第四章  ザルハザール攻略戦

第4章  1

 ブルフェーンはシャビル大陸の南西部に位置する、国土の半分が海岸沿いの国家だ。

 大陸の西部は死の女神ネフィーラと、彼女が提唱する生者と死者の共存を守る国家が多い中、珍しく冥王ガイストモアの目指すアンデッドによる支配を行っている。

 かつてはネフィーラ派だったらしいが、ガイストモアの台頭後宗旨替えを行ったそうである。


 それ以降、ゲートを保有する城塞都市ウルバーンを含むウルバーン国にちょくちょく戦争を吹っ掛けてきては都度撃退され、を繰り返してきた。


 もうかれこれ八百年に渡りそれを繰り返しているのだそうで、実にしつこいお国柄と言えよう。


 そして、それを率いるワイトロードの国王、ぺイニングというのが、どうやら生前から戦争大好きという、国民にとっては厄介そのものの国家元首だったそうで、アンデッドによる国家支配体制が整って以降は、人間に死人が出れば全てスケルトンにさせ、一部の人間の貴族(それ自体が存在すること自体が摩訶不思議であるが)ならばワイトとして配下に置くことで、軍隊の維持には苦労が無かったそうである。


 国民にも隣国へ脱出しようという者があったそうだが、発見され次第処刑、即スケルトンもしくはリビングデッド化というのだから始末に負えない。


 ザルハザールへの道すがら、農家が気力なく仕事をしている横で何をするでもなくウロつくスケルトン、ただ道をウーウーうなりながら歩くリビングデッド、などという光景を何度も見せられた。


 もちろん、私たちも道中怪しまれないようにと装備の上からボロのローブなどを着てごまかしつつの進軍だったのだが、ついぞ怪しまれて引き留められることなくザルハザール目前まで難なく辿り着いてしまった。


 ザルハザールへは、私の提案にほぼ近い形でプラチナムハート主力勢三〇〇人という少数での進軍となった。

 たったの三〇〇人で二万五千の相手をしようなどとは無謀にも程があろうが、多分実際にできてしまいそうなので深くは考えないことにした。


 ヴォイドはもちろん私の従者として、私と共に先攻して潜入、そのままロード・ぺイニングの首を取り、その任務が完了次第狼煙を上げ、プラチナムハートの主力勢が残るザコ共を一人百殺目標に頑張る、というのが作戦である。

 主力部隊の中には、ガイナス率いるガーディアン部隊、シスト率いるレンジャー部隊も含まれている。

 頼もしい限りだ。


 市内へは南北にゲートがあり、私たちは北門から侵入、プラチナムハートの兵は南北にそれぞれ半数ずつ分かれて待機、ということになっていた。


 が。


 ザルハザールを見下ろす丘に迫り、一つ問題が発生したのだ。


 敵の主力と思われる約二万五千の軍勢の大半は、市内ではなく、市の外壁の外側にいるのである。


 これは想定外、というか先行偵察も何もしないでのほほんと進軍していた私が馬鹿だった。


 今までとにかく一人でなんでもやってきた事の弊害だ。

 軍事行動に随伴したことも何度もあるけれど、その中でもやはり単独行動で好き勝手やってきたということもあり、そもそも軍隊行動とは何ぞや、の人間なのである。


「ヴォイド、どうしましょう」


 私は顔面蒼白になっていた。


「別に問題無いのでは?」


 落ち着き払った顔でヴォイドはあっさりとそう言ってのけた。

「え、いや、だってどうやって……」


「まず北門から我々二人が侵入するのは別に問題無いと思いますが?

 その前に障害となる敵兵が増えたくらいの気持ちで構わないでしょう?」


 そこは問題無いのだ。

 自分もそれは全然平気なのだ。

 問題はその後の部分にあるのだ!


「残敵掃討は別に部隊を分けなくとも良いのではありませんか?

 むしろここいらの見通しの良い場所で待機してもらって、狼煙が上がったらここから突撃してもらうということで何の問題も無いと思いますが」


 そうなのか?

 それでいいのか?

 もしかして問題が発生したと思い込んでいたのは私だけなのか?


「そうですね、別段何も問題など発生していないと思いますが」


 自分のポンコツ具合が恥ずかしくなる。


「この手の想定外など戦争をしていれば当たり前にありますよ。

 エリカ様、どうかお気になさらず」


 お気になさらずと言われてもなー……私、顔真っ青だったぞ絶対。



 ヴォイドとガイナス、シスト、私、その他数名の部隊長が集まり、作戦決行前の打ち合わせが行われた。


 やはり想定外だと思っていたのは私一人らしく、それどころかほとんどの部隊長達はこういう状況だろうと端から考えていたそうである。


 冷静に考えれば、それほど大きくはないであろう市内に無理矢理二万五千の軍勢を詰め込む方がどうかしている。

 攻め込まれた場合の事ももちろん想定しているはずだ。

 そう思うと、慌てふためいて顔を真っ青にしていた自分がなおさら馬鹿馬鹿しく思える。


 現在地から市内を見下ろすと、そのほぼ中央にとりわけ大きな建物が見える。

 城とまでは言わないが、それなりに立派な宮殿だ。

 私の主戦場はあの建物となるだろう。


 今回の装備は前回同様『聖域の使者』。

 得物はもちろん光龍杖だ。


 私の作戦は単純明快。

 宮殿突入までは前回と同じく『風刃円』を全開にして進撃、ヴォイドにはその後ろをとにかく食らいついてきてもらう。

 もちろんサポートの追従結界は忘れない。

 宮殿に入ってしまえば、あとは『風刃円』を解除し、宮殿内をしらみつぶしに探し回って敵将の首を取る。

 ヴォイドには周囲のザコの相手をしてもらい、私はボスに集中だ。

 敵将の首を取ったら狼煙を上げ、あとは敵が全滅するまで暴れ回るのみ。

 なんとも簡単だ。


 さあ、楽しくなってきた!


「聖女様、一つ作戦変更いいです?」


 シストが手を挙げ、発言する。


「我々レンジャー隊三〇名も一緒に市内に突入します。

 市内で生活している市民がいると思いますので、避難活動に当たります。

 あの様子だと市内には敵が少なそうですが、万が一、人質として取られる可能性を考慮した方が良いかと」


 前回のワイトとの戦いで、案外騎士道精神に溢れる連中と思っていただけにこれも想定外だったが、確かにシストの言う可能性はある。

 何事にも絶対はない。

 忠臣に恵まれているが国王はダメダメなどという例も多いし。


「わかったわ、ぜひお願いします」


 私が言うと、シストはコクリと頷く。


「じゃ、さっそく準備に入りましょう。

 シスト、レンジャー隊を私の元に集めて。

 全員に追従結界をかけるわ。ヴォイドもね」


 そして、バタバタと準備が開始された。

 ヴォイドは狼煙の確認をし、私は聖域を展開して追従結界の準備を開始する。

 複数人にまとめてかけるなら、聖域展開は欠かせない。


 展開した聖域の中に集まったレンジャー隊の面々とヴォイドに、治癒結界と聖属性結界を詠唱付きで張る。

 無詠唱と違って、今日一日くらいは効果が持つだろう。


 ふと、思いついたことがあり、私は全軍に呼びかけた。


「他の人たちも順次来てもらえます?結界張りますよー!」


 おおよそ三〇人一組程度のペースで、あと九回ほど同じ作業をくりかえした。


 一通り準備を終え、改めて戦場に目をやる。


 北門より手前はほとんどがスケルトンのようで、北門付近にワイトの部隊が配備されているようだ。

 最初の関門は北門突破になるだろう。


「シスト、突入前の敵の掃討はとにかく私に任せて。

 矢は有限だから無駄打ちはしないでね。

 相手はほとんどが骨だから、射撃したところで暖簾に腕押しとは思うけど」


 シストほどの戦士ならヘッドショットも余裕なのだろうが、ことスケルトンは隙間だらけなので実はそれほど矢でダメージを与えるのは簡単ではない。

 飛び道具ならむしろスリングやブーメラン、ボラといった方が効果は高い。

 その辺はシストも十二分に承知してるだろう。


「今回は私たちも接近戦主体になるでしょうね。

 大丈夫よ、少なくとも私の剣の腕前は聖女様もご存じでしょ?

 部下も心配いらないわ」


 そう言ってニッコリ笑う。


 さて、ここからはおおよそ二kmばかりマラソンだ。準備運動には丁度いい。


「いざ、出陣!」


 そう叫び、私は先頭切って駆けだした。



 推定通りおおよそ二kmばかり進んだあたりで、さっそく敵の外縁部に到達した。


「『気門開放』!『神の視点』!『風刃円』!」


 立て続けにスキルを発動し、私は敵陣の中に突っ込む。

 『風刃円』は全開で展開すると直径およそ一〇メートルまで広がる。

 見た目はさながら骨のミキサーと化している。


 もちろん、後続の確認も怠ってはいない。

 『神の視点』のおかげで、舞い散る骨屑に視界を遮られること無く周囲を確認できる。


 ヴォイドはちょうどいい按配で私と距離を取っており、シストもそれに倣う形でポジションをキープしている。

 その後ろからレンジャー隊が続々と続いてくるが、最後尾は殺り損ねたスケルトンの処理をせざるを得ない程度の位置にいる。

 少し前進速度を下げるべきか、判断に迷うところだ。


 今のままの速度で先に進めば、比例して殺り溢しが増え、最後尾の負担はより増すだろう、と判断して、結局速度をやや落とすことにした。

 ただし、逆に速度を落とし過ぎるのもそれはそれで『風刃円』の範囲外からの接近を許すことになるので、油断は禁物だ。


 このまま七百メートルばかり直進すれば、北門に到達するだろう。


 自分で手を出すことなく進めるのは楽ではあるが、景色はもちろんよろしくない。

 足元はもちろん、辺り一面に骨の残骸をまき散らしているのだから酷いものだ。

 しかも時々リビングデッドが混じっており、グチャッというグロテスクな音と共にミンチが飛び散るのだから始末が悪い。

 果てには「ぎゃーっ!」という絶叫と共に鮮血と黒い衣服が飛び散ったのを見るに、ネクロマンサーでも巻き込んでしまったのだろう。

 ……クォータービューで一瞬だけ見えたのだ、それらしき人影が。

 市民ではない何者かが。


 と、続けて予想外の事態が起きた。

 ワイトが『風刃円』を乗り越えて来たのだ。

 着込んでいる鎧こそズタズタだが、生き残っている。

 無論、即座に光龍杖の一撃で倒したのだが、まさかそんな偶然が起きるとは思ってもいなかった。

 多分乗り越えてきた本人もまさか乗り越えられるとは思ってなかったんじゃないだろうか。


 色々あるもんだなぁ、この超巨大スケルトンミキサー。


 その後も骨時々ミンチ、稀に鉄鎧を巻き込みながら進み、やがて北門の前に辿り着いた。


 私は一度『風刃円』を解除し、周囲の様子を探る。

 ヴォイドと後続のレンジャー部隊も追いついてきた。


 ざっと見渡すだけで二〇体前後のワイトがいる。

 門番はもちろん、門の見張り搭から今までの様子を見ていた見張りが助けを要請してかき集めたのだろう。

 ネクロマンサーらしき姿も確認できた。


 ネクロマンサーってどうしてこう、一目でそれだとわかるような恰好を好むのだろう?

 特に杖に頭蓋骨や干し首をぶら下げて、要所要所にドクロの意匠を盛り込んでいる奴がとにかく多い。

 服装は大体が黒系統で、ローブよりもマントを好む傾向にある。


 ここでのネクロマンサーの役目は、大方ワイトへの『回復』だろう。

 もちろんワイトは聖属性で回復するような連中ではない。

 死霊術でアンデッドの回復魔法があるに違いない。


 私は周りを取り囲む二〇以上のワイトに目を向ける。

 剣と盾を持つもの、両手用の戦斧を持つもの、メイスを構えるもの、弓矢を引き絞ってこちらに狙いをつけているもの、様々だ。


 ビッ、という音と共に矢が私に向けられた。

 私は横に躱して手刀で矢を叩き落とす。


 それが合図となり、ワイト共が私に向かって駆け寄ってくる。

 一部は私の後ろ、ヴォイドやシストの方へ向かっていった。

 大丈夫、あの二人なら余裕で相手ができる。


 一度に二〇体が襲い掛かってくると言っても、同時に相手にするのは精々四、五体だ。


 私は襲い掛かってくる連中の攻撃をいなしては突きを入れ、躱しては薙ぎ、確実に一体一体の息の根を止める。

 ワイトを倒すには、これはスケルトンにも言えるが、首から上を狙うのがセオリーだ。

 首を折り頭を斬り飛ばすか(私の場合は叩き折る、だが)、頭蓋骨を破壊するか、だ。

 脊柱を狙って無力化してもいいが、後の処理を考えると面倒だ。


 一手一殺。

 いくら生前訓練を積んでいた元騎士連中とはいえ、私にかかれば雑作もない。


 大方を蹴散らすと、奥で弓矢を放っていた一体に向かってダッシュする。

 懐に入ると同時に光龍杖を下から振り上げ、弓もろとも首を叩き折った。


 横を見るとネクロマンサーが恐怖に引きつった顔で後ずさりしている。


 私の後ろに向かっていったワイト達も、ヴォイドらの手によって既に倒されており、後続のレンジャー部隊は後から回り込んできたスケルトンの処理に奮闘していた。


 さてネクロマンサー。

 ……殺さなきゃダメ、なんだろうなぁ。

 さっきの事故で巻き込まれたのはノーカンとしても、初めて人を殺すことになるわけで、それなりに葛藤はある。


 だけれど。


 覚悟を決めた。

 ほぼ戦意を喪失している相手とはいえ、悪は悪。

 私はぎゅっと奥歯を噛みしめ、光龍杖の先端に気を集中させると相手の心の臓に一撃を決める。


 せめて苦しみを感じ無いように逝かせてやろう。

 私にできる最大限の譲歩だ。


 ネクロマンサーはゆっくり膝をつき、その場に倒れ伏した。


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