第3章  2

 ジェネラルへの報告と提案も終わり、私は一人、自室に戻っていた。


 身体を休めたい、というのもあるが、それよりも一つしっかり考えておきたいことがあったからだ。


 昨夜の戦闘で発覚した私の弱点。

 エリカではなく、恵里佳としての弱点。


 そう、気門開放酔いだ。


 覚醒を使えば多少の酔いで済むことはわかったが、これにはかなりの精神力がいる。

 昨夜程度の戦闘量ならば問題無いとしても、これがより多数、具体的に言えば次の作戦で相手にするのは軽く見積もっても数千体……精神力切れを起こしてもおかしくはない。


 覚醒を使わずに戦い続ければ、それよりも早い段階で具合を悪くして戦闘どころではなくなるはずだ。


 少なくとも、エリカはちょっとやそっとの事では切れることのないスタミナを持っている。

 下手をすれば二、三日ぶっ通しで戦ったとしても大丈夫だろう。


 けれど、今の私ではエリカの能力を限界まで引き出して戦うことが叶わない。

 ゲームではあれだけ自由自在に使いこなせていたエリカの性能を、ゲーム同様には引き出せないのだ。


 多分予想するに、この気門開放酔いをギフトで帳消しにしてもらうことは無理だろう。

 私のコミュ障を何とかして欲しい、という願いは、私自身の性格的問題から無理と言われた。

 それと同じく、気門開放酔いも言ってしまえば私のゲームでの3D酔いに端を発する。

 これも訓練で治ると言われている以上、ギフトでどうにかしてもらえる問題にはならないと考えられる。


 では、どうすれば良いのか……?


 いや、待てよ?今しがたの自分の思考の中に、ヒントがあったのではないか?


 何が辛いかって言えば、エリカの性能を最大限まで引き出せない、という事だ。

 では最大限に引き出すためにはどうすればいい?

 ゲームと同じように引き出すためには……?


 そうか!


 視点だ!


 何も今の人間としての視点に拘る必要など無いのだ。



 私は『約束の言葉』を握りしめていた。


 折角のギフトをそんな能力のために使っていいのか?という思いも無いわけじゃない。

 でもすでに、自分はギフトと言ってもいいほどの能力をこの身に宿している。

 既に常人のレベルを遥かに超える能力を持っている。


 自分の弱点を克服するのではなく、自分の得意とすることを伸ばす能力。

 これだって立派なギフトだ。

 他の人には決してない、自分だけの能力だ。


 私は『約束の言葉』を握る手により力を込めて、彼女の名を念じた。



 リライア……。



『あら、案外早かったですね』


 心の中に、女神の声が舞い降りてきた。


 決まりましたよ、リライア様。


『決まったのですね』


 はい、と私は答える。


 色々考えた末にあーだこーだと説明するが、ゲームの専門用語を使わずに説明するのはなかなか難しい。


『無理に説明に苦心せずとも大丈夫ですよ、少し心の中の深い部分を覗かせてくださいね』


 リライアがそう言った瞬間、心臓が大きくドクン、と脈打った。


『ふふっ、面白いですわね。

 心の中に思い描いているイメージがしっかり見えますわ。

 あなたが何を望んでいるのか、これを今後どう役立てたいのかがハッキリと伝わってきましたよ。

 これが良いのですね?』


 笑われたぞ、面白いのかコレ。


『面白いですわ。

 そんなギフトを願った方、初めてですから。

 ですが、あなたの強い意志が感じ取れました。

 世界を救いたいというあなたの願いにそぐう力だと』


 良かった、いける。

 お墨付きまで戴けた。

 私の聖女無双への壮大な地図に、第一歩が記されるのだ。


『では、授けます。名付けて【神の視点】』


 頭の中に、何やらふわりとした新たな感覚が宿った。

 五感や、第六感とも違う、何やら新しい感覚が備わった感じ。


 ……って、【神の視点】って言った?

 小説とかでよく言うアレ?

 それともポピュラスやらシムシティやらのアレ?

 どっちにしても穏やかな名前じゃ無いな!


『あら、命名がお気に召しませんでしたか?

 変更されます?

 今ならまだ可能ですけど』


 いや、いいですいいです、代わりの名前も思いつきませんし。


『わかりましたわ。【神の視点】、思う存分使ってくださいね。

 では、これでいよいよ真のお別れです。

 風間恵里佳さん、ギフトと共に、新たなる生を精一杯生きてくださいね』


 リライアさん、ありがとう。

 不詳エリカ、精一杯頑張ります!


 心の中に感じていたリライアの存在らしき何かがフッと消えた。


 と同時に、握りしめていた『約束の言葉』が割れた。

 手を広げてみると、宿っていたハズのピンク色の光が消えていた。

 これで、もうリライアと話すことは無いだろう。

 そう思うと少しばかり寂しさを感じる。

 だが、この『約束の言葉』は、私がリライアと出会った思い出だ。

 私はそっと、保管箱に割れた『約束の言葉』をしまった。


 そっか、【神の視点】か。


 何気に確かめたくなった。


「ステータス、スキル」


 呟いてスキル一覧を確認する。

 すると、その文字はアクティブスキル(その他)にあった。


『【神の視点】 Ⅰ』


 Ⅰィ?Ⅰってなに?レベルなの?成長性スキルなの?


「ステータス、スキル確認、【神の視点】!」


『【神の視点】 使用者が斜め上方からの任意の視点を獲得する。

 伴って周囲の存在の簡単なステータスも視認できる。

 ステータスは非表示も選択可能。使用によりレベルが上がる。

 最大Ⅴ』


 うーん、説明だけじゃよくわからないな。

 ならば使ってみるのが手っ取り早い。


「『神の視点』!」


 発動した瞬間、私の脳内、先ほど新たな感覚を得たと感じた領域に大きなウィンドウが現れた。

 目からの視覚情報よりも、脳内のウィンドウからの資格情報が優先されているようだ。


 その画面の中央にはベッドに腰かけている私が後向きに写っており、周囲は明らかに私の部屋のそれとわかる。

 隣の部屋や廊下まで表示されており、ベッドに寝転がっている隣の部屋の女性の上にはHPを意味するであろうバーが表示されている。


 画面下部には、赤い球体と白い煙のような液体に満たされた球体が表示されている。

 どう見ても私の体力と精神力を現すゲージだ。

 その下にはご丁寧にレベルと、経験値を意味するゲージまである。


「まんまじゃん!」


 思わず声を上げてしまった。


 どう見ても『サンクチュアリ3』のゲーム画面である。

 リライアさん、私の脳内のイメージを本当にこのまんま再現したわけだ。

 グッジョブ……なのか?


 ひとまずこれで動けるのかどうか試してみるとする。


 こういう時に役立つのが『演舞』のスキルである。


 基本の型から始まり、様々な動きを経て、大技のモーションを時折挟み、黙々と身体を動かす。

 不思議と違和感はない。

 目から見えている直接の光景ではないのに、私の思い通りに身体が動いているのがわかる。


 さて、やってみるとしよう。


「『気門開放』!」


 問題はここからだ。

 気門開放酔いがあるかどうか。

 それを克服できなければこのギフトを貰った意味がない。


 隣の部屋の女性が、壁越しに私の方を見つめている。

 強い気の流れに気付いたのだろう。


 演舞はより激しさを増す。

 激しくも、流れるような動きが目の前で繰り広げられる。

 速度も増す。

 視覚上は三人称だが、実感としては明らかに自分の体だ。


 酔いは無い。

 それどころか、解放感すら感じる。

 身体が思い通りに動く。

 昨日の戦闘と比較しても段違いだ。


 これが欲しかったのだ。


 エリカを自由自在に操れる感覚。

 私が、本当の意味でエリカになりきれる能力。


 もう恐れることはない。


「『覚醒』!」


 発動した瞬間、周囲の時の流れが変わった。

 同時に、目の前の自分から銀色のオーラが立ち上っているのがわかる。


 ゆっくりと流れる時の中で、普段と変わらぬスピードで動いている自分がいる。

 第三者的視点で見ると、それがより明確にわかる。


 緩急をつけた技が舞い、伴って気が浄化される。

 やがて激しい一連の動き動きから、次第に緩やかな動きへと変遷してゆく。

 そして、演舞が終わった。


 演武を終え、覚醒と気門開放を解除する。


 ふぅ、と一つため息を付く。


 体中が心地よい。

 そして、何より心の中がすっきりとしている。


 覚醒していたためか、精神力ゲージが少し目減りしているが、ゆっくりと回復しているようだ。


 呼吸を整え、再びベッドに腰かける。


 そうだ、アレはあるのだろうか?


 ミニマップ表示、と念じてみた。

 出た。右下に小さなマップ。


 ただのクォータービューに、色々なオマケが付いている。

 サービス精神旺盛だなぁ、と感心する。


 ひとまず概ね使い方もわかったので、『神の視点』を解除した。


 普通の、ごく見慣れた自分の視点が帰ってきた。


 でもこれ、レベルが上がったらどうなるんだろう?

 全然想像もつかないんですけど。


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