涙の池が実際にあったとして、それはだれの?3


「これは……」


 見たらすぐ分かるの意味は本当に見たらすぐに分かった。

 商店街という看板は出ていて、カラータイルでキレイに道も舗装(ほそう)されている。だけれど、肝心のお店屋さんがあまり開いていなかった。

 今は夏休みでしかもそろそろ夕方に差しかかるころだというのに、閑古鳥が鳴いているみたいに人が少ない。

 店が開いてないから人が少ないのか、人が少ないから店が開いていないのか。卵が先かニワトリが先か、みたいな問題だった。


「少し前はもう少しにぎわいあったんだけどね、今はほとんどシャッター街になっちゃってて、別に全部のお店がしまってるわけじゃないんだけれど、それでもこう、シャッターが閉じてるお店ばっかりだとさびれてる感がすごいんだよね」


 さびれてる感がすごいどころではなく、もう完全にさびれた場所でしかない。


「おれらでも気軽によれる商店街のお店って言えば、肉屋とせんべい屋とあともう一個くらいか」

「もう一個っていうのは?」

「しいていうならおもちゃ屋さんかな?」

「いや、よく分からん。あそこはおもちゃ屋なのか?」

「一応ねるねるトイズファクトリーって看板出てるしおもちゃ屋さんだと思うけど……」


 またもや二人して歯切れが悪かった。


「なんか変そうなお店なんだね。ちょっと興味出てきたかな。行ってみたいかも」

「えぇっと、いやでも、あんまり女の子が行くようなところでもないというか……」

「それはおれも同感」


 言葉じりから男の子向けのおもちゃ屋さんのような場所なのかな、という想像が働くけれど、でも二人はその場所がおもちゃ屋さんなのかどうかも定かではないと思っているらしいことも分かる。


「そういう風に言われると余計に気になるよ?」


 そんな風になぞのお店屋さんっぽさを出されると良くないと言われても気になってしまうのが人の性(さが)だった。


「じゃあ、気持ち悪いと思ったら大きな声を出さないでこっそり伝えて。それだけ約束してくれれば」

「えぇ? うん、分かった」


 そんな約束をしてから二人に案内されて、ねるねるトイズファクトリーの前までやって来た。


「見るからにあやしいね」


 レンガ造りの建物にツタ植物が生え放題びっしりくっついていて、さらに雨ざらしにされているせいで退色してハゲまくっている怪しい魔女の胸像がドドーンと立っている。

 そして魔女の胸像の首にねるねるトイズファクトリーという首掛け看板が吊り下がっていた。

 わざわざ怪しいお店を作ろうとした結果出来上がったような人工的なあやしさのお店だった。


「まあ実際変な店なのには違いないし」


 軽い笑い声で喉を鳴らしながらジョウがガチャリとドアを開く。

 中に入った彼らを真っ先に出迎えたのはつられたカエルだった。みょんみょんと上下に動くでもなくただただ静かに天井から足をつられたカエルが宙に浮いている。

 いたずらというよりはそういうお店のかざりなんですと言った様子だ。


「か、カエル? カエルだよね?」


 どこからどう見てもニホンアマガエルだった。背中側がハッキリとした黄緑色でお腹側がややくすんだ白色、目元から肩口にかけて黒っぽいラインの入った小型のカエル。

 それが無情にも天井から糸でつり下げられて動かない。


「今日はカエルみたいだね」

「まあニセモノだけどな」


 ぎょっとしてじぃっとカエルを観察するサラとは対照的にケンとジョウはあまりおどろいた様子を見せなかった。この店に来ると大体こういうことが起こるモノだ、と理解しているためだろう。


「すごくリアルなぬめり方してるのに、ニセモノなの?」

「こういうなんかよく分かんないものを作って売ってるお店なんだよ。というかつられてピクリとも動かないカエルが生きてる時と同じようにぬめってたそっちの方が実はおかしいんだよね」


 店内に入って、少し進むと色々な生き物のミニチュアだったり原寸大だったりの複製が置いてあった。主にハ虫類、両生類、虫辺りが中心で、犬や猫、パンダやカワウソなんかのほ乳類はほとんどない。


「確かにこれは女の子はあんまり好きじゃなさそう」

「さっきはムカデと見間違えて怖がってたのに今はずいぶん平然としてるんだな」


 前に他の男子が小学校にいたずらグッズとして持ち込んだのを見た見た女子の反応と比べるとずいぶん冷静だ。


「そりゃこわいなとかいやだなって思うのもいるよ。ムカデとか黒いのとか、そういうの。でもわたしはそんなに全部が全部いやだなってタイプではないから。クモとかよく見ると意外と愛らしい顔してたりするし」


 サラは苦手なもの、生理的な嫌悪感の切り分けが上手くできるタイプなのかもしれない。

 ガヤガヤと店の中で話をしていると、おくからうさん臭そうな男の人がのっそりと顔を出した。


「ん? また来たのか少年たち。なんだよ、女の子なんて連れてきやがってぇ」


 げっそりとしていて深いクマが目元に出来上がっている素肌に青いアロハシャツが特徴的で青年ともおっさんとも言い難いというか、その丁度狭間くらいでどっちに振ってもしっくりこないくらいの年の男の人。

 胸ポケットにはいっつもタバコの箱が入っているがケンたちは一度たりとも吸っている所を見たことが無いし、店の中に灰皿がおいてあるところもやっぱり見たことが無い。


「まあそう言うなってよ、おじさん」

「おじさんではない」


 ジョウはこの店の店主である青八木金人(あおやぎかなと)という人物にずいぶんとなついていた。

 元々の性格として人なつっこい部分はもちろんあるが、それをおしてもなついている。


「毎度毎度ジョウがあおってごめんなさい」

「ふんっ、まあいいさ子供のやることを俺だって一々本気でおこっちゃいない」

「この人は店長の青八木さん。こう見えて意外といい人だからそんなに身構えなくてもだいじょうぶだよ」

「こう見えてとはなんだ、こう見えてとは。どっからどう見ても良い人そうだろう俺は」

「そりゃあ、ちょっと無理があるぜおじさん」


 人相が良いか悪いかで言えば、どちらかというと店主の青八木は悪い側に分類されるだろう。いかつい顔をしているというよりはくたびれた顔をし過ぎて表情が暗いというのが適切な評価だ。


「伊角君の親戚か何かなの?」


 あまりにも二人の距離感が近く思えたからか、サラは思わずそう聞いた。


「いや? ただの知り合いのおじさんだからおじさんってだけだけど?」

「だからおじさんではないと言っとろーが!」


 わざとしかるような声色を作って、青八木が鼻を鳴らし、プルプルと拳を震わせる。ただだからといってそこから手が出るようなことは一切ない。小学生相手にげんこつが出るほど青八木金人あおやぎかなとという人物は大人気がない人ではない。


「しかし、付き合いとはいえこんなところに女の子を連れてきてどうする。おそらく楽しくも何ともないだろうに」


 サラのことを一べつして店主青八木がまゆをひそめた。

 自覚があるのだ、自分の店が女の子が喜ぶような店ではないということくらいは。


「そんなことないですよ。リアルだし、ちょっと気持ち悪いですけど、出来栄えはすごいですし」


 ぴくりと青八木の青筋が反応した。

 何かをがまんするように大きく首を引いて、首を引きすぎてちょっとのけ反る。明らかに感情を何とかおさえようという動きだった。


「気持ち悪い……。そうか、やっぱり気持ち悪いとは思うよな、そうだよなあ」


 そして、がっくりと肩を落としてしょげた声をあげる。

 自分の作っているモノが女受けしない自覚はあっても、だとしても面と向かって気持ち悪いと言われると傷ついてしまう。例えそれを言ったのが小学生女子だったとしても。

 青八木は青八木自身をおじさんだなんだと言われるのには何にも思わないけれど、自分が作ったものにちょっとでもネガティブなニュアンスを込められると傷ついてしまう性分だった。


「あっ、えぇと、ごめんなさい。そういうつもりで言ったわけでは……」


 大の大人が小学生の何気ない一言で痛烈なダメージをくらっている様を初めて見て、サラはうろたえた。

 心底申し訳なさそうにしながら、でもなんて声を掛けたらいいのか分からずおろおろしてしまう。


「青八木さん良い人なんだけど傷つきやすいところがあってね。特に売り物は手作りしてるからその、ネガティブなこと言われると凹んじゃうんだ……」

「もしかして、さっきこっそり伝えてほしいって言ってたのってそれで?」

「うん」


 しかしこの場合サラはそんなに悪くないので、ケンがサラにフォローを入れて、

「あんまり気にするなよおじさん。確かに気持ち悪いとも言ってたけど、そのあとで出来栄えはすごいってほめてもいたろ? 自信持てよ、めっちゃリアルでよくできてるってことだよ、な?」

 ジョウが青八木さんをなぐさめる。


「そうかな?」

「そうだって! 男友達にもリアルすぎてキモいって大評判なんだから……、あっ、やべっ」

「やっぱり気持ち悪いんじゃないか……」


 死人にムチ打ち、死体げり、泣きっ面にハチ、傷口に塩をぬる。現代的に表現するなら、足の小指をタンスにぶつけてスマホも落として画面バキバキ。


「今のは言葉の綾っていうか、リアルすぎてキモいは現代小学生の間ではかっこいいと同等の意味を持ってるから……!!」


 ジョウは完全に適当なことを言っている。言っているのだが、世の小学生のトレンドなんて三十路近い成人男性は知りっこないため、そう言われたらそういうもんなのかもしれないで納得してしまいがちである。


「そうなの?」


 サラは疑問に思ってこっそり小さな声で耳打ちをするようにケンに聞いてみた。


「そういうことにしといてあげて」

「なるほど」


 サラは腕を組み直して、ほーと感心したような声をもらす。


「今時の小学生は意外とハイコンテクストなんだな……」


 重ねて言うが小学生の狭い世間の流行を知っているようなアラサーの男性は相当に珍しい。


「少しは元気出たか?」

「別に始めから落ち込んでなどいないがな」


 完全に強がりだった、だれの目にも明らかな強がり、強がりそれそのもの。


「傷つきやすいけどすごく強がり屋でもあるんだ」

「……、面倒くさい大人だ」


 ジョウが青八木さんと話している横でケンとサラもこっそり話していると、


「今俺に対して何か言ったか?」


 目ざとく、いや耳ざとく、青八木さんの矛先が移動してきた。


「いいえ! 何にも!!」


 だから二人は大慌てで声をそろえて否定する。


「それで少年たち今日は何をしに来た? 新しい面白フィギアならまだ全然できてないが?」


 シャツのえり元をピシッと直しながら気を直した青八木さんが首をひねる。


「えぇとその、こういうことを言うとおこられそうなんですけど、実はこの子最近引っ越して来て二学期からの転校生なんですけど、その町を案内してまして……」

「なるほど、冷やかしというわけだ」


 流石に大人は言うことが端的だった。


「えぇとまあ、はい……」

「帰れ! とでも言われるかと思ったのか? そもそもこの店自体が本業の副産物みたいなものだ、別に冷やかしに来たくらいでは責めんよ。そもそもこの店に収入は別に期待していないからな」

「なるほど……、なるほど?」


 思っていたよりもずっとやさしい反応が返ってきてケンは若干混乱しジョウはぽかんと口を開ける。


「それって、いつでも遊びに来ていいよってことですか?」


 少し考えてからサラがそう聞き返した。


「そうは言っていないが、別に来ても邪険には扱わんな」


 ほとんど肯定に近い返事が返ってきて二人はびっくりして、開いていた口がにんまりと弧を描く。


「マジかよ! じゃあ意味もなく遊びに来るわ! なっ、ケン!」

「青八木さんが良いっていうなら、そうしようかな」


 小学生男子特有の調子の乗りっぷりだった。


「いやっ、いや、やっぱり邪険に扱うから、そんなにしょっちゅう来るな!」

「おいおい、照れるなよー! いつでも遊びに来てやるってー」

「じゃっかしい!! 照れてるわけではない、しょっちゅう来られたらうっとうしいなと思い直しただけじゃい!」


 わざと語気を荒げているが、言葉通りの荒さがあるわけではない。

 というかそんなだからジョウになつかれているのだろう。


「素直じゃないだけで、ぼくたちが来るといつもかまってくれるし、色々教えてくれるし、本当に良い人ではあるんだよ。面倒くさいところも多いけども」

「……、個性的な人なんだね」

「ん? あぁ、そうか……。おいケン!」

「えっ、何にも言ってないですよ!?」


 さっき急に矛先を向けられたのと、今しがたサラに対して面倒くさい人ではあるんだよねと言っていた手前大げさに反応してしまった。


「あぁ? なんか言っていたのか!? いや、まあ良いか。おまえはコイツと違って口の悪さは特にないからな」

「あんだとー!? おれのどこが口が悪いっていんだよ!!」

「そういうところじゃないかな……」


 じゃれる二人に大してふふふと笑いながらサラがあきれたようにツッコミを入れる。人に気が使えるかどうかと口が悪いかどうかにはあまり相関関係はない。


「別にジョウに渡しても良いっちゃ良いんだが、すぐにこわしそうだからな、おまえに渡そうと思う」


 そう前置きして、差し出されたのは手のひら大の白っぽい謎のケースだった。

 開けても良いかどうかを目線で確認すると軽いうなずきが返ってきたので、ケースのふたを開いて中を見ると、入っていたのは卵型の謎の黒い物体だった。

 ムニムニとして弾力があるのにどんなにおしても引っ張っても卵型を保持し続ける謎の物体がケースに収められていた。

 一通り触って、引っ張り倒したり、潰した押したりしてみたけれど、何をどうやってもきっちり卵型にもどっていく。


「これ、こわせるの?」

「ふつうはこわれないな。おれが試した限りではハサミでもカッターでも包丁でも切れん。だけれど、万が一ということもある」

「万が一……。それでこれはどういうモノなんですか?」

「簡単に言えばある一定の波長を受けることで形が変わっていくおもちゃだな」

「よく分からないんだけれど……?」


 簡単な説明が簡単すぎて要領を得なかった。


「音や光、電波なんかの直接的に目でとらえられないモノが波のように空間を伝っているっていうのは理科でなんとなく教わってる、教わってるのか?」

「うっすらと教わったような……?」


 授業の記憶を引っ張り出したり、ゲームやマンガなんかで語られている知識を思い出して、首を縦に振る。


「大体わかってるなら波長の説明はいいか。それがどんな波長に大して反応するものなのかは今一よく分かってないので、とりあえず今のところはプルプルで全然型くずれしないただの意味のないオブジェだな」


「意味ないのかぁ……」

「意味がないというと少し正しくないな。正確に言えば、意味が見つかってないなぞのオブジェだ。だから、おまえが持っていてそれに何か変化があったらそのときは俺に教えてくれ」

「なるほど……。つまり、電子レンジでチンしてみてもいいってこと?」

「……、まあいいだろう。風呂に沈めるでも、熱湯でゆでるでも、冷凍庫に入れるでも好きなように使ってくれ」

「色々やってみるね!」


 ケンの意外なアグレッシブさに青八木さんは若干面食らっていた。あの説明を聞いて即電子レンジでチンしても良いか、という発想が飛び出してくるとは思ってもいなかったのだ。

 でも確かに何らかの波長を感じ取って何かの変化を起こすかもしれないもの、に手っ取り早く波長をぶつけるならば電磁波を使って水分を含むものを発熱させる電子レンジその仕組み上とりあえずで試すには丁度良い手ごろさだ。


「そこまでしても大丈夫なのにこわす心配されるなんておれの評価は一体どうなってるんだよ」


 そして、そんなアグレッシブさを見せたケンよりもなぞの新素材おもちゃを破壊しそうだと思われている青八木さんの中のジョウのイメージはどうなっているのだろうか?


「なんとなく分かる気はするけど……」

「なっ!? 今日会ったばっかのくせに何が分かるってんだよぉ!」

「だって、確かに今日会ったばっかりだけど、伊角君は結構分かりやすい性格をしているから、表面的な部分については多分大体の人がすぐ分かると思うの……」


 わざとらしく視線を泳がせながらサラがそんな風に言い、

「確かにジョウって分かりやすいところあるよね。意地になるとジャンケンでグーばっかり出すようになるし、きんちょうすると見てわかるほどガチガチになるし、機嫌が良いときはすぐ鼻歌歌うし」

 ケンもそれに同調する。


「うっぐぅっ、い、いやでもおまえだって相当分かりやすい部類だろう!?」

「えっ? 人から見て分かりやすいのって別に悪いことじゃなくない?」

「おうふっ?!」


 ケンのことを巻き添えにしようとしたのだが、そもそもとして分かりやすいと言われることをケン自身は一切合切何とも思っていなかった。対戦ゲームで自分もろとも爆発に巻き込むつもりで攻撃を仕かけたのに、しれっと無敵アイテムを発動されてたときみたいな肩すかしだった。


(ケン君は一見分かりやすいような感じあるけれど、その結構天然気味だから何考えてるか今一読み取れないでしょう、とは言わない方が良いのかな……)


 サラはこっそりそんなことを考えていた。


「冷やかしでいる分にはいいが、店の中であんまりさわがしくしてると叩きだすぞー?」


 さっきまで自分も一緒にさわいでいたのに、それをたなに上げて青八木さんがそんなことを言う。しかし、ここは青八木さんが経営するお店なので、公序良俗、法律法令に反しない限りはルールの決定権もまた青八木さんがにぎっている。

 もうそろそろ夕方とはいえ、まだまだ暑い外へと放り出されたら敵わないとばかりに三人「ごめんなさーい」という謝罪の声が重なった。

 それから青八木さんの好意でざっくりと並べられている商品について、色々教えて貰った。例えば、虫の模型を作るときは原寸大で作ると小さすぎて見栄えがしないからずいぶん大きく拡大して作ってるだとか、両生類系の生き物を作るときは体表面のぬめぬねてかり感というかシズル感というか、そういうのを表現するのはやっぱりちょっと難しいだとか、ほ乳類を作るのは大きさ以外にも現状使える素材の中に毛を再現できるモノがないから作っていないだとか。


 ふだんあんまり聞く機会もなかったけれど、改めて商品全部自分で作っているということのすごさみたいなものを感じられた。

 そのまま一時間ちょっと、時間が経って青八木さん当てに電話がかかってきたのと、夕焼けチャイムが聞こえてきたので、そろそろお開きにしようか、ということになった。


「やはー、意外とたのしかったー」


 ねるねるトイズファクトリーの出入り口から出てきたサラがぐぐぅっと身体を伸ばしながらそう言った。


「女子でもこういうところ楽しめるやつっているんだな」

「偏見(へんけん)がすごいよ、その言い方……」


 最近は女の子らしさや男の子らしさみたいな言いまわしそのものに文句が付きがちなので、大っぴらにそういうことを言うのはあんまりよろしくないらしいくらいは小学生にも感じられる。ただ同時にそんなにダメなのかな? という疑問も当然持ち合わせてはいる。大人の世界はよく分からないけれど、大人の尺度で子供の好き嫌いまで矯正させられたりするのは、ちょっとやだなと思うくらいだ。


「でも、わたしはたのしめたけど、他の女の子だったらきっとこんなにはたのしまなかったと思うから、偏見(へんけん)だけど正しさはあるんじゃないかな」


 しかし結局のところらしさというのはなんとなくの好き嫌いの傾向が作ってきたものなので、いくら大人にダメと言われても小学生の間の通説だってそんなにすぐに変わったりもしないし、多分出来ない。

 どんな正しさを説かれたって好きなものは好きだし嫌いなものは嫌いなのだから。


「じゃー、おれはとっとと帰るわー。にしても、外あちー」


 ひらひらと手を振って有無を言わせず足早に帰路に就くジョウ。


「うん、またー! って、もう行っちゃった」

「これからどうするの? もう夕方だし、わたしたちも解散する?」

「うんそうしよっか。もう後は学校裏の駄菓子屋さんに行くくらいしか行くところ思いつかないし、こんな時間からわざわざ学校の近くまで行くのも何というかちょっといやだし……」

「分かった! じゃあここでお別れかな?」


 今日はもう解散、という形で意見は合っていたが、そのときケンはふとジョウの『だいじょうぶ、おれがシレっといなくなったときはおれはいない方が良いときだから』こんな言葉を思いだした。


 今一ピンと来ていない部分はあるモノの、シレっといなくなったときというのはこういうときのことなのかもしれない。であるならば、きっとジョウがいないタイミングでするべき何かがある、ということなのだろう。


 しばし考えてみた結果、

「うん、うーん……。いや、ぼくが送っていくよ、まだ夕方だけど一人で帰って何かあったらいけないし」

「ありがと。じゃあ、エスコートお願いしようかな」

 無難に帰り道を送っていく、という答えにたどりついた。


 夜道に女の子を一人で歩かせるのは危ない。いや、本質的には別に女の子じゃなくても夜道に一人で歩いていたら危ないし、何なら子供だけで歩いていることそのものにもリスクが発生しないわけでもないが。

 というか男子小学生は結構カン違いしがちなのだが、男児だからといって子供が夜道に一人で歩いていることのリスクはゼロになることはない。

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