第4章  3

 シストと合流して状況を聞くと、市内の救護活動は順調だった。

 もともと見張りという見張りもほとんど無く、市民は宮殿からほど近い中央広場に集められていた。

 市内に関しては救護の段階で大体の敵を倒しているので、残党狩りの必要も無さそうな状況だった。

 だが、これまで統制がとれていたのが、支配者がいなくなることで突然動き出す野良スケルトンや野良リビングデッドなどの可能性も考えて、レンジャー隊には引き続き市内警備に当たってもらう事にした。


 一方の私たちは、これから待機している仲間が北門側から来ることを考えて、南門側から掃討を開始しよう、ということになった。

 レンジャー隊のうち数名に北門からの侵入を見張る命令を下して、私たちは再びシストと別れた。


「ヴォイド、ちょっと待っててね」


 門へ向かう途中で私はふと思いつき、適当な空き家に一人で入ると、すばやく『爆裂の策謀』へと着替えた。

 武器もそれに合わせたフィストウェポンに交換する。


「お待たせ」


 ヴォイドにそう声をかけ、出発する。


「その装備は?」


「さっきの『爆印』見てたでしょ?アレ専用の装備よ。来た時と違って派手にやっていいなら、こっちの方が殲滅も早いと思って」


 『爆裂の策謀』は、私の装備では珍しく、大別すると鎧にあたる。

 色はブロンズがベースで縁取りにラスティゴールド、飾りの刺し色にパール色が使われている。

 遠巻きから見たら薄い茶色だろうか。

 私の装備にしてはめずらしく兜もある。

 爆破の破片から身を護るためなのだろう、と思っている。

 見た目に反して重量は相変わらず軽く、身動きに支障はない。


「確かに派手でしたけど、もっと規模が大きくなるってことですか?」


「そうね、花火見るみたいで楽しいと思うわ」


 私はそう言って笑った。


 南門は北門に比べると警備の手も薄く、ワイトは数体いるだけでもはや何の役にも立ってなかった。

 敵将の首を取ってしまえば、特に今回の軍勢に関してはこんなものだろう。


 さっくりワイトを処理して南門から出ると、再び門を閉じて残党(というには多過ぎるが)狩りの開始だ。


 ウロウロしているが密集しているのは変わらない。

 敵の密度も良好だ。


「ヴォイド、少し下がっててね」


 そう注意してから、私は手近のスケルトンの額に指を突き立てた。


「『爆印・炎』!」


 赤く光る聖典文字が浮かび上がる。


「じゃ、いくわよ!」


 パンパンパンッ!と軽く拳を当て、スケルトンを倒すと同時に、スケルトンが背面から炎を伴って弾け、爆発した。

 その後にいた五体ばかりが爆発に巻き込まれると同時に額に印が浮かび、勝手に爆ぜた。

 後は勝手に連鎖して爆発していくので、ひとまず放っておけばいい。


 あちこちでボンッという音が鳴り響く。

 時々グチャッというグロテスクな音が混じるのもご愛敬だ。


 地面には爆ぜた骨の山ができあがり、門周辺の視界はすっきり良好になる。


「いやいやいやいや、どういう術ですかこれは」


 ヴォイドはすっかり呆れ顔だ。


「これを何回かやれば、大掃除も終わりよ。さて、市街一周いきますか」


 時計回りで、残党狩りを再開した。


 一度で千体、二千体は軽く骨の山にされてしまうのだから実に豪快だ。

 『風刃円』と違って直接の視界が遮られないところも良い。

 ただ、ド派手なのが難点なのだ。

 隠密作戦には明らかに不向きだ。

 ……来た時の『風刃円』が隠密技だったか?と問われれば返す言葉もないのだが。


 私たちは直径およそ三kmばかり、外周約九km半の外壁沿いを歩く。


「実はここまで豪快な『爆印』使うの、初めてなのよね」


 数百体、というのは経験あるのだが、ゲームでもここまで敵が密集して登場したことはない。

 まさかこんなにド派手になるなんて実は思ってもいなかった。

 これだって立派なチートじゃないか。


 ホントに現実に持ってくるとチートになる技の宝庫なんだなぁ、としみじみ思う。


 ゲームの技なんて、どんなゲームでも多かれ少なかれそんなもんだろうな、と思う。

 それを言ってしまえば、現実の地球からやって来た身としては、この世界の魔法だって充分チートだ。

 まぁ、逆に地球の技術をこっちの世界に持ち込めば、それだってこっちの世界の人から見ればチートなのだろうし。


 いや、このあたりは深く考えちゃいかん。堂々巡りになって頭がこんがらかる。

 適当でいいのよ、適当で。


 やがて、ぽつらぽつらと『爆印』の爆発から逃れた人が現れ始めた。

 追従結界を張っておいたプラチナムハートの皆さんだ。


 そう、こんなこともあろうかと全員に結界を張っていたのだ。

 聖属性結界を張っておけば、『爆印』は敵だとは認識しない。

 若干爆発で傷は負うかもしれないが、回復結界でそれも癒せる。


 いきなり目の前で戦った敵が次々爆発して消えていく光景には驚いただろうが、そこはあとで謝っておこう。


 北門が近付くにつれて、『爆印』で連鎖する数が少なくなっていった。

 プラチナムハートの皆さんが頑張っているおかげで、密集が減っているからだろう。


 北門に差し掛かると、敵の姿はほぼほぼ無くなっていた。


「おや、聖女様。討伐おめでとうございます。その恰好は?」


 ガイナスだった。


「あはは、ちょっと色々ありまして」


「ものすごい勢いで敵がドンガラ爆発していったんですが、アレも聖女様の……?」


 そうです、と応え、私は続ける。


「外壁をもう半周もすれば壊滅です。シストさんによれば市内はほぼ完了してますので、あと一息ですね」


「予想よりもはるかに早い戦勝ですなぁ。これは聖女様一人でも落とせたのでは?」


「いえ、皆様のお力添えあっての勝利ですよ」


 この言葉に嘘はない。

 事実、例えば市民の安全確保はシスト率いるレンジャー隊の活躍が無ければなしえなかったし、私がぺイニング王討伐に注力できたのも、後で控える主力がいてこその安心感から来るものだった。


 結果的に残存戦力を殲滅させるのは私の『爆印』にこそなるが、結果ではなくそこに至る経過を見ると、やはりプラチナムハートの手を借りたことは正解だったのだ。


 今後の戦いにおいても、同様の助けは絶対に必要となる。

 戦争は何も殲滅戦だけではない。

 拠点や目標物の確保、市民や捕虜の救出、同盟軍への支援、と一人では成せない任務など山ほどあるのだ。


 私たちは再び南門に向けて、反対側の外壁に沿って出発した。



 外壁を一周して残る敵を壊滅させると私たちは再び市内に入り、中央広場を目指した。

 やがて市民と、彼らを守るレンジャー隊の姿が見えた。

 シストの姿を見つけ、駆け寄る。


「終わりましたよ」


「お疲れ様……って、その恰好は?」


「ちょっと色々あって、敵の殲滅用に装備を変えたんです。おかげで早く終わりました」


 横ではヴォイドが苦笑していた。


「この後はどうなるんですか?」


 この手の事に疎い私は、ヴォイドとシストの二人にそう問うた。


「とりあえず二、三十名の隊に残ってもらって安全を確保してもらいつつ、今後はウルバーンから転居者を願い出て、人々による統治にシフトしていくことになりますね」


「そうなるわね。

 ブルフェーンの他の都市の残存勢力の制圧もあるし、特に首都ブルフェーンにはまだそれなりの数の敵が残っていると思うから、そっちの攻略も考えないと」


 なるほど、仕事は山積みだ。

 私たちはこのまま南下して、首都ブルフェーンを目指すのが良さそうだ。


「シストもレンジャー隊と共に付いてきてもらえる?」


「もちろんよ、聖女様」


 その後ガイナスや他の部隊長も混じった打ち合わせで、スカウト隊から二人が馬でウルバーンへ戻り戦況と今後の報告ならびにザルハザールへの応援の要請をし、ウォーリア隊三隊三〇名が応援が来るまでの間のザルハザールの守備、残り二六八名が南下し、首都ブルフェーンの制圧に当たることとなった。


 これまでワイトによる支配が続き、基幹産業もなく、人間はただの奴隷および将来的な戦力としかみなされていなかったブルフェーンを、人間(と無害な霊)による普通の国へち直らせるのは困難を極める事だろう。


 事実、市の規模に対して救護された人間の数ははるかに少なく、入植者を多く募らねば、ブルフェーンは国家として崩れ去る。

 主神マールとプラチナムハートがどのような采配に出るかは今のところまだわからないが、残された人々の事を考えると、色々急いで決めなければならない案件は山のようにある。


 私はその日の夕刻から夜にかけ、市内を歩いては聖域で包み清め、不浄な空気を清浄なそれへと変えた。

 余り多いとは言えない水場は念入りに清め、市民に協力してもらって空き瓶を集めてもらい、聖水とポーションを作る。

 万が一打ち漏らしたスケルトンがいても、この聖水を掛ければ無力化はできる。

 怪我や病気の者には、ポーションを有効に使ってもらえればいい。


「薬草が無くてもポーションって作れるんですね」


 ヴォイドが不思議そうにそう尋ねてきたので、私はうん、と頷き続ける。


「私の場合は特別。

 魔術師や普通の聖職者がつくるポーションにはもちろんその効能を引き出すための薬草がいると思うのだけど、私の場合はあくまで神の奇跡として効果を現すものを、私の祈祷で作っているからね」


 これは私が持つスキル『奇跡の光』の効果による。

 アイテムに属性を付与させることが主目的だが、聖域で清めた聖水に対して祈祷の治癒効果を付与した「アイテム」をつくると、このポーションになるのである。

 しかもエリクサーほどではないにしろ、傷の回復だけではなく、状態異常や軽い病気の治療など、わりと効能は万能だ。

 試しに『鑑定』をかけると、


『聖別ポーション: 神の奇跡により効果を発揮する万能ポーション。

 服用するか患部にかけることで効果を発揮する。

 怪我、状態異常、軽度の病気に有効

 区分:マジックアイテム★5』


 とでる。

 っておい、★5なのか!

 そんなに貴重なのかこのポーション!

 作るのに大した手間もコストもかかって無いんだけどなぁ。


 まぁ、聖女だからねー。

 特別なポーションくらいつくれないとダメだよね、多分。


「無限ポーションあるからヴォイドはいらないでしょ?」


「そうですね。それに何かあれば、エリカ様に直接助けていただけますから」


 ヴォイドはそう言って笑った。


 大方の作業を終えると、もう結構な深夜になっていた。




 その後、約一か月がかりで私たちはブルフェーンの開放に尽力した。


 思っていた通り首都ブルフェーンには結構な数の軍が残っていたが、それらはくまなく私とプラチナムハートによって駆逐された。


 どこの都市や街に行っても、それまで奴隷として虐げられていた人々に活力は見られなかった。

 服装はボロボロ、言葉こそ話すが識字率はほぼゼロ、文化らしい文化も持たず、日々日常の些末事や家事こそできるが、彼らに今すぐ職を持って働けと言ったところで無理だろう。

 ワイトには無理だった鍛冶やら服飾の技能を持つものはいたが、それ以外の専門職となると中々いない。


 それでも、奴隷を生かすための農業や漁業といった第一次産業はそれなりにおこなわれていた。


 逆に田舎では奴隷といっても普通の暮らしをしている家も多く、かえってそういう者たちを都市部に迎えて生活させるのも一つの手段ではないかと感じた。


 時々取り出してはおしゃべりしていたぺイニング王の首とは、この頃になるとお互い軽口も飛び出すような仲になっていた。

 ぺイニング王はさすがに齢八〇〇ともなると色々物知りで、冥界におけるアンデッドの実情にも相当詳しかった。

 対立している、と言っても同じアンデッドの国であるネフィーラ側の事情にもそれなりに明るく、案外このまま連れて行っても良い旅の案内人になるのではないかと思えるほどだった。


 その首を掲げ、我々ブルフェーン解放軍は熱い出迎えの中ウルバーンに帰還した。


「聖女様、ブルフェーンの開放、誠にご苦労様でした」


 ジェネラル・リシル・シナスターが深々と私に頭を下げて出迎えた。


「そんな、閣下、どうぞお顔を上げてください!

 私一人ではなく、これは解放軍全員の勝利です」


「そういって頂けると、大変光栄です」


 ジェネラルは顔を上げ、実に嬉しそうな表情を見せる。

 対して、ヴォイドをはじめとして私の後ろにいたプラチナムハートの面々が私に向かって頭を下げる。


 いや、こういうの苦手なんだよなぁ……。


 銘々が顔を上げるのを待ってから、


「こちらが、ブルフェーンの元国王、ロード・ぺイニングの首です」


 そう言って私はしゃべるぺイニングの首をジェネラルに差し出す。


「おお、これが……」


「我がワイトの王にしてブルフェーンの支配者、ジュダウト・ぺイニング王である!」


「しゃ、しゃべった!」


 いや、あんたもう王様じゃないでしょ。それにフルネーム初めて聞いたわ。


「実はまだ生きているんですよ……。

 しかも身体を揃えてネクロマンサーが治療を施せば復活するというので、身体の方は聖なる炎で焼きつくしておきました。

 それと……」


 私は保管箱から『骸骨王の衝撃』を取り出してジェネラルに手渡した。


「ぺイニングが生前使用していた『骸骨王の衝撃』です。

 人をワイトに変える事ができるというアーティファクトです」


 アーティファクトの持つ独特の強い魔力と、その能力故の禍々しさを感じたのだろう、ジェネラルはほう、と感心する。


「凄まじい力を持つ武器だ。これは厳重に封印せねば」


「生前などと抜かすな、我はまだこうして生きておるだろうが!」


 ぺイニングからの苦情は受け付けない。アンデッドはその時点で死人だ。


「閣下、この首、どうされます?」


「首を掲げるにしてもしゃべるのであればそれはそれで困るし、かといって保管するほどの価値があるかといえばそうでもない……困りましたな。

 聖女様、焼いていただけますか?」


 焼く、という言葉にぺイニングの首は敏感に反応した。

 固まっている。

 多分、恐怖で。


「閣下、この首、私に預けていただいてもよろしいですか?

 ずいぶん昔から生きているだけあって意外と物知りなんですよ。

 それに冥界事情にも詳しいので、この先の旅の案内でもさせようかと思いまして」


「その首を持ち歩く、と?!」


「いえ、邪魔な時はしまえますから」


 言って、私はジェネラルの手から首を持ち上げると、目の前で保管箱にしまって見せる。

 常に出しっぱなしにしておくと、この手合いは図に乗っていけない。

 このくらいの扱いが丁度いい。

 それに道中のもっぱらの話し相手にはヴォイドがいる。


 ぺイニングの首も、今頃保管箱の中で安堵しているに違いない。

 ともあれ、こうして私の最初の戦争は幕を閉じたのだった。


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