第6話

 前にいた工場にもどったのは、大分時間がたってからだった。色々な場所に流れて、ずいぶん時間がかかってしまった。

 入り口であろう河から、船着場にもどる。見慣れた作業員が色々なものを運び込んでいた。

 たまに、河から各地に散らばった仲間からの便りがくる。皆、仲間を増やして頑張っているようだ。

 作業員に紛れて、広い区画に入りこむ。何か前と雰囲気が変わっていた。

 数百人はいたと思う作業員の数は減っており、汚水の処理が間に合わなかったのか、汚泥の腐った匂いが区画を充満していた。

 栄養剤がため込まれていた区画に行くと、働かず座り込んで、白い塊をかじっているだけの作業員が何人もいた。

「お久しぶりです」

 私は肩を叩かれて振り返った。そこには、ここで仲間になったものがいた。

「大分と仲間が増えたようだね」

「ええ、最近は汚水の量が増えて、処理が間に合わず、倒れるものがふえていましたから、説得が簡単でした」

「みんな、働かないでいるようだけど?」

「皆、死ぬほど働いていたのですから、これくらいの休暇は当然ですよ」

「そうかもしれないね」

 私が周りと見渡すと、明らかに作業員の邪魔をしているものや、栄養剤である白い錠剤を横取りしているものもいた。

「さすがに、作業員の邪魔をするのはどうなんだろうと思うけど?」

「こうすることによって、説得に応じるものもいますから、むしろ望ましいのではないかと思ってます。奴隷のような生活から解放されるのですから」

「そうかもしれないけどね」

 何かが引っかかるものがあったが、私は気にしないでおくことにした。

 あいかわらず、盲目に働いている作業員と、何もしないで、栄養剤をくすねているだけの仲間が視界に入る。

 浄化槽からは、汚水が漏れ、赤い床を汚していた。横になっている仲間が邪魔で、作業員が汚水を掃除できずにいるようだ。

「貴方もゆっくりされたらいかがですか?」仲間の一人から軽く肩をたたかれた。振り向いて目を覗き込むと、確かに意志の力を感じる。機械的に作業するだけの存在ではないのが分かる。

 手渡された栄養剤を口に入れる。仕事をしていないせいか、私はあまりこの錠剤を必要とはしていなかった。作業員が摂取するより、少なくて済むようだ。

 工場を見て回る。意志を持った仲間が増え、話も通じるようになっていた。逆に作業員の数が減っているようにも思えた。

 軍隊が来て殺されることも減っている。例の割符を、仲間内で回して軍隊をごまかす術を発見したからと、船で危ない狙撃手が来ないように、工場の船着き場を、見張っている仲間がいるからだ。

 壁は薄汚れ、床も汚水で汚れている箇所が多々あった。腐敗臭が立ち込めて、私がいたときの清潔な感じがなくなっていた。

 何も意味がわからず、働き続けることと、今の状況とでは、どちらがいいかはわからなくなってきていた。

 船着き場にいくと、栄養剤の材料になる液体が、タンクで運び込まれてきた。

 作業員がものを言わずに、タンクを工場に運び込む。何故か私は嫌な予感がした。

 あわてて、私は、栄養剤を作っている箇所に走って行った。

 作業員が物言わず、タンクから液体を床にあるプールに注ぎ込んでいく。

 精製されて、白い錠剤になった栄養剤を仲間の何人かが、さっそく口に運んだ。

 私は思わず、静止の声をあげたが、おそかった。

 錠剤をのんだ仲間は、喉をかきむしり、血を吐いて倒れこむ。

 全身を痙攣させて、たちまちうごかなくなった。

 錠剤を飲んだ作業員の何人かも同じように血を吐いて倒れたが、個人差があるようで、何ともないものもいた。

 どこからともなく現れた食屍鬼が、仲間や、作業員の死体を貪り食っている。

 悲鳴を上げて、私は転げるようにその場を逃げ出した。

 何ものかが、毒を栄養剤の材料に混ぜているのだろう。何のためかはわからない。

 ふらつくように、工場の端の壁に背をつけて、へたり込んだ。

 汚水のにおいが、工場に充満しはじめていた。明らかにここの機能は低下している。

 汚水を運ぶ管が破れ、仲間や、作業員に降りかかる。

 けたたましい悲鳴が上がる。汚水をかぶった仲間や、作業員の体が焼きただれた。

 阿鼻叫喚のように、死体が辺りに転がっている。

 何とか立ち上がると、工場から出ることにする。

「みんな、ここは危ない。外にでるんだ。船に乗れ」

 大声で叫ぶと、何人かが私の後に続いた。

 船着き場に走る。毒水が辺りを汚す。毒入りでない栄養剤は、少量確保するのがやっとだった。

 船着き場にたどり着けたのは、十人にも満たなかった。

 あわてて、船に転がり込む。水の流れに任せて、船が進む。

 水かさは、前より増していた。氾濫する水に翻弄されるように、船は流され続ける。

 気が付くと、どこか赤い陸地に打ち上げられていた。

 疲労も限界に近い。私は一緒に来た仲間とともに、ここで休息をとることにした。

 栄養剤も残り少ない。無駄に使うこともできない。

 赤い壁を背中に、腰を下ろす。

 とたんに疲れが押し寄せてきた。

 意識が白濁する。私は深い眠りに落ちて行った。

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