第三章  ギフト

第3章  1

 翌朝、起きざまのビーダスに私達ともう一人、交代で戻ってきた廃村の偵察兵が敵の先遣隊の全滅を報告した。


「全滅、ですか……?何の冗談……」


「ではありませんよ、ウォリアーレフテナント。

 終始この目で見ていましたから!」


 偵察兵が遮って、自分の目を指さしながら熱弁した。


「クエスター?」


 ビーダスはヴォイドに目で問う。


「ええ、間違いありませんよ。私も見てましたし」


「見ていたということは、この聖女様が退魔されたかどうかされて全滅した、ということですか?」


 ビーダスの疑問は続く。


「違います、私が倒しました」


 退魔したのではなく、倒した、ということが重要なのだ、少なくとも私にとっては。


「間違いありません、こちらの聖女様がほとんど討ち取られました。

 指揮官も含め全滅です」


「そ、そんなに強いんですか?聖女様」


 ビーダスはものすごく恐ろしいものを見るような目で私を見る。


 対して、偵察兵の目は輝いていた。


「そりゃもう素晴らしかったですよ。

 スケルトンをあっという間に骨の山にしたかと思えば、ワイトも赤子の手を捻るように倒してましたし、敵の騎兵すらおもちゃにされてましたから。

 敵の指揮官なんて杖の一突きで頭パーンって弾けてましたよ」


 さすがは偵察兵、よく見ておられる。


「というわけでウォリアーレフテナント、私は聖女様とウルバーンに帰還しますよ。

 報告の方も私からしておきます」


「了解しました、クエスター」


 もう何が何やら、という顔で、ビーダスは頷いた。


「あ、それと」


 そう、これは大事な要件だ。

 しっかり伝えておかねばいけない。


「来た時に乗ってきた馬、置いていきますので、後日ウルバーンに返しておいてもらえます?」


 私の言葉に、ビーダスと、そしてヴォイドが「は?」という顔になっていた。



 ビーダス達に別れを告げて前線基地を出ると、疑問顔のヴォイドの隣で私は手を合わせタウンポータルを呼び出した。


 青白く輝く、ちょうど人が一人通れるかどうかといった謎の楕円形の入り口だ。

 私が一度印を付けた場所へ自由に行き来できる、ワープポイントみたいなものだ。


 ちなみに今回はウルバーン砦の門近くにつなげてあるが、この前線基地にもこっそり印を付けてあるので、今後はポータルを使ってこの基地へも来ることが可能だ。


 せっかく持っているスキルだもの、有効活用せねば。


「ヴォイド、お先にどうぞ」


「お先にどうぞと言われても……何ですか?コレは」


 そりゃ説明が無ければ戸惑うでしょうねえ。

 ということで、私はポータルについて簡単に説明した。

 ついでに馬が通れる広さはないので、馬を置いていくのだとも説明すると、半分わかったような、半分困ったような顔で頷く。


「さ、どうぞ」


 言われて、ヴォイドが恐る恐る足を踏み入れた。

 続いて、私もポータルを通る。


 と、目の前にウルバーン砦の門が現れた。

 それと同時にポータルが消える。


「個人でゲートを出せる人、初めて見ましたよ」


 そうか、そういう解釈もあるのか。

 言われてみれば、この世界は様々な領域に様々な行き先を持つゲートが点在し、人々はゲートを通って生活している。


 ポータルとはまた意味合いが違うが、空間移動という意味では似ているのかもしれない。


 ただポータルの場合は、私が一度行ったことがあり、かつ自分で印をつけた所限定でしか使えない。


 冷静に考えるとかなり目立つところにポータルを出現させたので、あとで目立たないところに印をつけ直そう、と考えていると、門番から声を掛けられた。


「せ、聖女様、今一体何が起きたのですか?」


 そりゃこうなるよなー、反省反省。


「あ、き、気にしないでください!というか忘れてください!」


 ヴォイドは隣で苦笑いしている。


 とりあえずアレやコレやとごまかしつつ、私とヴォイドは砦に戻った。

 目指すは駐留団長の部屋である。


 特に寄り道もせず、スタスタと進むヴォイドについていくと、砦の上方階の奥にある団長室に到着した。


 ヴォイドが扉をノックすると、「入れ」と低めの声が返ってきた。

 ヴォイドに続いて私も室内に入ると、そこにはヴォイドよりも装飾の多い銀の鎧に身を包んだ、年のころ四十台半ばと思われる、顎髭を蓄えた男性が執務机を前に座っていた。


「ジェネラル・リシル・シナスター閣下、失礼いたします。クエスター・ヴォイド・アリューション、ご報告があり聖女エリカ様に御同行いただき参上いたしました」


 言いながらヴォイドが深く頭を下げたので、私も続いて頭を下げと、


「いやいや聖女様、頭を上げてください」


 ジェネラルが焦りながら私にそう言うので、恐る恐る顔を上げた。


「本来なら昨日私から聖女様にご挨拶をと思っていたところ、急に出かけられたとお聞きしたもので、挨拶が遅れてしまいました。

 私はウルバーン砦駐留軍の団長兼総司令官を努めております、ジェネラル・リシル・シナスターです」


 いやどう見てもこのジェネラルのほうが立場が上だよね、と思いつつ、


「は、はじめまして、エリカ・カザマと申します。

 どうぞよろしくお願いいたします。こちらこそ、エリカとお呼びください」


「そんな、呼び捨てなんて無礼な真似はできませんよ聖女様、まずはどうぞおかけになってください」


 とんでもない、といった顔をしながら、ジェネラルが応接セットのソファへと案内してくれる。


 ヴォイドも最初そうだったが、どうにもそこまで馬鹿丁寧に接されるのもくすぐったいというか、果たして自分にそこまでの価値があるのかと疑問に思ってしまう。


 主神マールが正式に聖女認定した、ということこそが私の価値をそこまで高めているのだろう。

 そのマールに仕えるプラチナムハートだからこその待遇だと思えば仕方ないのかもしれない。


 ただ、見た目や能力は確かに優れているのかもしれないが、中身はやっぱり風間恵里佳というただの人であって、私は自分自身が聖人君子だなんて思ってもいないし、聖女認定された今でこそ、そのようにありたいと思う反面、私のどこにそんな聖女などと言われる資格や素養があるのか、甚だ疑問にも思うのである。

 ましてや、私の中身は人見知りのコミュ障だ。

 ガワが違うから少し大胆な事もできるが、一皮むけば、いつどこで性格が破綻してもおかしくないのだ。

 そうならないように気をつけよう、努力しよう、という気持ちはもちろん持っているのだが。


 私は勧められるままにソファに腰をおろす。

 ヴォイドは私の後で直立不動の姿勢だ。


 その目の前に、ジェネラルが腰かけた。


「クエスター、君も座りたまえ、話しにくくていかん」


 言われ、ヴォイドもようやく腰を下ろした。


「さて、報告と言ったな。何か面白い話でも聞かせてもらえるのかな?」


 興味深げにジェネラルが私たちの顔を覗き込む。


「はい、きっと面白い報告になるかと思います」


 そう切り出してから、ヴォイドは昨日の出発から前線基地での大治療、そして昨夜の敵先遣隊との戦闘についてを事細かに報告した。


 ジェネラルは都度、興味深そうに報告を聞き、私はと言えばところどころ補足することを忘れず、かつ大げさにならないように説明を入れた。


「凄いな、さすがはマール様が自らお認めになった聖女様だ。

 戦局を左右する存在だというのも誇張でも何でもない、まさにお言葉通りだったということですな」


 ジェネラルは満足げにそう語る。


 自分でこういう言い方をするのもおかしな話だが、まるで自分は人間兵器かなにかなんじゃないかと思う。

 聖女というのは呼称で、本質はあくまで私の戦闘能力。

 まさしくワンマンアーミーと言っても過言ではあるまい。

 果たして聖なる力と戦闘能力、一体人々からはどちらを求められることになるのだろうか?


 確かに私としても悪と戦いたい、という気持ちは強い。

 しかし、この世界はありとあらゆるところで、様々な軍勢が戦争を続けている。

 中には人間同士で争っているところもあるに違いない。

 ゲームの中でこそ邪教徒という名の人間を倒しはしたが、もし人間同士が争っているような戦場に私が投入されたとして、私は戦争の名のもとに人を殺せるのか?


 そして、人を殺すような存在が果たして聖女と崇められても良いのだろうか?


 一体、私は誰にとっての聖女なのだろうか?


 正直、疑問は尽きない。


 いけない、こういう事を考えていると深みに嵌まる。気持ちを切り替えなきゃ。


「さて、これからの事も考えねばなりませんな」


 私の思考を読み取ったかのようなタイミングで、ジェネラルがそう言葉を発した。


「敵の目的はここウルバーンの陥落、より絞った言い方をすればゲートの奪取です。

 そのためには、この都市にすむ人々の殲滅を真っ先に考えるでしょう。

 対して我々にとっては、迫りくる脅威の排除が最優先です。

 ロード・ペイニングはアンデッドによる支配を考える冥王ガイストモア派であり、我々共存派との対立構造もあります。

 ロード・ペイニングを排除し、ブルフェーンをワイトから開放することも視野に入れてもいいでしょう」


「全面戦争に突入、ということでしょうか?」


 ヴォイドが疑問を差し挟む。


「先遣隊を排除したとはいえ、所詮は千体程度、後ろに控える本体約二万五千をどうするか、ですな。

 敵の本体は現在、地理的にはウルバーンから三日ほどの位置にあるザルハザールという市に駐留しています。

 ザルハザール市には元々そこを領地としているハローケン伯爵がいるのですが、これはロード・ぺイニングの配下全体にも言える事ですが、非常に統制の取れた戦力を持った部下です。

 そのハローケン伯の軍がおよそ五千、そしてロード・ぺイニング直轄の占領軍が約二万、というのが内訳です。

 すぐにでもこちらを攻めてくる、ということは考えにくいですが、先遣隊を全滅させられたことが戦局をどう変えるは私にも読めませんな」


 ワイトの貴族に支配されている都市って、一体どういう状況になっているのだろう?

 人間は住んでいるのだろうか?

 それとも市民は全てスケルトンやリビングデッド……?


「アンデッドが支配する地域は人間は隷属させられていることがほとんどですね」


「隷属、ですか。民衆の開放も考えなくてはいけないということになりますよね」


 民衆の開放を考えると、私が単身乗り込んでいって敵を全滅させてお終い、というのは少し難しい話になりそうだ。

 しかもその先を見据えて、そのザルハザール市のみならず、ブルフェーン全域の開放を考えなくてはいけなくなる。


 一方、ウルバーンの守備はどうなのだろう?


「プラチナムハートの駐留軍ならびにウルバーンの市民軍による防衛ならば現状問題はないですな。

 だがさすがにこちらから攻めて真っ向からぶつかるには戦力不足でしょう」


 全面戦争は厳しいし、私の本音を言えばウルバーンの人々が被害に遭うのは避けたい。


 何か良い手は無いものか……。


 いや、あるなぁ。思いついてしまった。


「もしですよ?

 私が単身でザルハザールに乗り込み、敵の首脳陣の首を取って、その後の統制が取れていない敵を駐留軍で叩くような作戦ならどうでしょう?」


 ジェネラルとヴォイドが顔を見合わす。


「聖女様、今、何と?」


「エリカ様、何言ってるんですか、冗談ですよね?」


 いや、冗談を言ってるつもりは無いんですが。


 これはきっと私の本性なのだ。

 なんだかんだ色々考えても、結局は戦うのが好きなのだ。

 まして相手は人では無い。

 人に害成すアンデッド。


 この作戦ならば、ウルバーン軍が敵主力をまともに相手にする必要は無い。

 被害も圧倒的に減るはずだ。

 なんなら統制の取れていないスケルトンを相手にするだけであれば、市民軍まで引っ張り出さなくても、プラチナムハートの精鋭だけで十分すぎるだろう。

 スケルトン程度の相手なら一人百殺とて無謀ではあるまい。

 私自身は単身乗り込み中央突破、敵の将や側近を中心に、スケルトンにはかまわずワイト連中を相手に戦えばいい。

 それこそ私向きの作戦だ。


 私は今思い立った内容を訥々と話して聞かせた。


「試しに考えてみてもらえますか?この作戦。

 もちろんその後のブルフェーン全域の開放作戦にも進んで参加させていただきます」


「ふむ、充分に検討の余地がある作戦ですな、どう思う?クエスター」


 これ、ヴォイドが答えにくい質問だと思う。


「ええ、まあ、聖女様の実力を存じ上げている以上、現実的な作戦とは思います。ただその……」


 自分が私の足手まといになることに不安を感じている、といったところだろう。

 ヴォイドの事だから自分自身の身を案じて、ということではない。


「そこは気にしないで。

 そもそも足手まといだなんて思ってもいないから」


 ジェネラルが興味深げに私とヴォイドを交互に見やる。

 私たちの関係性をおおよそ見抜いているのはその表情からも明らかだ。


「主神から聖女様への全面協力を言い付かっている以上、我々としては聖女様の行動に制限はできぬぞ、クエスター。

 そなたも諦めて聖女様に付いて行くしか無かろう」


 おお、よくぞ言ってくださったジェネラル!


「では、作戦のご検討をお願いしますっ!」


 私は深々とジェネラルに頭を下げた。


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