第2話

「こんばんは、お兄ちゃん。あのね、私ね、好きな人ができたんだー」


 ある日のいつもの夜。いつものように俺の居室を訪問した葵は、開口一番そうのたまいやがった。


「……………………ほう」

「間があったねー」

「深い意味はない。気にするな」

「分かったー」

 

 俺は平静を必死に装うが、内心は動揺の嵐であった。

 え、何で何で。

 この子、俺のことが好きなんじゃなかったの。


「それでね、長い付き合いのお兄ちゃんには、彼と交際するための相談にのって欲しいのー」

「なぜ俺がそんな相談にのってやらんといかんのだ」

「なぜって、お兄ちゃんは私のことをよく知ってるから、私の魅力をアピールするのを手伝ってくれる人材に打ってつけだよー」


 そりゃ魅力はよーく知ってるよ。

 毎日毎晩、肌を合わせて共同作業(TVゲーム)を繰り返したからな。

 その結果、めでたく昨日、ラスボスを倒した。


 そしたら現実世界で、味方の癒し枠ヒーラーが、裏ボスとなって現れた。


 俺、ひょっとしなくても、道化師ピエロじゃない?

 男の純情ハートをもてあそびやがって!!

 俺は心の中で血の涙を流した。


「よし分かった、いいだろう」

「やたー」


 オーケー。冷静になれ、朝陽。

 普段のアレは、結局理性的な俺の予想通り、親しいが故の過剰なスキンシップに他ならなかったということ。

 すべては俺の煩悩ぼんのうの勘違い、モテない男が幼馴染の色香に無駄にほだされた。

 ファイナルアンサー?

 それはそれで死にたくなるな……。


                   *


 翌日、学校終わりの図書館にて。

(ここで初出になるが、俺と葵は同じ高校に通う、先輩後輩である。家から通える、程よい偏差値の学校に進学したら、幼馴染まで一年後に入学してきた。葵ならもっといい学校に入れただろうに……)


「あれが羽柴与一はしばよいち君。演劇部の期待のホープで、部活前に図書館で本を読むのが、日課らしいんだよー」


 図書室の机にたたずむは、いかにもなさわややかイケメン野郎だ。

 気に食わない。

 俺は世に生きるイケメン皆が、デスノートに名前を書かれたらいいのにと願う。


「彼はクールで清楚せいそで、おしとやかな女の子が好みらしいんだ」


 贅沢ぜいたくな野郎だな、の言葉が喉まで出かかった。何とか飲み戻す。


「だから」


 葵のまとう空気が、



 一変する。


 このにはいつまで経っても慣れない。

 例えるなら、電化製品のスイッチをカチリと入れるの感覚か。

 小さい時、大人たちからは人格が入れ替わっているんじゃないかと疑われた。


 結局医者に連れて行かれる前に、本人が「あのねこれはねー」とカチリと電源を落とし、素のほんわか葵になって冷静に説明した。

 子供の自己申告でしかない。

 俺は今も霊でも乗り移ってんじゃねえかと疑ってる。


                  *


「どう?」


 葵はポニーテールのゴムを外し、背中まで伸びた髪をすく。

 服装の隅々を整える一挙手一投足いっきょしいっとうそくから、いちいち気品としとやかさを感じる。


「ああ、いつもながら見事だ」

「ふふっ、ありがとう」


「じゃあ行ってくる」

「……ああ」

「成功を祈ってて」

「…………ああ」


 それは幼馴染としては、ちと難しい相談だな。


                  *


「こんにちは」

「ん? ああ、こんにちは」

「いつも図書館で会うわね。本がよっぽど好きなのね」


 葵はこの邂逅かいこうの準備のため、2週間以上、放課後に図書館に通っていた。

 涙ぐましい努力の跡だ。


「そういえば最近、ここでよく見るね。本はいいよ。心を安らかにしてくれる」


 おかしいな。俺の心はこんなにたくさんの本に囲まれていても、怨嗟えんさの炎で燃え盛っているがな。


「私も最近、図書館の魅力に気付いて……でも、何を読んだらいいか分からなくて。よかったらお薦めの作品なんか、教えてもらえないかしら」

「いいよ、僕で良ければ。えっと、君の……」


「ああ、ごめんなさい。名乗るのがまだだったわね。椎橋葵、1-Cよ」

「僕は羽柴与一。やっぱり1-Cだ。ごめん、同じクラスなのに覚えてなくて」


「私も同じようなものだからいいわよ」

「はは、そうだね」

「ふふ」


 へへっ。何かむしゃくしゃしてきたぜ。


「君の趣味趣向で、読みたい本はだいぶ変わるからね。僕はジャンル関係なしに読み漁るから、いいものを教えられるかも」

「そう……。趣味はお裁縫さいほう。争いごとは苦手で、しんみりとした感傷に浸れる作品が読みたいわ」


 こらこらお嬢様、嘘はいけませんよ。

 趣味は漫画とゲームとTV鑑賞で、昨日はサッカーの試合見て「いけいけー、ドリブルでぶち破れー。ちょっと!そこでミドルシュートでしょー!」ってたぎってただろうが。


「なら、これはちょうどいいかもね。『神様のいない日曜日』っていうんだけど」


 ライトノベルかよ。図書館にあるのかよ。


「日曜日だけ神様がいないの?」

「日曜日を世界に例えて、世界を神様が見限った世界の話だよ。死者が『あの世』にいけなくて、生者と死者が共存する世界を女の子が旅をする」

「変わったお話ね」


「でも刺さる人には刺さる。君もそうだといいな」

「ありがとう、試してみるわ」

「うん……ふふっ」

「うふふ」


 はいはい、この妙な空気どうにかなりませんかね。


 しかし、この世界には神様はいないらしい。

 いるのは二人の世界をうとましく思う、悪魔のような心を持った男だけだった。


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