最終話
俺は自分で思っているより、はるかに短気で独占欲が強く、忍耐がない男だったらしい。
いや思い返すと、恥ずかしくて仕方がない。
彼女はそれを分かっていた。
それを分かって、彼女は、
安心して欲しい。この物語はハッピーエンドだ。
どう、あがいたって。
*
告白の決行は翌日。
深夜未明になっても目がギンギンに冴えわたる俺の脳内は、ただ一つの想いに支配された。
ぎりぎりと歯ぎしりをしながら思い浮かべるは、
『行くな』
そんなどす黒い感情のみ。
近い存在にはいつまでも近くにいて欲しい。
離れないで欲しい。
エゴだ。
それがどうした。
恋愛とはエゴである。俺はそれをとうとう理解した。
羽柴後輩の彼女になる。やつのものになる。
「嫌だ……」
嫌だ。
嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやダいやだイヤだいやだイヤダイヤダイヤダ―――――――――!!!
誰カに渡してシまうなら、俺がイタダク。
たぶん、俺は致命的に間違っている。
だが俺はその時はそう思ったのだ。
そして今でもこう返すだろう。
そレがどうシた。
「誰ニも葵は渡サない……!!」
*
翌朝。
二人の告白現場に乱入(場所はテンプレな校舎裏)し、思いの
「好キだ、葵!!」
二人は黙って俺を見ている。
立ち尽くしている。
たぶん引いている。
少し冷静になる。狂気が引っ込みかける。でも構うもんか。
ここまで来たら、恥はかき捨て、世は情け。
「俺は葵を愛してる―――――――――!!!」
だから、
「俺と付き合ってくれ!!!」
「はい。私もあなたが好きですっ」
………………………………。
え?…………………え?
正直、100%断られると思っていたのは、墓場まで持っていく感情である。
大男の未練たらたら、恋の嫉妬のみっともなさといったら、料金を取れる。
あの苦しい時間だけは俺のほうが、演技が上手いと思っていた。
でもそれでも負けていたんだ。
負けて、たんだよ。
*
「好きだよ。大好き」
目の前に、気の抜けたふにゃりとした、泣きそうな笑顔の葵がいた。
で、俺も泣いた。
「お兄ちゃんってさ」
感情を隠すのが上手いよね。
途中で何度も『これは無理かな~、愛想つかされちゃうかな~』って諦めそうになったよ。
でも嫉妬狂いで、執念深いことも知ってる。
「だから信じてた」
「…………」
「もう一度言うよ。好きです。喜んでお付き合いします」
*
「教えてくれ。何でこんなことを、仕組んだ……んだ?」
俺の気持ちなんて、とっくにお前には、
「う…………だって」
すると彼女は髪の毛先を指でくるくるしながら、言おう言わないか一瞬の迷いの後、
「だって男の子から告白してくるのが、私の理想なんだもん…………」
…………………………は?
「それだけのために?」
こんな大それた、姑息な
意味の分からないことを。
俺の気が変わってしまう可能性の方がどう考えても高い。
それなのに彼女は断じる。
「信じてたから。それに、」
そんな私が好きなんでしょう?
……ああ。
その通りだよ。
*
「私は嘘が嫌いなの。私はまずは好きじゃなかった。お兄ちゃんが先に好きになって、私が後から恋に落ちた」
と、
「後に残る事実ではそうなるように演技した」
また演技か。
「前々から思ってたけど、『演技』は嘘じゃないのか」
何度も繰り返された問答。
答えはいつだって決まっている。
「嘘は偽物。演技は本物。その時は偽物でも、絶対に本物にしてみせる。そうしてきた。これからもそう」
こいつは……本当に。
筋金の入りの、
「この
「えへへー」
褒めてないっての。
*
「さて。僕はお邪魔のようですね」
そうして優男は舞台から降りようとする。
「結局お前は何がしたかったんだ、羽柴」
勝者の問いに、彼は素直に答える。
「全てを失うかもしれないのに、全部を賭けた。全てが欲しいから。彼女にとってこの一世一代の賭けは、予定調和でしかなかったようですが」
いや恐ろしや、いや
「椎橋さん、今からでも演劇部に入部しない?」
「けっこうです。私が好きなのは演技なの」
「彼女とはひょんなことから意気投合しましてね。学校の有名人にはいささか興味があったんです。予想以上でした」
「有名人? 葵が?」
「知らないんですか? 葵さん、横暴な体育教師を演技で
「だって許せなかったしー。ちょっと『甘く』接したら、思い通りに動いてねえ……」
「お前……」
そう言えばちょっと前に教師が退職してたな……あれはお前の仕業だったのか。
葵の顔を見ると、そっぽを向いてごまかす。
下手な口笛までオプション付き。
伝説をついに三度作っていたとは……。
俺は戦慄した。
底が見えない、この女。
*
「賭けの結果は出ました」
「人の恋路で賭けとは……趣味が悪いな」
「ふふ」
「へへー」
賭けは椎橋さんとあなたの勝ち。
ちなみにあなたが彼女に愛想を尽かせば、僕の勝ち。
助力した僕と共に、演劇に励む。
「それじゃ賭けになってねえよ」
「そうですね。万に一つも、見限ることはなさそうだ」
お互いに、ね。
「ではお二人とも、お幸せに」
そうして脇役演者は舞台を去る。
「じゃあお兄ちゃ……違うね」
んんっと喉を鳴らし、
「あ、朝陽くん」
「!」
ようやく、ようやく兄からの卒業。
晴れて幼馴染失格となり、万々歳。
俺の彼女は目で訴えかけてくる。
でも俺は今までも下の名前で呼んでたしな……。ここはニックネームとかか?
「じゃあこれからもよろしくな、……あお」
「!」
その表情、仕草が偽物なのか、本物なのか、俺にはまったく見当もつかない。
だがその耳の色だけは、嘘をついていないのだと俺は思う。
「うん……」
「うん、よろしく!!」
(完)
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