第4章  2

 私とヴォイドが門扉を開き、我々はいよいよ市内に突入した。


 ざっと様子を見る限り、敵の姿はほとんどない。

 むしろ、我々を追って後からやってくるであろうスケルトン共の流入の方が心配かもしれない。

 ならば、とレンジャー隊が市内に入るのを確認して、私とヴォイドは門扉を閉める。

 少なくとも時間稼ぎにはなるはずだ。


 市内に教会でもあれば、市民をそこに集めて避難させることもできようが、何百年とワイトが支配してきた都市に教会などあろうはずもない。


 その辺りの判断はシストに任せるとして、私たちはとにかく今は中央の宮殿へ向買うのが先決だ。


 案の定、敵の姿はほとんど無い。

 『風刃円』を展開する必要も無い。


 市内の路地はミニマップである程度把握できる。

 とはいえ、このまま大通りを突っ切ってゆけば目的地には辿り着くので、別段必要な情報とも言えない。


 ところどころ、巡回するワイトがこちらを見かけて襲い掛かってくるが、これはもうただの障害物のようなものだった。


 やがて、塀に囲まれた宮殿の前に辿り着いた。

 塀には蔦が這い、積み上げられた石は相当な歴史を感じさせる。

 とはいえ、それなりに整備は行き届いており、いかにもアンデッドのお屋敷です、といった感じには見えない。

 大方、人間の奴隷に整備をさせているのだろう。

 ……奴隷という意味ではスケルトンの方がよほど文句も言わず黙々と、しかも終日働かせられるだろうに。


 正門の鉄格子の門扉の前に、槍を携えたワイトが二体。

 私たちの姿を認めると、これも問答無用で襲い掛かってきた。


 交叉するように二本の槍が迫る。

 私は攻撃を直接は受け止めず、すかさず右に回転し躱しながら、そのまま右の一体の頭部に光龍杖を叩き込む。

 兜ごとその頭部はひしゃげ、殴られた勢いで動かなくなったワイトの体が反対のもう一体に激しくぶつかった。

バランスを崩しながらもこちらに槍を向けてくるが、身構える前にもう一回転光龍杖を振り回し、敵の襟元を薙いだ。

 頭蓋骨が激しく石畳の上を転がり、敵は力なく倒れる。


 門扉を開け、ヴォイドと二人で中庭に突入する。


 中庭にはここまでと違い、結構な数の兵が待機していた。

 しかも全て臨戦態勢である。

 見たところスケルトンはおらず、ワイトばかりで構成された部隊だ。


 私は再び『風刃円』を展開する。

 相手がワイトといえど、やることは一緒だ。

 だが範囲はそれほど広げず、確実に倒すため光龍杖で叩き潰すことも忘れない。


 中庭の殲滅が終わるとほぼ同時に、宮殿の正面入り口が開き、また一〇体ばかりのワイトが現れた。

 その内の一体は特徴的なノーブルワイトだった。

 剣と盾を持つワイト達に囲まれ、両手にカタールを装備している軽装のノーブルワイトである。


 面白い。この私にフィストウェポンで挑もうとはいい度胸してる。


 私は『風刃円』を解除すると光龍杖を保管箱にしまい、そこからグローブ状のフィストウエポン『龍虎の魂』を取り出して両の手に嵌め、大声で名乗る。


「私はエカール百八の神々の拳にして聖女、エリカ!貴方の名は?」


「我はブルフェーンの王、ロード・ぺイニングの第一の配下にしてここザルハザールの支配者、ハローゲン伯爵なるぞ。

 そなたらの少数精鋭による正面突破、大層感服したが快進撃もここまで。

 我が直接相手となろうぞ」


 ハローゲンはそう言うと部下たちを一歩下げさせ、単身で私の正面に歩み出た。


 せっかくだ、頑張ってくれているみんなには申し訳ないが少しだけ遊ばせてもらおう。


「参る!」


 ハローゲンの声と共に、互いの右の拳が交叉する。


 カタールの刃の分だけハローゲンの方がリーチは長いが、躱すのはたやすい。

 首をわずかに捻って躱しつつ、私は拳をカウンター気味に当てる。

 すかさず、ハローゲンの左腕が振り上げられるが、その刃を左手で側面から叩き打ち、その勢いで身体を回転させ、頭部に回し蹴りを当てる。

 ただ、私の攻撃はどれも本気ではない。

 遊ぶつもりが無ければ初手で決まっていた。


 簡単に二撃食らっても頭に血を上らせること無く、ハローゲンはこちらの回し蹴りの隙を狙い連撃を打つ。

 私はそれを全撃、左右の手の甲で払い落し、空いた敵の鳩尾に掌底を当てる。

 と、ハローゲンの体が後方に大きく吹き飛ぶ。

 掌底を当てる寸前に気弾で吹き飛ばした格好だ。


 ハローゲンは立ち上がりながら、愉快そうに笑う。


「無手でそこまで強い者とやりあえるとは、長くこの世にいるのも良いものだな」


 このノーブルワイト、私と同類か。

 戦闘狂でなければそんな言葉はそうそう出て来まい。


 ハローゲンがダッシュで間合いを詰める。

 上下から同時にカタールが迫るが、私は後方転回しながら上から迫るカタールを右足で、続く左足でハローゲンの顎を蹴る。


 着地と同時に滑り込みの体勢で足元を狙い、大きく足を払う。

 激しく転倒するハローゲンにすかさずマウントを取り、膝で両の腕を地面に押さえつけた。


「楽しかったわ。できれば生身の貴方と闘いたかった」


 私はそう言葉をかけ、最後にハローゲンの首を手刀で刎ねた。


 だが油断はしない。周りにはハローゲンの部下がまだ残っている。


 私はすかさず立ち上がり、ヴォイドに目をやる。

 私の意図を察したのか、ヴォイドは剣を構えた。


 私は両の拳に気を込めた。

 瞬間、右手の龍、左手の虎の刺繍の目に光が宿る。


「『瞬走一撃』ッ!」


 瞬間的に一番遠くにいたワイトと距離を詰めると同時に、右の拳をパンッと顔面に当てる。

 続けて隣のワイトに左の拳を同様に叩き込む。

 と、ほぼ同時に二体の頭部が爆ぜた。


 ヴォイドも難なく一体の首を刎ねていた。


 残る七体も、私とヴォイドの手によってあっさりと沈む。


「エリカ様、お見事でした」


「手抜きってわかってたでしょう?」


「そりゃもう。ただ、魅せる死合いとしては楽しかったですよ」


 さすがに数日訓練を共にしていただけあって、ヴォイドはよくわかっている。


「ヴォイドも随分強くなったわね、最初の戦闘から比べたらかなりの腕前だわ」


 事実、彼のレベルは初めて会った時よりも一二ほど上がっている。

 私との訓練だけでそこまで実力が上がるということは、ヴォイドはまだまだ強くなるだろう。


「さて、中に入るわよ」


 そう言って、私は扉に向かった。



 宮殿の中の臭いは、まるで墓地の共同納骨堂のような、乾いた骨の臭いが充満していた。

 何百年もの間、骨の主人とその部下が暮らしていただけあって、匂いが染みついて取れなくなるのではないか、という錯覚を覚える。

 ただ、奴隷によって掃除は行き届いているのだろうか、埃っぽさは皆無だ。


 建物自体は左右に広い二階建てで、入ってすぐは左右に通路が伸び、正面は大広間となっているようだ。

 そっと大広間を覗いてみるが、特に敵の気配はない。


 一気に気の流れを探って敵の居所を突き止める方が早そうだ。


 これは闘っていて気付いたことであるが、ワイトの気も人間同様にある程度の強さが読める。

 思うに、自我を持つアンデッドなら気は読めるのだろう。


 気の捜索範囲を広げてみる。


 二階のほぼ真上から、かなり大きな気が一つ、先ほどのハローゲンと同程度の気が二つ、その周囲には二〇体程度の護衛だろうか。

 あとは建物内にまばらに普通のワイトの気が大体三〇前後、といったところか。

 通り道で遭遇するであろう相手以外は後回しでいい。

 まずはその大きな気の発生源であるロード・ぺイニングの首を取ることが先決だ。


 ミニマップで経路はわかっている。

 その上につかんだ気のイメージを重ねると、なんとミニマップ上に敵の位置が表示されるようになった。

 なるほど、こういう事の積み重ねでこのギフトはレベルが上がっていくのだろう。

 カスタマイズのし甲斐があるというものだ。


「ヴォイド、こっちよ」


 道中の敵をあっさりと処理しつつ、我々はぺイニングの部屋の前に辿り着いた。


 バン、と勢いよく扉を開く。


「エカール百八の神々の拳にして聖女、エリカ、ワイトキング・ロード・ぺイニングの首貰い受ける!」


 部屋の奥、一段高くなったところにワイトキング、その右に宰相と思われるノーブルワイト、左には目が赤く肌が青白い貴族風の若い男……ヴァンパイアだ!


 そして、ワイトが二列で王までの道のりの脇に並んでいる。


「聖女ごときの汚らわしい聖域でよくもわが軍を冒涜しおったな!?」


 野太い声が部屋の奥から響き渡る。


「その二人、生きて帰すな!」


 ワイトキングの怒号と共に、待機していたワイトが一斉に襲い掛かってきた。ならば!


「『覚醒』!」


 私だけの時間に持ち込むまで。


 最初に襲い掛かってきたワイトに対して、私は右の人差し指と中指に気を集中させ、その眉間にピタリと突き立て唱える。


「『爆印・炎』」


 と同時に、エカールの聖典文字がワイトの額に赤く輝き、そこからワイトの身体が燃え上がった。


「爆裂せよッ!」


 私は声と共に右手の甲でワイトの顔面をパンッと弾くと、同時にワイトの頭部が後方に向かって爆発する。

 爆発は炎を伴って後方に弾ける。


 広がる炎がその後ろから迫るワイト三体を包む、と同時にその三体の眉間にも聖典文字が浮かぶ。

 私はすかさず手前の一体の顔面に正拳を突く。

 再び爆音と共に、額に聖典文字が浮かんでいた三体が爆発して燃え上がる。

 そしてその爆炎に巻き込まれた後方の敵数体の額に、またも聖典文字が浮かぶ。


 『爆印』は文字通り、敵を爆破させる印を打ち込み、付する属性を伴う爆破をさせる技だ。

 印それ自体は攻撃力を持たないが、印が刻まれた敵を倒すことによってその相手を爆裂させる。

 仮に爆破でとどめが刺せずとも、付帯させる属性のダメージを追加で与える。

 この技の便利なところは、爆破で倒した際の爆裂の範囲内にいる敵に、印が連鎖することにある。

 それにより、少ない手数で大勢を倒すことができる。


 これをもし別の装束『爆裂の策謀』で用いると、最初に起点となる攻撃を当てるだけで次々と爆裂の連鎖が起き、数十、数百規模の被害を与えることも可能だ。


 ちらりとヴォイドを見やると、呆気にとられた顔で周囲を見回していた。

 大丈夫、あとで説明してあげる!


 爆炎が広がり、王が腰かける付近まで飛び火し始めると、ヴァンパイアと思しき男は


「じゃあなぺイニング王、伝えるべきことは伝えた。俺は帰らせてもうらうぞ」


「まてラザール卿!」


 だが王の言葉を無視し、ラザール卿と呼ばれたヴァンパイアは蝙蝠へと姿を変え外に飛び出して行った。

 ぺイニングの配下でなければどうでもいい。

 ヴァンパイアという存在に少し興味はあったが、逃げるものを追いかけてまでのものでもない。


 最後のワイトが爆裂し、宰相にも印が刻まれた。

 あいにくとぺイニングまでは爆炎が届かなかったようだ。

 私はすかさず宰相に襲い掛かり、顎に下から強烈な一撃を当てると、宰相の脳天が激しく爆ぜた。


 残るはぺイニング王ただ一人。


 ぺイニング王は脇に置いてある巨大な両手用のメイスを持ち上げ、立ち上がった。


「我を倒すことはできぬ!」


 古びた王冠に、下顎の骨に残る髭。

 鎧は豪奢で、その上から纏うローブも王が身に付けるにふさわしいそれだ。

 背が高い。

 二メートル五〇はあるだろうか?

 常人の背丈ではない。


 彼から感じる気は今までのワイトやノーブルワイトよりもはるかに大きい。


 両の手で構えているメイスは、一見豪華に飾り立てられており実戦向きには思えないかもしれないが、その実そこから感じられる魔力はかなりのものだ。

 ただの得物ではない。


 私は両の拳を握りしめ、ぺイニング王に相対した。


「フハハハハハッ!」


 ぺイニングが笑いながら、巨大なメイスを三度、水平に薙いだ。

 隙だらけの大振りとはいえ、発生させる風圧が凄まじく、簡単に懐には入れさせてくれるつもりは無いようだ。


 ガンッ、とメイスを床に突き立てる。

 と、私の方に向かって衝撃波が放たれる。


 私は側転でそれを除け、相手がメイスを持ち上げる前に懐に飛び込む。

 両の手に気を込め、がら空きの胴へ数発の拳を叩き込む。

 軽くぺイニングの体が浮き上がるが、それと同時にぺイニングは私の拳と自分の胴体の間に左手を割り込ませ、私の右こぶしを握った。


 が、私は更に右手に気を送り、逆にその左手を破壊しようと目論む。しかしその思惑に咄嗟に気付いたのが、ぺイニングは私の右手を払うと、一歩引き再びメイスを構える。


 だが一度懐に食らいついたのだ、そう易々とまた距離を取られるわけにはいかない。


 右手にまだそのまま維持している気を再度握り込み、メイスを握っている左腕の肘目掛けて拳を叩き込む。

 拳はぺイニングの左肘の装甲を軽くひしゃげ、容易に骨まで到達する。

 ゴリっと鈍い音が響く。

 右拳の龍の眼が輝く。


「うおぉっ!」


 私は気合の声と共に、そのままぺイニングの左肘を打ち抜き、砕く。


 メイスの重さにバランスを崩したのか、ぺイニングは後にのけぞるが、その場でバランスを立て直し、メイスを後ろ手に再び私と対峙する。


 だが遅い。私はすでに次の手に移っていた。


 そもそも、覚醒している私の動きについてこようというのがどだい無理な話なのだ。

 今や常人の数倍の速度で動いている。

 根本の速度が違うということは、その速度に乗った攻撃は通常の数倍の重さを持つ一撃となる。

 拳は巨大なハンマーに匹敵し、脚は巨大な斬馬刀並みに身体を断つ。


 私は既に半身を捻りながら跳びあがっていた。

 振り上げた右足が、ズンッ、とぺイニングの左膝を砕き、脚を切断する。


 ガシャリと重たい音を立て、ぺイニングは片膝を付く体勢となった。


「おのれ小娘がっ!」


 空洞の眼窩からありありと憎しみの念を込め、ぺイニングが私を睨む。

 その歯はギリギリと鳴る。


「私が八〇〇年に及んだ無益な戦争を終わらせる」


「なにをっ!」


 ブンッ、と片腕でメイスが後から振り回された。

 だがそれを握る右手首に、虎の眼が輝く私の手刀がめり込む。

 勢いそのまま飛んで行く巨大なメイスは、ヴォイドの足元近くまでガランガランと音を立て転がり、止まる。


 私は右膝でぺイニングの顎を蹴り上げた。そしてその空虚な眼窩を見つめ、


「ジ・エンド。首は戴くわ」


 そう言って、右手の手刀で斬首した。


「ハローケンとの方が楽しかったわね」


 覚醒を解除し、ぺイニングの首を拾いながらそう言うと、その拾った首から声がした。


「とどめを刺してなお侮辱の言葉か……小娘」


 あら、まだ意識があったのか。


「それは申し訳なかったわ。貴方も充分強かったわよ。

 ところでもしかして、このままにして置けば首だけでも生き続けるってこと?」


「そうなるな。ついでに手下のネクロマンサーに手伝ってもらえば全身治る」


 ワイトキング恐るべし。

 こりゃ身体を何とかした方が安心だ。

 私は適当に首を床に置くと、千切れた手足と身体を一か所に集めた。


「小娘っ!何をするつもりだ!?」


 私は指先に聖なる銀色の火を灯し、横たわるぺイニングの体に引火させた。

 瞬間、銀色の炎が燃え立った。

 炎はその胴体を焼き尽くすと、後には白い灰が残った。

 『浄炎』という祈祷術だ。


「ああ、我の体が!何たることだ!」


 悲しむぺイニングの声をよそに、私は再びその首を持ち上げると、ヴォイドの方へ向かった。


「ヴォイド、この首どうしたらいい?」


 ヴォイドは、先ほど足元に転がって来ていた巨大なメイスを調べていた。


「討ち取った証として持って帰るべきでしょうね。

 後の事は団長に決めてもらいましょう。

 ところでこのメイス、アーティファクトですね」


 おお、アーティファクト。ハクスラ好きとしては見逃せない。


「『鑑定』」


『骸骨王の衝撃:両手用メイス ワイトを統べる者の証。

 魔力と共に、望む者をワイトへと変えることができる。

 戦闘時に地面に叩きつけることで地割れや衝撃波を放つことができる。

 区分:アーティファクト』


「へえ、これで人をワイトに変えられるんだ。

 こういうのは封印が必要よね。

 ひとまず私が預かっておくわ」


 私はそういって、メイスとぺイニングの首を保管箱へとしまった。


「さ、狼煙を上げなきゃ。みんなが待ってるわ」


 そう言って、私たちは宮殿から出ると、宮殿の庭で狼煙を上げた。


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