第5話

 私は仰天し、地面にへたり込んだ。

 これが幸いした。頭上を高速で突き抜ける何かが走ったのだ。

 もし立ったままなら、私の頭にそれが激突していたことだろう。

 振り返り後ろを見た。数十歩はなれたところに、ライフルを構えた軍隊っぽいものが立っていた。どうやら、私と話していた作業員を撃ったのは奴の様だった。ただ、他の軍隊とはすこし感じが違う気がする。割符をあわせることもなしに、急に撃ってくる奴は初めてだった。

 私は急いで立ち上ると、ジグザグに走った。

別の作業員の間を潜り抜け、地面に伏せた。

 騒ぐこともなく、作業員たちは空気の詰め替えを行っている。銃声が響いても振り返りもしない。

 銃弾は、私だけを狙い撃ちにしているようで、他の連中を襲っている様子はない。

 何が何だかわからないが、ここが危険なのは確かだ。狙撃手が近づいてくる気配がする。万事休すか……。と思ったとき、上空から毒ガスが降り注いだ。

 地面に伏せていた私は、事なきを得たが、狙撃手の方はひとたまりもなかったようだ。奴が倒れ込んだ気配がする。私は毒ガスが落ち着いた瞬間、立ち上がり全速力で、出口と思しき穴に走って行った。

 作業員の何人かに激突したが、構ってはいられない。私は一人が取り落としたボンベを持つと、穴に躍り込んだ。

 穴の向こうは、開けた空間があり、船着場があった。何艘もの小船が停泊している。ボンベを担いだ何人もの作業員が船で出発している。

 船を奪って出発してしまおうかと思ったが、ふと考えた。

 さっき、殺された作業員が正気に戻ったのはなぜだろうか?

 工場のときでも同じことがあった気がする。もしかすると、死にかけることがあったら、作業員たちは正気にもどるのだろうか?

 ここを離れるのはまだ早い気がした。ここは定期的に毒ガスが蔓延する。

 死にかけた作業員を助けたら、仲間にできるのではないだろうか?

 あの狙撃手が、なぜこちらを狙ってきたのかはわからない。

 しかし、危険を冒してでも、仲間を探す必要がある。私はそう考え、入って来た穴から戻る決心をした。

 私は入って来た穴をくぐると、背後から狙われることがないように、壁沿いに移動した。毒ガスにやられたか、どこかに潜んでいるかはわからないが、狙撃手の姿はない。

 めまぐるしく行き来する作業員の姿を見つつ、壁を背にして移動した。

 息を潜めて、毒ガスが降りてくるのを待つ。灰色の薄汚い大気が降りてくる。私は腰をおろし、毒ガスを吸わないようにした。

 何十人もの作業員が苦しみ悶えて死んでいく。私は近くの一人に私は目を付けた。そいつが死ぬ寸前位に、飛びつくように押し倒した。もっていたボンベの空気を吸わせ、毒ガスを吸わせないようにする。

 毒が霧のように晴れていく。私はそいつに語りかけた。

「大丈夫ですか?」

 私の作戦は功を奏した。そいつの眼には正気の光がともったのだ。

「ええ、なんとか大丈夫のようです」

 私は先に立ち上がると、そいつの手をとり立ち上がらせた。

「あなたは、何故黙って殺されようとしたのですか? ぼんやりと立っていたら毒ガスに殺されていたところですよ」

 そいつは小首を傾げると、不思議そうにこちらを見た。

「私にはあなたが言っていることがよくわからないですね。あなたに助けられるまでは何も考えずに、自然にやっていたことなのですから」

 狙撃手の気配に気を付けつつ、一緒に壁際に移動した。頭を撃ち抜かれては困るからだ。

「ここは何かおかしい。そうおもいませんか?」

「そうですかね? まったくわかりません」

 意味が分からないとばかりに首をふられてしまう。しかし、言葉が通じるだけでもまだましな方だ。

「みんな、何も考えず、同じことを繰り返している。殺されても何もいわない。妙な化け物が死体を食いにくる。こちらを殺そうとする意味不明の奴らがうようよいる。これがまともなはずがない!」

「言われてみたら、そんな気もしますが、でもどうしようもないんじゃないですか?」

「そんなことはありません。私と同じ考えの仲間を増やせば、この事態を改善できるはずです」

 私は、遠くに声が響かないようにそれでいて力を込めてそういった。

「私にどうしろというんです?」

「もっと仲間を集めて、欲しいんです。ここでも、私が前にいた場所は工場でした。そこでも仲間が一人できました。理解者を増やせば、何かが変わるはずです」

「なるほど、それであなたはどうするんですか?」

「私は、一度前いた工場にもどってみます。戻り方はわかりませんが、何とか探してみるつもりです。そこで、残してきた仲間の様子を見て、それからのことを考えてみます」

「とても、何か変わるとは思えないですが、出来る限りのことはしてみます」

 私は今までの軍隊のことや、喰屍鬼のことを話して注意するように伝えた。

 そして、毒ガス対策にボンベを渡すと、そのまま、また出口の穴にむかって壁沿いに歩き始める。

「なにかあったら、あの穴の向こうに河があるようです。そこに何か目印になるものを投げ込んでください」

「はい。わかりました」

 意思をもった作業員はうなずくと、手を振って見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る