演技が好きな年下の幼馴染を持つと、俺の気苦労が絶えない。

雨宮 隅

第1話

 椎橋葵しいばしあおいは、演技をするのが大好きだ。


 「好きこそものの上手なれ」ということわざがあるように、この一個下の幼馴染おさななじみは大好きな技を、幼少の頃から磨き続けた。

 小学生では校長をグラウンドの真ん中で土下座させ、中学校では担任を教室で全裸にいたその御業みわざは、高校一年生になった現在では、神の領域とでも呼ぶべき技量に達している。

 その一例は毎日、演じられる。


                  *


 ある平日の夜。

 俺、牧原朝陽まきはらあさひはいつものように自室で、夕食後の息抜きのテレビゲームに興じていた。


 ピンポーン。

 いつものように、玄関のチャイムが鳴る。

 ととととととっ。

 いつものように、重さ軽めの足音が近づいてくる。

 とんとん。

 いつものように、扉がノックされる。


「こんばんはー。どもども、葵です。お兄ちゃん、入ってもいい?」

「…………おう」

「失礼しますー」


 いつものように今晩も、その少女は俺の部屋に、年頃の男の居室に、一切の気後れを見せずに入り込んでくる。


 150cmくらいの小柄な体躯。

 ぼぅーとした何を考えているか、推し量りがたいまなこ

 ぷりっとした唇からふとした瞬間に零れる、ふにゃりとした笑顔が周りを和ませる。


 知り合いであるひいき目なしに、素直に可愛いと認めざるを得ない容姿をしている。

 部屋着は色鮮やかで、女物のことはよく分からないが、きっとお洒落しゃれなんだろう。

 ここで過ごしたらそのまま寝る格好らしい。


                  *


 葵と俺は物心つく前に、家が隣同士の宿命で、よく顔を合わせよく遊んだ。

 保育園も小学校も一緒でお互いの家、部屋に上がることはよくあった。

 しかしお互いに性を意識し始める、中学生、それどころか高校生になっても、葵は俺の所へ押しかけるのをやめなかった。(俺はやめた)

 この夜の会合も、もはやお互いの両親も黙認している。彼らが言うには、


「もうさっさと結婚しろ。子供は2人は欲しい」


 よし、何かあったら責任取れよ、保護者ども。


                  *


「あ、風神・雷神戦、始めずに待っててくれたんだねー」

「……まあ、お前が見たいって言ってたからな」

「ありがとー。じゃあ、ちょっと失礼してー」


 葵はいつも通り、TVの前の特等席に座る。


 俺のあぐらの膝の上に。


「…………」

「? 始めていいよー?」

「…………ああ」


 ちなみに俺の体は185cmオーバーの巨体なので、葵のサイズはものの見事にすっぽり収まる。


……いらないちなみだったな。


……。

…………。

………………。

……何なんだ……。

 何なんだ! 何なんだ!!


 この余裕。この自然体。

 動揺の影は欠片さえ見えない。

 俺は緊張で心臓がばくんばくん言っているのに。


 この度胸、胆力。

 とても見た目通りの幼気な少女とは思えない。

 これは……そう、これは百戦錬磨の戦士の鋼の精神力だ。


「あ、やっぱり風神から、やっつけるんだねー。バフ盛り、きついからね」

「昨日はパワーのある雷神から仕留めようと思ったら、一気に落とされたからな」

「目先だけ見てたら、駄目だよね……」

「……そうだな」


 そう、目先だけ見てたら駄目なんだ。

 この過剰なスキンシップは恋慕れんぼたぐいではなく、多くの時間を共有したゆえの友愛の証。

 ゆらゆら揺れる、小ぶりなポニーテールを振り子に見立てて、自己暗示に頼る。


「あ、風神倒した。これいけそう?」

「ああ……いける」


 そして、


「きゃー、やったあ。ボスくりあー」

「ああ、やった……なぁ!!??」


 何を思ったか、葵はむぎゅーと両腕で……、俺の腰を抱きしめてくる。

 柑橘かんきつ系のいい匂いが鼻いっぱいに充満する。

 脳が、脳が正常な思考を放棄しようとする。

 負けるな、知性。

 気合いだ、根性。


「ふぅぅぅぅ―――――――!」


 俺は葵の回した手を、ぐいっとひっぱり体から遠ざける。

 当の彼女は「何すんの?」的な顔をしていらっしゃる。


 いやハグだよ、ハグ。

 欧米なら日常かもしれないが、ここはジャパン。

 いやこれホントもう、


「お前、俺のこと好きだろ」

「いや、ぜんぜん」


 葵は笑顔を一瞬で引っ込めて、けろっと言ってのけた。

 いや何でだよ。


 何年もこんな会話が無数に繰り返されてきた。

 絶対、おかしい。


                  *


 お分かりいただけただろうか。

 俺の年下の幼馴染は演技が大好きで、上手すぎる。


 彼女は「俺を好きだけれと、それを隠す演技をしている」のか、「俺を好きな女の子の甘々な演じている」のか、俺にはまったく分からない。


 葵の言動を信じるなら、後者だが……それに何の意味がある?

 演技をするのが大好きだから、俺をからかって遊んでいる、そこまで性根が悪い女ではないと、長い付き合いで分かっている。


 というわけで前者なのだと思っている(信じている)が、そうしたらなぜ好意を隠す必要があるのだろう?


 はてさて、いったい、訳が分からない。


 ちなみに、


 「演技が好きだからやっているので、葵の行動に特に意味はない。羞恥しゅうちも罪悪感もない」という答えは導き出すべきではない。


 俺が路傍ろぼうの石としか思われていない事実に、心が死ぬからだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る