第2章  4

 廃村の奥は、随分と空気がピリピリしていた。

 途中途中で少数のスケルトンがいたが、彼らは入り口付近の連中とは違い、ふらふらとせず屹立していた。

 ワイトの指揮がしっかりと及んでいる証拠だろう。


 二人並んで気を巡らせながら注意深く道を進んでいると、やがて自分たちが囲まれている事がわかった。

 というよりも、実際を言えばわかっていながらその罠に飛び込んだ、というのが正しいのだが。


 目指す先からは先ほどのワイトよりもやや大きめの気が幾つかと、それを超える大きな気が一つ。

 騎兵と指揮官で間違いない。

 待ち構えていたのだろう。


「ヴォイドは後からのザコをお願い。

 主力は任せて」


 やがて私たちの前に、陣形を組んだスケルトンと、そしてワイト騎兵五騎、更にその騎兵に混じって一段と力のありそうなノーブルワイトと思われる指揮官が現れた。


 予想通り、左右も大量のスケルトンに囲まれ、後にも道中で見かけた連中が続々とやってきている。


「私はペイニング陛下が配下、ウルバーン方面先遣隊司令官ヘドニカ男爵である!貴公ら、名を名乗られよ!」


 やっぱり名乗ってきた。ロード・ペイニングって部下への指導が随分しっかりしてたんだろうね。

 もちろん礼儀には礼儀で返すしかない。


「私はエカール百八の神々の拳にして聖女、エリカ!

 隣は私の従者にしてプラチナムハートウォーリアのクエスター・ヴォイド・アリューションよ」


「ほほう、聖女と名乗るものが奇襲とは恐れ入った。

 ここからは生かしては返さぬぞ。全軍、かかれ!」


 その声と同時に、およそ五百体はいると思われるスケルトンが私たちに向かって突撃を開始した。

 いや、奇襲した覚えは無いんだけど……って、最初の退魔は奇襲か。


「ヴォイド、危ないから離れていて」


 ヴォイドが距離を取ったのを確認して、再び風刃円を発動する。

 まずは風刃円でスケルトンを骨の山にして戦いやすくしてからだ。


 私は光龍杖を振り回しながらスケルトンの波に飛び込む。

 まるでそれは骨でできた竜巻のようだったに違いない。

 視界三六〇度全部が回転する骨で埋め尽くされてるのだ。

 けれど、敵の気でどこにどのくらいの数がいるかはおおよそ把握できている。

 ヴォイドを巻き込まないように動くことも雑作もない。


「な、なんなのだこれは!

 スケルトンがほぼ壊滅ではないか!

 ええい、騎兵隊、行け!」


 およそ五分とかからずスケルトンを壊滅させられた怒りからか、ヘドニカが怒りの声を上げた。


 よし、今だ。

 一か八か!


「『覚醒』!」


 瞬間、あたりの景色が一変した。

 全ての動きが、スローモーションになったのだ。


 駆けてくる骨馬に乗ったワイトの動きも、自分を取り囲む風刃円に巻き込まれた骨の残骸の動きも、全てがゆっくりなのだ。


 ぶん、と光龍杖を振り回す。


 自分は……この中を普通のスピードで動ける!


 自分に斬りかかるワイト騎兵の剣を余裕で躱すと、返す動きで光龍杖を骨馬の後ろ足に叩きつけた。

 骨が折れ、ゆっくりと転倒する骨馬、そして投げ出されるワイト。


 続けて迫るワイト騎兵の馬上槍を左ひざと左ひじで挟み折り、首元目掛けて光龍杖を叩きつける。

 ゆっくりと馬上でワイトがグラつき、制御を失った骨馬はあらぬ方向へ駆けてゆく。


 さらに二頭のワイト騎兵が左右から交叉して攻め入ろうとするが、私はその場で空中に跳びあがり、互いの馬上槍を光龍杖で軽く叩いて軌道修正すると、ワイト騎兵は互いをその場で貫き転倒した。


 そして残る一騎が迫ってくると私は再び跳躍しながら、ワイト騎兵の顎を目掛けてハイキックを食らわせた。

 バキッという音と共に、ワイトの頭部ゆっくりとが宙を舞う。


 自分の動きが多少早くとも、周囲がゆっくりなためか気門開放酔いは少ない。

 全くなくなるわけではないが、これならば全然戦える。


 最初に骨馬から投げ出されたワイトが剣を構え迫ってくる。

 私はその場で回転し、ワイトの顔面に裏拳を叩き込んだ。

 パンッという衝撃音と共に、拳が頭蓋骨にゆっくりとめり込む。

 これで騎兵は殲滅だ。


 覚醒を維持しながらも集中力を緩めると、周囲の速度が元に戻る。

 なるほど、コントロールできるようだ。

 ちなみにヴォイドはというと、やはりスケルトンの残党を狩っている。


「かくなる上は!」


 馬上からヘドニカ自身が降り立ち、私の目の前へやってくる。

 その手には、柄の先に数本の鎖が繋がり、鎖の先に重りがぶら下がる凶悪な武器、フレイルが握られている。

 それもかなり大柄だ。

 あの重りの一撃を直接食らえばダメージは相当なものだろう。

 見た目は骨なのに、あのフレイルを振るうとはかなりの膂力に違いあるまい。


 馬上から降り立ったのは、今の対騎馬戦を見て馬上では不利と悟ったのか、それとも騎士道精神からなのかはわからないが、どちらにせよ殊勝な心掛けだ。


 私も光龍杖を構えながら、集中力を研ぎ澄ませる。

 再び時間がゆっくりと流れる。


 ヘドニカが動いた。


 盾で身を守りながらフレイルを振りかぶり、突進してくる。

 だがもちろん騎兵よりも遅い。

 しかしフレイルは鎖の武器ということもあり重りの予測がつきにくい。

 下手に受けるよりもいなす方が安全だ。

 かといってフレイルと反対側に逃げても、シールドバッシュという手もある。


 ブン、とフレイルが垂直に振り下ろされる。

 私はシールドとは反対側に身を躱す。


 猪突猛進なのかと思うと意外と器用にフレイルを振りかぶる反動ですかさずこちらを向く。

 再度、ヘドニカの突進。


 試しに、とシールド側に避けてみた。

 すると案の定、前方に構えたシールドを横に叩きつけてくる。

 動きに予測がつく上にこのスピードならそれをいなすのも簡単だが、どうせなら、と反撃をしてみた。

 躱しざま、シールドを持つ腕の肘目掛けて下から光龍杖を叩き込む。


 メキッという音と共に肘が砕け、前腕ごとシールドがその場に落ちる。

 これで相手は隻腕だ。


 すると、ヘドニカはいったん距離を取り、フレイルを脇へと捨た。

 ゴンッ、と鈍い音が響く。

 やはり相当重量級だったようだ。

 そして、腰からロングソードを抜いた。


 ヘドニカは相当に冷静な戦士と見える。

 シールドを失ったことでフレイルではバランスが取れないと察し、すかさず戦法を切り替えたという判断だ。


 ヘドニカが剣を下段から斬り上げて狙ってくる。

 直前で杖を添えて軌道をそらし、軽く躱す。

 続いて連撃での突きで迫ってくるが、これはパリィせずに避ける。


「貴様、相当に強いな……」


 ヘドニカの口から声が漏れる。

 これは相当に悔しいんだろうなぁ、と感じる。

 本来ならば歴戦の勇士でもおかしくない腕前の、それも何百年と生きてきた騎士が、見た目だけで言えばこんな小娘にいいようにあしらわれているのだ。

 自分の部下も壊滅させられた。


 だがこれは戦争だ。


「次で終わりよ」


 言ってから、私はヘドニカ相手に最初で最後の攻勢に出た。


 パンッ、と何かが弾けるような音と同時に、ヘドニカの頭部が破裂した。


 きっと見えなかっただろう。

 先端に集中的に気を込めた一撃で、ヘドニカの眉間に光龍杖を突きつけ、瞬間的に杖先を引いたのだ。


 ヘドニカだったものは、その場でがくりと膝をつき、折れた。




 ふぅ、とため息をつき、覚醒と気門開放を解く。

 と、少し身体がふらついた。

 そうか、覚醒はかなりの精神力を持っていかれるようだ。

 精神力自体は時間がたてば回復するが、これはそうそう長時間使える手ではない。


 随分と能力が実際のゲームとは変わってるなぁ、とつくづく思う。世界に併せて能力が変わったのか、私が転生しこの体に宿ったことで変わったのか、なんにせよ、色々違うのだな、と思う。


 技の変更点は一度一通り試してみる必要がある。

 ヴォイドは付き合ってくれるだろうか?

 身体がボロボロになるからと嫌がるかもしれない。

 スケルトン相手に試すのも手だったのかなぁ、などとも思うが、弱いからうまいこと反応が見られるかどうか疑問でもある。


 けれど、まあとりあえずは敵の先遣隊は壊滅させた。

 今の自分の弱点も、身体の使い方もなんとなく理解した。

 ウォーミングアップとしては十二分な結果だ。


 などと振り返っていると、ヴォイドが残敵を処理して追いついてきた。


「終わっちゃいましたか」


「終わっちゃいましたねぇ」


 私がそう答えると、ヴォイドは残念そうな顔をして見せた。


「見どころを見逃してしまいました」


 果たしてそんな見どころがあったかどうかは疑問だが、少なくともスケルトンを蹂躙するよりは見物だったのかもしれない。

 スマホでもあれば録画できたのになぁ、などとも思うが、この世界にそんな便利なものは無い。

 ちなみに『サンクチュアリ3』ではプレイ動画の配信機能とか色々あったんだけどね。


「それにしても、一人で千体壊滅とは恐れ入りました」


「え?序の口ですよ?」


 この程度の敵相手なら、もっと戦えと言われればまだまだ全然戦える。


 ヘドニカさんには、相手が悪かったねぇ、としか言いようがない。


「これで序の口って……」


 呆れられた。


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