第3章  3

「ヴォイド、これあげる」


 昼食時、食堂で周囲がガヤガヤしている中、二人とも食事を終え一休みしているタイミングで私はそれを手渡した。


「おや、ポーション、ですか?」


 そう、私が何本か持っているポーションのうち、自分よりもむしろヴォイドが持っている方が活用されるであろう一本だ。


「それはスタミナの無限ポーションといって、体力回復のほかにスタミナの回復もできるものなの。

 でね、何回飲んでも無くならないのよ」


「無限ポーションって……アーティファクト級の代物じゃないですか!

 いいんですか?

 そんな貴重なものいただいてしまって」


「いいのよ、正直なところ今の私には必要ないし。

 むしろ今後私の戦いにあなたが付いてこれるように、スタミナ切れの心配を無くしておきたいというのもあるし」


 なるほど、といった顔でヴォイドが頷く。


「ありがとうございます、エリカ様。大事に使わせていただきます」


「それでね、ちょっとお願いがあるの」


「お願い、ですか?」


 ギクッという表情がありありと見える。


「大丈夫、そんな無茶なお願いじゃないから。

 午後から、訓練場かどこかで技の練習相手になって欲しいのよ。

 というのもね、どうもこちらの世界に来てから、私の技の一部が変わったというか、別の能力に置き換わってしまっているようなので、少し調べて慣れておきたいの」


「そういうことでしたらお任せ下さい、お手伝いさせていただきます」


 一安心したかのようにヴォイドは言う。


 が、多分本気でやれば大怪我では済まないと思うので、私も相当手加減しないといけなだろうなぁ、と感じている。

 とはいえ、怪我をしたとしても癒しの祈りを使えばいいし、飲めるなら今あげたポーションを存分に使ってもらってもいい。

 しかもヴォイドは無傷のネックレスを持っているので死ぬことは無いハズだ。

 だけど、何度も怪我をさせることによって本人のやる気をへし折ってしまってはいけないし、むしろ色々な面で自信を持ってもらいたい。

 特に私の作戦行に付いてこれない、という思いは払拭してもらいたいのだ。


 今日だけに限らず、普段から訓練しておくのもお互いの為にも良いだろう。

 ゆくゆくは連携して戦えるようになれば、私としてもありがたい。



 食事を終え、自室に戻り、五つある戦闘用の装束から『水龍の衣』に着替えた。


 『水龍の衣』は、空色の丈の長い上着に同色のズボン、腰帯、それに脚絆、腕甲が揃いとなっており、また額に橙色に輝く精神石と呼ばれる輝石を身に付ける。

 精神石は全身の精神の流れを整え、またパッシブスキルの『心眼』や『第三の眼』を強化する役割も持っており、額に装備すると魔法的な何かで私の意思以外では剥がされるれることはなくなる。

 全身を見ると、足元から肩口に向かってぐるりと昇りゆく水龍の刺繍が施されており、その水龍の開かれた口の先に精神石が位置している。

 その名の由来も一目瞭然だ。


 私は相対する敵や使いたい技の体系によって割とビルドを頻繁に変える方だったが、その中でもとりわけ『水龍の衣』はお気に入りの一着だった。

 その名の通り、私が得手とする冷気属性やその応用となる水の技を使うのに向いているが、同時に『聖域の使者』同様聖属性にも優れ、また鎧ではなく衣ということでより流れるような動きに向いている。

 加えて杖、無手(フィストウェポン)共に使いやすい為、臨機応変に立ち回れるのも強みだ。


 ただ、この世界に来てから不便に思うのは、『サンクチュアリ3』では装備とスキルセットをひとまとめにして複数保管できるクローゼット機能があったので着替えが楽だったが、こちらでは一々全てそのたびに装備し直し、という問題がある。


 それ以前の問題として、こちらの現実世界では下着類や普段着を取り換えたり洗濯をする必要があるわけで、そもそも『サンクチュアリ3』はゲームの世界だから、その辺はもちろん考慮されていない。


 ちなみにこちらの世界に来てからの下着類は、砦の配給品を分けていただいた。

 女性兵士も多いので、そう言う面ではものすごく助かった。


 また、公の場などで着る非戦闘用の聖女服やドレスなどは既に仕立て屋に採寸されているので、数日でできあがるそうだ。


 ドレスに併せて携えられるような杖の類は無いか、と問われたが、残念ながら手持ちにそれらしいものは皆無だった。

 これもそれっぽい杖を作っていただけるということなので、後ほど自分で聖属性の付与をして色々使える物にしようと思う。


 ちなみに私が愛用している杖、光龍杖は物理属性の打撃武器で、持ち手に当たる神木部分は気をよく含みかつ流しやすく、左右の光龍骨部分は靭性に富み、杖全体としては持ち手にとっては実重量よりも軽く扱え、また敵には実際の打撃力よりもより強烈な一撃を放てる。

 ゲームでは時折攻撃速度が倍になるという特性を持っていたが、こちらの世界に来てからはその特性が無くなった代わりに、鑑定によれば持ち手にはより軽く、相手にはより重く感じられる特性が付与されていた。

 元々の特性が伸ばされた形だ。


 このように、ゲームでの性能とこちらの世界での実性能が異なる、という現象が多々あり、幾つかは既に鑑定で確認しているものの、実際に使ってみないとよくわからないものが多いので、正直なところ頭を悩ませてもいる。


 試しで使ってみたい武器など他にも二〇近くあるのだが、これらの試用までヴォイドに付き合わせるのは酷かもしれない。


 何より、この世界においては私のようなモンクの存在は前例が無いようで、いざ戦うにしても最初はやりにくいだろうなぁ、とも思う。


 一応剣技、槍技の修練もしているので、最初は剣で手合わせることも考えたが、実戦で私が剣技を使う事が想定できず(下手に武器を拾って使うよりは無手の方が戦いやすい)、ヴォイドとの連携を考える上では無意味だろう、と切り捨てた。


 というわけで、最初は棒術から慣れてもらうとしよう。


 そう結論付けて、私は光龍杖を背中の鞘に刺し、訓練場に向かった。



 訓練場への道すがら、やはり周囲の目は私に注がれた。

 しかもお召し物が先ほどまでと変わっており、いかにも異国情緒に溢れる佇まいとあって、より目を引くらしい。


 構造でいえば丈が膝下程度まであるような作務衣といった感じで、それに様々な装飾をされているようなものだ。

 どちらかというと聖女、といういでたちではない。

 ただ、神聖な雰囲気を纏っているので、そこまで異質には感じないだろう。


 逆に私にも、すれ違う人々を観察する余裕が出てきていた。


 砦の兵、特にプラチナムハートの面々は常に銀の鎧に身を包んでいる。

 所属によって刺し色が違うのだが、主に見かけるのはターコイズが使われているものだ。

 プラチナムハート全体としても、基本的にはこのターコイズの刺し色の方々が多いそうだ。


 それともうひとつ、よく見かけるのが刺し色がダークグリーンの面々。

 彼らは鎧が軽装で、部分部分に皮鎧が使われている。

 所属が偵察やレンジャーといった機動力を求められる部隊のものだそうだ。


 また、重々しい雰囲気を醸している方々を時々見かけるのだが、彼らは少し変わった配色で、本来銀の部分が黒で、刺し色部分に銀が使われている。

 彼らは出身がこの冥界で、特に霊やアンデッドなどと関わりの深い冥界専門の部署に属しているらしい。

 肩帯などを掛けている者もおり、聖職者を兼ねているそうだ。


 ちなみにヴォイドの刺し色は青みがかったヴァイオレット。

 これはクエスター職固有の刺し色で、なかなか珍しいそうだ。


 鎧の基本的な形状が統一されているので、プラチナムハートの面々は見分けが付きやすい。

 ちなみに私は銀と表現しているが、実際はプラチナとチタンを混ぜたような色合いの、特殊な金属でできているとのことだ。


 それ以外に兵士として見かけるのは、元の世界の中世ヨーロッパ文化で見かけたような様々な鎧で、とはいえ全身を覆うフルプレートメイルなどは見かけず、チェインメイルだったり、スケイルアーマーだったり、レザーアーマーだったり、といった具合だ。

 その上からサーコートを着ている者も多い。


 女性兵士が多いのも、自分の経験からすれば意外だった。

 ゲームやコミック、異世界ものなどではむしろ女性キャラの活躍を描いているものが多いが、自分が知る限り地球の歴史を紐解けば、女性が戦場に赴くのは貴重な例に思う。


 やはり、世界が違えば文化も違うのだな、とつくづく感じる。


 『サンクチュアリ3』は女性兵士がところどころいたように思うが、基本がモブなので印象は強くない。

 シリーズを通しても、時々傭兵として雇えたり、主人公キャラの性別選択で女性を選べたり、といった程度だった。

 女性キャラ、はそれなりにいたが。


 もし私が男性だったとして、では果たして転生してこの世界に聖者として召喚されただろうか?とふと考える。

 いや、無いだろうなぁ、だってあったのは作られて千年以上は経ってるであろうあの聖女召喚の魔導書だったわけで、ということはやはり聖女に用があったのだと思う。

 聖者じゃダメなんだよね。


 でも、あの聖女召喚の魔導書が現存していて、しかも実際に機能したということは、少なくとも過去に一度はあの魔導書の内容が使われた、ということなんだろう。

 果たしてどんな聖女が召喚され、その方はいったいどんな事を成し遂げたのだろうか?


 会ってみたい、という気もするが、それはきっと無理な話だろう。

 もう生きてはおるまい。


 さて、そんなことをつらつらと考えながら歩いているうちに、訓練場に辿り着いた。


 ヴォイドは既に到着しており、いつでも始められるよう素振りなどしながら待っていたようだ。


「お待たせしました」


「いえいえ、自分も来たばかりですよ、大丈夫です」


 そう否定しながら、彼も私の服装を観察する。


「凄いですね、特にその昇り龍が」


「『水龍の衣』、といいます。動きやすそうでしょ?」


「そうですね、我々の甲冑と比較すれば明らかにそちらの方が動きやすそうです。普通の武闘着……ではないですよね、もちろん」


 アーティファクト級であることは見抜いているようだ。


 こちらの世界でも、エリカのいた世界同様にアイテムのランクを様々な言葉で言い表している。

 元の世界では「プライマル」という最上級の希少度名で呼ばれいていたが、こちらの世界では神々が作りたもうたレベルの希少なアイテムを総じてアーティファクトと呼んでいる。

 先ほどの無限ポーションなどもその域らしい。

 アイテム自体の希少価値は、その世界世界によって色々異なるだろうが、多分私の保管庫の中身の大半は、この世界ではアーティファクト級なのだろう。

 実際、幾つかのアイテムをすでに鑑定しているが、ことごとく「アーティファクト級」と書かれていたように思う。


「一体エリカ様はどれほどアーティファクトをお持ちなんですか?もしかしてご自身でアーティファクトを作れたりするのでは?!」


 さすがにそれは無理、と手を振って否定した。


 後々貰えるであろう聖女用の杖には聖属性のなんらかの魔力を付与しようと考えているが、多分鑑定したところでマジックアイテム★5とかそんな程度なんだろう。


 ちなみにこちらの世界でのアイテムランクは、マジックアイテム★1~★5、レア、レジェンド、アーティファクト、と区別されている。

 アーティファクトの幅が広そうなのは先ほど推測したとおりだ。

 『サンクチュアリ3』では、逆にマジックアイテム、レアアイテム、レジェンダリー、エンシェント、プライマル、という区別がされていたが、それとは別に使用可能レベルというのが存在した。

 そのレベルに到達していないものには使用できない、という制限である。

 なので、元の世界とこちらの世界でアイテムの希少度を比較するのも、実はそれほど簡単な話ではない。

 私が持ち込んだアイテムのほとんどは、装備品はプライマルでレベル制限が一〇〇以上、一部エンシェントがあるくらいだ。

 装備品以外はレジェンダリーがほとんどで、無限ポーションはレベル制限なしのレジェンダリー、それとは別にレジェンダリーの宝石というのがあり、こちらは装備品にはめることでまた別の能力を付与できる。


 むー、アイテムだけで充分チートじゃないかっ!


 そもそもそうそう簡単に見つからない、もしくは入手難度が凄まじく高いのがアーティファクト級アイテムなわけで、そんなものを「はいコレあげる」とほいほいやってる私が異常なのだ。

 そう言う部分に頓着が無い自分の性格も少しは考えた方が良いのだろう。


 それはさておき。


「それじゃ、訓練始めましょうか。

 訓練といっても実戦形式でいきましょう。

 ヴォイドは私を殺す気で来ること。いい?」


「エリカ様、殺す気でって、それは無理ですよ。

 実力差がかなりあったとしてもですよ、万が一私がエリカ様を傷つけるようなことは有ってはなりません!」


「それは大丈夫だと思うわ。仮に傷ついても治癒できるし」


「そう言う問題じゃありませんよ!」


 ヴォイドは青ざめてそう言うが、私からしてみたらそもそも傷一つ食らう気が無い。

 直接的に言ってしまうと彼のプライドを傷つけると思うので言わないが、実力は雲泥の差だ。

 覚醒どころか気門開放も使うつもりはないが、それですら実力差がありすぎるのだ。


「けど、本気で来てもらわないと、私としても訓練にならないのよ、変な心配はいらないから全力できて、お願い」


 私は右手でお願いのポーズをして、ウインクしてみせた。



 それからまず一時間ほど、みっちりと訓練に勤しんだ。


 最初は基本技から始めた。

 それまで未確認のままでいたパッシブスキルにも注意を払いながら、色々試してゆく。

 本気で斬りかかってくるヴォイドをいなしながら寸止めで打ち込み、属性効果を確認しながら次々と技を放つ。

 氷結や火炎、電撃などの被害が少なからずヴォイドには及んだが、彼には最初に治癒の追従結界をかけておいたので、ダメージは少なかったはずだ。


「まっっっっっっったく当たりませんでした!

 どうなってるんですか?エリカ様の回避」


 納得いかん!といった面持ちでヴォイドに言われた。


「うーん、どうなってるって聞かれても、見切れるから、としか答えられないのよね」


 モンクの極意の一つが、この俊敏さを活かした見切りである。

 そのため、防具は極限まで動きを邪魔しないものとし、軽く、しなやかにできている。

 そして、鍛錬された精神力。

 これがあってこそ、相手の動きを敏感に察知し、先読みし、身体の動きにつなげる。

 そしてその中で相手の隙を見つけ、技を繰り出すのだ。

 まさに心技体全てが整っていないと辿り着けない領域である。


「それにしても驚いたのが属性の豊富さですね。

 火、水、風、土、光、闇に加えて電撃や毒まで使えるって、どうやったらそんな多属性を持てるのですか?」


 なるほど、こちらの世界の基本は四元素を含む六属性のようだ。

 割合よくあるパターンでわかりやすい。


「私が元いた世界とは属性の概念が違うのよね。

 前の世界では火炎、冷気、雷、毒、聖、魔、物理、の七属性だったわ。

 このうち冷気は水、雷は風、毒は土、聖は光、魔を闇、と解釈して物理を無属性を考えるなら、なんとなく対応はきくわね」


「物理はまんま物理じゃないですか?

 ストレートに打撃を与えるだけですよね?」


「そうね、その解釈の方が自然かも。

 この世界では一人一属性とか制限があるの?」


「特に無いですね、魔術師の方ならオールラウンドに使いこなせる方もいらっしゃいますし。

 ただ、戦士ではなかなかいないでしょうね、エルフの魔法剣士でもない限りは」


 そう言うものだろうなぁ。

 属性縛りのある世界って正直大変だなぁ、って思う。

 元の世界にせよこちらの世界にせよ、縛りが無くて良かった、と思う。


 少しの休憩を挟み、ヴォイドにはポーションを一口飲むことを勧め、訓練を再開した。


 復習がてら基本技から繰り出し、次第に応用技を折り込む。

 もちろん寸止めだ。


 ヴォイドの攻撃は非常にバリエーションに富んでおり、訓練の相手としては打って付けだった。

 意外と予想外の攻撃も多く、いなす側としてもそれなりに緊張感があり楽しめた。


 そんな中で私はやはり技の属性付与を試しながら、新たにできるようになったこと、以前と効果が変わりできなくなったことを学ぶ。

 現実世界ということもあり、アクションRPGだった故の動作キャンセルが無くなっているのは仕方ない。

 そのため、技から技への繋がりをより意識する必要がある。


 一方、アクティブスキルの属性化が固定ではなく、好きなタイミングで自在に出せるのは現実ならではだと思う。

 火炎属性と冷気属性の技の同時打ちなどという真似まで可能だ。


 そんなこんなをしているうちに、やがて周囲にはギャラリーが集まっていた。


「すごいですね聖女様、メチャクチャ強いじゃないですか」


「聞きました?五日前に小競り合いの有った敵の先遣部隊、全滅させてきたらしいですよ」


「見たことのない技の数々、美しいですね」


「あのクエスターの攻撃が全く当たっていないですよ!?」


 そんなギャラリーの声がする中、二人の男女が冷静にその様子を見ながら言葉を交わしていた。


「ヴォイドの奴、あれは本気でやってるぞ」


 大柄なその男性は、背中の両手剣の柄に利き手をやりながら、隣の軽装の女性戦士にいう。


「ヴォイドの本気が見られるのも珍しいけど、それを全部躱し切っている聖女様、凄い動きね」


「シスト、聖女様と手合わせしてもらいたいんじゃないか?」


 シストと呼ばれたその女性剣士と隣の大柄な両手剣使いは、一昨夜気門開放した際に感じた、ヴォイドと同等の気を持つ二人だ。


 面白そうな会話をしている。


「シストさんも混ざります?」


 私はヴォイドの連撃を躱しながら、大きな声でそう叫んだ。


「ちょ、エリカ様何言ってるんですか!?」


 私の言葉に引きつりながらヴォイドはそう言い返してくるが、一方で声をかけられたシストさんはニヤリと笑って飛び込んできた。


「お邪魔するわよ、聖女様」


 二対一。

 しかもシストさんの剣戟はヴォイドのそれよりも速度が乗っている。

 一撃一撃はヴォイドほど力はないが、手数は間違いなく多い。


 二人の剣を躱しながら、私は二人に均等に攻撃を仕掛ける。


「少し当てるわよ」


 私はそう断って寸止めをやめた。

 と同時に、攻撃の合間を縫ってシストさんに回復の追従結界を張る。


「詠唱なしの呪文を挟みながら連撃だと!?」


 先ほどの大柄な剣士が驚く。

 こちらとしては至って普通のことなのだが、躱しながら攻撃も入れ、しかも無詠唱の呪文(私の場合は祈祷なのだが)とくれば、確かに驚かれても仕方はない。

 ついでに言えばこれでまだ私は全然本気じゃないのだから、我ながら始末に負えないと思う。


 シストさんの連撃を躱しながら、同じ数の打撃を軽く当てる。

 その隙を狙うヴォイドの剣を光龍杖の逆サイドで弾き返し、その隙に彼の胴を突く。


 やがて見ているだけでは我慢できなくなったのか、大柄な剣士も飛び込んできた。


「なっ!ガイナスまで!?」


 とはまたしてもヴォイドだ。


 ガイナスさんの剣戟は予想に反してパワータイプではなく、両手剣で器用に攻め立てる、どちらかといえばヴォイドのそれに近かった。

 ただし、やはり両手剣の重さと、本人の膂力が相まって一撃は重い。

 光龍杖でパリィするとその重さがしっかり伝わってくる。

 並みの相手なら受けただけで手がしびれるだろう。

 すかさずしっかりもう一人分回復の追従結界を張る。


 三対一。

 さすがにそれなりのレベルの剣士三人を相手に立ち回るのは、そう容易くはない。

 それに、動きが激しくなってきたこともあり、気門開放酔いに近い気持ち悪さを感じ始めた。仕方ない。


「『神の視点』!」


 さっそくギフトを発動する。


 瞬時に視界が切り替わり、三人に囲まれて動き回っている私が中央にいる、クォータービューの画面が脳内に広がった。


 こんな技能、普通の人からすればかえって混乱するんじゃないのか?と思われそうだが、不思議とそんなことはない。

 この視点になっても目からの情報は別に入ってくるし、しかもメインとサブという意味では目からの情報はあくまでサブで、悪酔いの感覚はほぼほぼ薄れる。

 脳内にゲームのコントローラーまであるんじゃないか?と思われるかもしれないが、それは無い。

 別に自分をコントローラーで操作しているのではなく、自分の肉体操作の感覚は変わることなく、あくまでただ視界がクォータービューになる、それだけの話だ。


 周囲のギャラリーのそれが邪魔なので、HPゲージはオフにした。


 『神の視点』の優れている点の一つは、通常時では『心眼』や『第三の眼』で気を通して追っている複数の相手の動きが、視覚でわかる、というものだ。

 乱戦になればなるほど、効果の実感は強くなるだろう。


 伴って、私の動きの質も変わる。

 後に目が付いているのと変わらぬ状態になるので、後方からの剣戟も、より余裕をもって回避できる。

 相手をしている三人にとっては、回避のレベルが引き上げられたように錯覚するかもしれない。


「まったく!掠りもしないわ!」


「人数が増えたってのにさらに余裕で避けるってどういう事だよ!」


 とはいえ、今の私の動きがきちんと見えてるのはなかなか大したものだと思う。

 それに、三人の動きはしっかりと連携されており、訓練が行き届いていることも伝わってくる。


 プラチナムハート、侮れない。



 三十分ばかり動き続けて、三人に少し疲れが見えてきた。


 そろそろ潮時か。


 そう思い、私は三人の剣を同時に光龍杖で一点に集約させて受け止め、動きを止めた。


「休憩しましょうか」


 私は『神の視点』を解除してからそう言うと三人はそれぞれ剣を収める。


「突然の乱入、失礼しました。私はレンジャーコマンダー・シスト・プロナートです。どうぞお見知りおきを」


「同じく、ガーディアンコマンダー・ガイナス・バルハークです。よろしく、聖女様」


 二人はそう言って手を差し出してきたので、私も握手して返す。


「このたび聖女の任を受けました、エカール百八の神々の拳、エリカ・カザマと申します。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします」


「まったく何の冗談だよ二人とも、折角の訓練が台無しじゃないか」


 ヴォイドが口を挟む。私的には全然楽しめたのだから何の文句も無いのだが。


「ヴォイドのそういう生真面目すぎるところは良くないわね」


 私の気分に賛同してくれるかのように、シストが指摘する。

 確かにヴォイドの生真面目さは時には役立つが、融通がきかない部分はいただけないと思う。


「それにしても、この砦のジェネラルを除く三人の精鋭と一度にやり合えるとは思いませんでした。楽しかったですよ」


「この三人がかりを楽しかったと言える方なんてそうそうおらんでしょう」


 ハハハと笑いながら、ガイナスは言う。


 だが私にとっては、こういう交流は大歓迎だ。

 コミュ障というのは厄介なもので、人と会話するときにどういう言葉を選べばいいのか、どういう発言が空気を乱さないのかがイマイチよくわからないのだ。

 けれど、今のようなきっかけがあれば、そこから会話はできる。

 人との交流も楽しいものだと感じられる。


「あら、私も楽しかったわよ。

 結果は手も足も出なかったけど、達人の胸を借りられるのはいい勉強になるわ」


 そう思ってもらえて光栄だ。

 武の道を志す者としてはこういう誉め言葉は実に嬉しい。


「それにしても、聖女様っていうからてっきり光属性の魔術とか祈祷術を使うおしとやかな感じの女性を想像してたのだけど、まさかの武闘家だったとはね」


「シスト、お前何を言ってるんだ?

 聖女様はお前が乱入した時に戦いながら無詠唱で回復か何かの祈祷術を使っておられたぞ、そっちの方面もかなりの腕だぞ?」


 ガイナスがぴしゃりと指摘すると、シストは相当驚いたようだ。


「実際、聖女様は相当の祈祷術を使われますよ。

 少なくとも大規模の聖域を発生させたり、範囲治癒術を使われたり、アンデッドを消滅させる術を使われたのを見せていただきましたから」


 とはもちろんヴォイドである。


「えーと、もしかして聖女様って神様?」


 シストさん、さすがにそれは違うと思います。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る