涙の池が実際にあったとして、それはだれの?4

 ケンとサラが歩いていくのと反対方向へと進んでいくジョウは一番星はまだ見えねーな、なんて考えつつ空を見上げていた。


「おれとしたことが結局ずっといっしょにいちまったぜ……。しかしだいじょうぶかアイツ。ちゃんと家まで送ってるか心配になるぜ……」


 あほか、お人好しがすぎるだなんだと、散々ケンに言っていたくせに結局のところジョウ自身も根っこの部分はお人好しだった。


「でもよ、おまえが英雄ヒーローになる必要はどこにもないんだぜ、ケン」


 夕暮れの道を一人。

 誰も聞いていない言葉を空へと投げる。

 返答はもちろん返ってこない。




 二人で帰り道を歩く。

 当座の目的地はあの神社。

 ゆっくりと時間をおしむような足取りだった。


「今日はありがとう。わたしのわがままを聞いてくれて」

「お礼言われるようなことはしてないと思うけど、でもどういたしまして」

「ケン君にとっては大したことないことかもしれないけど、わたしにとっては大したことだったから」


 そんな風に言われたら否定するにもし辛くて、

「そっか」

「うん」

 ちょっと素っ気なくも受け入れるしかなかった。


「でもね、もう少しだけわがままを言っていいのなら……」


 サラはそこで一旦息をすいなおす。


「わがままをいうなら?」


 そのあとの言葉が中々続かないので、先をうながすようにケンが聞き直した。


「次があるならそのときは二人で遊びに行きたいなって」


 多分それが彼女の一番素直な気持ちだった。

 一番素直で、一番強くて、一番純粋な気持ち。

 なんでそうしたいのかだとか、それにどういう意味があるのかという想いの過程部分を全部全部すっとばした、一つの真なる核。


「うーん。何か思いついたら、そのときに連絡するね」


 その言葉が何を意味しているのか、どういう意図があるのか、今の大和ケンにくみ取るのは難しかった。

 それでもそのサラの言葉は無下にしていい言葉じゃないことだけは、なんとなく分かった。


「本当? 期待して待っていていいの?」

「あんまり期待されると、なんか思いつかないといけない感じになるから、期待はしないでおいて欲しいんだけど……」

 それでも、その想いは真っ向から受け止めるには少しばかり重すぎて、受け止めきれなかった。

「むぅ、ちょっとずるい」

「ずるいかな?」

「ずるいと思う、それは……」


 不服そうに口を尖らせてサラが振り返る。

 話ながら歩いているうちに目的の場所まで辿り着いていた。


「ここで少し待っていればわたしはむかえの人が来るから」

「うーん、でも送っていくって言ったし、そのむかえの人が来るまではぼくもいっしょにいるよ」


 多分ギリギリまでいっしょにいた方がいいんだろうなとぼんやりと考えて口に出す。


「ありがと。でも、もう来たみたい」


 車のエンジン音が聞こえて、それが目の前に止まる。

 むかえは思いのほか早く来た。

 小さめの黄色い車の中から大学生くらいの女の人がスルッとすがたを見せる。特徴的な赤い白衣にシルバーレッドの下縁眼鏡が特徴的なパリッとした印象の女の人。

 その人には見覚えがあった。

 初めてサラとあった日にサラといっしょに学校に来ていた女の人。

 首元から下げられた何かの所属証明書のようなものには顔写真といっしょに坂月ランという氏名が書かれていた。


「あら、君は……? もしかしてうわさの大和ケン君かな」


 やわらかい表情を見せたその人の声は、どきりとするくらい大人の人の声だった。


「えっ、はいそうですけど……」

「あぁゴメンね急に話しかけてしまって。私は坂月ラン、今はこの子の保護者という肩書になるのかな。よろしくね」

「はいっ! よろしくお願いします!!」


 大人の女の人という概念に圧倒されたケンはふだんとはかけ離れたしゃべり方になってしまった。でも仕方がないのだ、見ず知らずの年上の人だし、女の人だしで、男子小学生ならば必要以上にきん張してしまうくらいが反応としては多分正しい。


「急にどうしたの、ケン君」


 そんなケンの様子を見て、サラは面白くなさそうにジト目で軽くにらんだ。

 でも、ケンはカチカチにきん張しているのでサラのそんな様子には気が付かない。


「年上のお姉さんと話すことなんてあんまりないから緊張しちゃって……」

「アハハハ、別に緊張する必要なんてないのよ。私なんて別に偉くもなんともないんだから」


 表情には出さずに内心だけでにんまりと口角を上げている人がいた。

 娘の成長を喜ぶようなと言えば良いのか、他人の好意を面白おかしく酒のさかなにするようにと言えば良いのか、判断しかねる部分はあるにせよ、それでも坂月ランはそれを好意的に受け止めていた。


「えぇと、何というか、その、偉いとか、偉くないとか、そういう問題じゃなくって……」


 ただそれはそれとして、男子小学生に取っては自分が高いハードルの先にいるということも自覚している。相手側がやりやすい距離感を調整するというのも大人の役割かな、と思いつつもラン自身そういう部分に対してこれまで無とん着だったので上手い塩梅を決め切れていなかった。


「まあ君くらいの男の子だと無理もないかな。この子のことを連れ出してくれて、ありがとうね」

「いえ、こちらこそ、楽しかったので……!」


 軽くウィンクをして、サラのあおって見ようかな、なんて邪な考えが浮かんだけれど、流石にやり過ぎかなと思いなおして自重した。


「それじゃあね。ほら、サラ帰るから車に乗って」


 うながされるままにサラは乗車して、

「それじゃあ、ケン君。またね」

「うん、また」

 ドアを閉める前にあいさつを交わして、それからバタンとドアがしまった。


 運転席からケンに向かって手を振るランと、後部座席から手を振るサラと、両方に軽く手を振り返しすと、エンジン音がなって車は発進していった。


 なんとなく、長い一日だったのかな。なんて、ことをケンは考えていた。

 赤い夕暮れどきの日差しに手をすかして、空を見上げる。

 出来るならこんな今がずっとずっと、続きますようにと願う様に。

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