場所を探しに

長く、それは長く歩いたら足が痛くなるでしょう。むくんでズキズキして、揉んでみても治らなくって、湿布もないから放置して。

そうしたら、どうなったかしら。

歩くのが面倒になった。疲れることが嫌になった。

自分だけが速く歩いているよう。他人は手を抜いているよう。

映画のお約束の時間内に話は終わらない。

たまに電車が人身事故で動かなかった時、あれは湿気った雨が降っていて先頭の車両だった、髪の跳ねっ返りが気になり進行方向のガラスにうすうく映り込む自分を見ていた。誰かが冷凍マグロが滑り込んでくる感覚で飛び出してきて、気づいたら頬に赤いモノが流れていた。悲鳴とかはホームから聞こえた。

直接、見てしまった。車両の自分たちは黙って呆けるしかない。

それが人身事故、自殺だと知って喉の奥が痛くなる。やっと動けたのは車内放送が流れた時だった。周りは何だか電話をしていて、自分も電話をしなくてはいけないと思い「遅れます」と上司に言う。簡単に「なんか、人身事故で」と「自殺」なんて言葉は出なかった。浮かびもしなかった。見ちゃったなんて自慢もできないなって思う。

ガラスの向こうに赤がべっとりとついていた。

湿った空気、振り替え電車の案内、なんとなく出たホーム、左下を見たら靴と手紙か、あとバックが置いてあった。錆の臭いが充満していて「男の人が」や「むり」と言いながら去って行く人が多くて「見た」はずの自分は夢見心地で現実にいない。

とりあえず遅刻してしまう証明をする為に改札エリアに行って遅延の紙をもらった。そして戻った。歩いていくのは面倒で復旧するまで待とうと思ったからだ。

警察が来て、何人か来て、当たり前のように遺品を回収し死体も回収し、電車は鉄臭く、拭き取れなかった血が、少しだけくっついたまま走り出す。

どっと疲れてしまって、休めばよかったと心が言う。

面倒になって嫌になって、その先は考えてないけれど、多分、男の人と同じになるのかも知れない。そう思ってしまうと「そうだね」と肯定する自分と「ズルうつにすればいいよ」と囁く二人がいて、この私は後者を選んだ。死ぬには勇気も覚悟も足りなすぎたから、結局、眠れなくなり怠くなり世界に絶望し人間が嫌いになった。上司も嫌いになった。

面倒になりすぎて、嫌いになりすぎた。

最終的に「神様なんていない」と日記に書いていた。懐かしい。とても懐かしかった。これらの品は段ボールに入れて処理業者に渡す予定だ。明日からは全国一人旅をする。この部屋ともお別れで愛着もあったが簡単に手放せた。

身の回りの「自分」だと分かるものだけ身につけて、僕は目的地を見つけにいく。

素晴らしい冒険譚が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る