約束の為、もう一度生きる。

茶奇譚

目覚め

 暗闇の中、映し出された『物語』が始まる。


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 とある町の、とある男とその妻の間に新たな命が生まれた。

 2人は大いに喜び、町の人々もまた、数年振りにこの街に生まれた命を祝福した。

 その日の晩、人々は貴重な備蓄を惜しげもなく持ち寄って町ぐるみで宴を開き、喜びを分かち合った。


 それからも健やかに成長し続ける子どもの様子を見る度、だれもが日々の苦労を忘れ、幸せを感じた。


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 『物語』の映像はなおも続く。


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 娘の7歳の誕生日。戦地でその話を聞いた男は、激しく怒り、声を荒げた。


「君の娘は流れ弾に当たって死に、捕虜として捕らえられた市民の中に、君の妻がいたらしい」


 同じ軍で戦う仲間であり、十年来の友人が口にしたその噂話は、それ位、男の張り詰めた心を大きく乱すものであった。

 男はその話を根拠のない噂だと無視しようとした。が、2人がここ数日帰ってきていないという現状もあり、できなかった。


 その後の男は、収まらぬ怒りと焦燥に身を任せ、最期の少し前まで戦場で戦い続けることとなる。


 その怒りが、この状況を招いた世界に向けたものなのか、はたまた2人を守れなかった彼自身に向けたものなのか、今ではそれを知る者は誰もいない。


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 『物語』__否、『記憶』は止まることなく流れ続ける。


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 ある朝、早くに起きた男が見つけたのは、既に息絶えた愛犬の姿だった。


 娘の誕生を祝う宴の後、道端に捨てられている彼を見つけ、それ以来、我が子のように愛し続けていた。

 娘もまた、一緒に育った彼を兄弟のように思っていた。


 溢れそうになる涙を堪え、男は庭の真ん中に生えたカエデの木の下に、亡骸を埋めた。


 少し経って起きてきた娘は、見慣れた姿を探す。が、土の下で眠る彼が姿を見せることは二度とない。

 事のあらましを聞いた妻は、激しく泣き喚く娘を呼び、話をする。


「出会いがあれば、必ず別れもあるの。この別れを受け入れれば、きっとまた会えるわよ」


 4歳になって間もない娘が、その話を理解できたかは定かでない。

 しかし、いつのまにか泣き止んだ娘は涙を拭き、今度は知らぬ間に涙を流していた男を慰めるのであった。


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 『記憶』のテープはランダムに再生を続け、脳に焼き付けられていく。


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 戦争で荒廃しかけたこの世界でも、人々は娯楽を求め、この遊園地に集う。


 男もまた、我が愛娘のため、この地を訪れていた。

 6歳の誕生日を迎えた彼女は、この日、とびきりにはしゃいだ様子で遊び回り、年相応の笑顔を男と妻に見せたのだった。


 この日繋いだ手に感じた温もりが、この楽しかった出来事を、男にとってかけがえのない思い出にするのだった。


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 いくつかの再生されない『記憶』を飛ばし、ついに最期のテープが流れる。


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 人生の全てとも言えるものを失った彼の最期は、あっけないものであった。


 突然家に入り込んできた白衣を着た人物に、胸に銃を数発撃ち込まれる。

 薄れゆく意識の中、


「これで、私の悲願が達成される」


 と白衣の人物の呟く声が、男の耳に聞こえたのであった。


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 全ての再生が終わり、初めと同じように暗闇が辺りを包む。


 眠りから醒める時が、すぐそこまで来ていた。


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 『男』が目を覚ますとそこは、見知らぬ場所だった。

 部屋には、床一面に這っている謎のコード。それらのほとんどは、彼が入れられている、液体に満ちた容器から伸びた物であった。その伸びた先にあるのは、液体が入った容器に入れられた、肉塊のような物。


 目を凝らすと、それは、人間の脳であった。


 と、ふと目の前に、見覚えのある白衣姿が現れる。

 何か喋っているようだが、生憎『男』には聞こえない。


 『男』は自らの感情のままに、拳を全力で突き出す。

 『男』と白衣の人物を隔てる透明な壁は、なんともあっけなく破壊された。

 怯える白衣の人物を見た『男』は立て続けに殴り、蹴りつける。とどめに、倒れるそいつの顔面を力一杯踏みつける。

 そしてその白衣の人物は、ピクリとも動かなくなった。


 『男』は卓上のデバイスで地図を開き現在地を探る。

 『記憶』を頼りに住所を打ち込むと、画面には彼の家までのルートが表示される。

 目的地を決めた彼は、おぼつかない足取りで、その地へ向かうのであった。


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 歩き続けて2時間、辿り着いた『男』が目にしたのは最後に見た時となんの変化もない自宅の姿だった。

 2人がいないかと、『男』は逸る気持ちを抑え、ドアを開ける。

 しかし、やはり誰もいなかった。

 家の中を探そうと一歩入る。と、ミシミシと音を立て、床が抜けてしまった。


 庭に出ると、真っ赤に色づいたカエデの木が『男』の視界に入る。

 その瞬間、再生されていなかった『記憶』が鮮明に復元される。


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 愛犬が旅立った数日後、男は妻と娘と共に、庭で日の光を浴びてお昼寝をしていた。

 娘がまどろみの中へ落ちた頃、妻は男に話しかける。


「ねえ、あなた。ひとつだけ、お願いがあるの」


「どうしたんだい、急に」


「私ね、いつ死ぬか分からないのが、たまらなく怖いの」


「それは僕も同じさ」


「…あのね、もし死んだら私、この木の下に埋めて欲しいの」


「それは、この木を僕らの墓にするってことかい?」


「そうなるわね」


「いいんじゃないか」


「ホント?」


「ああ、本当さ。そうすれば死んだ後も、みんなで会えるかもしれない。…彼にも」


「…そうね!わがままを聞いてくれて、ありがとう」


「これは、僕らだけの約束だ。忘れないでね」


「もちろんよ」


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__妻と決めた、大切な約束。


 どれくらいの年月がかかるか見当もつかない。数年、いや数十年かかるかもしれない。

 それでも『男』は、それを果たさないといけない。


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 『男』は一生をかけ、今日も2人を探す。

 行くあての無い、気が遠くなるような旅。

 それでも『男』の歩みは止まることはない。


 あの日々の『思い出』が、今日も彼を突き動かす。

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