どろの証言1
八月八日。
ケンは夏祭りの準備が進んでいく神社の裏手を通り抜けて坂月ランからもらったメモに書かれた住所へと向かっていた。
閑散とした住宅街を抜けて、人通りが極端に少ない裏道へと入り、さらにそこから少し進むと駐車場とは名ばかりで草が伸び放題になった空き地がある。ケンの目的地はその空き地のさらに先にある幽霊屋敷とうわさされる建物だった。
いない駐車場の真ん中を通りすぎようとしたときに後ろから声を掛けられた。
聞き馴染んだ声だった。振り返らなくってもだれに呼び止められたのかすぐに分かる。
「なあ待てよ。急ぎの用事ってわけではないんだろ?」
「ジョウ? なんでこんなところに……?」
「なんていうかな……。おまえならこうするだろうなってなんとなく分かっちまったんだよ」
「それって……?」
「あの子、あの夕洲サラって子の不思議な何かに触れたんだろ?」
「なんで、それを……?」
あのとき結局ジョウには何も話さなかった。いや、何も変わっていなかったから話せなかっただけではあるのだが。それでも結果として話していないことには違いない。
だというのに、まるで何が起こったか見当が付いているような口ぶりだった。
「それで、おまえは
「ぼくが
「違う!!」
「なっ……!?」
「おまえはあの子のことを助けようとしてる。それは良いことだと思うよ、すばらしいことだ。でも、危ないことでもある。それを分かっているんだろ?」
ジョウの言葉でケンは坂月ランに言われた言葉を思い出す。『今の状態でサラと君を引き合わせると何が起こるのか本当に予想が付かないから』そう言っていた。もしあの幻覚よりももっと強い、もっと深い、もっとグロテスクなモノがケンの中に入ってきたならば、とそう言う可能性もありうるということなのだろう。
「危なくったって、友達だったら助けるよ。そうでしょ、ジョウ! 君だってそうするって、ぼくは信じてる」
「そんなこと、そんなことあるもんか!! おれはそんなに強くて優しくない! 出来るなんて思わないし、やりたいとも思わない!!」
「なんで、なんでそんなこというのさ!!」
「友達を危険なところに行かせたくないからだよ!!」
「でも……!!」
「なんでだよ……、なんでそんなに
「それは……、」
深い理由なんかなかった。ただ、一目見てかっこいいってそう思ってしまった。そう思ってしまったからには憧れずにはいられなかった。ただそれだけだ。
ただそれだけでしかない。
ジョウはそんな感情のために命をかけるなと言っている。
もっともだと思った。
だけれど、だからといって合理性で感情をおさえられるわけもない。
「そんなのにならなくっても良いだろ……!!
多分それがジョウが今一番大切な気持ちなんだということはすぐに理解できた。
理解できたからこそ、
「ダメだよ。それじゃあダメだよ……。そんな言い方されたら余計にダメだよ……!」
自分自身の意見を、やりたいことを押し通さないとだめだと思った。
「なんでだよ!! 何があるかも分からないんだぞ!! もしかしたら、心がなくなっちゃうかもしれないだろ!?」
「どうしてさ、なんで何も知らないジョウがそんなことを言えるのさ!!」
「知ってる!! 知ってるんだよ!! おれは、おまえが思ってるよりも、あの子のこと多分分かるぞ……」
「なんで、そんなこと……!?」
ジョウは来ていたシャツをざばっと脱いで上半身を大きく露出する。そこには不自然に鱗のように硬質化したこぶし大の部分があった。
それが何かをケンはよく知っている。
あの事件のとき皮フが鱗のように硬くなる人が相次いだ。それは前兆なのだとある本には書いてあって、またある本には被害者が加害者におそわれるときに肉体本能が作り出す防御用の何かなのだ、とかかれている。結局のところなんでかの部分は今一よく分かっていないけれどそれでもあの事件の時に何かがあって、皮フがウロコのようになってしまう人がいたことは間違いない。
「おれもあの事件のときに巻き込まれた側なんだよ」
「うそ、でしょ……?」
「ずっと隠してて悪かったとは思う。だけど、いう必要もなかったし、あんまり言いたくもなかった。でも、だから分かるんだよ。あの子はあの、夕洲サラって子はおれとおんなじ臭いがしたし、おれよりずっと深刻だって」
「だったらなおさら……!!」
「だからこそ……!! 友達を危険な場所に行かせたくないんだよ!! おまえだって知っているだろ!? あの事件の時に人をおそっていたのがどんな姿形をしていたのかをさ!」
それはほとんどの場合黒っぽくて人よりも一回り以上大きな硬い皮フを持っている化け物だった。
つまり、ジョウはこう言いたいわけだ。
『このウロコの先の先があの事件のバケモノたちなんだぞ』と。
「今ならまだ、知らないふりしても何とかなるんだよ!! 見なかった振りをして、それで少しだけ心にしこりが残ったとしても、それだけだ。たったそれだけで、おまえは危険な目にあわずにすむ。それでいいじゃねーかよ!」
「余計にダメだよ。それじゃあ、救われるのはぼくだけだ……!! サラは傷ついたままだし、ジョウもきっと後で後悔する……! 今は良いと思っていても、後からきっと!! そうなったら、多分ぼくとジョウは友達でいられなくなっちゃうよ……」
「もしそうなっちまったとしても、それでおまえの命が守られるなら、おれはそれでもいいよ」
「いやだ!」
もう、ワガママしかなかった。
友達を助けたいというワガママと、友達を危険なところに行かせたくないというワガママ。
おたがいにきっと分かり合えないってことは分かり切っていた。だって、どちらも自分のワガママを押し付けてでも友達を守りたいのだから。
「ぼくはジョウが何と言おうとあの子のところに行く」
「じゃあ、もう力ずくだ。力ずくで止める!!」
二人ともぎゅぅっとにぎりこぶしを作って、構える。
それは不格好な構えだった。
当たり前だ、ケンもジョウもケンカなんかしたことが無いんだから。
「このっ、分からず屋!!」
効率のいい体重の乗せ方も分からないままで、ただにぎりこぶしを相手に当てるために腕を振り回す。
「分からず屋はどっちだ!! バカ!!」
どっちもどっちだ。どっちも全然体の動かし方なんか知らないし、どこに拳を当てれば効率的なダメージになるのかもわかってない。
そんな状態でボコボコとただ拳をぶつけ合う。
ちゃんとしたにぎりこぶしを作れているかどうかすら怪しい。
だけれど、そうするしかもう方法がないから、骨の真上から拳をぶつけて殴られた方より殴った方がダメージを食らうようなどろどろのケンカを続けるしかない。
おたがいに何回も何回も拳をぶつけ合って、それで息が上がっていた。
きりがなかった。
うすうす気が付いているのに意地を張るためにやめることも出来ない。
ケンは本当に思い切り一つ拳をにぎりこむ。
もう絶対に次の一発で倒してやるぞ、という気合を込めて強く強くこぶしをにぎりこむ。
「おりゃぁぁぁぁっぁぁぁ!!」
「ぬぉぅぅぅぅぅぅぅ!!」
ケンがさけんだらジョウもさけんだ。
そしておたがいの今日一番のパンチが交錯した。
どっちのパンチも顔面に当たった。ケンのパンチはアゴに、ジョウのパンチは頬骨に。
ぐらりとジョウの身体から力が抜ける。
当たり所が悪かった。アゴは当たると一番頭がゆさぶられる場所だ。訓練していてもアゴに良いのを一発もらうと立っていられなくなる。きたえていない小学生ならなおさらだ。
力が抜けて地面に倒れかかるジョウの身体をケンがぎりぎりで捕まえて支えようとして、でもこらえきれずにいっしょに地面に倒れ込む。
ジョウを仰向けに寝かせるようにどけて、ケンは立ち上がった。
「おまえ意外とパンチ力強かったんだな……」
大の字に寝っ転がったままでジョウがぽつりとつぶやいた。体は六に動かないみたいだが、意識は割とはっきりしているようだった。
「これのおかげだよ」
ケンがジョウにも見えるように、にぎり拳を開いて見せると、その手の中にはジャンケンマシーンとの連勝記録で貰った
「そんなもんにぎりこんでるのはずりぃだろーが」
「自信なかったからね……。これくらいは許してほしい。でもケンカなんかするものじゃないよね。やっぱり痛いしさ」
たははと笑いながら、にぎっていた
「それは同感だよ……」
「じゃあ、また後でね」
寝っ転がって空を見上げるジョウにそれだけ言って、ケンは当初の目的の場所へとかけ出して行った。
「バカがよ……」
見えない背中を見つめて小さく、本当に小さくジョウがつぶやいた。
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