涙の池が実際にあったとして、それはだれの?2

 アイス屋さんから歩いて大体二十分。

 全体的にパステルカラーのこじゃれたお店の前にやってきた。


「ここはぼくはあんまり来ないから分からないけど、多分女の子向けのかわいいペンとか便せんとか置いてるところ」

「なんで文房具屋ばっかり……?」

「だって大事でしょ? 筆記用具」

「そりゃ大事だけどよ……」


 勉学は小学生の本懐である。それはそれとして、女の子を文房具屋さんばっかりに連れまわすのもそれはそれでどうかと思う。


「ふふふ、すごくかわいいお店だね。入口の所にウサギちゃんもいるんだ」

「ウサギ……? あぁ、看板の」


 入口前に置かれた三角看板に小さくウサギのイラストが書かれているので、おそらくそのことだろう。


「あっ、うんうん、そう!」

「これは男が一人で入るにはちょっとキツイな」


 二人のやり取りをしり目に、腕を組んで首を引いたジョウがぽつりともらす。

 その感想はもっともだった。男子小学生が一人で入り口をくぐるには、お店全体の雰囲気がかわいらしすぎてやや抵抗感が出てしまうだろう。店内も女の子ばっかりだし、元々そちら向けの雰囲気づくりをしているのだからそもそも、男子小学生なんかはメインターゲットではないから入り辛くても知ったことではないという話でもあるが。


「ここまでファンシーなのはわたしもちょっと趣味じゃないかも」

「えっ、こういうところは好きじゃないの!?」


 ケンは前二つの文房具屋さんよりはこっちの方が楽しんでもらえると思っていたのだろう。素っとん狂な声を上げた。


「嫌いとか、そういうことではないよ! ただわたしはもうちょっとでろでろしたやつが好きだなぁ」

「でろでろ?」

 でろでろしたやつという表現にケンもジョウも今一なじみがなかった。

「こうちょっとおどろおどろし気な感じのするヤツとか」


 文房具のデザインとして、ちょっとろ悪的な路線のモノが好きだと言いたいようだったのだが、

「ゴシックホラーとか、グロテスク系が好きなのか?」

「ぼくはおばけとかそういうのはあんまり得意じゃないなあ。やっぱりこわいし」

 ケンもジョウももう少し広い好みの話だと思ったらしい。


「えっ? そうだけど、どうして……?」

「夕洲さんがケンと会った日にはおれもいっしょにいたんだよ。最初にろうかで見かけたときも、今も同じようなゴシックっぽい服装してるからそういう趣味なのかと思ってな」


 ジョウ自身がどういう部分を見て、そう考えるに至ったのかを説明しながら店のドアを開いて中へと入る。


「えっ!? ホラー好きなの?」


 腕組みしてジョウの言うことにうんうんとしきりにうなずいていたケンは店の中に入りながら、またしてもおどろきの声を上げた。

 もしかすると移動のときの暑さにやられて文脈とか言語とかを理解する部分がとけちゃったのかもしれない。


「服とかデザインとかはそういうのが好きだけど……?」

「怖くないの? ぼくは苦手だなぁ、ああいう怖いのって」

「……、ホラーそのものはわたしも別に得意じゃないよ。怖いし」

「あれ?」


 おたがい、自分たちが何に言及しているのか、分からなくなってしまったらしく、二人して顔を見合わせて首をひねり合う。


「ほら、おまえもホラー映画とかゾンビ映画とかは怖がるけど、ミイラのマスコットとかガイコツのキーホルダーとかは別に怖がらんで使うだろ?」


 そんなやり取りを見ていたジョウがあきれた声で助け船を出した。


「なるほど! 分かりやすい。それじゃあぼくと夕洲さんは似たもの同士ってこと?」

「そうかも」


 とても安直なケンの理解にサラはとりあえず肯定してみる、みたいなニュアンスで同調する。

 ゆるふわだった。会話の主体性の無さがゆるふわだった。


「いやそれはそれでまた話が違うだろ……」


 かみ合っているのかいないのか、聞いていてさっぱり分からないので、ジョウは歯切れの悪い言葉で濁すしかない。


「そうなの? でも、せっかくだしいっしょのなんか買って行こうよ、三人で」

「えっ」


 ケンのなぞの『せっかく』発言に困わくの声が二つ重なった。


「おれはそこにはあんまり関係なくねーか?」


 ケンとサラが似たもの同士という部分を否定しないにしても、それは二人が似た者同士ということになるだけで、ジョウが関わっている部分が一切ない。

 だというのに、『せっかく』の内側にすっかりと取り込まれている。何がどう『せっかく』なのか、大分よく分からなかった。


「えっ!? ダメなのジョウ?!」

「ダメではねーけど……」


 当のケン自身はもう絶対にジョウは良いと言ってくれると思い込んでいたらしい。

 言葉をにごしつつも、ジョウはちらりとサラに視線を送る。


「……、わたしも良いよ。せっかく三人で来たんだし三人いっしょの方がそれっぽいし」


 表情も、声色も、目立った変化はなかったけれど、それでもわずかに反応が遅かった、ギリギリ不自然じゃない程度に。

 見るに見かねてジョウは何かを言いかけて、でも、それでも結局は何も言葉にすることはなかった。


(今日初めて会った相手だし、勝手におれが向こうの内心を決め付けてなんか言うのも……、それはそれで違うよな……)


 ジョウは気を使えるいいやつだった。


「なら決まりだね! バラバラに探してきて一番良かったヤツの色違いをみんなで買おう!」


 ケンはニッコニコ笑顔だった。

 それから三人はバラバラに店の中をうろついて、思い思いに良さそうなものを探す。

 ほどなくして、三人はもう一度再集合した。

 全員、体の後ろに選んできたものをかくすようにして、顔を合わせる。


「じゃあせーので見せようか」

「せーの!!」


 全員同時に選んできたものを前へと差し出す。

 くしくも、全員キーホルダーを選んできていた。

 ケンはファンシーながらも目つきの悪いユニコーンのチャームが付いたキーホルダー。

 ジョウはファンシーなウサギが武器を振り回してネズミを追いかけまわしているチャームのついたキーホルダー。

 サラは気分が良さそうなにっこり笑顔でスキップをしているゾンビのチャームが付いたキーホルダー。


「うーん。これはどうする?」


 三人は腕組みをして考える。


「夕洲さんのはちょっと面白すぎるからダメ」


 ゾンビなのに顔色がとても良好な上に、非常に陽気そうな雰囲気が漂っているというゾンビらしさが皆無すぎてギャップが大きい。ゾンビのストラップですって顔でこれを持ってこられたらきっとこれはゾンビじゃないやいと突っぱねたくなるかもしれない。ならないかもしれない。ふつうはそんなにゾンビに興味はない。


「ケン君のほうはふつうてちょっと面白みが足りないと思う」


 ちょっと目つきの悪いユニコーン。パンチが足りていなかった。あまりにもふつうすぎる。せめて尻尾からヘビが生えているとか、背中にクマが乗っているとかそういう攻めっ気がほしくなる。本当にそんな攻めっ気ほしくなるだろうか? 


「じゃあおれのか……?」


 ケンとサラがおたがいの選んできたキーホルダーにダメだしをするので、消去法でジョウ自身がそう名乗り出る羽目になった。

 自分で選んできたものだとしても、こういう場でこれいいぞ! と声高らかに主張するのはびみょうな気はずかしがある。


「面白さは丁度いいよね。ぼくもこのウサギのキャラ好きだし」


 カートゥーン調の良くあるウサギのデザインと言えばそれまでだけれど、ギャップとケレン味は十分あってパンチ力はそこそこ強いかもしれない。


「しっぽ切られて泣きながら逃げてるネズミもかわいいし、悪くないと思う」


 サラはどうやらしいたげられているものに対して愛着を持つような性質があるらしく、ウサギの方よりも逃げ惑うネズミの方を気に入ったらしかった。


「そ、そうか……。それじゃあ三人でコレの色違いだな、見たときは六種類くらいあったし良い感じの選んでくれ」


 とりあえず意見がまとまったことにジョウは安心して、大きく息をはきだす。

 最初に二人が選んだキーホルダーを元の場所に戻しに行って、それからジョウの選んできた場所へと移動し、二人は各色とにらめっこして、ケンが派手目で主張が強いレッド系、ジョウがスタンダードなオレンジ系、サラがやや毒々しい印象のパープル系の色調に整えられたキーホルダーをそれぞれ買った。

 お会計をすませて、小さな紙袋を持って店の外に出る。


「それで、ケン次どうするんだ?」


 それは本当に何の気なしの問いかけだった。時間的にももう一か所、いけて二か所くらいだろうと辺りを付けていたので、次の予定を聞いてからそれとなくそっと二人きりにしようかな、と思っていたくらいで、本当に他意はなかった。


「次……? ぼくから案内出来そうなところはもうないけど?」

「お、おまえぇ……。文房具屋しか回ってないぞ? 何考えてんだ?」


 だから、ジョウはケンの返答に思わずがく然とした。


「えっ、うーんだってぼくは女の子向けのお店なんてほとんど知らないし……」

「だからってなぁ。もうちょっとあるだろ、ほら例えばとなり町のショッピングモールまで言って色々遊べるところがあるし、あの辺なら近くに映画館だってあるし、女の子が好きそうなオシャレなカフェとかだってあるだろ!?」


 なんでおれがこんなことを言わないといけないんだ、と思いつつも一般的に女の子といっしょに出かける定番スポット的なものをまくし立てる。


「えっ? いやだって町を案内してって頼まれたから遠出しなくてもいいくらいの場所の方が良いかと思ったんだけど……?」


 大してケンはきょとんとしていた。


 素だった。

 素で町を案内してほしいの意味を分かってなかった。キングだった、スーパーどん感キングダム2~思い出のふん水~だった。


「なんかゴメンな?」

「伊角君があやまることではないんじゃないかな……?」


 そして何故かジョウはケンの代わりにサラに頭を下げていた。


「えぇ、なんで二人だけで通じ合ってるの!?」

「それはケンがあほだからだ」


 ジョウはジト目でケンを軽くにらむ。サラもあははと軽く笑うだけで、積極的に否定しなかった。


「まあいいや。これからとなり町まで出かけると行ってすぐ戻って来なきゃいけなくなるし、ちょっと色々見れる場所ってなると……、商店街の方にでも行ってみる?」


 若干不服そうな感じを出しつつも、あっけらかんと次に行く場所を適当なノリで選びだす。


「商店街、商店街かー。まあもう行くとこ全然考えてなかったんなら仕方ないし見て回るだけならまぁ……」

「そんなになんか、良くない所なの?」


 ケンにしてももジョウにしても、言っていてあまり気が進まなさそうにしているため、サラもなんとなく不安な感じになってしまう。


「良くないっつーかなぁ」

「見たらすぐわかるよ」


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