第7話

 すさまじい揺れが襲ってきて、たたき起こされた。背中の壁は崩れ落ち、半壊して大きな穴が何か所も開いていた。ふらつくように立ち上がる。工場は見る影もなく崩れ落ちていた。倒れ落ちてどれくらい時間がたったのだろうか? 

 もしこの場所から移動していたら崩壊に巻き込まれてもおかしくはなかった。運よく九死に一生を得ることができたようだ。

  破損したパイプに発生した亀裂から汚水は溢れ氾濫している。工場内の船着き場までいってみると、壊れたブロックは閉鎖され、作業員の数も減っていた。

 なにがあったかわからないが、工場の半分近くが破壊されなくなっていた。修理担当の作業員は忙しく壊れかけた区画を隔離したり、パイプを修理したりしているが、追いついていない。

 浄化槽は汚水を処理しきれず、異臭を放ち、死んだ作業員の死体も処理しきれず、死体のいくつかが、浄化槽に浮かんでいた。

 工場の床は汚水でまみれている。

ここに戻っている仲間に話を聞いてみようと、周りをみわたす。知性がある存在が何人かみつかった。

「ここはどんな感じだ?」

「天変地異で、工場がかなり破壊されている」

「我々では修理できないのか?」

「無理だ。作業員でないと……」

 工場の壁はひび割れ、床も腐食している。薬剤をつくるブロックは全滅に近く、汚水の浄化も間に合わないのはこのためだ。

 前いた軍隊もここにはほとんど現れない。私も工場を直そうとしては見たが、まったく手が付けられない状態だった。

 作業員はどんどん死ぬが、新しく補充される数が減っているのが分かる。

 空気も澱んできている。換気も間に合っていない。

 私や、仲間は悪い空気でもそれなりにたえられるようだが、作業員はそうでもない。窒息状態になって死ぬものもいた。何人か助けることができたが救助の手が回らない。

「ここはもう終わりでしょうか?」

 仲間が沈痛な面持ちで、私に問いかける。

「そうかもしれないな。別の場所に移った方がいいかもしれない」

 どんどん、汚水が流れ込み、浄化しきれない水は、工場を水没させようとしている。

 作業員の死体が、何個も水に浮かび、腐敗臭をまき散らしていた。

 栄養剤が格納されているブロックは、まだ、水の被害をこうむってはいないが、時間の問題だろう。

 まだ、栄養剤に毒は混じっていたが、耐性が付いたのか、私や、仲間に毒は効かなくなっていた。

 少しずつ、死なない程度に毒入りの栄養剤を齧っていたためだろう。

 誰が毒を混ぜ、我々を殺そうとしていたかはわからないが、当てが外れてがっかりしたかもしれない。

「とにかく、この栄養剤を確保しないと」

 作業員が少なくなっているため、栄養剤の補充も滞っている。

 私たちはもてるだけの、栄養剤を確保することにした。

 おもむろに、すさまじい地響きとともに、また世界が揺れ始めた。

 天変地異の前触れかと思われる轟音が、前後左右から響き渡る。

 河が決壊したのか、大量の汚水がここまで流れ込んでくる。私たちは栄養剤を船につめると、同時に汚水の河から流されていく。

 工場の天井が、ひび割れ、破片が、濁流となった汚水の中に降り注ぐ。

「せ、世界の終りだぁ」

 恐慌状態になった仲間のいくらかは、船から零れ落ち、黒く澱んだ濁流の渦に飲み込まれていった。

 工場は半壊し、天井より更なる上の天上からも、汚水が降り注いでくる。

 濁流に櫂をとられながらも、私たちは必死で船を操る。

 軍隊の船も、作業員たちも、濁流にのまれていった。

 何本もの河が汚水で氾濫し、工場を取り囲んでいた壁も崩れ、あらゆるものが、いっしょくたになっていく。

 空を見上げると、天はやぶれ、作業員の死体が降り注いでくる。崩壊は広がっていく。行くべきところもわからない。まさに地獄だった。

 やがて、濁流は収まる。何もかもが混じり、水面は果てしなく続いていた。水はやがて引いていった。後には、どうしようもないくらい破壊された工場が残っていた。

 生きている作業員も先の濁流に大半飲み込まれて、残ってもいない。

 私は、水びたしの壊れかけた工場の床にへたり込んだ。

 私にもわかる。この世界はおしまいだ。

 生き残った仲間も何人かいたが、みな、暗い表情を浮かべていた。

 空を見ると、天もずたずたに破れ、ときより、腐った水がしたたり落ちてきた。

 工場は、わずかの壁を残して、崩壊している。

 栄養剤はわずかにあるが、とても、長くはもたないだろう。

 この世界のどこにいっても、同じだろう。私はそう直感していた。

「もう終わりなのか……」

 仲間の一人がつぶやいた。そいつは壊れ果てた工場の床に突っ伏した。

 冗談じゃあない。終わってたまるか。

 この世界が、私を殺そうとするなら、この世界から別の世界にいくだけだ。私を受け入れない世界など、こちらから願い下げだ。


 といっても、どうしたらいいかわからない。

 天も地も、ひび割れ、あらゆるものが停止している。食屍鬼もいないため、死体は野晒しだ。

 腐敗臭が漂ってくる。遠くから仲間の悲鳴が反響した。

 足もとが崩れる。奈落に落ちていく。

「ここで終わってたまるか。絶対に、絶対に私は……」

 あらゆる生きているもの、死体になってしまったものあらゆるものが混じり、さらなる混沌になっていく。

 やがて世界が切り裂かれて、光が見えた。 


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