞬間、聖女の服に走る金色の縁取りが生きているかのように揺らめく光を宿した。
まわりの侍女たちが声を出して驚いている。
「『鑑定』」
『拳の聖女の衣: 神々の祝福を受けた聖女のためのローブ。
聖女以外の人間が袖を通すと、聖なる炎により焼かれる。
物理を除くあらゆる属性の攻撃を無効にする。
区分:アーティファクト』
え……?
何で神でもない私がアーティファクトをつくれるのだ?
しかもロクな供物も触媒も無しにこんな強力なものを!?
全属性無効って何の防具ですかそれ!
そもそも私以外が着たら燃えるって何ですか?
怖すぎるでしょ!
うーん、このまま続けていいんだろうか?という疑念が湧くが、やり始めたことを中途半端にやめるのも気分が悪いので、次に行く。
今度は杖を握り、同じく祈祷の詠唱を行う。
「エカール百八の神々の拳が命じる、今触れしこの杖に、神聖なる神々の祝福と共に、携えるものに絶対の領域を展開する力を授け給え……『奇跡の光・聖』!」
杖全体が一瞬激しい銀色の光に包まれ、やがてその光が収まった、一部分を除いて。
それまで金色に輝いていたはずのクリスタルに、『拳の聖女の衣』の金の縁取り同様に生きているかのような動き有る輝きが宿ったのである。
「『鑑定』」
『絶対領域の杖: 神々の祝福を受けた聖女のための杖。
聖域展開の上位互換である絶対聖域を展開できる。
展開する絶対聖域の属性は使用者の任意。
区分:アーティファクト』
まただ。
いや、そこまでの能力想定してないから!
単純に詠唱なしで聖域展開できる杖が欲しかったのだが、何やら次元がとんでもないことになっている。
ひとまず落ち着こう。まずは気門を閉じる。
まわりの侍女たちのざわめきがものすごく気になるが仕方がない。
そりゃそうだ、目の前でこんなもの見せられたら普通は驚く。
やった自分が何より驚いているんだから仕方がない。
まあしかし、考えてみたらこれまで守りに主眼をおいた装備は考えたことが無かったし、これはこれでいいのかもしれない。
エカールの神々からのプレゼントと思って前向きにいこう。
そうして、思わぬところで手に入れたアーティファクトを纏い、式典が始まった。
式典には市長や数々の貴族、団長、今回の遠征軍のメンバー、その他五百名ほどが参列した。
上座はもちろん私だ。
自分が主役の式典なんて精々結婚式か何かくらいでしょと思っていた私が、まさかこんな式典に参加するなど思ってもいなかった。
ガッチガチに緊張して、誰が何をどうしゃべったか、自分が果たして何を言ったのか、結局全て忘れた。
唯一覚えていたのは、杖の手触りがものすごく気持ち良かった事だけだった。
その後、懸念していた立食パーティやダンスなどが無かったのには安心した。
式典が終わり、私は一人で砦の屋上に上り、夜風を浴びていた。
着替えもせずにやってきたのだが、意外と思っていた以上に『拳の聖女の衣』は動きやすい。
軽く身体を動かしてみたが、特に動きを阻害する要素は無かった。
棒術に使用するのが憚れそうな『絶対領域の杖』も、思っていたよりもはるかに堅牢で、ちょっとやそっとでは傷つく様子も見せない。
むしろ杖先の拳の意匠が「自分を使って殴れ」とでも訴えかけてきているようで、何なら一度戦闘に使ってみようか、と思ったほどだ。
ふと気にかかることがあり、ぺイニングの首を取り出してみた。
とその瞬間、
「エリカ!く、苦しいぞ、やめてくれ!今すぐ我をしまってくれ!」
と叫ぶ。
あ、と思い咄嗟に首を保管箱に突っ込んだ。
そうか、この装備、聖属性が強すぎるのだ。
アンデッドにとって聖属性は毒にしかならない。
これではまるで歩く聖域だ。
ぺイニングの首には少し気の毒なことをした。
「『保管箱』」
唱えて目の前にウィンドウを表示させると、あらためてぺイニングの首を表示させた。
「ごめんねジュダウト。この状態なら大丈夫?」
「なっ、誰がジュダウトだ、その名で呼ぶことを許した覚えはないぞエリカ」
ウインドウ越しならば問題なく会話できるようだ。
「貴方も私の事をエリカと呼び捨ててるんだから別にいいじゃない。それに、貴方の今後の命運を握っているのは私だよー?」
私にそういわれると、ジュダウトの首はムッ、と一言呟いておとなしくなった。
「ところで一つ聞きたいのだけど。貴方を倒した時に逃げて行ったヴァンパイア、奴の事をすっかり忘れていたんだけど、あれは何者?」
「ブラムシュ・フォン・ラザールか。冥王からのただの使いだ」
「使い?冥王って冥王ガイストモアよね?今半死半生で復活中の」
「知らなかったのか?冥王は復活されたのだよ。その復活に際して、何やら計画しているから配下は集まれ、という連絡を持ってきたのだ」
こんなにも早くに復活?
しかも時期を考えれば一月前には使いをジュダウトの元に送っているということは、復活自体はそれよりも前、という事になる。
知識の神パリアスに敗れたのがその一月前というから、わずか一月で完全復活を遂げたということになる。
何やら良からぬ事が起きていそうな予感だ。
「けど集まれと言われても、貴方は行けなかったんじゃないの?」
「貴様の襲撃の仕業で、か?」
「違うわよ、物理的に。距離が遠すぎるわ」
言われ、ジュダウトはフフンと鼻を鳴らした。
「どうやらブルフェーンを制圧したと言ってもまだ隅々にまでは目を配っていなかったようだな。ブルフェーンの西部にシャイラという街があってな、そこには死都エグニアへつながるゲートがあるのだよ。今頃は向こうから封じられているだろうがな」
なるほど。それなら数日の行程で死都まで赴くことは可能だったろう。
「でも結局あの状況で、ラザール卿には裏切られたわけね」
結果としてな、とジュダウトは吐き捨てる。
「ジュダウト、思うにガイストモアはどう動くかしら?」
私は疑念を直接尋ねた。
「神の考えなど我には推し量れぬ。仮に何か動くとしても、直接ならばティヌトの軍勢とやり合っている最中だからな、御遣いを動かすであろうな」
「御遣い……?」
初めて聞く情報だ。
「冥王に仕える者のうち、特に冥王に近い位置にいる四人の国家元首だ。アーケニアのリッチ王アーケルス、ノスフェリアのヴァンパイアロードであるノスフェラトゥ、オリュディニアの幽鬼の女王オリュディア、そしてカルクシアの骨機王カルクシオンの四名だ」
また一気にドドーンと名前が出てきた。
「後で大陸地図でも用意してもらえればそれを見ながら細かい情報も教えてやる。まったく、手のかかる娘だな」
ジュダウト、実は本来はいい奴なのかもしれない。
それもそうか、あれだけ忠臣に囲まれていた王が人格破綻者では、成り立つはずの国も成り立たぬし、あれほどきちんとした配下が揃っていたとも思えない。
ジュダウトがネフィーラ派だったとしたら、国の様子ももっと違ったのではあるまいか。
さて、では私はどうするべきか?
冥王が復活したことで何やら良からぬことが動いていそうだということはわかった。
一方の我々は?
ウルバーンもネフィーラ派と明言こそしているが、条約締結しているわけでも、互いの行き来があるわけでも無い。
ここは周辺諸国の強化のために、一度私が死の女神ネフィーラを訪ねてみるのも良いのではないか?
「と思うんだけど、どう思う?」
「結束力という意味では、現状確かに冥王派に比べると弱いだろう。かといって軍を動かすような件でもない。
案外名案かもしれぬぞエリカ」
そう言うと、ジュダウトはフフンと鼻を鳴らした。
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