第3話

 すさまじい水の音が響いている。軍隊や喰屍鬼に気づかれないよう、静かに移動した。

 船着き場で、ぼんやりと突っ立っていた喰屍鬼の目の前で手を振るが、何も動かない。

 どうやら、死体以外には興味がないようだ。

 手ごろな一艘をみつけると、船を括りつけているロープをほどく。

「では、いってくる」

「ああ。こちらでも何かあれば、この水に目印になるものを投げるよ。工場に置いてある薬品の瓶にいれて、君にたどり着けばいいんだが……」

 私も外の事はわからない。曖昧に頷くことしかできなかった。

 私は無人の船をのっとると、竿を使って船着場から離れる。おもったより早い流れで巨大なパイプの中に吸い込まれていく。

 船着場で、手を振る仲間がどんどん小さくなり、消えていった。

 流れは緩やかになっていて、たまには、竿を使わないといけない位だった。

 赤いパイプの内側は、薄く光り、うっすらと周りを見渡すことができた。

 たまに、別の小舟とすれ違うことがあったが、特に気にされることはなかった。

 進んでいくと別のパイプとつながっている場所もあり、別の船がそちらに向かって進んでいく。

 パイプはだんだん太くなり、河に流れ着いた。何十艘もの船が行き来し、色々なものを運んでいる。私がいた工場でつくられたであろう物資を、詰めた見覚えのある箱が、別の船には詰め込まれており、どうやら、色々な場所に運んでいるようだった。

 河はゆっくりと流れているが、逆流はせず、流れは一定のようだ。なんとなく、水面に手をつける。意外にも生ぬるかった。

 特に竿をつかう必要もなくなり、確かな速度で私の船は進んでいく。

 目の前は果てしない水面が続いていた。

 大き目の船や、小さめの船が固まって、進んでいるのが見える。

 後ろから、一艘の船が近づいてきた。あっという間に、横に並ばれる。

 私の船より、三周りは大きな船には、軍隊が数十人はのっているだろうか。

 明らかに、違う服装の奴がいる。おそらく隊長だろう。

 隊長の周りには、三人の喰屍鬼が控えており、戦うとひとたまりもないのは明らかだ。

 隊長が顎をしゃくると、ぶつかるように船が近づいてくる。

 こすりあわされた縁から、二人の軍隊が飛び移ってきた。

 物も言わず、一人が首にかかった割符をつきだす。

 私自身の首の割符を、差し出された札に会わすと、ピタリとはまった。

 そいつは頷くと、自分の船にもどった。どうやら、隊長に報告にいくようだ。

 私の船にいた他の二人も引き上げていく。どうやら、問題ないらしい。

 内心胸をなでおろしたが、一体この割符は何だろうか? 考えてもわからない。なんとなく、目の前の水面に視線を移した。

 突然、けたたましい叫び声があがる。

 そちらを見ると、黒い服に身を包んでいる奴が、軍隊から撃ち殺されているところだった。

 遠目で見ると、そいつは割符をもっていなかった。

 ライフルで穴だらけにされた後、喰屍鬼から生きながら、貪り食われ始める。

 私は恐ろしくなって、視線をそらした。

 一刻も早く、ここから逃れたい。心からそう思った。

 耳をふさごうと、肉を噛み砕く音、骨をへし折る音が、聞こえてくる。

 どうやら、殺された者が乗っていた船も破壊しているらしい。破砕音も交じっていた。

 割符を握りしめる。これがないと自分もいずれ同じ憂き目にあうことになる。そう思うとこれを手放すことは出来そうもなかった。

 やがて、目の前に大きな水門が見えてきた。すさまじい水の音が聞こえてくる。色々な河やらパイプやらから水が集まっているらしい。

 河をせき止めるというわけではなく、水を一方通行にしているようだ。水門は一定期間で開き、すさまじい音をたてて、水を飲み込んでいく。数分後、すさまじい音をたてて、門が閉じる。

 水の流れから見て、引き返すことはできない。川岸がわずかに見えるが、水流が急になっており、そこに移動することも無理のようだ。

 上を見ると、はるか頭上に赤い空が見える。不気味にぼんやり光っているが、光源ははっきりしない。

 船がゆらゆらと上下に揺さぶられる。ここで水に落ちたら、ひとたまりもない。

 私はしゃがみこむと、身を低くした。

 轟音とともに、水門が開き、私の船がそこに吸い込まれる。

 放り出されるように上下にゆれ、それから、水門が閉じる音が後ろから聞こえてきた。

 門の向こうは、どうやら貯水池のようだった。一緒に入って来たであろう船の何艘か、水に揺らめいている。

 皆、手慣れたもので、立っていてバランスを崩しそうなものは見当たらなかった。

 何十艘もの船が、隊列をつくっていて、目の前にある、池の出口である門が開くのを待っている。

 入り口の門よりさらに大きく見える出口が開き、ゆっくりと船が出口に向かって進んでいく。

 ここは高低差があるらしく、水は自然に出口に向かってなだれ込んでいった。

 船をすべて飲み込んだのち、後ろの門が閉じる。

 そこは、湖といってもいい位の広さの場所で、私以外の船も、何百艘も止まっている。

 工場でみた作業員に似たやつらが、船にのっており、湖からの出口に誘導しているようだ。遠くから水の落ちる音がする。瀧があるらしい。

 誘導されるままに、私は湖の向こうに船を進めていく。水の音がひどくなる。

 目の前には大きな滝があった。

 水流が早くなる。世界の終わりのような地の底にむかって水は落ちていく。

 私は逃れようとしたが、別の作業員の乗った船が後ろからぶつかってきた。

 竿をつかって船を止めようとしたが無駄だった。

 他の船のやつらは微動だにせず、瀧から落ちていく。表情を見てもそこには何も浮かんでいなかった。

 滑るように船は滝壺に向かう。悲鳴をあげながら、私は奈落の底に落ちて行った。

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